油断も隙もありゃしねー【前編】
親父が亡くなって一ヶ月。
まあ、いつかこんな日が来るのは――わかっていた。
病も悪化していたし、歳だしな。
簡易的な火葬を行い、墓に弔ってようやく落ち着きを取り戻していた。
あの日拾った娘……ティナリスも五歳になり、日々成長著しい。
今日もたんまりと肥料を錬成して、持ってきてくれた。
「新しい肥料を作りました!」
「ありがとうな。見ろ、ティナ。この間の肥料のおかげでポーテトがもう収穫できるぞ!」
「わ、わあ! もうですか!? 肥料効果、本当にすごいですね!」
「ああ。また使ってみよう」
「はい!」
ティナは去年、親父の持病を和らげるために錬金術を覚えた。
以降、薬以外にも料理に使う調味料や、畑に使う肥料、洗濯や皿洗いに使う石鹸、農具やナイフの手入れに使える砥石なんかを錬成してくれる。
おかげで生活は格段に楽になった。
もしかしたら『ダ・マール』で生活していた水準に達しているかもしれない。
消耗品や、ここいらで手に入らない食材や胡椒なんかの一部調味料は旅商人や商人のキャラバンなんかが通らないと流石に手に入らないが……それでも俺とティナが二人で生活していくのには十分な快適さを感じている。
「…………」
「?」
ふむ。
しかし……ティナも大きくなった。
そして消耗品……キッチンペーパーやら一部調味料、酒、油、種、小麦……そして、服だな。
ティナの新しい服もそろそろ必要だろう。
「ティナ、服きつくなったんじゃないか? 明日『フェイ・ルー』に買いに行くか?」
ティナに目線を合わせるように、しゃがんで聞いてみる。
『フェイ・ルー』までは馬で五日ほど。
野宿しながら、やや遠出となる。
宿はその間休業となるが、他にも色々必要なものがあるから仕方ない。
「それに、ティナが錬金術で作った治療薬も溜まってきたからな。売ってお金にしよう」
「! は、はい!」
……うーん、食いつくところ、そっち?
父親としてはやや悲しい気持ちになりながら、畑仕事のあと早速準備に取り掛かった。
翌日。
ジュディに荷台を取り付けて野営具なんかを積み、店の入り口に『買い出し中』の札を下げて出発した
金品の類は全額持ってきたので、盗むものなどないだろう。
ジュディの背中にティナを乗せ、歩いて進む。
ふぅむ、今回はティナの服も欲しいが……ティナのためにもう一頭、馬を買うか。
なかなかにお高い買い物にはなるが、二頭いればより多くの荷物も運べるしな。
そんなことを考えながら約五日。
港の国『フェイ・ルー』に到着した。
「わあ……また大きくなっています!」
「ああ、本当だな」
『フェイ・ルー』は亜人大陸に最も近い国として貿易の拠点となっている。
この国にはうちの主治医、ロブ医師が個人医院を構えているので、定期的に来ているのだが……いやはや、また国土が広がっているな?
ティナなんか二年ぶりだから……ん?
「よく覚えてたな? 前に来たのは三歳ぐらいの時だろう?」
「え! え、そ、そうでしたか? いや、でもそのぐらいわかりやすく大きくなってますよ、『フェイ・ルー』」
「うーん、まあ、そうか?」
小さい頃の記憶なんてあんまり覚えてないもんだと思ったが……ティナは記憶力がいいんだろう。
そういえば冒険者のおっさんが学問の国『サイケオーレア』か亜人大陸のエルフの国『フォレストリア皇国』に留学してみないか、と勧めてきたほどだもんなぁ。
ふむ……親父が死んだ今がいい機会なのかもしれない。
宿を閉めて、ティナの将来のために『サイケオーレア』か『フォレストリア』に引っ越すっていう選択肢もあるだろう。
ああ、そう考えるとしまったな。
この間うちの宿でプロポーズしたロインと、その恋人のエノファ。
あの二人に宿を任せるっていう手もあった。
ロインは宿に興味を持っていたから、しばらく宿の運営がどんなもんなのかを教えて、ティナが学校を卒業して進路を決めるまでの間、『ロフォーラのやどり木』を頼めばよかったなぁ。
まあ、もし縁があればまた泊まりに来るだろう。
その時にまだ将来のことを決めていないようなら、話をしてみよう。
それよりも、まずは『フェイ・ルー』だな。
入国審査は相変わらずあまり厳しくない。
今回はたまたま旅商人や旅人が少なく、スムーズに入国できた。
建設中の家やらなにやらが多いため、『ダ・マール』のように巨大な外壁に囲われているわけではない『フェイ・ルー』。
こんなに広げては不法入国者が後を絶たないのではないだろうか。
この国にも騎士団はいるだろうが……手が回ってんのかねぇ?
『フェイ・ルー』には近隣に盗賊が出た時や、今回のように買い物に来る時など世話になる機会も多い。
そこんとこしっかりとしてもらいたいんだが……。
「ヒンッ」
「ん? どうしたジュディ」
「ぶるるる……」
「どうしたんでしょう? どうしたの、ジュディ」
入国手続き場を過ぎると、突然ジュディが不機嫌に鼻を鳴らす。
前脚を少し乱雑に掻き、首を振る。
首を撫でるとすぐに落ち着いたが……。
剣に左手を置き、周辺を少し見回す。
まあ、商人や観光客のような旅人しかいないな?
「……よし、まずは馬を買いに行くぞ」
「え! お薬を売りに行くんじゃないんですか!?」
「ああ、それももちろん行くさ。けど、馬ってのは相性を見ないといけないからな……いい馬がいなければなんども見に行かなきゃならなくなる」
「……でもなんで急にお馬さんですか? ジュディがいるのに……」
「ティナが大きくなった時に、ジュディだけじゃ困るだろう。今回は重いものも多いし、いい機会だからな」
「はあ……?」
ティナにはまだよくわからないか。
なんにしてもサクサクいくぞ。
買うものは多いからな。
というわけでまずは牧場だ。
『フェイ・ルー』の西側にはいくつか大きな牧場がある。
肉食用の畜産と乳牛以外に馬が売っているところがあるので、目的地はそこだ。
実は軍馬の売買なんかで、昔は頻繁に世話になった。
ジュディは『ダ・マール』産の元軍馬。
俺が退団する時、餞別の一つとしてもらってきた馬だ。
気位が高くて俺以外に懐かなかった……扱いづらかったっつーのもあるがな。
なので、かなり力強く、それなりに凶暴で頑固なオンナだ。
言い方を変えれば一途ないいオンナ、なわけだな。
はは、ケルトもジュディくらい我慢強く俺を信じてくれる女ならよかったんだが……いや、ケルトのことは放っておきすぎた俺が悪いんだよな。
彼女にはなんの落ち度もない。
責任転嫁かっこ悪い。やめよう。
「わあ! お馬さんがいっぱいいます!」
「迷子になるなよ。行くところたくさんあるんだから」
「はーい! わかってまーす!」
馬牧場に着くと、ジュディが妙な顔をした……ような気がする。
一応浮気ではなく、お前の妹分か弟分を探しに来たんだよ、と説明した。
ティナにもいずれ馬が必要になるだろう? とも。
頭のいいジュディはフン、と鼻を鳴らす。
わかってくれたか。さすが俺の愛馬。
牧場の人間に声をかけ目的と、ジュディへ水と干し草を頼むと快く引き受けくれる。
ジュディとの相性、それとティナとの相性が重要だ。
「どうも、マルコス様」
「あれ、ゴーユさん? 『フェイ・ルー』に移住してきたのか?」
「ええ、息子が五年前、戦いで膝を怪我しましてね……。今は家族揃って騎士団を退団させて親戚の牧場の手伝いをさせてもらってるんです」
「そうだったのか、アーユが……」
柵の中にジュディを入れて、繋ぐ。
一応よそ者だから、柵の中とはいえ自由にはさせられない。
区切られているからこの牧場の馬も入ってこれないだろう。
まずはここでジュディとお見合いだ。
相性が良さそうな馬がいたら、次にティナとの相性を見る。
その段取りを説明してくれたのは、俺が『ダ・マール』にいた頃の後輩騎士の父親だった。
彼は元々『ダ・マール』で軍馬牧場主をやっていた人物。
では『ダ・マール』の牧場は、と聞くと、全頭この牧場に移動済みなんだとか。
そりゃあすげぇ。
「五年前というと、ジェラ国防衛戦ですか」
「いえ、魔物です」
「!」
魔物。
時たま出るが、それの対処も基本は騎士団だ。
そうか、そりゃあ……。
「よく生きて戻った。誉れ高い騎士ですね」
「……あ、ありがとうございます。青の騎士団副団長よりそのようなお褒めの言葉……息子も喜びましょう。もしよければ、連れてきても……」
「ああ、いや、まずは馬を頼みます。娘もそろそろ戻ってくると思うんだが……」
「娘さん? なんと! 探してきますか? 最近『フェイ・ルー』も物騒ですからね」
「……ん? どういうことです?」
なんだ、今、変な感じがしたな?
廃れたはずの騎士の勘……物騒……。
「え? ああ、ご存じないんですか? 最近ね、奴隷商人が出入りしてるらしいんですよ」
「奴隷商人……!」
「『フェイ・ルー』は拡張著しくて、国土を全部騎士団が警戒しきれていない上、最近は亜人も観光で訪れたりしますからね。やつらにとってはいい狩場のようになっているそうなんです」
「……探してきても?」
「ええ、もちろん。ご一緒します。うちの牧場ですから」
「頼みます」
あの子の赤い瞳や少し毛先が赤みがかっている金髪も珍しいんだよなぁ。
親の欲目抜きにしても、顔立ちは整っているいわゆる美少女だろうし。
奴隷商人じゃなくとも変なやつに目をつけられかねない。
ジュディに一言言ってゴーユさんと牧場の外柵にそって歩く。
「おーい、ティナ~! そろそろ戻ってこーい」
賢い子だから、遠くへは行っていないだろう。
思慮深い子だから、知らないやつについて行くこともしないはずだ。
「ん?」
「どうしました?」
「見かけない人がいますね。お客さんでしょうか?」
ゴーユさんが手を額に当てて日光を遮断して、よくその人物を確認する。
俺もその人物の方を見ると、そいつは俺たちに気づいたのか近づいてきた。
若い青年だ。
目は細く、黒い髪。
困ったような顔で頭を掻きながら、もう片方の手を合図のように振る。
…………臭うな。
「ここの人ですか? あのー、ちょっと道を尋ねたいんですけど」
「すみません、うちの子を見ていませんか? 馬を見ているうちに逸れてしまいましてね、今探しているんですよ」
「え? さあ? ……あ、でもあっちの花畑で女の子が遊んでるのを見ましたよ」
と、男が右側を指差した。
ヘラヘラとした顔。
この辺りに住んでいなければ、ここまでの軽装ではないはず。
それなのに道を尋ねたい、ねえ?
左手で剣を抜く。
ゴーユさんが驚いた顔をした。
男は細い目を見開いてとっさに後ろに飛ぶ。
へえ、面白い。だが、ちょっと遅かったな。
「ぐっ!」
「マルコス様!?」
「仲間はどこだ?」
「え、な、なに言ってるんですか? 俺は道がわからなくて――」
「おいおい、道がわからないにしても『登山道方向』の看板指差しながら花畑はねぇだろうよ」
「…………だ、だから、山の上から来たんですよ、そしたらどこだかわからなくなって……」
「それこそアホ抜かせ。そんな軽装で山登りなんてできるわけねーだろう。『フェイ・ルー』に隣接するジェレ山は、昔亜人が住んでいたこの大陸の極地だぞ。花畑なんかあるかよ。俺はこの山を越えたことがあるんだ。下手な嘘はつくもんじゃあないぜ」
「っ!」
喉に剣先を突きつける。
男は両手を上げて、後ずさった。
それを追うように一歩前へじりじりと詰める。
こうなれば喉元掻き切るのはわけないぜ。
「あれだろう? お前さん、奴隷商の仲間だろう? 心配して探してる親御さんを引きつけて、間違った方向へ誘導して時間稼ぎする役目。だろう? 懐かしいね、そういう手を使う連中を知ってるんだ。ザーブドの一味だろう。あいつまだこんな腐った仕事やってんのか。やっぱ打ち首にしとくんだったなぁ……」
「え……」
「ああ、こう見えて、昔は騎士でな。遠征先でたまーにおたくのボスと追いかけっこを何度かしたことがあるんだ。いつも頭にだけは逃げられてんだが……」
「…………っ」
沸々と当時の怒りが蘇ってくる。
ザーブドはその界隈じゃあ、それなりに有名な奴隷商人。
奴隷制度が今も残るのは『エデサ・クーラ』のみなので、あの国の手先のように働いている。
あの国以外、どの国も相手にしねぇんだからとっとと足を洗えばいいのに。
……いや、まあ、それもあるが……やつと追いかけっこしていたのは俺も若い頃だ。
駆け出し騎士の、それなりに初心者向けの仕事。
訓練も大して受けていない『人間』相手の仕事だからだ。
そして胸くそが悪い仕事だった。
その仕事をして、騎士としてやっていけるかどうかが試される。
当時の俺は力及ばず。
やつだけを追うことは、残念ながらできなかった。
すぐに戦争が激化したからだ。
だが、それはザーブドにとって稼ぎ時でもあった。
それをわかった上で、俺は手を引かざるをえなかったのだ。
命令もあったが、戦地の最前線で戦うことを俺自身が望んだから。
「他の誰かが捕まえるだろう」と。
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