1947年8月、大満州帝国・新京

 その日、この街の上空に、ある巨大な影が姿を現した。


 四式超重爆撃機〝剣山けんざん


 円筒形機体に4発のエンジンを搭載した姿は、一見、アメリカのB-29と見まごうモノだ。話によれば、機体の形状は――この星の大気を飛ぶ限り――、追求すれば似たり寄ったりとなるそうだ。だが、あまりにも似すぎていたため、作戦からの帰還中の編隊を、敵機と間違えて――識別機能の無い電探などが――緊急発進し、迎撃機が引き金に手を掛ける寸前まで行った。と、言うことが何度となくあった。


 だからなのか、今は、認識のために少し大きく日の丸が書かれ、機体の色も濃い緑色をしている。巨大な垂直尾翼には、飛行開発実験団を示す、練習機赤とんぼぶんまわしコンパスの認識票が書かれていた。


「ようやく届いたか……」


 現在、この機体は飛行開発実験団が、輸送および実験機として使用している。

 ようやく新型エンジンJR100が到着したのだ。

 ネ-330エンジンよりも、さらに強力な推進力を出してくれるという。

 地上試験は良好だそうだ。


 それと一緒に運ばれてきたのは、例の加速装置だ。

 すでに生産終了している――主力戦闘機に、五式戦闘機〝しっぷう〟が登場したため――固形燃料のロケットモーターを、かき集めてくれた。

 ただ、固形ロケットによる加速力の増強には反対意見も上がっていた。

 ターボジェットエンジンの出力によって、成し遂げる事が最善では。と……。

 もっともな意見だが、新型エンジンを用いても亜音速に達するのが限界である。と、高司技師が結論を出したこと。それにアメリカがすでに到達寸前、との情報が入った。

 もっと強力なエンジンを開発するよりも、持っているモノで先に実績を作っておきたいと、本部で決定された。


 そして、もう一つ。

 これはあとから、考え出された事だ。

 今回、本国やってきた〝剣山〟を、母機として使うというのだ。

 爆弾倉に手を加え、〝桜花〟を牽引する。〝剣山〟の最大の特徴である高々度――最大上昇限度13,500m――まで運び、切り離す。単独で上昇するよりも、燃費や航続距離のことを考えて出された案であった。


 母機の改修工事はすでに完了しているが、最終調整は現物合わせになってしまった。

 試作1号機の〝桜花〟は、そちらに回される事となったが、試験は止まらない。

 今日は、試作2号機にて、固形燃料のロケットモーターの有効性を検証する作業だ。

 2号機と言っても、エンジンは試作1号機から、取り外されたものを使用している――1号機には運んできたJR100が取り付けられる予定。変更箇所はエンジンを取り囲むように、例の固形ロケットモーターが取り付けられているぐらいだ。


「おっと、ここも変わっているか……」


 葛葉大尉が目にしたのは、機首の桜の花びらが2枚になっていたことだ。

 2号機もネ-330によって順調に走り出し、飛び上がった。

 予定高度に到着して、加速を開始する。


「ただいま、450キロ。異常振動、特になし。試験を開始する」


 地上勤務員に、無線で連絡した。

 この機体で加速装置を使うのが初めてなので、どんな動きになるのか解らない。

 とりあえずは、1基ずつ動かそうと、打ち合わせてある。


(まずは、左下のから……)


 搭載することが決まったのが急であるから、スイッチは簡単になっていた。

 とってつけたような基盤に、それぞれの加速装置に対応したトグルスイッチと、パイロットランプだけだ。

 左下に対応する場所のスイッチを入れた。と、機体が一気に推された。

 身体が操縦席のウレタンに、押しつけられるのが判る。

 速度計を確認すると、530キロ。

 1基の点火のみで、80キロ上昇したこととなる。

 4基すべて動かしたら、単純計算で320キロ加速が得られる。


 だが……。


「これはちょっと厳しいな……」


 機体が上昇に転じている。水平飛行していたのだが、機首が上がりだしたのだ。

 恐らく、加速装置の付ける場所の問題だろう。

 加速装置が推進力を出しているのは、一分も満たない。

 左下の燃焼が終了すると、試しにその対角線にある右上の加速装置のスイッチを入れた。

 と、どうだろうか。

 予想通り、機首が下がる。


(加速装置の起動は、対角線か、全基起動させるかのどちらかだな……)


 機体の動きを掴むのも、試験の内だ。

 今日は有効な試験になったと、葛葉大尉は帰路についた。

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