五歳のわたし第8話
そして、いよいよ月が重なる。
珍しい現象なので、わたしとお父さんもロインさんと一緒にリホデ湖の畔にいたエノファさんに合流する。
なんというか……。
「めちゃくちゃ釣ったな」
「ええまあ、ほぼ一日釣りしてたからね……」
これは、明日の朝食はお魚だし、干物にして保存食にしてもよさそう。
月が重なってプロポーズが成功するのを見届けるまで、お祝いの料理はお預けだから、ものすごくお腹が空いたわ。
でも、わたしたちは気を遣って「食事は今日も外で食うか?」「あ、なら準備してきますねー」と立ち去る。
二人きりにしてあげたのよ。
お膳立ては完璧でしょう!?
「さて、どうなるかな?」
玄関まできて、振り返る。
空の月は、ちょうど重なった。
リホデ湖の水面に重なった月が映り込む。
いつもは空と湖で四つの月が映るのに、今夜だけは二つの月。
跪いたロインさんが、花の指輪を差し出すのがわかる。
それから、色々言ってるけどさすがに距離的によく聞こえない。
でもきっとそれでいい。
プロポーズの言葉はエノファさんだけに届けばいいんだもの。
そのエノファさんが、両手を広げてロインさんに抱きついたので……。
「成功みたいだな」
「お料理を運びましょう!」
「ああ」
昨日とはまた違った、幸せな夜。
なんだか、とっても不思議な気持ち!
お父さんと一緒に、朝から仕込んでいたローストチキンやサラダやスープの入ったお鍋を運ぶ。
焚き火のある場所に鍋をかけ、お父さんは酒瓶とグラスを取り出した。
「さあさあ! 祝いの料理と酒だ! エノファの釣った魚も捌いてやるよ!」
「小さいやつは内臓をとって焼いてしまいましょう!」
「あ、ありがとう!」
「ええ!? あ、ありがとうございます!」
もしかしてわたしたちがなんにも用意していないと思ってたのかしら、ロインさん。
今夜は焚き火の周りには切り株の椅子とテーブルを用意。
テーブルは切り株に板を置いただけの簡易なものだけど、料理を置いたり魚を捌くだけなのでこんなもので十分。
お父さんがナイフでエノファさんの魚の下処理をしつつ、わたしは二人のグラスにお酒を注ぐ。
その時に見たエノファさんの左手の薬指には、レモーネの花の指輪が咲いていた。
「エノファさん、ロインさん! ご婚約おめでとうございます!」
「ありがとう!」
「ありがとう、ティナリスちゃん。色々相談に乗ってくれて……」
「この花の指輪もティナリスちゃんの案なんじゃない?」
「「え!」」
即バレ!?
あまりにも驚いてロインさんと声が重なってしまった。
「だってロインに指輪を押し花にして、思い出としてとっておける、なーんて思いつかないと思うんだもの」
「うっ」
「え、ええと」
「まあ、いいわよ。ロインのことだから当日になって指輪をなくしたんだけどどうしたらいい~、とか言ってティナリスちゃんたちに泣きついたんでしょう? 困った人よね、ほんと」
「「ええ!?」」
そこまでバレるものなの!?
マジですかエノファさん!
すご! これはもうロインさん、浮気なんてできませんね!?
「ん!?」
「!? どうしたんですか、お父さん」
「いや、魚のお腹になにか…………、……ん? お、おいこれってまさか……」
「どうしたんですか」
「なになに?」
「なにかあったんですか?」
突然声をあげたお父さん。
なにやら驚いた顔をして、少し大きめのお魚のお腹を指でもにょもにょ探る。
わたしたちが近づくと、お父さんがお腹をもにょもにょ探っていた理由を取り出した。
なに? 魚卵かな?
「…………指輪?」
「あーーーーー! 俺が用意した指輪! え!? なんで魚の腹の中から……ええええぇ!」
「ええええぇ!?」
「え!? ロイン、指輪って、まさか、私にくれるはずの……?」
「う、うん! 君にあげようと思って用意していた指輪だよ! なんで魚の腹から出てくるんだ!?」
ええええぇ!?
お父さんが魚のお腹から見つけたのは……ロインさんがエノファさんに用意した指輪~!?
なんで!? 一体どういうことなの!?
どういうことなのーー!?
「……そういえば、昨日お前さんリホデ湖で釣りをしてたよな? まさかあの時、指輪を落っことしたんじゃ……」
「え? …………。……あ、そ、そういえば、釣りを理由にしてプロポーズのシミュレーションをして……ちょうどその時に大物が……」
「え? まさか、その落とした指輪をこいつが食った? んで、それを今日、エノファが釣り上げた……? は、はあ? そんなことあるのか? いや、でも…………」
「そ、そうとしか、考えられない、です、ねぇ?」
と、わたしもお父さんの予想におおむね同意する。
だって、魚のお腹からロインさんの指輪が出てきたのは全員が見ているのだ。
他の可能性が、今のところ思いつかない。
お父さんが部屋で指輪を見つけて、魚のお腹に仕込む……そんなのさすがに失礼だし、生臭いことするわけがないし、うん。
「あは、あはははは! なによこれ! うそ! 信じらんない!」
「あは、あはは……マジかよ……こんなことあるものなのか……」
「ほらよ。驚いたが……まあ、つまりこの指輪は最終的にどうやったってエノファのところにたどり着く運命だったってことなんだろう」
「! ……そう、ですね」
「…………嬉しいわ、そうね、そう考えると……こんな奇跡、最高以外のなにものでもないわ!」
お父さんがロインさんに指輪を手渡す。
あ、ちゃんと用意したバケツのお水で洗ったわよ。
わたしの作った石鹸も使って!
……そしてその指輪は、ロインさんから改めてエノファさんの左手の薬指にはめられた。
額をくっつけ合い、涙を浮かべて微笑み合う二人。
なんて優しくて素敵な光景なのかしら……。
胸が温かくなる。
「ったくとんでもないサプライズだな。さあ、料理が冷めんうちに食ってくれ。言っておくがローストチキンなんざこんな時でないと出さない料理だぞ」
「そうです! 大奮発です!」
「ち、ちなみに料金は……」
「通常価格一万コルト! ……だが、今日のは全部『ロフォーラのやどり木』の奢りだ!」
「「ありがとうございます!」」
お父さん太っ腹!
エノファさんとロインさんには……心からの祝福を!
「さて、それじゃあまずはグラスを持って! ティナはジュースな」
「はい、もちろん!」
「「「「かんぱーーーい!」」」」
***
「お世話になりました」
「色々ありがとうございました。ティナリスちゃんも」
「いえいえ! こちらこそ、昨日は素敵な踊りと歌をタダで堪能させていただいて」
「あら、あのくらい当然じゃない」
「そうそう。それに、俺が吟遊詩人ってところをちゃんと見せておきたかったしね」
翌日、新婚さんは無事にプロポーズが終わったということで一座に一度戻り、結婚の報告をするそうだ。
この世界は国ごとに戸籍を管理してるので、ロインさんたちのような旅の一座や、わたしたちのような国に所属しない宿屋の人間は冠婚葬祭に関して、特にルールや届けは必要ない。
まあ、国ごとに信仰する神様がいるので、その神を信仰しているのならそれに準ずるらしいけどね。
「あ、あと、これお土産というか……もしよければお使いください」
「あ! 石鹸!」
「ありがとう! なんか本当に色々してもらっちゃうなぁ」
その割には遠慮なくもらってくれましたね!
まあいいわ、お祝いの意味もあるんだもの。
一応ロインさんに「石鹸はくれぐれも食べないでくださいね」と念を押しておく。
食べないよ~、と笑っていたけどなぜか無性に心配だわ。
「お幸せに!」
「……大事にしろよ」
「はい! もちろん!」
「ああ、そうだ。困らねーように子どもの名前とかは決めておけよ。俺はティナの名前考えるのにそりゃあ苦労したからな」
と、なにやらお父さんが先輩面し始めましたよ?
わたしの名前……あらあ?
確かわたしの名前は『ダ・マール』一人気の踊り子さんからもじっていたのでは?
あれ、けど、エノファさんも踊り子……。
うっ、なんか急にこれまでにない親近感が……!
「き、気が早いですよ!」
「あらいいじゃない。ええ、道すがら考えてみます。それじゃあ、また近くを通ったら寄らせていただきますね!」
「はい! いつでもどうぞ!」
『ロフォーラのやどり木』はお客様の来店をお待ちしております!
―――おまけ―――
「いい宿だったなぁ」
「本当ね、またいつか絶対行きましょう」
宿を出た若い夫婦は、腕を組みながら一座の待つ『デ・ルルア』に向かった。
昨晩の余韻が、色濃く残っている。
プロポーズと祝いの料理と酒。
幸せと優しさと愛に満ちた夜だった。
薬指に指輪。
まさかエノファが釣った魚のお腹から、ロインが落とした指輪が出てくるなんて思いもしなかったが、それもいいサプライズになった。
「そういえば、店主さんが子どもの名前を決めておいた方がいいって言ってたわよね。なににする?」
「……実は、双子月のことを知った時から考えている名前があるんだけど……」
「え? なになに、教えてよ」
「西の亜人大陸を旅した時に、空の月を『レネ』と『モネ』って呼んでいた種族がいただろう? 男の子ならレネ、女の子ならモネってどうかな?」
「……月の呼び方からとるのね……。ええ、いいかも。ふふ、吟遊詩人らしく、ロマンチックじゃない! 賛成!」
「あ、それからさ……」
ロインは少し考えた。
店主には「大変だ」「生半可な気持ちではできない」と釘を刺されはしたものの、やはり昨日と一昨日の夜の感覚は忘れられそうにはない。
親が戦争で死んで、あの一座に引き取られたロインにとって、あの感覚は言葉で言い表せないほどに多幸感溢れるものだった。
ロインと同じ境遇のエノファにとっても、きっと同じだろう。
「俺たちも宿をやってみないか? 店主さんにはめちゃくちゃ大変だって言われたんだけどさ……昨日も一昨日も……なんかこう、すごく楽しかった」
「わかる! 私も同じこと思ってた!」
「本当!?」
やはりそうだった。
思わず顔を近づけて笑い合う。
あの幸せな時間をもう一度。
今度は自分たちがもてなす側になって、笑顔が溢れる時間を過ごしてもらいたい。
「ティナリスちゃんや店主さんみたいには、すぐには無理かもしれないけど……うん、賛成! 座長に相談してみましょう! いいじゃない自給自足の生活! これまでと大して変わらないわ。いろんな国、いろんな人に会って、もてなして楽しんでもらう。経営は大変そうだけど、私と貴方ならきっとできるわ」
「エノファ……」
「それに、生きるのに精一杯だった私たちが『やりたいこと』を見つけられたんだもの。……やりましょうよ。ううん、やるべき。自分たちらしく生きられるところを自分たちで作るの! 二人でならできないことなんかないわ、絶対」
「うん……うん!」
二人の選んだ道は険しいかもしれない。
でも、これまでも険しい道を歩いてきたのだ。
だからきっと大丈夫。
『デ・ルルア』までは徒歩で二週間ほど。
それでも二人の足取りはとても軽かった。
五歳のわたし 了
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