油断も隙もありゃしねー【後編】


「間違いだった」

「…………」

「俺が担当している間に、追い詰めて殺しておくべきだったな」

「…………は……あ……っう……」


 そうしておけば、これまでの十数年間被害も出なかっただろう。

 今日、この時にティナを危険にさらすこともなかっただろう。

 そう思えば―――。


「い、言う、言う! 言います! 言うから殺さないでくれ!」

「!」


 おっとしまった。ちと殺気を出しすぎたか?

 見たところ若い、下っ端だろう。

 引きつけ役なんざ一番楽な仕事だ。

 拾われたばかりのやつがやるはず。

 やれやれ困った。

 両手を上げたまま、しゃがみ込んで泣き出した男。

 一応殺すつもりはなかったので、笑顔を向ける。


「素直に言わないなら、足から切り落とすからな?」

「はい! 素直に言います!」

「ゴーユさん、悪いがこの国の騎士に連絡してくれないか? 人手が欲しい」

「わ、わかりました!」

「で?」


 もう一度微笑む。

 手を組んだ男は、洗いざらい吐いてくれた。

 その間にゴーユの息子、アーユが到着。


「マルコス先輩!」

「おお、久しぶりだなアーユ。ちょうどいい、こいつを頼んでいいか?」

「俺も行きます」

「いや、仲間が来られても困る。ここの側のもう一つの牧場の方に誘導する手はずらしいから、騎士たちが来たら『海の方』に仲間が待機しているはずだと伝えてくれ。『フェイ・ルー』の騎士がバカでなけりゃそれでわかるだろう」

「! ……わ、かりました……」


 おお、さすが現『フェイ・ルー』国民だな。

 元騎士として、俺の言葉でそこまで察してくれるとはこのまま腐らせておくのも惜しい。

 あいつ、赤の騎士団の中でもせくせく動くタイプだったから膝を悪くしているとなるとこれまでのようには動けないだろう。

 それが歯痒くて辞めたのだとしたら……ふむ、俺のように片腕をなくした訳じゃあないんだ、『フェイ・ルー』の若手の育成でもすりゃあよかったのになぁ。


「………………」


 まあ、俺の場合もギリギリまで騎士学校の講師で残らないかと誘われたけど。

 ――ティナを拾っていたから断った。

 だから『ダ・マール』には残らず、ロフォーラの実家を選んだのだ。

 親父とお袋に親孝行したいと思ったし。

 遅すぎたが、な。


「さて」


 剣を鞘に戻して、坂を降りた。

 この付近はいくつかの牧場が密集しているから、初めて来たやつは迷いやすい。

 特に子連れは。

 牧場といえば動物を見るだけでなく、牛の乳搾りなんかもやってるから観光客は子どもを連れてきやすいんだ。

 その上、さらった子どもを隠せる納屋や倉庫も多い。

 安全そうでいて、奴隷商人のような人さらいには格好の狩場。

『フェイ・ルー』全土から集められた子どもや亜人は最短ルートで『海沿い』から船に乗せられ、同じく海沿いの国である『エデサ・クーラ』へ運ばれるのだろう。

 そう、簡単なのだ。

 人間大陸で海沿いの国といえば『フェイ・ルー』と『エデサ・クーラ』のみだからな。

 だからこそ、ルートの洗い出しは簡単だ。

 道を少し外れて、海の香りのする方へ進む。

 潮風避けの森林の中に、牧場から少し外れた倉庫を見つけた。

 しゃがんで倉庫方向へ続く道を確認する。

 おいおい、マジか。


「こっちよ。それにしても本当にすごいのね、あなた。錬金術が使えるなんて。本当に助かるわ、中級以上の治療薬は高いから~」

「いえ! たまたま売る前でよかったです!」


 赤茶色の髪を後ろで丸めた中年のババアとうちのティナだ。

 ババアはエプロン姿。

 ティナの手を引いて、倉庫へと移動中。

 立ち上がって、わざと音を立てながら二人に近づいた。


「おー、ティナ、ちょうどよかった」

「あれ、お父さん!? どこから出てくるんですか!?」

「いやあ、道に迷ってな~。ん? そちらのご婦人は?」

「…………。あら、お父さんかい? あたしはここの牧場で働いてるんだけどね、牛か今朝喧嘩して怪我してしまったんだ。この子が治療薬を持っていると言うから……すまないね、勝手に連れてきてしまって!」


 さすがに切り替えが早いな。

 さっきの若造とはわけが違う。


「そうなのか。なら、一本くれてやれ、ティナ」

「? ……はい?」

「それよりも馬を見に行くぞ。あと、戻る道も教えてくれ」

「え、わっ」


 ババアがティナの手を放したのを確認してから、左手でティナを抱き上げる。

 右手は義手だ、剣は扱えない。

 このババアの首を落とせないのは少し残念だが、ティナの前でそんなことをする気も起きなかった。

 子どもの前でやることじゃない。

 命拾いしたなぁ、ザーブドのババア。


「おばさま、はい、どうぞ」

「ありがとう。助かるよ」

「達者でな、クソババア」

「お前もなクソガキ」

「?」


 ……やはり俺が一時期テメェを追い回していた騎士だと気づいていたか。

 全く、大した悪党だぜ。

 背を向けて歩き出し、道通りに馬牧場の方へと進む。

 ティナがわずかに身じろいで、俺へ「さっきのおばさまお知り合いだったんですか?」と不思議そうに聞いてくる。


「まあな。遥かむかーし、追っかけっこしたことがあるんだ」

「追っかけっこ?」

「おう。あんまりにも足の速いお姉さんで、しかも別嬪だった。当時は、だけどな。……おかげで何度も騙されるし、追いつけなくて諦めたのさ。ああ、この女は俺にはとても手に負えねぇってな」

「…………ほほう?」


 なにやら真剣な顔でよろしくない方向に勘違いした気配は感じたが……本当のことを知られるよりはマシだ。

 それ以上追及もしてこなかったので、クックっと喉を鳴らして笑う。

 抱えていたティナに「肩車するか?」と聞くと「え? で、では……」と遠慮がちに肩に跨ってくれる。

 まあ、片手で支えるよりは幾分楽だ。


「うう、高いのでやっぱりいいです~」

「えぇ……高いところダメなのか?」

「こ、怖いので自分で歩きます!」

「お、おおう……」


 そんなに?


「!」


 ティナを肩から地面に降ろす。

 その時、『フェイ・ルー』の騎士たちが森を歩いていくのが見えた。

 あのババアは俺の顔を見てそのまま逃げただろう。

 果たして『フェイ・ルー』の騎士団は『ルート』制圧に間に合うか?

 まあ、そこはこの国の騎士の腕と足次第だな。

 頭の回る指揮官がいれば、恐らく部隊を二分化させて先回りさせている。

 だがなんとなく、それでもあのババアは捕まらない気がした。

 年老いてきたとはいえ、奴隷商人の女王と呼ばれたクソババアだ。

 妙な確信がある。

 あのババアは逃げ果(おお)せるだろう。

 全く、とっとと往生すりゃあいいのになぁ。


「マルコス様!」

「おー、ゴーユさん。うちの娘に馬、見せてくれないか? ティナ、こちらはゴーユさんだ。馬牧場で働いてる」

「え!? ……え、ええと……」

「はじめまして、よろしくお願いします」

「…………あ、えーと、は、はい! た、た、ただいま! こちらへどうぞ……」


 困惑した様子だったが、俺の落ち着いた様子に持ち直してくれた。

 まあ、事の経緯もどうなったかわからない状態で「馬見せろ」だとさすがに驚かれるか。

 そして紹介されたのは若いオス。

 ジュディがやや女の顔になっているような……?

 や、やめとけ。

 そいつからしたらお前はババアだぞ。


「じゃあ、こいつで。いくらですかね?」

「軍用ですので、五十二万コルトになるんですが……」

「おう……」


 結構すんなぁ……いや、生き物だしオスだし若いし、軍馬用なら安いぐらいか?

 買い物以外に宿も探さなきゃならんから、あんまり時間をかけてられない。

 値切ってる時間も惜しいし、次に来た時にこいつより相性のいい馬に会えるともわからん。


「買ったよ。頼む」

「ありがとうございます。では、鞍などの一式今ご用意しますね」

「あれ? 別売りじゃないのか?」

「込みですよ。マルコス様相手にあこぎな商売はできませんからね」

「よく言うぜ。そんなんじゃ赤字じゃねーのか? 気にしなくていいんだぜ?」

「いえいえ、息子がお世話になりましたからね」

「……ゴーユさん、そういう理由なら……」


 断る。

 アーユが一部隊の隊長にまで上り詰めたのは、別に俺が贔屓してやったからでは断じてない。

 まして俺は『色』が違う。

 俺は青の騎士団。

 アーユは赤の騎士団だった。

 その中でアーユは努力して隊長になったのだ。

 俺は世話などしていない。

 やつ自身の努力と、戦果なのだ。

 もしアーユを理由にするのなら、と手を出した時。

 後ろから「先輩」と声がかかる。

 アーユだ。


「おう、終わったのか?」

「はい、南西の倉庫にいた子どもは全員保護されました。一味も一網打尽です」

「え?」

 

聞き返してしまった。

 一網打尽?

 それは、じゃあまさか……。


「ザーブドも?」

「はい、無事捕らえました」

「嘘だろマジかよ。よく捕まえられたな?」

「え? だって先輩が教えてくれたんじゃないですか?」

「そ、そうだけど……俺はあのババアならそれでも逃げ果せるだろうと思っていたんだぜ? それを捕まえた? マジかよ、お前『フェイ・ルー』の騎士たちになにか言ったんじゃないのか?」

「……え、えーと……は、はい、まあ……海岸に行く道はもう一つあったので……あれはこの辺の地元民しか知らない道だから、でも一応、そっちにも人を割いてくれるように……」


 それが?

 と、キョトンとされてしまった。

 思わず笑ってしまう。


「マジかよ! お前本当スッゲーな! 俺はあのババアに連戦連敗だったんだぜ!? それをとっ捕まえるとは! アハハハハハハハハ!」

「え! え!?」


 バシバシ、アーユの背中を叩く。

 いや参った! こいつぁ、すげぇ!

 一頻り笑ったあと、揃ってポカーンとする親子に提案した。


「アーユ、お前『フェイ・ルー』の騎士団に入れよ。膝が悪くても指揮はできるだろう? 今回のことでよくわかった。お前はまだやれるよ」

「! ……ありがとうございます。でも、俺の膝は、常に違和感がある状態なんです。こんな状態では『フェイ・ルー』の騎士団も、とても採ってくれませんよ……」

「ここで腐ってんのはもったいないって。あ、そうだ。ティナ!」

「……はーい?」


 少し離れたところでジュディと一緒にいたティナを連れてくる。

 もしかしたら、とティナが作った中級治療薬を手渡した。

 普通の中級なら、古傷は治らないんだが……。


「中級治療薬なら騎士団に頼めば給料の一部で出してくれる。定期的に飲むといい。下級よりは痛みが和らぐはずだ」

「で、でも、中級治療薬は高価じゃないですか。……! これ、それに『最良』品質!」

「うちの娘は錬金術が使えるんだ。最近作った薬の中じゃあ一番品質が高い。上級治療薬の『基準』品質並みだろう。常痛なら、これで治るはずだ」

「……っ!」


 完全に治すには上級治療薬を定期的に飲むしかないだろうな。

 それはいささか金がかかりすぎる。

 だが、常に痛むのならこれでも十分治せるだろう。


「まあ、雨の日痛い、とかはどうしょもないだろうが……医者にはかかってんだろう?」

「え、えーと、それは、その……お、お金がなくて……」

「お兄さん、どこか痛いんですか?」

「膝が悪いんだそうだ」

「それならこれをどうぞ!」

「え!」


 ティナが取り出したのは中級治療薬、二本。

 太っ腹かよ。


「ちょ、ちょっと待ってください! こんなに!? 中級治療薬……しかも『最良』品質じゃあ、一本四、五千コルトはするじゃないですか! は、払えませんよ!」

「え、そんなに値上がりしてんの?」

「そうです! 最近亜人大陸の方で蜥蜴人(リザードマン)が内紛状態のようで『フェイ・ルー』の治療薬は価格が上がり始めているんです! 『最良』品質ともなれば、一万コルト近くする店だって……」


 なるほど、亜人大陸にごっそり持っていかれて『フェイ・ルー』内で取引される薬の価格が爆上がりしているのか。

 そりゃあいい時に持ってきたな。

 ティナの作った薬が予想より高値で買い取ってもらえそうだ。


「鞍や馬銜(はみ)や手綱の分だよ。なあ、ティナ?」

「え? あ、はい! そうです!」

「っ……」


 まあ、それでも足りない気はするけど。

 とりあえず「売らずに飲めよ」と釘を刺して、ついでに「今から泊まれる宿屋紹介して」と頼む。

 アーユ達親子は二つ返事で、町の西にある宿を紹介してくれた。

 これで馬がもう一頭。

 薬の価格が高騰しているなら、小麦は多めに買って帰れそうだな。

 宿の一室に腰を落ち着けて、外套をかける。

 ティナは窓の外を興味深そうに眺めていた。

 ふむ、たまには子どもらしいな?


「ティナ、明日は薬を売ってからまずは服を見に行こう」

「は、はい。あの、お、お父さん、実はお願いが……」

「おう?」


 ティナからのお願いなんて珍しい。

 どうした、と近づいてみる。

 やや、赤い顔。

 まさか、具合が悪いのか?

 人に酔ったとか?


「…………その、お察しの通り、最近服がきついです」

「うん? うん、だろう? だから明日……」

「し、し、し、下着類も……いいでしょうか……あの、じ、自分で選びたいんですけど、あの……」

「……………………。もちろん」

「は、はあ……。あ、ありがとうございますっ」


 ものすごーく安堵の表情。

 胸を撫で下ろされてしまった。

 俺は、やや硬直した。

 思考も止まった。

 一瞬だけな。


「………………」


 下着類か。

 そうだな、それはそうだ。

 当たり前のことなのに、俺としたことが、全然考えてなかった。

 そうだよなぁ、そりゃあそうだよ。

 ティナも大きくなったらブラジャーとかするんだよな……そしてきっと俺はますます「わたしがお洗濯するのでお父さんはあっちをやってください!」とか言われるんだろう……そうかー……。


「どうしたんですか?」

「いや、寝よう」

「はい……?」


 娘の成長は、早い。






『油断も隙もありゃしねー』 了


*********


『転生したら絶滅寸前の希少種族でした。』五歳編を最後まで閲覧いただきありがとうございました!


Cross Infinite World様という海外の出版レーベルで翻訳出版される事が決まりましたので、記念と宣伝に「まいどく」さん用に書き下ろした「五歳編」の掲載でした。

そんなわけで通してご覧になった方は多分分かると思うんですが、レネモネのご両親の話です。

結末を知っている読者さんには「ギョェー」ってなって欲しい。


そんな感じで翻訳版よろしくお願いします。

ヤミーゴ先生にナコナ描いてもらった時の古森の情緒は活動報告にも書いたんですがヤバいよ。

コミカライズ管理と日本語版の書籍化権利は空いているのでコミカライズしたい(欲望が口に出た)。


古森でした。

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転生したら絶滅寸前の希少種族でした。 古森きり@『不遇王子が冷酷復讐者』配信中 @komorhi

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