五歳のわたし第4話


「ねえ、見ていてもいいかしら?」

「はい、どうぞ。でも、あんまり面白くないと思いますよ?」

「そんなことないわよ。錬金術なんて普通見られないもの。あなた小さいのにすごいわよね」

「生活のためです」

「あ……そ、そう」


 割と切実に。


「それに、錬金術は元々昔の人が、生活を少しでも楽で便利にするために開発された技術だと書いてありました。なので、簡単なレシピは身近なもので、生活に役立つものが多いです」

「そうなんだ?」

「治療薬や解毒薬、解熱薬はどこにでも生えている『リリス』『デュアナ』『ソラン』の花と水だけでできるんですよ」

「え! そうだったの!?」


 これ、意外と知らない人が多いのよね。

 中級や上級はそれにいろんな材料が追加されていく。

 だから価格も性能も桁外れに上がっていくのよ。

 わたしもいつか、中級や上級の治療薬を作れるようになりたいな。

 作れるようになれば、かなりの儲けになるもの!


「では!」

「うん! 頑張って、ティナリスちゃん!」

「はい!」


 準備する道具は鍋、練金棒。

 まずは素材を材料にしなければなりません。

 まあ、素材がそのまま材料になるやつもあるけれど。

 今回は成分抽出で材料にしなければならないので、手順は重要。

 本に書いてある通りの手順で素材を材料に錬成します。

 魔力を注ぎながらまぜまぜ……と。

 うーん、ちゃんと成分分離してるのかしら。

 でも、色は変わったし液状になってる。

 まあ、手順の通りだからきっと大丈夫だとは思うけど。


「よし」

「わあ……」


 次にできあがった材料を鍋に入れます。

 そしてもう一度魔力を注ぐ。

 でも、一度魔力を注いでいるので、魔力は少なめでオーケー……なるほど。


「…………」


 まぜまぜ。

 まぜまぜ。

 魔力は少なめ。

 そしてまぜまぜ。

 カッ!

 光ったら入れ物かなにかに注いで、固まるまで待ちましょう。

 なるほど、普通に型取りね。

 葉っぱ乾燥用の細長で底の浅い木箱を用意しておいてよかったわ。


「なに、それ?」

「いつも素材用の乾燥葉っぱを作るための木箱です。これに布を敷いて隙間を埋めて、石鹸の素を注ぎ込み、固まるまで待ちます」

「へえ? ……けど、なんか量が多いのね」

「そうですね。錬成すると質量が増えることが多いんですよね……」

「ふーん」


 試供品用に小さいのを作ろうと思って、大きめの木箱を用意したけど……そこそこたぷたぷになったわ。

 こんなに増えるなんて、少し驚いたわ。

 膨張した、のかなぁ?

 まあ、あとで切って小さくすればいいわよね。


「どのくらい待つの?」

「さあ? 初めて作るので……」

「あ、そうか。でも、あんな変な材料なのに液体は乳白色で綺麗ね」

「そうですねー」


 とりあえずこれはこのまま放置しましょう。

 埃が入るのは嫌なので、一応別な木箱で蓋をして、と。


「これで終わり?」

「はい。お手伝いありがとうございました」

「ううん、私もなかなか珍しいものを見せてもらったわ」

「あら?」

「あら」


 本宅の横で作った石鹸を放置して、リホデ湖の方を見るとロインさんが木のバケツを持って近づいてきた。

 ああ、きっと釣りをしてきたのね。

 お父さんと話していた宿屋のお手伝いは明日からかな?


「釣れましたか?」

「うん。やってみると結構たのしいねー」

「へえ、どれどれ……ってぎゃー! ヘビーーー!?」

「え!」

「んぶっ!?」


 エノファさんが抱きついてきた!

 お、おっぱい圧が……!


「ち、違うよエノファ! 店主さんがこれは『ウナン』という魚だよ!」


 ウナンはいわゆるうなぎっぽい魚よ。

 ただし海外のうなぎのようにめちゃくちゃ大きいわ!

 いつかうな重にできないか画策しているのだけれど、大きくて今のわたしじゃあとても捌けないので保留にしている。

 あと、タレがね……どうやって作るのかしら。

 醤油が必要だと思うんだけど、錬金術で作れるのかいつか試したい。

 ちなみに『ウナン』は臭みが強いので、ハーブ類で臭みを取りつつ、そのまま香草焼きにするのがこの世界の主流の食べ方よ!

 臭みと香草が喧嘩するかと思いきや、これはこれで意外と美味しいので驚くわ!


「た、食べられるの!? だってそれ、蛇じゃ……」

「香草焼きにすると、とても美味しいんですよ。お父さんに頼んで作ってもらいましょう」

「香草焼き? ……本当にぃ?」


 と、疑っていたエノファさん。

 では証明いたしましょう。

 お父さんに持って行き、今日はお外で焚き火をして、捌いたウナンと複数の香草と塩、胡椒をラックの油を塗った紙に包む。

 焚き火を囲っていた石に添えるように置いて、遠赤外線でじっくり焼くと……。


「うぅ~ん! 美味しい~!」

「本当だ! すごく美味しい!」

「だろう。親父に教わったんだ」

「美味しいです、お父さん!」

「そうかそうか」


 お空はすっかり星空になり、今日も月が寄り添って浮かんでいる。

 リホデ湖の側でこうして焚き火をして、お客さんが釣ったお魚で、お客さんと一緒にご飯を食べる……。

 なんかいいわよね、こういう宿。

 お父さんはあまり料理が得意じゃないけど、これは本当に美味しい。

 お爺さん直伝だからかしら。

 いやいや、習得したのはお父さんだもの。

 いつかわたしも、ちゃんと教えてもらいたいわ。


「そういえば、石鹸の話はどうなったんだ? ティナ」

「あ、そうです! そろそろ固まったでしょうか?」

「食べ終わったら見に行きましょうよ」


 というわけで、ゆっくりご飯を食べたあとエノファさんと石鹸の原液を流し込んだ木箱を持ってきた。

 焚き火の側に置いて、蓋を開けてみる。

 覗き込む四人分の目。


「これが石鹸? でかくない?」

「ずいぶんでかいの作ったなぁ?」

「いえ、これを切って小さくして使うんですよ」


 このままで使うわけないでしょうが。

 えーと、ナイフナイフ……あ。


「あ、あのぅ、お父さん……石鹸を切ってもいいナイフありますか?」

「食べ物用のナイフじゃダメなのか?」

「うーん、なんとなく食べ物用のナイフは使いたくないような……」


 あんまり食べ物用は使いたくないなぁ。

 だってなんかこう、石鹸って口に入れたらダメなんでしょ?

 よくかわいい石鹸とかに『食べ物ではありません』って注意書きがあるし。


「私のナイフを使うといいわ」

「え?」

「私、ショーでナイフ投げもやってるのよ。これなら食べ物用じゃないからいいでしょう」

「はい! あの、じゃあ……」

「ん?」


 もじもじしてしまう。

 恥ずかしいのだけれど……。


「あの、実はお父さんに『大きくならないとナイフなどの刃物は使うな』と言われておりまして……」


 過保護だなぁ、とは思うんだけど。

 ……でも五歳の子どもにナイフや包丁は確かにまだ危ない気はする。

 お父さんは正しい、かな?


「ああ、なるほど。それはそうね。いいわよ、お姉さんに任せなさい」

「すまないな、エノファさん」

「なんでティナリスちゃんにナイフ使わせないんですか?」

「バッカお前危ないからに決まってんだろ」

「そ、そういうものですか」


 お客さんに「バッカお前」はいかがなものかと思います、お父さん。

 まあ、けど、心配してくれてるのはわかるのでそれはありがとうございます。

 エノファさんが木箱の中にナイフを埋めて、スーと切れ目を入れていく。

 箱を裏返して、空気を少し含ませれば切れ目の通りに石鹸が外れて落ちてきた。


「わあ、思ったよりもいい感じじゃない」

「あとはこれに香り付けなどできればいいのですが……香りの強い花とか混ぜればいいのかしら? ハーブや花の精油とかも錬金術で作れるのかな? そういうのがあれば香りが付けられる……」

「え? なんて?」

「あ、すいません、なんでもありません。もう少し小さくしてもらえますか?」

「いいわよ、どのくらい」

「これを八個くらいに……」

「こう?」


 大体縦五センチ、横八センチくらいのあまり大きくない石鹸完成!

 そのうちの二つを、エノファさんとロインさんに手渡す。

 不思議そうにされてしまったわ。

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