五歳のわたし第3話


 ふむ。

 思った通り、錬金術のレシピ本に『石鹸のレシピ』があった。

 前世だと薬品……確か苛性ソーダとかグリセリンソープ……だったかな、が必要だったはず。

 無職時代、あまりにもなにかせねばと謎の焦りを感じてアマゾネスで『子どもでも簡単石鹸作りキッド』とか買って作った記憶はあるものの……材料はうろ覚えなのよね。

 でも、この世界……というか錬金術で石鹸を作る際は二回ほど錬成を行わなければならないようだ。

 一回目は石鹸の材料作り。

 二回目はそれを混ぜ合わせる作業。

 難易度は中級か。

 お薬作りは慣れてきたから、ちょっと難しいのに挑戦したいと思ってたの!

 よーし、燃えてきたー!


「でも問題は素材が揃うか、よね」


 全部揃えばいいけど……えーと、まずは……。

『蜘蛛の糸』……蜘蛛ならなんでもオーケー。

『油』……油ならなんでもオーケー。

『ヌヌジャーの蔦汁』……ヌヌジャーなら裏の山にあるわね。

『カセオペスの消化液』……カセオペス、食虫植物よ。これも裏山にある。

『清水』……リホデ湖の水でいいわね。

『アマンスの皮』……アマンスは前の世界で言うところの白樺の木。の、皮か。山に行けば採れるだろう。……いや、薪用の木材の中になかったかしら?

 うん、どうやら素材は全部簡単に揃えられそう。


「えーと、作り方は……まず材料を作るのよね」


 作り方の順番で成功か失敗かが決まる。

 適当に全て混ぜると爆発するので注意、とあるわ。

 ええ、これ爆発するのぉ!?

 ……お、落ち着くのよ、順序はちゃんとメモしておけばいいわ。

 まず『蜘蛛の糸』と『油』と『ヌヌジャーの蔦汁』を混ぜたものを用意する。

 これは石鹸の油分かな?

 次に『カセオペスの消化液』と『清水』を混ぜ合わせる。

 そして『アマンスの皮』をある程度の粉末状に加工。

 これは『アマンスの皮』を加工するのが少し大変そう。

 ある程度っていうのがまた微妙な表現だし。

 なにこれ、お好みでどうぞ、みたいな意味?


「なんにしてもさっそく素材集めからね!」



 と、いうわけで。



「素材集め? へえ、面白そう。いいわよ」

「ありがとうございます!」


 暇そうにしていたエノファさんに協力してもらい裏山へ!

 わたし一人じゃ山に行けないのよ。

 お父さんが「大人と一緒じゃなきゃ危ないからダメだ。迷子になったらどうする!」……って。

 ちょっと心配性が過ぎるわよね。

 …………。

 でも五歳の女の子相手と思うと普通か。

 そうね、五歳の女の子が一人で山へ……なんて聞いたら『ヤバイ』と思うか……そうか……。

 まあ、書いてあった素材は大体麓付近で揃えられるから助かるわ。

 はっ! こんなに手軽に作れるなら、大量生産して薬とともに販売できるんじゃない?

 お風呂場なんかに小さいやつを置いて『試供品です。ご自由にお使いください』ってしておけば、使い心地に感激した旅人さんが長旅のお供に買って行ってくれるかも!

 ……まあ、使い心地がどんなものかはまず作ってみないことにはわからないけどね。

 でも石鹸があれば、わたしでも手揉み洗いで何時間もシーツと格闘する必要はないわ!

 けど、石鹸を使うと木製義手のお父さんにはますます任せられないかも。

 この世界、ゴム手袋とかないし。


「いろんなものがあるけど、どれをとればいいの?」

「これとこれです。こちらの木に絡まっているヌヌジャーの蔦を絞って、汁を取ります。それから、カセオペスの消化液ですね。こういう茂みの下の方に生えていて、独特な匂いで虫をおびき寄せて食べるんです」

「え? 草が虫を食べるの?」

「はい、食べます」


 この世界にも食虫植物ってあるもんなのよ。

 最初見た時驚いたわ。

 エノファさんも草が虫を食べるとは思わなかったのか、かなり驚いた顔してる。


「ええ~……気持ちわるーい……」

「これの消化液だけいただきます」

「ええええ~!? それを持って帰るのー!?」

「持って帰ります」


 石鹸のためだもの。

 消化液がなくなったら枯れるかしら?

 それともまた生産するのかしら?

 今度来た時に確認しよう。

 できれば後者であってほしいものだわ。

 枯れてしまうのだとしたら心苦しいし、なによりなんども使わせてもらえないのはもったいないし……ふふふ。


「さてと、山で採れる素材……あとは蜘蛛の糸ですね」

「ま、また変なものを集めるのね?」

「少量でいいそうなので、蜘蛛の巣二つか三つもあれば」

「それ、少量なの……?」


 その辺に絶対あると思うんだけどな。

 と、あたりを見回していると、エノファさんがクスッと笑う。

 見上げると、少し慌てたように手を振る。


「ああ、ごめんね。ロインってば蜘蛛が苦手なのよ。昔、公演中にロインの肩に蜘蛛がついてるのを私が見つけたの。その頃はまだ彼が苦手だなんて知らないから、さりげなく教えたじゃない? そしたら、どうしたと思う?」

「…………。想像に容易いと、いいますか……」

「そうなの!」


 あのわかりやすーい人が、絶対に叫んだりうろたえたりしてはいけない本番中、大の苦手なものを目にした……とするのならば……。

 まあ、エノファさんが思い出し笑いでお腹を抱えて笑ってしまうのも、無理のないことになっていたのだろう。

 ちょっとそれは見てみたい。

 絶対面白そう!

 い、いえ、ロインさん的には冗談じゃないんでしょうけれど!


「すっごい真っ赤で、真っ青な顔になってるの! もう、おかしくて! おかしくて!」

「ふふふ」

「でも演奏の手は止めなかったのよ。なんだかんだプロなのよねー。自分の語りの時もちゃんといつも通りにやり遂げたわ。……それまでなんとなく頼りなくて、挙動不審で、そのくせナルシストっぽくてキモくてうざったい、顔と芸以外はてんでダメダメなダメ男だと思ってたんだけど……」


 ボロクソですね。


「それ以来ロインのことが可愛く思えちゃって」


 ギャップ萌えというやつですね。


「そしてそうなったら、もう、わかりやすすぎて、もう! ぷぷぷぷぷ……!」

「それでお付き合いを……」

「そう。私からね」

「ええ!? 意外です」

「わかりやすいけど奥手なのよ。話が進まないというか」

「あ、ああ」


 確かにプロポーズの件もバレバレなのに、わざわざロフォーラまでいらっしゃいましたものね。

 まあ、エノファさんの様子を見ると、きっと「そこが可愛い」と思ったんだろうな。


「でも、ティナリスちゃん、だったかしら」

「はい」

「ティナリスちゃんはどこか大きな国とかにはいかないの? こんな旅人もまばらな宿じゃ出会いもないんじゃない?」

「へ? え、いえ、わたし、まだ子どもなのでそういうのは……」

「あらもったいない。恋はたくさんした方がいいのよ。でないとロインみたいな奥手奥手で話が進まない残念な感じになっちゃうかも」

「…………が、がんばります……」


 ロインさんみたい……それはやだなー。

 でも、恋なんて今のわたしの年齢ではとてもとても……。

 いや、精神年齢は二十も半ばになりましたけど?

 でも肉体年齢五歳で惚れた腫れたはないでしょう。

 まあ、エノファさんのお話は素敵だと思うわ。

 わたしも年頃になったら……恋とか、できるかしら?

 今度は……。


「あ、蜘蛛の巣」

「どこですか!? わたし届きますか!?」

「少し高いところにあるから、私が取ってあげるわ」

「ありがとうございます!」


 これで素材が揃ったわー!

 次は薪用の木材置き場へ『アマンスの皮』!

 お客さん宿泊用コテージから北の森方向にある薪置き場。

 その横に、薪割りをするための作業場がある。

 ちなみにその横には、鍬とか斧とか作業具の入っている納屋とジュディがいる厩舎があるわ。

 まあ、目的のものは『アマンスの皮』。

 なので、作業場の中に持ってきてある木材を探す。

 白樺はいい香りがするのよね、檜とはまた少し違う優しい木の香り。

 って、香りに気を取られてる場合じゃなかったんだわ。

 えーと、白い皮の木、白い皮の木は……あったわ!

 思っていた通り、薪用の木材に『アマンスの皮』発見!


「あとはリホデ湖の水と……」

「ずいぶん色々揃えないといけないのね」

「はい。でも、これで石鹸が作れます!」

「……なんか蜘蛛の巣とか虫を食べる草の液とか……そんなもので作られた石鹸なんてどんなに王族貴族様が使う高級品でも、ちょっと使いたくないわね……」

「えぇ……。そ、そんなこと言わないでください……錬成すれば素材のいいとこ取りになるんですよ」

「本当に~?」

「で、できたらお父さんに鑑定してもらいますので!」


 今回やる錬成は、素材から材料として必要になる成分の抽出と余分な成分の排出。

 蜘蛛の糸からなんの成分を取るのかは勉強不足でよくわからないけど、この石鹸のレシピを確立させた人はかなり頑張って素材を調べたと思うもの。

 だって『蜘蛛の糸』とか『食虫植物の消化液』にまで手を出したんだから絶対頑張ったでしょ!

 すごいなぁ、レシピを考える錬金術師って。

 相当知識がないと絶対無理じゃない。

 まあ、なんにしてもあとは『油』と『清水』。

 油は厨房から適量を拝借。

 水は汲めばオーケー。

 というわけで意外と早く素材が揃いました!

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