1947年10月16日、大満州帝国・新京

 視察の日付までは、あっという間に来てしまった。

 機体の修繕は、試作1号機のみ集中させた。


 試作2号機は、駐機場において記念写真用に使用する事になった。


 探せば、隊員の中に美術をかじったものがいた。

 写真の構図は、彼に任せる事となった――近年、〝桜花〟として紹介されているカラー写真は、この時撮影された試作2号機だ。桜の花びらが二枚になっているのを、よく確認してほしい。

 そこで、機体に近づかせないように、紅白のロープで囲んだ。下には赤い絨毯をひいて、彼等の移動を制限させることに決まった。

 最後は、椅子を試作2号機の前に並べて、準備万端整った。


 そして、時間通りに、旅客仕様の〝剣山〟が到着した。

 中から数名の男性が、談笑しながら現れる。それに続いて、彼等の奥方だろうか、女性が同じく談笑しながら現れる。そのあとに……。

 あとは、駐機場に彼等をするだけだ。

 これは新京市の交通業者に頼んで、上等なバスを借りて、対応することとなった。

 葛葉大尉はと言えば、視察飛行の準備があるからと、母機仕様の〝剣山〟につきっきりだ。


 写真撮影も終わり、いよいよ視察飛行の時間となった。

 旅客仕様の〝剣山〟が先に飛び上がり、葛葉大尉達の乗る母機が後に続く。

 母機が飛び上がるところも撮影したいと、言うことで、駐機場でもカメラが回っていた。


「新記録を出しても構わない」

 とか、

「我々の前で、音速突破を見せてほしい」

 と、散々勝手なことを言っていたそうだが、葛葉大尉はいつもと変わらず任務をこなすだけだ。


 新型エンジンを搭載した〝桜花〟試作1号機は、最初に見たときより、幾分かは変わっていた。

 エンジンの空気取り入れ口が、大きくなっている。

 それを囲むように、彼が提案した加速装置が設置されていた。

 2号機で破損した機首のカナードは、一見すると変わらないように見える。だが、接続リベットの強化や、内部の支柱を大きくしたりと苦労は絶えない。


 そして、1号機を示す桜の花びらが一片いっぺん


(願い続ければ、かなわないと思ったことも、出来るのかもしれない……)


 思えば、隊員達が冗談半分で、妻の名前から〝桜花〟と名付けてから、10ヶ月あまりすぎた。彼女には心配させることもあったが、短時間でよくもまあ形に出来たと思っている。


「葛葉大尉殿。まもなく、予定高度です」

「了解した」


 与圧されたキャビンから、準備を整えて爆弾倉へ進む。

 あとは、いつもの訓練通り〝桜花〟を操るだけだ。



『天若日子より、天羽々矢へ。準備いいか?』

『天羽々矢。準備よろし』

『天若日子。了解した』


 カメラを回す旅客仕様の〝剣山〟には、隣に飛んでいる母機仕様の〝剣山〟が今どんな状態かよく分からなかった。そのため、この機の機長は〝桜花〟とのやりとりをしている無線電話を傍受し、機内に流してくれた。


『天若日子より、天羽々矢へ。健闘を祈る』


 カメラマンは、あっさりしたモノだと思った。

 横を飛ぶ〝剣山〟からフッと落とされると、〝桜花〟は加速してアッという間に消えてしまった。


「始まりましたか?」


 と、賓客のひとりのご婦人が、窓際に腰掛けた。それに併せて、ゾロゾロと客達は一方の窓に集まってくる。

 今のところ、窓の先には〝剣山〟しか見えない。あとは雲ばかりだ。

 現在、高度は10,000m。

 予定では〝桜花〟は、こちらに引き返してくるはずだ。

 すると、前方からきらめくようなモノが見えた。


「来ましたわよ」


 説明する間もなく、どこかの婦人が指をさした。

 だが、不思議な形をしている。

 きらめきの先から現れた〝桜花〟は、いたのだ。

 見事な円形の笠雲を、機体にまとわせながら、一気に視界を抜けていく。続いて聞こえてきたのは、ドンっと大きな破裂音だ。


「今、音速を突破したんじゃ無いのか?」


 賓客のひとりが声を上げた。彼は説明する。


「先ほどの音は、音速を突破した時の衝撃音だ!」


 賓客達が顔を見合わす。信じられないとばかりに……。

 だが、今、起きたことが本当ならば……。


「世界初の快挙だ。万歳ッ!」


 まさか自分たちが、世界初の快挙に立ち会っている。しかも、カメラを回しているのだ。

 これが喜ばしいことで、無いはずがない。


 そして、拍手と共に万歳三唱が、機内を包み込んでいた。機体もそれに併せてか、旅客仕様とはあるまじき、翼を揺らして喜びを示した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る