五歳のわたし第5話



「試供品ということで、ご利用ください。エノファさんにはお手伝いいただいたので、是非」

「あら、いいの? ありがとう! 材料を見ちゃってるから複雑だけど……でも完成品を見ると、結構綺麗だもの……ええ、是非使ってみるわ」

「え、材料なんなの、これ」

「知らない方がいいわ」

「どういうこと!?」


 ……そうね、ロインさんは知らない方がいいわ……。


「ふっ」

「うふふふっ」


 思い出して、エノファさんと顔を見合わせ笑ってしまう。

 思い出し笑いだ。

 だって、実際に見てなくてもなんとなく想像できてしまうんだもの。

 おかしくなってきてしまった。


「ええ~! なんだよなんだよ!」

「他のやつはどうするんだ?」

「もちろん、うちで使いましょう。お洗濯と、お皿を洗う時に!」

「あれ? 食器には使っていいのか?」

「直付けするんではなくて、水につけて泡立ててから使うんですよ。それに、とてもひどい油汚れ限定です!」

「そうなのか」

「そして石鹸は綺麗に水洗いしなければいけません」

「そ、そうなのか。色々あるんだな」

「本当は体も洗ってみて、肌への影響なども確認したいのですが……まずは布や食器を洗って、手が荒れないかどうかを確認してからですね」

「お、おおぅ……」


 まあ、上手く泡立てばいいのだけれど……。

 明日使ってみてだわね。

 これが上手くいったら、肌によさそうな成分を調べて体を洗う石鹸や、髪によさそうな成分を調べてシャンプーやトリートメントなんかも作れないかしら?

 そういうものをガラスの容器に入れて売れば、がっぽがっぽ!

 女性客も倍増間違いなしなのでは……!


「ふふふ、石鹸……これは改良の余地が多分にありますね……ふふふふふふふ」

「ティ、ティナ?」



***



 翌朝。

 玄関の前をお掃除して、畑に水をやります。


「あ……」


 もう芽が出てる!

 昨日種を植えたばかりなのに!

 肥料すごーい! これはら本当に早く収穫できそう。


「おはようティナリスちゃん」

「おはようございます、エノファさん! お早いですね、お散歩ですか?」

「うん、ちょっと練習。踊らないと体が鈍るのよ」

「わっ」


 と、柵の向こう側で突然踊り始めたエノファさん。

 そういえば踊り子さんなんだっけ!

 腕を高く上げ、足をしなやかに伸ばし、緩やかに回転したと思えばしゃがんで上体を大きく後ろへ反らす。

 体柔らかい!

 それに、とても綺麗……。

 指の先からつま先までが全部計算され尽くしたように、完璧な『女性としてのフォーム』というか……。

 女の人って、こんなに綺麗なんだ。

 自分も一応女なのに、ううん、女だからこそ、嫉妬心も起きないほどエノファさんの踊りは綺麗だった。


「素敵です!」

「ありがとう。ま、これで食べてきたからね」

「さすがプロ! という感じで……わたしも大きくなったらエノファさんのようになりたいです!」


 プロポーション……スタイル的な意味で!


「なんで? 私はティナリスちゃんの方がすごいと思うわよ?」

「え?」

「そりゃそうでしょう? こんなに小さいうちから錬金術を覚えて使って、お父さんを支えてさ」


 柵越しに頭に手を置かれる。

 朝日が昇り、日差しでエノファさんの笑顔が眩しい。


「ティナリスちゃんはすごいわ。普通、どんなに大変でも、あなたぐらいの歳の子が錬金術を使おうなんて考えないわよ」

「え、えーと」


 中身は成人してますので。

 とは言えない。

 やっぱりこの歳で錬金術は変かぁ。

 人前で使うのはやめようかしら?

 でも今回みたいに素材集め手伝えってもらえるのは助かるしなぁ。

 もう少し成長すれば、変じゃなくなるわよね?


「きっとそれがあなたの才能。信じて伸ばしていきなさい」

「…………。……はい!」


 わたしの、才能。

 前世では才能らしいものなんてなんにもなかったから、そう言われるととても嬉しい。

 なんの変哲もない、取り柄もない、可愛くもない、頑張ることしかできないわたしだったけど……『ティナリス』になったわたしには錬金術という才能があるのね。

 わたしも錬金術は楽しいし、いろんなものを作れるからお父さんやお客さんたちの喜ぶ顔も見れるし、やりがいがあって好き。

 もっともっと、色々なものを作れるようになりたいわ。

 ううん、きっと作れるようになる。


「ありがとうございます、エノファさん! …………あ!」

「?」


 頭にのせられた手が離れる。

 朝日の中、うっすらと輪郭の残る二つの月が昨日の晩より近くにあった。

 これって、もしかして……!


「どうしたの? あれ? ……月、あんなに近かったかしら?」

「エノファさん! もしかして、もしかしますよ!」

「え! …………そ、そう……」


 ほんわ、と赤くなるエノファさん。

 そうよ! 危うく忘れるところだったわ!

 エノファさんは、ロインさんにプロポーズされるためにロフォーラへ来たのよ!


「わたし、ロインさんに伝えてきます!」

「あ、う、うん」


 水やりは終わっているのでダッシュでお客さん用のコテージへ……はあ、はあ、し、しまった、自分の体が幼女だということを忘れ、忘れてた、はあ、はあ……足が短いから、距離が……!

 でも子どもって走っててこんなにすぐ疲れるものだったかなぁ!?

 ひい、ひい……!


「あべっ!」

「わっ!」


 ようやくコテージ……と思ったら目前で転けた。

 顔面からいってしまった。

 い、痛い~!


「大丈夫か!?」

「あ、ロ、ロインさん……そ、空……月が近づいてます……」

「ええ!?」


 わたしを抱き起こしてくれたのは、ちょうどコテージから出てきたロインさん。

 転んだわたしを見て驚いて、月が近づいていると言われてまた驚いている。

 でも……。


「っ……」


 見上げて、月の位置を確認して、ものすごく顔が緊張で強張った。

 プロポーズって、一世一代だものね……。


「頑張ってくださいね!」

「……う、うん!」


 間違いなく成功すると思うけど!

 ……でも、成功するしない関係なく、緊張してるように見えるな。

 わたしには応援することしかできないから、応援だけするわ。頑張れロインさ~ん。


「じゃあ、わたし朝食作りを手伝ってきます」

「あ、ああ……じゃ、じゃあ俺は昨日頼まれた薪割りの続きをしてるよ……」

「はい」


 こりゃあ今日一日で大量の薪が確保できそうね……。

 カチコチだけど、無心で夜まで割り続けそう。

 こっちとしてはありがたいからいいんだけど……あ、そうだわ!


「お父さん! 月が近づいてました! きっと『双月蝕』は今夜ですよ!」

「お、そうか。じゃあロインのやつもいよいよ年貢の納め時だな」

「お父さん、これはわたしたちも今夜は豪華に決めなければならないのではないでしょうか!」

「ご馳走作ってお祝い、だな? よし、なに作る?」

「はい! ローストチキンなどいかがでしょうかっ」

「お、いいな。よし、任せろ。一昨日狩った野鳥の血抜きは終わってるから……あ、ティナはテーブル拭いてきてくれ。朝飯はもうすぐできるからな」

「はーい」


 ……そうね、五歳の幼女に解体作業を見せるのはちょっと早いわよね。

 わたしもあまり見たくないわ。

 お父さんが気を遣ってくれたので、それに甘えてテーブルを拭くことにした。

 というわけで、今日はローストチキン。

 前世だとクリスマスでお馴染みよね。

 解体、というかローストチキンにするのなら羽根を抜いて頭を落として内臓を取る、ぐらいだろう。

 ……あ、やっぱり十分グロい……。

 でもわたしもいつか慣れないとね……。

 まあ、いいわ。

 そっちはお父さんにお任せして、テーブルを拭いたらローストチキンに必要な材料を揃えておこう。

 ローストチキン、本当ならワインとかのお酒に一日漬け込んで柔らかくするものだけど、お祝いは今夜だからそこは約半日に短縮。

 とりあえず今ある野菜類、ポーテト、キャロロト、オニュオン、ティマート、パンプコン(これはカボチャね)、ポンポーテト(さつまいも)を細かく切って、ハーブなどと一緒に焼く。

 あればにんにく、キノコ類も入れると旨味や食感がよくなるかな……まあ、この辺りはお好みで、よね。

 焼くくらいなら多分、やらせてもらえる、はず。

 炒めた野菜を鳥さんのお腹へ詰め、表にバターをまんべんなく塗ったら、オーブンでじっくり焼き色をつけていく。

 本当はりんごなんかもあれば、一緒に焼くとお肉が柔らかくなるんだけど……ここじゃあそう簡単に手に入らないからな~。

 裏山にある果物というとベリー系ばかりだし。

 見た目は申し訳ない気持ちになるんだけど、ここでは行商人さんが来た時にしか買えないバターやあまり獲れない野鳥を丸々一羽使うなど贅沢を極めた料理……それがローストチキン!

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