五歳のわたし第7話
で、驚くべきことに半日悩み続けたロインさん。
ちょっとこっちが不安になるほどの緊迫感溢れる表情で、近づきがたい。
というか怖い。
大丈夫かしらあれ。
ちなみにロインさんがこれなので、お父さんは気を利かせてロインさんたちの部屋へ指輪を探しに行ってくれたわ。
そして、やはり気を遣って昼食もリホデ湖の畔で食べたエノファさん。
まあ、エノファさんも空をぼんやり見上げながら、ボソッと「や、やっぱり朝より近づいてるわよね、月」と聞いてきては頬を染めてオロオロウロウロしていたので……なんかこう、ハードル上がってる感が……!
「ティ、ティナリスちゃん……」
「はい」
「こ、ここ、この花は、この辺りに、さ、咲いてるかな?」
「えーと?」
そう。
たとえどんなに理想的なプロポーズの言葉でも、このロフォーラに生息していなければ贈れない。
なので、わたしは素材の勉強も兼ねてロインさんとお花探し。
本で花言葉を確認しながら、花言葉にできそうで、なおかつロフォーラにあるかどうかをジャッジする役目なのだ!
言い出しっぺなので、全面的に協力しまーす。
どれどれ、と。
「レモーネの花ですね。『花言葉は僕はあなたのしもべです』…………」
いいのか、本当にそれで。
「ありますよ、山の中腹あたりですね」
「よ、よし、じゃあこれにするよ」
「本当にこれでいいんですね?」
花言葉的な意味でも!
「ああ。初めて会った時から……俺は彼女の恋の奴隷さ……」
「あ、そうですか。じゃあさっさと探しに行きましょうか」
「あれ、ここは感動する場面じゃないの?」
「わたしには一ミリも響かないので」
「えぇ……」
そういえば吟遊詩人だったものね、この人。
突然なに言い出してんのかと思ったわ。
まあいいや、山に行くなら早くしないと。
あまり遅くなるとビッグボアに遭遇しちゃうかもしれない。
ビッグボアならまだしも、ビッグベアになんか出会したら死ぬわ。
あいつら活動時間が夜だから、本当急がないと。
「ロインさんは戦えたりとかするんですか?」
「いや、全く」
「……お父さんについてきてもらいましょうか。ボアとかベアとかに遭遇したら危なさそう……」
「え……そんなの出るの……」
時間的にいつも行く時間より遅いから不安。
コテージに寄って、お父さんに声をかけることにした。
微妙な表情だったが、それはやはり指輪が見つからなかったことと、探しに行く花の花言葉を聞いたせいかも。
「店主さん、戦えるのかい?」
「まぁな。利き腕はなくしたが、左腕でも多少はやれる。ベア程度なら後れはとらんさ」
「マジかよ……」
「プロポーズが成功したらベア鍋にでもするか? 血抜きせにゃならんから今日は無理だけどな。ははは!」
「ヒェ……結構ですぅ」
ベア鍋よりボア鍋の方が好き。
いわゆる猪鍋……。
最初は少し抵抗があったけど、豚の親戚なだけあってなかなかジューシーでちょっとクセはあるけど基本豚っぽくて美味しいの。
脂身が豚よりも甘い感じ、かな。
まあ、個人的な好みでいうとベア鍋だろうがボア鍋だろうがリホデ湖の下の方で取れる昆布みたいなやつを乾燥させて、出汁をとらねば食べられたもんではない。
あれは醤油か味噌で煮込んで食べると、絶対塩胡椒で味をつけただけのものよりも格段に美味しくなる!
断言する! できる!
一刻も早く醤油か味噌を手に入れたい!
大豆っぽいものがあれば錬金術でなんとかできる気がするの!
どこかに落ちてないかしらー!
「ティナ、山のどの辺なんだ?」
「中腹付近ですね」
おっといけない、早く行って早く帰ってこないといけないんだったわ。
エノファさんもそわそわしっぱなしだものね。
まあ、ロインさんはそわそわしすぎてむしろ挙動不審だけど。
裏山に入って舗装されてない山道を進む。
……本当、子どもの足だと余計歩きづらいわ。
いつかがっぽがっぽに儲かったら舗装したいなぁ。
現状ではとても無理。
くそぅ、もっと色々なお薬とか作れるようになりたい……。
「なあ、ロイン」
「は、はい」
「お前さん吟遊詩人なんだろう? プロポーズの時は歌ったりするのか?」
「ああ、ええと、そうですね、そのつもり、だったんですけど……それはしません」
「え? なんでですか?」
「……歌はお金のために歌ってきたんで……彼女には歌より、俺の本当の気持ちを届けたいんだ。そこに俺の音楽なんて雑音混ぜたくない」
雑音って。
……そうなのかな。
でも、本人がそう言うんなら……あ!
「ありました! レモーネの花です!」
「これが!」
中腹に差し掛かった時、道の脇に黄色い小さな花が咲いていた。
茎が程よく長く、小さな花だけど色は鮮やか。
ちなみに、レモーネの花は水とともに錬成すると下痢止めになります。
「じゃあさっそく一つ作ってみましょう」
「今!?」
「しおれてしまうかもしれないので、数本は持ってきた瓶の中に入れておきますね」
「え、あ、う、は、はい」
少量の水が入った瓶に、五本ほど花を入れる。
失敗されたくないのでロインさんに、花指輪の練習をしてもらった。
いやほら、いくらなんでも作れないほど不器用、ってことはないと思いたいけど、やっぱり万が一ということもあるでしょう?
「えーと、こんな感じ?」
「想像以上に早い仕上がり……あ、いえ、大丈夫です」
よかった杞憂だった。
めちゃくちゃ上手だったわ。
「へえ……なんかいいな、可愛い……もし娘が生まれたら、一緒に作って遊ぶのもいいかもしれないな」
「旅の一座で生活してたんだってな? ……子育てするならどこかの国に居を据えた方がいいんじゃないのか?」
「あ、えーと……はい、俺もそう思って、座長には相談したんです。そしたら東の小さな国の知り合いに家を建ててもらえることになって……」
「東の小さな国?」
「はい、まだ建国途中らしいですよ。町……ですかね? あ、でも……昨日、外で飯食った時、ここみたいな宿屋もいいなって思いました。星空の下で、家族とお客と一緒に飯食うって最高だろうなって」
「…………」
わたしも同じことを思ったわ。
……ああ、幸せだな、楽しいなって……。
ロインさんも同じ気持ちでいてくれたのね。
「…………」
嬉しい。
宿屋冥利に尽きるわ。
「そうか。けど大変だぞ。生半可な気持ちでできるものじゃない。うちは見ての通り山と湖があるから食べ物はなんとかなってる方だが、やはり国にいるのと違って消耗品はすぐ手に入らない。街道宿は近隣諸国に許可もらわないといけないし、時々出る盗賊は自力で追い払わなきゃならんし、基本自給自足だし……」
「うっ。で、ですよねー。まあ、エノファともそれは話してみないとなぁって」
「そりゃそうだな。……でも気持ちはわかる。家族でのんびり宿屋やるのは悪くない」
「はい!」
わたしも今の生活は楽しい。
『お父さん』と二人になった時はどうなることかと思ったけれど、お客さんが来ない日さえ、錬金術の練習をしたり勉強したり素材を集めたりと、宿のお仕事以外にもやるべきことは山のよう!
それに、こうして素敵なお客さんとも出会える。
鬱で人見知り気味の前世では、ちょっと考えられないわよね。
不思議だわ、やることはたくさんあるのに、毎日がキラキラしていて充実している。
昔は頑張っても頑張っても、なにも上手くいかなくて、つらくて悲しくて情けなくて自分を大嫌いだったのに。
これが若さかしら?
「おっと、早く山を下りないとやばいな。陽が落ちてきた」
「い、急いで戻りましょう!」
「…………」
「ロイン、大丈夫か? 覚悟はいいんだろうな? そろそろ月が重なり始めるぞ」
「は、はい」
空を見る。
本当だ、お父さんの言う通り二つの月が重なり始めた。
この二つの月が重なり合い、リホデ湖の水面に映った『一つになった月』……それが『双子月』。
空と陸に月が二つになる、十八年に一度の天体イベント。
山を無事に下りて、わたしとお父さんは夕飯の準備!
果たしてロインさんのプロポーズは成功するのかしら、ドキドキ!
「まあ、月の様子だとあと数時間って感じだからゆっくり作っても間に合いそうだな」
「そうですねー」
「あ、ティナリスちゃん、引き続き押し花について教えてくれないか?」
「あ、そうでした」
忘れてた!
ということは夕飯の準備……。
「大丈夫だ、やっとくよ」
「ありがとうございます」
そしてお手伝いできなくてすみません。
まあ、喫茶コーナーにいるのでなにかあったら呼んでください。
どうせすぐ終わるでしょうし。
と、いうわけで……。
「押し花の作り方は非常に簡単です」
「え、簡単なの?」
「紙と紙を本の間に入れて、その間に押し花にしたい花を入れます。直接本に花を入れると、花の汁が本について汚れてしまうので、分厚めの紙を使用してください。注意点は以上です」
「え! それだけ!?」
「あとは水分が抜けて、綺麗に押し花になるまで放置するだけですね。……紙にそのまま貼り付けて、栞にしてもいいと思いますけど……ロインさんたちは本とかはお持ちですか?」
「……持ってないかな。手帳とかでもいい?」
「まあ、挟めるものなら……でも、ちゃんと固定してあります?」
「ああ、一応紐付きだから」
「あとは今回のようになくさなければ大丈夫ではないでしょうか」
「き、気をつけるよ」
是非そうしてください。
「じゃあ、わたしお父さんの夕飯作りを手伝ってくるので……ロインさんはどうされますか?」
「せ、精神を落ち着ける」
「…………わかりました……?」
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