十六歳のわたし、そして未来のわたし
十日って、早い。
「いよいよ、か」
「…………」
デイシュメールにはお父さんが駆けつけてくれた。
ナコナも来たがっていたけれど、レネとモネを放って置けないから側にいてもらうことにしたのだ。
世界で最も安全な場所とは言われているけれど、なにが起きるかわからないから。
もちろん、レンゲくんならやってくれると思う。
わたしも全身全霊でサポートする。
それでも、だ。
すでに地面から『
今日がやはり限界ギリギリ。
ロフォーラと『フェイ・ルー』は結界が張られ、レヴィレウス様やシィダさん、エウレさんやシンセンさんたち幻獣が万が一落ちてくる『
避難は……実は完全には終わっていないらしい。
やはり何万人という人を十日で全員別の大陸に移動させるのは、無理があったという。
この大陸のどこかには、国に属さず自給自足で生活している人もいるらしいし。
そういう人たちは、なかなかに探し出すのが難しい。
世界の異変には気づいていても、近くの国への道のりが危険なのだ。
『
けれど、今日でこのどす黒い空とも……きっとお別れ!
「それそろ限界だね。行くよ」
「頼んだぞ、レンゲ」
「…………」
デイシュメールのお城の前。
従業員の人たちと、お父さんとわたし。
そして、世界中の人たち。
その期待を全て背負ってレンゲくんがゆっくり浮かび上がる。
「やれることは全てやる。……ティナも手伝ってくれるしね」
「うん、行ってらっしゃい。…………」
続けてなんて声をかければいいのだろう。
少し考えたあと……。
「一緒に頑張ろうね」
「……! ……うん」
レンゲくんが宙に浮いたまま、突然マフラーを外す。
いつも巻いていた、あの——。
とても長いそれがレンゲくんの体に巻きつくように変化する。
白の……羽織?
懐かしい、和の装いに似た、陣羽織風の不思議な衣装。
あれは?
「あ、あれがレンゲ様の
「は、初めて見たわ……」
「ジリルさん、ミラージェさん」
二人がなにやら驚いてる。
確かにこれまでとはなにかが違うような気がするけど……マフラーが取れただけなのでは?
「ひとがた、本来の姿? あれが、ですか?」
「そ、そうよん、レンゲ様がマフラーを取ったところ、見たことないでしょん?」
「は、はい」
「あたくしたちもなのよン。そして以前エウレに聞いたことがあるのン。『あのマフラーは、リミットの役割がある。本来のレンゲ様はあまりにも強すぎるから、本来の姿を封印しておられる』って」
「え……」
「な、んだ、と……?」
サァ、とわたしとお父さんの血の気が引いた。
え、待って。
だって、今までも破格の強さを見せてきたのよ?
『カラルス平原』に然り、『エデサ・クーラ』で城と一体化したフェレスを倒した時に然り……。
あれで、力をセーブしていた?
え、ええ……!?
「そうだよ」
「うそ!?」
ご本人から肯定のお言葉!?
わたしたちだけでなくデイシュメールの人たちも「へぇ!?」と変な声を上げた。
「僕の父は『王獣種』と呼ばれる『幻獣ケルベロス族』の純血種。更にその中でも『奇才』と評された化け物中の化け物。この世界の基準の、遥か外側の実力を持つ。あまりにも破壊に特化してしまった僕の力は、抑えなければ普段の生活にも支障をきたすし、世界全体にも影響を及ぼしてしまうんだ」
「…………っ」
「そ、それほどまでに、お前、強かったのか⁉︎」
「最もたるは『
えええええええぇ!?
「だからこの姿になるのは——きっとこれが最後」
「…………」
使うんだね、概念ごと焼失させる黒い炎。
それで『
昔のレンゲくんにはできなかったこと。
今のレンゲくんにはできること。
こくん、とわたしが頷くと、レンゲくんが微笑んでくれる。
「いってらっしゃい!」
「いってきます」
空へ。
一瞬で見えなくなったその真白の姿。
わたしは手を組んで、胸にあてがい、祈る。
手の中にはレンゲくんとの契約石。
わたしの両親の愛の結晶。
「エアよ。この世で唯一絶対の神よ。命に慈悲をお与えください」
何度も、届くまで同じように呟く。
目を閉じていれば、レンゲくんと同じ景色が見えてくる。
不思議。
これも契約石の力……。
一緒に空を飛んでいるみたい。
下を見ないから怖くないし、速度が速すぎて飛んでいるのかさえよくわからないや。
(いた)
レンゲくんが呟いた声?
ああ、本当だ、見える。
真っ暗な闇の中にいるかのようなのに、それが蠢いているとわかった。
(行くよ、ティナ。一緒に!
うん。
わたしも祈る。
あなたの無事を。
世界の継続を。
そして、『
エアよ。
この世で唯一絶対の神よ。
命に慈悲をお与えください。
レンゲくんの契約石へ、わたしの『
わたしがレンゲくんの姿と声を感じるように、わたしとレンゲくんの持つ契約石は繋がっている。
この『繋がり』を利用するのだ。
わたしと、あなたが、この世界で一緒に生きるために!
わたしとレンゲくん、二人の力で『
お願い!
上手くいって!
『…………』
…………光?
誰かが微笑んでいる。
あなたがエア?
答えはない。
花畑のようなところ。
黒い髪の、男の人。
「『
はっとした。
お父さんの声で、空を見上げる。
キラキラと輝く、満点の星空。
開いた口が、塞がらない。
どれほどぶりに見ただろうか……この星空を。
——『
「成功、した」
「空が! 星空が見えるぞ!」
「す、すげぇ! 『
「やった! やったぁーーー! 助かったんだ!」
「見ろ! 成功だ! 聖女様の『
わあ、と歓喜の声があがる。
横から大きな手が、わたしを抱きしめた。
「やった! よくやったな! ティナ! やったぞ!」
「……! …………うん!」
その腕に身を任せる。
歓喜する声は世界中で見守っていた人々からもあがることだろう。
目を閉じれば聞こえてきそうだ。
よかった。
「おっ!?」
「あ、ご、ごめんなさい……安心したら力が抜けちゃって……」
「ああ、そうか……そうだな、今日は朝から気を張ってたんだ、仕方ない。もう休め、ティナ。明日から色々大変だろう」
「う、うん、そうしようかな……。でも、レンゲくんを……」
待つ、というよりも先に、体が宙に浮かぶ。
肩と膝の下に腕が添えられて、温かな体温に包まれる。
お父さんの、ではない。
「レンゲくん!」
「成功したよ」
「……うん、見てたよ! ……おかえりなさい!」
「……ただいま……!」
マフラーに隠れていないレンゲくんの笑顔。
手を伸ばして、首にしがみついた。
自分でも思いもよらないくらい、興奮していたのだろう。
大胆なことをした、と後から反省するのは別な話。
その高揚感からだろうか。
わたしは、わたしがこの世界に『招かれた』意味が、この瞬間のためだったような気がした。
*********
その日も快晴。
今日も平和。
わたしはこの『国』の国家錬金薬師として、本日も鍋の中身をかき混ぜます。
今作っているのは『魔力回復薬』。
水とわたしの魔力を混ぜるだけの、大変シンプルな、そしてわたしにしか作ることのできないレシピです。
「うん、これだけ作れば間に合うかな。えーと次の依頼品は……」
「おかあさーん、おかあさぁーん! 来たよー!」
「え!? 待って、今行く!」
お鍋を洗おうとしたら、呼ばれてしまった。
手だけ洗って、タオルを持ったまま工房を出る。
わたしの工房は『デイシュメールのやどり木』の一番奥にあるので、受付カウンターまでは距離があるのだ。
ああ、『デイシュメールのやどり木』とはわたしが女将を務める宿屋さん。
この国に来た人が、一番最初に目にする宿屋よ。
いつもは国家錬金薬師としてのお仕事があるので、あまり宿の方には出られないんだけど……ふふふ、厨房にはたまに顔を出すわ。
なにしろ、この宿のメニューは全部わたしのレシピ!
人気メニューはカレー!
そして最近はお持ち帰り用弁当の販売も始めて、ますます売り上げ絶好調〜!
まあ、けど、今日はちょっと特別な予約客が来る予定だ。
「はあ、はあ……い、いらっしゃいませ!」
「なによ、無理して走ってこなくてよかったのに」
「そ、そうはいかないよぉ〜。久しぶり、ナコナ!」
「うん久しぶり! こっちは好調みたいじゃない。ロフォーラまで噂が聞こえてくるわよ」
「えへへへへ〜。姉妹店だもん、そっちに負けてらんないわよ」
手を重ねて、笑い合う。
あー、ほんと久しぶり。
一年くらい会ってないかな?
「あ、リューリも元気だった?」
「は、はい……! お久しぶりです」
「あれ? シィダさんは?」
「あいつは仕事! フォレストリアに呼び出されて遅れるってさ」
「そうなんだ。まあ、お葬式は明後日だから少しくらい遅れても平気だけどね」
「うん……」
ナコナの笑顔が翳る。
わたしも、ほんの少し……ううん、かなり……胸が重く感じた。
穴が空いたような虚無感もあり、深く、強い痛みも感じる。
けれど、それ以上に尊敬し、心から感謝していた。
明後日は笑顔で送り出そう。
わたしとナコナはそう決めていた。
「もー、おかーさんもおばちゃんもいつまでもげんかんで立ち話しないでください! ほかのおきゃくさまのじゃまになるでしょー!」
「お、おぉ、ユーリしっかり者になってきたねぇ!?」
「とーぜん! ユーリもうすぐおねーさんになるんだから」
「そっかそっかー! 父さんも四人目の孫の顔見たかっただろうねぇ〜」
「そうだね」
そんな話をしていると、玄関扉が本当に鈴を鳴らす。
げっ、と顔に出る。
ナコナはユーリに怒られる前に「部屋は?」と部屋の鍵を要求してきた。
カウンターに戻り、予約されていた部屋の鍵を渡す。
するとリューリを連れて、さっさと部屋のある二階へ上がっていく。
ま、まったくもう……ああいうところは本当に相変わらずなんだから!
「いらっしゃいませ!」
「こ、子ども?」
「あ、あのすみません、こちらに陛下の奥様がいらっしゃるとお聞きしたんですが」
新しく入ってきたお客さんは冒険者のようだ。
カウンターから出て、ユーリの手を引く。
「ええ、わたしですが?」
「へ、へえ? 本当に……」
「そいつは……」
あ、前言撤回。
冒険者じゃなくて強盗か盗賊のようだわ。
「一国の王の嫁と子どもがこんなところに放置されてるとは……!」
「ふごぉ!」
「ただいまー」
「おかえり、サクラ」
…………わあ、すごーい。
玄関の外にはすでにサクラがはっ倒したであろう彼らのお仲間。
お外に何人いたのかしらー。
人が小丘のよう〜。
「おばさんたち来たの?」
「来たよー」
「よしよし、ユーリは店番きちんとできてたか?」
「もっちろん! ユーリもうすぐおねーさんだからね!」
「そっか、偉いねさすがだね。……父さん、お弁当泣きながら食べてたよ。はい」
「そ、そう。ありがとう」
と、空になったお弁当箱を手渡される。
な、泣きながら食べてたのか、レンゲくん。
最近城に箱詰め……じゃない缶詰だからなぁ。
「でも頑張ってるんだね。お父さん」
「……まあ、頑張ってるんじゃない? この国が人間も亜人も幻獣も関係なく住むことができるのって、父さんとじいさんのおかげでしょ? まあ、あと母さんも」
「だといいな、とは、思ってるよ」
「…………」
目をそらされる。
人間も亜人も幻獣も、種の隔たりのない国。
それがここ、世界のおへそ『デイシュメール王国』。
人間大陸では最も歴史の浅い国です。
でも、発展は著しい。
それもこれもレンゲくんとお父さんが尽力したからでしょう。
サクラが無言で賊と思しき冒険者崩れを店の外へと放り出す。
それが終わると、扉がまた鈴を鳴らした。
「いらっしゃいませ!」
今度のお客さんは若い男女。
冒険者風だけど、やけに軽装だわ?
「あの、こちらに食事の美味しい宿があると聞いて……」
「はい! 食事が美味しい宿! ええ! 我が宿『デイシュメールのやどり木』に間違いありません!」
「いらっしゃいませ。二名様でよろしいですか?」
……相変わらずサクラの外面は別人のよう。
なによあの笑顔。
キラキラしすぎてて怖い。
お父さん譲りの黒い髪と瞳、整った顔立ちに女性客の方が頰を染める。
お、おそるべし。
「すみませーん、三人なんですけど部屋空いてますか〜?」
おっと!
また新たにお客さんが!
「はい! いらっしゃいませ! 『デイシュメールのやどり木』へようこそ!」
十六歳のわたし、そして未来のわたし 了
*********
『転生したら絶滅寸前の希少種族でした。』を閲覧頂き、ありがとうございました。
ああ、ようやく完結です〜。
つーか今度こそ完結です〜。
構想としてはあったものの本当に全部書くつもりが全くなかった為、最初の頃は章が終わるごとに『完結』させていましたが、続いてしまったし書ききってしまいました。おかしいな?
読者様からの面白い提案も頂けて、楽しかったです、書いてて。
ご提案とその使用許可をくださった皆様には、改めてありがとうございます。
生産系はまた書いてもいいかもしれません。
また、ネット小説大賞開催期間中という事で(祭りだイェーイ! え⁉︎ イラスト当たるの⁉︎ プロに描いてもらえる⁉︎ 応援イラスト当たるえええぇ! と)エントリーしたらまさかの一次選考と二次選考に通っておりました。
あとがきを書いている現時点で最終選考がどうなるのかはわかりませんが、とりあえずイラスト当たるといいな! ……と、しぶとく思っております。
いや、ガチで二次に通るとは思ってなかったので胃痛がしたとか…………エントリーしてたのを忘れていたとか……内緒ですよ。
なんにしてもありがたい限りです。
ありがとうございます。
そして、本編は終了、という形ではありますが、番外編としてレネモネ+ムジュムジュや、三色騎士、お父さんとリコリス、ナコナとシィダ、レンゲとティナリスのイチャイチャ……足りないと思いませんか?
長く書く弊害というか、こう、なんか書き足りないモヤ! ……としますよね。
そんなわけで、思い立ったら(?)またこっそり連載設定にしているかもしれません。
少なくともレネモネとムジュムジュは書きたい(確信)。
正確には書き足りない!
そんなわけですが、本編は完結。
改めて長い間お付き合い頂き、ありがとうございました。
古森でした。
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