第四話

 神はどこまでを赦すのだろうか。


 駆けつけた村は、悲鳴と叫喚に満ちていた。村中を埋め尽くすの汚臭が鼻を突き、それだけでも嘔気を催すほどだ。

 なぜこうなったか? おそらくはレイを治療するために使った術式が反転し、山の膨大な魔力を使って暴走したのだろう。どうしてそんなことが起きえたのか、何が悪かったのかは今更もうどうでもいいことだ。

 殺されるところまでは笑ってやってもいい。忌み返りに生きる場所はない、そんなことは最初からわかっていた。それだけならよかった。それだけならきっと、あの女が信じている「神」とやらが哀れんで救ってくれたんだろう。あるいはあの時あのまま死なせていれば、あの女はただ救済の対象であったはずだ。


――まだ悲鳴を上げられる。

――それならばまだ救える。


「助けなくては」と駆け出しそうになった足を、「何を?」という思考が鈍らせる。

 彼女を見殺しにした連中を? 彼女が愛した連中を? 彼女の愛を踏みつけ、唾棄し、崇め、彼女が信じ、施し、愛し、帰りたいと願った場所、彼女を追い出した場所、彼女を殺した連中、彼女に何も与えなかった連中をか?


 やがて腹に焼けるような痛みを感じた。せり上がってきた泥が喉を塞いで、ひどく安心したことを覚えている。――、と。

 これは報いだ。彼女の信頼を詐取した代償。醜く腐り落ちた体、汚臭を放つ泥はその内心の醜悪にひどく似合う。いつか組んだ術式が常に肉体を治し続けているから死にはしないが、失笑する力さえ残っていない。後悔と懺悔と憎悪と自嘲とが火花のように脳裏を駆け巡る。

 三日三晩は呼吸もできなかった。一週間は体を起こすことも叶わなかった。そうして少しずつ、周囲から命の気配が消えていった。

 その次に体を起こしたときに広がっていたのは、彼女がかつて愛した、帰りたいと切望した、今は血と泥の海になった屍の山だった。


 レイ。

 お前にこそ神の報いがあるべきだったんじゃないのか。

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