五歳のわたし第6話


「よし! テーブル拭き完了、野菜の用意も完了! ……あとは……」


 でもこれだけじゃなんかいつもの喫茶コーナー、よね。

 飾り付けとか、した方がいいかしら?

 いや、まだ早いわ。

 テーブルクロスぐらいなら、用意しておいてもバレないかな?


「ティナリスちゃーん!」

「きゃぁぁあ!」


 バッターン!

 と、本宅の扉が開く。

 なななななに!? まだプロポーズ成功のお祝いの準備も朝食できましたよー、って呼びに行ってもいないわよ!?

 いや、お父さんが今厨房で朝ご飯は作ってると思うので、間もなく呼びに行くつもりでしたけど!

 ロインさん、あんなに大慌てで……なにか一大事!?


「ゆ、ゆび、ゆびわ! 指輪がない!」

「……………………」


 半泣き。

 はあ?

 え?

 今、なん……ゆび、指輪が?


「……ええええええええええぇ!?」


 ないいいぃーーーーー!?

 今指輪がないって言ったぁぁぁあ!?

 ……この世界もプロポーズの時指輪を渡すんだ~。

 って冷静にほっこりしてる場合じゃない!


「どういうことですか!」

「確かに買って荷物の中に入れたはずなんだけど! 今確認したら入ってなくて!」

「全部ひっくり返してみたんですか!? うっかりベッドの下とかに落としてません!?」

「全部見たよ!」


 なにやっとんじゃこの人おおおぉ!

 プロポーズの日に指輪なくすとかなにやっとんじゃこの人おおおぉーーーー!


「おい、どうかしたのか?」

「お父さん! このダメ男が指輪をなくしてしまったそうです!」

「指輪をなくし……? は、はあ!? なにやってんだお前! 『双子月』は今夜だろ!?」

「だ、だからあの……ティナリスちゃん、指輪の錬成とか……できたりしないかな~……なんて……」

「指輪の錬成!?」


 そ、そんなことできるの!?

 やったことないし!


「おまっ……ティナにたかる気か!」

「だ、だってもう他に確実な方法がないというか! いや、探しますよ!? 最後まで諦めずに探しますけど! でも万が一見つからなかったら……」

「……で、でもあの、指輪の錬成ってできるものなんですか……?」

「できるとは思うが……ティナの錬金術はどちらかというと『練金薬師』系の錬金術だ。金属系の錬成とは畑違いだな」

「そ、そんな……」


 錬金術にも種類があるものね。

 うーん、でも、これは大ピンチだわ。

 なんとかしてあげたい……。


「あの、わたし書斎で金属の錬成について少し調べてきます」

「構わないが、金属系の錬金術は薬より禁止要項も多かったはずだ。難しかったら俺に相談してくれよ?」

「はい、わかりました」

「ロイン、お前はもう一度部屋を探してこい。落ち着いて、ゆっくり探すんだ。服のポケットや布団の中とかもちゃんとな」

「は、はいぃ……」


 えぇい、なんでもっとちゃんと確認しておかないのよこのダメ男。

 書斎に急いで、本棚の錬金術コーナーを改めて探る。

 金属系の錬金術……この辺りかしら?

 グレーの表紙の本を一冊取り出して、開く。

 うん、これで合ってる。

『錬金術、金属の加工編』。


「……げっ」


 なによこれ、わたしの知ってる錬金術じゃない!


――必要なのは錬成するための回路。


 回路!?

 うっ、鍋と練金棒だけで作る感じじゃない!


――金属と金属を掛け合わせることにより、全く別の金属を生み出す。ただし、金、銀、プラチナなどの貴金属の錬成は各国の法律で重罪。


 違うの~、わたしがやりたいのはこういう、絶対面倒くさい感じのやつじゃなくて金属の加工してなのぉ~!

 どうしよう、これでも初心者用みたい。

 なんか必要なものが高温の鉄を入れても問題のない鍋とか、高温の金属を混ぜ合わせても問題のない練金棒とか、今すぐに入手は不可能そうなものばかり!

 あ、これは詰んだ。

 ロインさん終わった。

 こうなったら指輪なしでプロポーズしてもらうしかないわね。

 はい、終了。

 わたしには向いてないし、こっちの錬金術。

 今朝エノファさんに『錬金術の才能がある』って褒められたけど、金属系の錬金術はわたしには無理でした。

 これはもう錬金術にこだわらず、ハンドメイド的なもので代用するしかないんじゃない?

 この際ビーズの指輪でも、エノファさんは喜んでくれるんじゃないかしら?

 あれ、それよくない?

 女子的には嬉しくない?

 恋人が一生懸命、自分のために指輪を……たとえ安物のビーズでもハンドメイドなら!


「ハンドメイドの本!」


 あるかしら!

 あった!

 きっとお婆さんの本ね。

 取り出して目次を読む。

 編み物やパッチワーク、刺繍、押し花……。


「押し花……」


 最初に目に留まったのはなぜかその項目。

 ページを開く。

 あ、押し花のページに本当に押し花が挟まってるわ。

 アセビ、かな?

 前世、近所の一軒家に木が植わっていて、花を見たことある。

 植木に使われることが多くて、その家の人に「その花は綺麗だけど有毒植物だから、気をつけるんだよ」って言われてすごく印象に残ったのよね。

 薄いピンクの紙に貼り付けられて、その裏には日付と『ピエリスの花』とある。

 その横には……花言葉?

 この世界にも花言葉があるのね……。


「『生涯あなたと二人旅』……え、これって……!」


 プロポーズの言葉!?

 ……いや、花言葉か。

 へえ、なんだかロマンチック~。

 お婆さん、こんな趣味があったんだ~。


「…………」


 そうだったんだ……残念だな。

 わたしが三つの時に亡くなってしまったお婆さん。

 こんな素敵な趣味があったなら、色々お話聞いてみたかった。


「花……花かぁ。そういえば小学生くらいの頃、なずなとかで、花かんむりとか、指輪とかネックレスとか作ったな…………あ、指輪……」


 いえ、忘れていたわけでは、決して。

 ……ん? 指輪?


「…………え? それはそれで素敵じゃない?」


 問題はロインさんに作れるかどうかだけど!

 いや、あんな簡単なものを作れないほどダメ男じゃないわよね。

 吟遊詩人なんだもの、楽器弾くんだもの!

 というわけで早速下へ戻り、死にそうな顔で朝食を食べていたロインさんに提案してみる。


「花で指輪!?」


 まあ、案の定驚かれたけれど。


「花で指輪なんて作れんのか?」

「えっと、茎の長いお花の茎をこう、指の太さにくるっと捻って巻いていくだけなんですけどね……いい考えがあるんです!」

「「いい考え?」」


 男には絶対思いつかないと思うわ。

 そりゃ、わたしもお婆さんの本を見るまで思いつかなかったけど。


「押し花にするんです。書斎から花言葉の本も見つけてきたので、これでこの辺りにある花の花言葉を調べて、プロポーズの言葉に添えるんですよ! そして贈った花の指輪は、押し花にして取っておくんです」

「っ!」

「へえ……そりゃあ、なかなかロマンチックかもしれないなぁ。しかも安上がりときたもんだ」

「女の人を喜ばせるのに、本当はお金なんか要らないんですよ」

「……そ、そういうもんかぁ?」

「そういうものですー」


 お父さん、女心わからなさそうだもんなー。

 ロインさんはすぐに花言葉の本を開いて、これ、それ、と悩み始める。

 おおう、どうやら薪は増えないようだわ。残念!


「こりゃ一日中悩みそうだな」

「エノファさんはどうしたんですか?」

「飯食ったら釣りをやってみたいとかでリホデ湖に行ったぜ。まあ、これに気を遣ったんだろうけど」


 これ。

 ロインさんね。

 うん、間違いない。

 わたしが戻ってきた時、顔が死にそうだったもの。


「エノファさん本当にいい人……」

「こいつにはもったいないなぁ」


 本当だわ。

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