1947年10月1日、大日本帝国・岐阜

 機首左側のカナードの損傷は、強度不足が原因だった。

 両機とも、その改修に試験が停止してしまった。しかし、葛葉大尉はその間にも忙しく、パイロットらしくまさに飛び回っていた。


 久しぶりに、飛行開発実験団・岐阜本隊へ、出頭したときのことだ。


「賓客ですか?」


 葛葉大尉は、上官の言葉を聞き返した。


「そうだ。愛新覚羅あいしんかくら溥儀ふぎ陛下の弟君の奥さんの……まあ、高貴な方が、視察をご所望らしい。

 皇族の方も何人かが、君たちの〝桜花〟をみたいそうだ」


 内心、満州国の皇帝の権力にぶら下がった単なる金魚の糞か、と思ったが口にしないことにした。

 上官である角居大佐は、いい人だが、頼み事をされると断り切れない体質の人だ。

 おおかた彼等のわがままに、付き合わされているのかもしれない。


「それで、いつですか?」

「実は、今月中旬を予定している」

「今月の中旬ですか? いくら何でも早すぎますよ」


 機体の改修は、済んでいるかもしれないが、飛ばさないとなんとも言えない。

 この改修で、予期しない不都合がでるかもしれないのだ。


「地上視察なら、準備できると思います」


 無難なところを答えた。


「いや、それは困る。飛行を見せることも約束してしまった」

 と言って、告白じみたように言い始めた。


 角居大佐の話によれば、日程は決まっているというのだ。

 日付に関しては、10月16日を予定しているとのことだ。最大の理由は、『大安』であるというただ、それだけだ。当日は賓客用にもう1機、旅客仕様の〝剣山〟が回されるらしい。しかも、撮影隊付きだ。


「全力を尽くします」


 葛葉大尉は皮肉を込めてそう応えた。


 所詮、彼はテストパイロットに過ぎない。

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