十六歳のわたし第12話



「致し方のない……。人間はすぐに忘れ、そして侮る。世界の危機もまるで他人事。こうなってから慌てても、もう遅いというのに……」

「そ、それは、し、しかし、幻獣の王よ……ま、まさか本当にあんな物が落ちてくるなんて……」

「そうだ! 想像できるものか! それに、聖女が浄化すると聞いていたから……」

「ザバド卿、オルデス博士、俺は最悪の事態を想定してほしいと毎回言ってましたよ?」

「うっ……」

「そ、それは……いや、だが、あんなものが本当に落ちてくるなど、非現実的ではないか!」


 博士ということはあの人は『サイケオーレア』の偉い人かな。

『サイケオーレア』にはシリウスさんの知り合いの学者さんがいる。

 わたしも会ったことがある、『サイケオーレア』の学園の学園長さんでジルリールさんだ。

 ただの学園長さんだから、やはりこの場にはいないけれど……学問の国の偉い人が「非現実的だ!」なんて言うのではあの国で頑張って知識を深めている人たちがなんだか可哀想に思えてきてしまう。

 偉い人ってこれだから〜……。


「なるほど……僕らの忠告も助言も非現実的なものとして蔑ろにされてきたと」

「い、いや、そ、そういうわけでは……」

「チッ! これだから人間どもはよぉ。俺たち蜥蜴人リザードマンは人間の受け入れなんざしねーからな」

鬼頭オーガ族もだ。人間なんぞ受け入れるつもりはねぇ。エルフかドワーフ、コボルトの国はデケェんだからそっちに縋りな」

「!」


 うわ。

 元々人間嫌い。

 自分たち最強、と思って譲らなかった蜥蜴人リザードマン鬼頭オーガたち。

 彼らの領地はそれほど大きくないけれど、『フェイ・ルー』からは一番近い。

 ザバド卿の顔が動揺で泣きそうになった。

 押し黙る三大亜人種の長たち。

 そして、ロンドレッドさんとリコさんも神妙な面持ちで周りを眺める。

 口を開いたのは『サイケオーレア』の偉い人。


「わ、我が国は地理的に幻獣大陸が最も近い。我が国の国民は幻獣大陸に、その、受け入れていただけるだろうか? 幻獣王」

「まあ、よいでしょう。我が領土は東側の人の国……『サイケオーレア』、『ディ・ローフ』、『ヤシャ・ミーズ』……そうですね、あと『キャル・デ』の国民も受け入れましょう。その辺りが限界です」

「お、おお! ありがたい!」

「我が国もですか! あ、ありがとうございます!」

「ありがとうございます、幻獣王様!」


 東と、北沿いの小国は全部、か。

 さすがクリアレウス様! 懐が大きい!

 ……けれど、そうなると……。


「ふむ、我が『フォレストリア』は『ダ・マール』を受け入れよう。彼の国には長きに渡り世話になった。戦友よ、いかがか」

「! ……ご厚意に、心から感謝いたします」

「ガエロン王……」

「シィダも、それでよいか」

「オレが反対すべきことではないが、そこには我が家族も含まれていると捉えてよいのか、王よ」

「無論だ。貴様の父とその仲間も亜人大陸へ赴き、情報を提供してくれたからな。会った時に来るように伝えよ」

「む、オレはあまり会わないんだが……」


 などと口を尖らせておりますが、ロフォーラでたまに会うと最近はお酒を飲み交わしております。

 シィダさん、本当に面倒くさい人だなぁ。

 でも、よかった。

 これで『ダ・マール』の人たちと『ロフォーラのやどり木』は大丈夫……ね。

 問題は他の小国やわたしたちと同じ街道宿の人たち。

 そして『エデサ・クーラ』から助けられた人たちの行き場が未だないこと。

 それに、デイシュメールで働いてる人たちもどうするのだろう。

 ここに落ちてくるんだし……。


「あ、あの、デイシュメールではたら……」

「では! 我が『フェイ・ルー』は『セギャデイス』に避難を……よ、よろしいか!?」

「いいや、無理だ。『ダ・マール』は大国……そうだろう? ガエロン王」

「ああ、我が国だけで『ダ・マール』の国民全てを抱えることは無理があるな」

「半分は我が国で受け入れよう。悪いが、我が国にも受け入れられる人数には限界がある。よその種を当たってくれ」

「そ、そんな! ……コ、コボルト族王……」

「……あ、やっぱりうちに来る? けど悪いんだけど、うちは商業者たちを受け入れることにしているのよ」


 と悪びれもなく言い放つのはコボルト族王、どう見てもネコボルトのシーオ様。

 商業者たち、というと、ギャガさんたちのような人たちのことかしら?


「旅の商人や冒険者たちね。彼らはアタシらのこともよくわかってるから、なんにも知らない人間が大量に流れ込んでくるよりもそっちの方がいいわ」

「そ、そんな、そんな……! では我らは……」

「お、おぉ、お待ちください! 我が国のような小国は! それではどこへ行けばいいのです!?」

「そ、そうです! 黙って聞いておれば大国ばかり……我が国は……『デ・ルルア』の民はどこへ逃げれば……」

「『ア・モーキス』も忘れられては困ります! ど、どなたか、どなかた我が国の民を受け入れていただけませんか!? どなたか!」

「………………」


 怒号。

 と表現できるような大声が飛び交う。

 皆様おっしゃることはごもっとも。

 受け入れる側には限界があるし、特に亜人も幻獣も文化が異なるから受け入れ拒否も仕方がない。

 自分たちのことで精一杯なのも、あるのかもしれないし。

 クリアレウス様も受け入れる国の人たちへ色々注意事項を告げている。

 守って欲しいこと。

 食糧について。

 そしてなにより、文化の違いから喧嘩をするな、的なこと。

 お互いに協力し合わなければ、これまで別な大陸で暮らしていた者同士が上手くやっていくなんて不可能だから。

 うん、それはそうだ。

 けれど『フェイ・ルー』や、『デ・ルルア』、『ウル・キ』などの小国たちもこのままでは落ちてきた『原始罰カグヤ』の直撃を受けるかもしれない。

 避難する場所は必要だと思う。

 出来るだけデイシュメールから、離れる必要が。


「デイシュメールの人たちはどうしたら……」

「大体百人前後だったか?」

「は、はい」

「ふむ、それならばこの場所の地下で十分だろう。落下地点はここだが、太陽王の友はここから『原喰星スグラ』を砕くのだ。下手をすると一番被害はなかろうよ」

「あ……」


 そうか。

原喰星スグラ』が落ちてくるのはここ。

 迎え撃つのもここ。

 だから、一番『原始罰カグヤ』が落ちてこないのか。

 そうか、じゃあデイシュメールはあんまり気にすることはないのかしら?

 え? 本当に?


「でも食糧とか……」

「ここは自給自足であろう? それに浄化の力を持つお前もいる。『魔寄せの結界』は健在。砕いたあとの『原始罰カグヤ』どもは、魔物たちと同じようにデイシュメールを目指して来るはずだ。つまり、お前のやることは変わらん」

「…………」


 問題がなさそうです。


「ただ、砕かれて落下してモノは避けようがない。あれだけ巨大なものだ、太陽王の友である幻獣の炎でも燃やし尽くせるものではないからな。確実に人間大陸中に降り注ぐだろう」

「は、はい……」

「それが国や土地にそれなりの質量とそれなりの速度で落ちて来る。被害は、相当なものとなる。だというのに、なんの備えもしてこなかったとは」

「三年では短いとは思いましたけれどね……」


 と、シィダさんに付け加えて来るのはわたしたちの後ろに控えるエウレさん。

 その隣ではシンセンさんも何度も頷いている。

 うーん、シンセンさんはお父さんの移動を手伝って一緒に行動してたから、頷きの意味合いが違う気がするなぁ。


「太陽王の友よ、以前の落下はどのような感じだったんだ?」

「え? えーと、ごめん、あまり覚えていない。色々それどころではなくて後手後手だったのは覚えている」

「ふ、ふむ、まあ、そんなものか」

「僕も二千年前よりは強くなっているから、以前よりは焼失させる面積は大きくなっているはず。前回よりは格段に破壊できるとは、思うよ。けれどやはり全ては無理だと思う。『原始罰カグヤ』は落ちて来る」

「落下の際はオレもできる限り大きいものは魔法で燃やし尽くそう。しかし、範囲が大陸規模と思うと……」

「うん、幻獣族は力はあるけど数は少ない。全ての国の領土のカバーは難しい」


 ……あっちで国民を保護してー、と騒いでる人たちよりよほど建設的な会話をしているシィダさんとレンゲくん。

 全ての国の領土かぁ。


「はい、それなら……『フェイ・ルー』に『デ・ルルア』や『ウル・キ』なんかの国の人たちを一ヶ所に避難させて、そこをレンゲくんたち幻獣の人に守ってもらったりはできないんですかね?」

「「「!」」」

「……え?」


 シーン、と静まる会議室。

 え? な、なに? わたしなんか変なこと言った?


「ふむ、不可能ではないが、それならばロフォーラの方がいいだろう。あそこには『魔除けの結界』が張ってある。オレと太陽王の友で結界の範囲を広げ強化すれば、『ダ・マール』の国土規模はカバーできる。その中ならば『原始罰カグヤ』は入ってこれん。いい案だろう」


 ……それはわたしの提案ではなく、自分の提案を褒めているんですか、シィダさん。

 いえ、それなら確かに小国の人たちは助かる?

 けど『フェイ・ルー』は?

 あの国はロフォーラに近いけど、規模は『ダ・マール』に迫る勢いだった。

 ロフォーラを小国の集まりにするのなら、『フェイ・ルー』は……。


「そうだね。…………。……『フェイ・ルー』も、ジェラ山の霊脈を使えば『魔除けの結界』が張れるだろう。同じように僕と当代で強化、効果範囲を広げれば『フェイ・ルー』も範囲内になり、『原始罰カグヤ』は入ってこれなくなる」

「! お、おお! ほ、本当ですか!?」

「けれど」


 希望の光に顔色が良くなる小国と『フェイ・ルー』の偉い人。

 しかしそこをレンゲくんはぴしゃりと断ち切る。


「落下してくるものは別だよ。僕は『原喰星スグラ』で手一杯。ロフォーラもジェラ山の結界もただの『魔除け』であり、物理的な衝撃には耐えられない」

「うむ、結界の力が発揮されるのは“『原始罰カグヤ』を入ってこれなくする”程度のことだ。落ちてくるものは魔法やなにやらで撃ち落とすなりなんなりせねばならんだろうが……」

「うん、『原喰星スグラ』は今、現在進行形で『原始魔力エアー』まで吸い上げ始めている。霊脈は余力があるだろうけれど、魔法を使う者にとっても錬金兵器を用いる者にとっても、全力を出せる環境ではなくなっている」

「!」

「そ、そんな……」

「そうですね」


 凛としたクリアレウス様の声。

 見ればクリアレウス様がゆっくりと目を開く。

 乳白色の瞳。

 元気にはなられたけど、目はあまり見えないのかも。


「しかし、それが一番人的被害を抑えられる方法でしょう。時間もないことですし、レンゲは『原喰星スグラ』の破壊。ロフォーラへは当代と我が子レヴィレウスたちを派遣します。そして『フェイ・ルー』には亜人たちの大陸より魔法を使える者を派遣してあげてほしい。私たちは私たちの大陸を守らねばなりません」

「む……」

「冗談ではない! なぜ我ら誇り高き鬼頭オーガが人間なぞを守らねばなら……」

「…………」


 スゥ、とクリアレウス様が鬼頭オーガの偉い人を見る。

 とても静かに。

 それから、わたしに目を向ける。

 視線は優しくなった。

 いつものクリアレウス様の眼差しだ。


「幻獣王たる私と、聖女の願いですが……それでも聞き届けてはくれませんか? 鬼頭オーガ族」

「!」

蜥蜴人リザードマンたちはどうです?」

「あ! わ、我らは! 我らはもちろん幻獣王様と聖女様に従います!」

「き、貴様! 蜥蜴人リザードマン! ひ、卑怯だぞ!」

「ふ、ふん! 幻獣王と聖女様を前に意地など張る貴様の自業自得であろう!」

「そ、そうだな、聖女様の願いでもあるのだな。ふ、ふむ。よし、『フォレストリア』からも優秀な魔法使いを『フェイ・ルー』防衛に派遣しよう」

「お、おいおい、聖女様へ良いところ見せたいからって抜け駆けはなしだぜ。ドワーフの王国『セギャデイス』の技術力を見せてやるわい!」


 ん?

 おや?

 あれれ?


「ふふん、さすがは幻獣王。亜人大陸が聖女信仰をしているのを逆手に取ったな」

「さすがクリアレウス様……こういうことができるのはやはりクリアレウス様だけですね……」

「ほほほ。ただの年の功ですよ。本当ならばあなた達がしなければならないことなのですよ、レンゲ、レヴィレウス」

「「うっ」」


 詰まった。

 …………。

 レヴィレウス様、いたの!?

 大人しすぎでしょ、っと思ったら右目が紫色に腫れてる!?

 あと顎が微妙にズレてません!?

 え!? な、なにがあったというんですか!?


「……あ、ああ、あれ? クリアレウス様にど突かれたんだよ。君が誘拐されたのはレヴィが護衛を外れたのが悪いと……」

「そ、そんな……あれはわたしの不注意ですよ?」

「あと、勝手に君が作った薬を持ってきた件も」

「…………それは、まあ……」


 いいよ、とは言えませんでしたが、頼まれれば嫌とは言ってませんし?

 あの状況では仕方ないと思うし。

 レヴィレウス様がクリアレウス様を想っての行動だから、あそこまで怒られていたなんて……。

 そして治してもらってない辺り、クリアレウス様の権威の強さを感じるわね。


「なんにしても、人間の避難先はこれでおよそ決まりましたね。時間はありません。すぐに行動を開始しましょう。レンゲ、貴方は力を温存してください。レヴィレウス! エウレ! シンセン! 貴方達は幻獣達を率いて人間たちの移動の手伝いを! 人間の国の代表たちは、このことを自国に一刻も早く伝えてください! 猶予は十日です! 一秒も無駄にはできませんよ! マルコス、貴方は各国に赴き、避難後の体制を整える手伝いを行なってください。聖女様は引き続きこちらで浄化をお願いしますわ。それと、ここに転移陣を敷くのをお許しを。今後このような会議はこちらで行いたいのです」

「は、はい! わかりました」

「了解だ、幻獣王」

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