五歳のわたし第2話


「うーん、しかし困ったな。時期はそろそろだと思うんだが……俺はこの宿を継いだばかりで具体的にいつっつーのはわからないんですよ。『双子月』はガキの頃に一度見ただけだし」

「ええ! ……で、でも、そろそろなんですよね」

「それはまあ、そうだと思いますが……。今日か明日か明後日か……一ヶ月後ってことは、さすがにないと思うが……うぅん、はっきりした日付まではちょっと……」

「え、ええぇ~! じゃあ、最悪何日も泊まることに……?」

「そ、そうですねぇ。あ、宿泊費がかさむのが心配なら、うちの宿を手伝ってくれれば多少割引はしますよ?」

「えぇ……、宿の手伝いって……お、俺にできるんですか?」

「大丈夫、簡単なことしか頼みませんよ! 多分……」


 ふ、不穏な気配。


「お、お父さん、書斎に天体についての本がありませんでしたか?」

「ん? あったか?」

「し、調べてみましょう」

「そうか? でも、見てわかるのか?」

「だ、ダメで元々ですよ!」


 正直わたしも天体とか星座は詳しくないもの。

 まして、ココわたしの前世とは別な世界だし。


「親父が生きてりゃあ、正確な日付がわかったかもしれないんだがな……」

「…………」


 お父さん……。

 いえ、仕方ないわよね……お爺さんが亡くなったのは先月だもの。

 まだ傷は癒えないわよね。

 わたしだって、まだどこか信じられないもの。

 でも今はお客さんのこと。

 こっちのお客さんはこの先の人生が懸かってるんだもん。

 二階の書斎へ行って、本棚を調べる。

 まだ高いところは取れないけど……というか、わたし高いところ苦手なのに本棚に上るのは平気よね? なんでだろう?

 あれかしら、本棚の棚を上ってて、足がちゃんとついてるからかしら?

 これ本当は棚が傷むからよくないのよね、知ってる。

 でも台とかないんだもん。

 じゃなくて、天体の本よ、天体の本。

 えーと……ん? あれ? これじゃない?


「えい!」


『二つの太陽と月と星』ですって。

 ラブロマンスな小説には見えないから、これだと思う。

 どれ、と表紙をめくるといきなり目次すっ飛ばして星座の絵が二ページを利用して描かれていた。

 当たりだわ!


「……ふーん、こんな風になってるのね……」


 それと、この世界にも『星座』があるのね。

 ちょっと感動。

 異世界とはいえ、野菜も名前が似てるし、実は前世の世界と遠い親戚なのかしら。

 まあ、星座の中身はかすりもしないけど。

 なによ、ホルリンス・ベルズー座って。

 はあ……『かつて存在した『ベティ・ズエナ王国』。その起源は旧時代にまで遡ると言われる』…………知らんがな。

 まあ、要するに歴史の偉人が星座になってるってことらしい。

 どんなことした人だから知らないけど、どの世界の偉い人も名前を残すのに一生懸命なのはわかりましたー。

 こーゆーのじゃないのよ、わたしが探してるのは!


「あ! これかな」


 というか、多分これだわ。

 目次を指でなぞり、見つけたのは『双月蝕』というもの。

 そのページをめくり、読んでみると……。

 ふむふむ、月が二つあるのは、かつて『太陽のエルフ』が落ちてきた巨大隕石を空に撃ち返した。

 その撃ち返された隕石が二つ目の月となり、撃ち返した時に放った炎の魔法で二つ目の太陽ができた……とある。


「………………」


 思わず表紙と目次を改めて確認する。

 これ、ロマンス小説とかじゃ、ないわよね?

 絵と解説しかないけど……ええ、これ本気?

 本気だとしたらやばくない?

 いや、天文学がわたしの前の世界ほど発達していないのかもしれないし、うん。

 重要なのは『双月蝕』とやらがいつ起こるか、なのよ。


「ええと、双月蝕は……十八年周期、ドードンの大移動時期、夜間に起きる……前兆は昼間から双月の距離が近づき始めるので……昼間から!」


 つまり具体的にはなにもわからない、ということだ。

 フッ、予想通り。

 あ、あとちなみにドードンとは野牛のことよ。

 ラックという牛のように大きくて、豚のように丸々として、鳥のように鳴き、猪のように強い変な生き物もいて、そいつもそこそこ凶暴なのだけどドードンは輪をかけて凶暴。

 鋭い角を持ち、色鮮やかな服を着ているとボアよりも凄まじいスピードと体格で突進して来る。

 旅人が大移動時期に襲われて死者が出る、という噂は毎年のように聞くわね……。

 でも、お肉はとても柔らかくて美味しいらしい。

 まあ、牛だし。

 野生なので臭みはあるようだけど、雄のドードンの角は錬金術の素材でもあるので割と高値で取引されるから冒険者が積極的に狩る対象でもある。

 ……返り討ちに合う冒険者の話も、毎年よく聞くけど。


「…………まあ、昼間から月が近づき始めたらそれが合図ってことよね。それがわかっただけマシかな。いや、マシってことで」


 本を持ち上げて一階に戻る。

 ロインさんはお父さんと、喫茶コーナーで宿のお仕事に関してのお話をしていた。

 まあ、何日お世話になるかわからないので、打ち合わせは必要よね。

 そこへ本を持って行き、見つけた説明文を読んでもらう。


「昼間から月が近づき始めるのか。そりゃわかりやすいな!」


 と、お父さんはお茶を飲みながら言う。


「でも具体的に何日後かは、わからないんですね……」


 と、ロインさんは肩を落とす。

 ですよねー。

 でも仕方ないわー、諦めてくださーい。


「まあ、そうぼやいても仕方ありませんよ。今日は旅の疲れを癒してください。お連れさんと釣りでもしてきてはどうですか?」

「釣りですか?」

「ええ、表のリホデ湖で釣り竿を二百コルトで貸し出してます。そこで釣った魚は無料で調理しますよ」

「……竿を借りるのにはお金がかかるんですね」

「こっちも商売なんで」


 バチィ!

 と、お父さんとロインさんの間に火花が!

 ……見えたような?


「どうですかね、店主さん。俺は吟遊詩人で食ってきたんです。お客が来たら俺の歌声をサービスっていうのは」


 それで割引を狙っているのね。

 でもさっき宿の手伝いをして値引きするって話をしてなかった?


「おいおいロインさん、いや、ロイン、そろそろ立場をわかれよな? 何日かかるかわからねーんだろう? 諦めて畑仕事と部屋の掃除を受け入れろ。あんまり駄々こねてると婚約者のねーちゃんにも手伝ってもうらうぞ」

「うっ!」


 ふむ、お父さん優勢。

 でも、畑仕事は反対だわ。


「お父さん、畑仕事は慣れてない人にさせると品質が下がるかもしれません。品質が下がると食事にも影響が出るので、掃除や洗濯、薪割りをしていただいてはどうでしょう?」

「げっ!? ま、薪割り!?」

「薪割りか……まあ、そうだな。そのあたりが一番無難っちゃー無難か」


 お父さんが一番苦労するのは薪割りと洗濯だろう。

 義手なので薪割りはほとんど左手で行っているようなものだし、洗濯物も大きなシーツの時は木製の義手なので一度濡れると乾くまでが大変なのよね。

 わたしももっと成長すれば、お手伝いできるんだけど……。

 この世界には石鹸が一般的ではないから、手揉み洗いしないといけないのよ。

 あんまりにも大変だからお客さんに『お洗濯割引』をお勧めしているぐらい。

 ええ、洗濯を手伝ってもらえたら割引するのよ。

 他にも『薪割りサービス』がある。

 薪割りを手伝ってもらえたら割引するの。

 リホデ湖の『釣り』や裏山での『狩り』は以前からやってたけどね。

 釣った魚、狩った獲物を調理するサービス。

 ……なんかうちの宿、こんなのばっかり増えてるような……?

 お客さんがゆったりまったりくつろぐどころか、お客さんを上手く使ってない?

 いいのかしらこれ。

 宿屋的にどうなのかしら?

 完全にアウトドア施設じゃない?


「薪割りやお洗濯は、元々手伝っていただくと宿泊割引の適用対象なんですよ」

「えぇ……この宿人手不足なのかい?」

「うっ。……まあ、その、実は先月先代が亡くなってな。五歳になる娘と、隻腕の俺だけでは色々仕事が回らなくて仕方なくお客に手伝いを頼んでいるんだよ」

「! それ、義手だったのか……そうか、それは大変だな……肉体労働は苦手だけど、そういう事情があるなら手伝うよ。……割引もあるんだろう?」

「ああ」


 こうして、我が宿は本日もお客様の善意で成り立っております。

 ……はあ、早く大きくなって宿をもっとお手伝いしたいものね。

 特に洗濯よ。

 大きくなれば大きなシーツだって……ん?

 待てよ……石鹸って錬金術で作れない?


「お父さん!」

「うお、びっくりした!? な、なんだ!?」

「わたし、錬金術で石鹸を作れないか調べてきます! というわけでしばらくお手伝いできないのでお許しください!」

「石鹸……?」

「石鹸って……貴族や王族が体を洗う時に使うというやつか?」

「はい! 石鹸があればお洗濯やお皿の汚れも簡単に落とせるようになります! 錬金術なら多分作れると思うんです!」

「「は、はあ……?」」


 というわけで、再び書斎にゴー!

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