十六歳のわたし第11話



 どうも、ティナリスです。

 わたしが助け出されてから一日が経ちました。

 デイシュメールの会議室は…………なんだかすごいことになっています。


「『原喰星スグラ』の落下が始まっているだと!? どういうことだ!」


 と、叫んだ巨大ずんぐりむっくりのおじ様はドワーフ王、レジゾフ様。

 ド、ドワーフって人間の半分ぐらいしか身長がないイメージだったけど、王様ともなると大きいらしい。

 声も大きい。

 一番離れた席にいるのに、こっちの鼓膜がビリビリした気がする。


「落ち着け、ドワーフ王。幻獣王よ、落ちる場所や時期は?」


 冷静にレジゾフ様を諌めたのはエルフの王様、ガエロン様。

 金髪碧眼の美しい人だ。

 さすがハイエルフ……。

 そして、ガエロン様が見たのは白髪の老婆。

 クリアレウス様が人間に擬態した姿だ。


「レンゲ」

「はい、クリアレウス様。……落ちる場所は人間大陸中央部。ここですね。時期は二週間後。僕がアレを壊すのが可能になるのは……十日後でしょう」

「っ!」

「と、十日……」


 ざわざわしていた会議室が、お通夜のように暗くなる。

 中でも人間大陸の国々の代表者は顔が真っ青。

 そりゃ、わたしだって落下予測地点が『ここ』と言われれば……。


「な、なんということだ……! マルコス! 聖女がここで魔物を浄化し続ければ、あの空の化け物は消え去るのではなかったのか!?」


 と、大声でお父さんを叱りつけるのは、えーと確か『フェイ・ルー』の偉い人。

 お名前は……なんだったかな?

 一気に全員は覚えられないわよねぇ。


「落ち着いてください、ザバド卿。実は『エデサ・クーラ』の跡地を調べていた時にとんでもないものが見つかりました。これです」

「なんだそれは? 瓶詰めの、煤か?」


 お父さんがテーブルに置いたのはジャム瓶。

 けれど中身は真っ黒。

 瓶が焦げたのではない。

 わたしも首を傾げる。

 なんだろう、あれ。


「ばかな。それは人間が作ったのか?」


 と、わたしの隣に座っていたシィダさんが表情を見たこともないくらい険しくして瓶を睨みつける。

 シィダさんには、アレがなんなのかわかるのだろう。

 鑑定魔法かな?

 わたしも使ってみようか。

 でも距離があるしなぁ。

 会議室はとても広いの。

 わたしとお父さんの座る席まで五メートルくらい離れてるんじゃないかしら?


「そのようだ。二十年前どころか、五十年近く前から研究され続けてきたらしい」

「お、おい! きちんと説明したまえ! それはなんだ!」

「騒がしいハゲジジイだ。見ればわかるだろう」

「シ、シィダさん」


 なんてお口の悪い!

 今に始まったことじゃないけど!


「え? あれ?」

「気づいたか?」

「は、はい」


 しかし、お父さんの持つ瓶をよーく見てみると……それが『原始悪カミラ』だと感じ取れた。

 瓶の中に入っているからわたしが側にいても浄化が届きにくい……のかな?

 どうしてこの距離で『原始星ステラ』の力が瓶の中の『原始悪カミラ』を消さないのだろう?


「これは『原始悪カミラ』と呼ばれるものが物質化したものです」

「!?」

「『原始悪カミラ』が物質化したもの、だと!? ばかな!」

「ありえん!」

「そんなことが可能なのか!?」


 王様達や、国の代表たちが口々に否定する。

 ただ唯一『ダ・マール』の代表……ロンドレッド様とリコさんは顔をしかめた。

 あの二人は知っていた様子だけれど……。


「……『原始悪カミラ』を、物質化……」


 わたしもこれには驚いた。

 実体があるのは『原始罰カグヤ』だけだと思っていたから。

 まさか『原始悪カミラ』を物質化するなんて……なんでそんなことを……。


「それに関しては『エデサ・クーラ』の『機械の錬金術師』レイデン・パークが話してくれました。五十年ほど前、『エデサ・クーラ』先先代の王グローリス・クーラが『ロスト・レガリア遺跡』で石板と石の壺を発見し、ウーレロン族の許可もなく持ち帰った。グローリス王は建築家であると同時に錬金術師。彼は皮肉にもその錬金術の技術で以って『意思持つ原始罰カグヤ』を復活させてしまったのでしょう。その頃から王はおかしくなり、戦争を他国に仕掛けるようになっていったと語っていました。そして先代の王、シドゥール・クーラに代替わりしてから、戦争はより苛烈を極め、領土を瞬く間に拡大していく。この辺りは皆さんもご存じでしょう」

「む、う、うむ」

「シドゥール王もグローリス王同様錬金術師。レイデンは彼から錬金術を教わったと言っていた。シドゥール王がグローリス王から引き継いだ研究で作り上げたのはこの、物質化した『原始悪カミラ』とそれを外へと漏らさない加工のなされたガラスの瓶。これらは『エデサ・クーラ』に占拠され、奴隷とされた敗戦国民が作らされていた。……それが原因で、多くの人間が不治の病『呼吸断症』を発症し、犠牲になった」

「!」


 呼吸断症って、お父さんの両親……お爺さんやお婆さんが患っていた病気じゃない。

 あれが原因で?

 そ、そんな……。


「ふむ、どうやらそのガラス瓶は『原始星ステラ』すら届きにくくするようだな?」

「! あ、そ、そうですね?」

「ああ、そういえば『原始星ステラ』の効果範囲内なのに中身が浄化されてないな……。……そうか、こういう効果もあるのか……」

「…………」


 指摘したのはシィダさん。

 本当だ、お父さんの手の中のガラス瓶は黒い色に染まったまま。

 もしかして、わたしが捕まった時に使われていた魔法や、フェレス・クーラの体を覆っていた金属にも使われていたのかしら。

 同じ轍は踏まない?

 けど、確か『意思持つ原始罰カグヤ』が最初に生まれた時、すでにアカリ様は亡くなられていたはずだけど……。

 なんにしても錬金術をこんなことに悪用するなんて、許せない!

 どこまで人間をばかにすれば気がすむの!


「まさか、聖女の……『原始星ステラ』の効果を、打ち消すというのか、その瓶は……!」

「いや、完全に打ち消すまでのことはできないようです。しかし、ある程度の遮断には成功している。なるほど、『意思持つ原始罰カグヤ』はこの物質化した『原始悪カミラ』を使って『原喰星スグラ』を成長させていたのか。小癪な……!」


 エルフの王様はシィダさんの出した答えを聞いて、険しい表情になる。

 深く眉間にシワを作り、眉根を指で押さえた。

 わたしの『原始星ステラ』が届かないところで、『原始悪カミラ』をばら撒いていたのね。

 デイシュメールで魔物をいくら浄化しようとも、移動してこない瓶詰めの『原始悪カミラ』は、わたしにはどうやったって浄化できない。

 こればかりは完全に『意思持つ原始罰カグヤ』が上手だったというわけだ。

 それほどまでに入念に準備をしてきたということ。


「まあ、そういうことだ。『エデサ・クーラ』から保護した民は、現在わかっているだけでも二割が呼吸断症を発症している。聞けば彼らは国内でコレを作り続けていたそうだ」

「チッ……呼吸断症の原因はそれだというわけか。それをわかっていて、国民に作らせていたというのだな」

「……そうだろう」

「なんということを……」


 俯くリコさん。

 その隣で、そんなリコさんの肩に手を回してわざわざ反対側の肩を叩くロンドレッド様。

 …………。

 いやいや、流しそうになったけどロンドレッド様はリコさんにそういう触り方はしちゃダメじゃありません!?


「なるほど、わかりました。……では具体的な話をいたしましょう」


 目を伏せた老婆、クリアレウス様が口を開く。

 顔をしかめていた各国、各種族の代表たちは、クリアレウス様へと視線を向ける。


「『原喰星スグラ』は二週間後には落ちてきます。ええ、ここ、デイシュメールめがけてね。二千年前と同じです」

「に、二千年前……」

「ええ、それはもう人間にも亜人にもレンゲとマルコスから伝わっていますね? 二千年前にも『原喰星スグラ』はこの世界に生まれ、そして落ちてきました。私は癒しと守りに特化したドラゴン。破壊の力はほとんどありません。ゆえに『天災ディザスター』の力を持つレンゲに破壊を依頼したのです。レンゲの力は、この中に見たことのある者もいると思います。『原喰星スグラ』という『天災』にはレンゲという『天災』でしか、太刀打ちできない。」

「…………」


 顔色が悪くなる騎士たち。

 人間の国の偉い人たちはみんな、連合軍の騎士たちから報告は受けているのだろう。

 わかりやすく目をそらしたり、生唾を飲み込む。

 エルフやドワーフの王様も目を細める。

 ……『天災ディザスター』。

 それがレンゲくんの力。

 おとぎ話のような二千年前の話も、あれを見てしまえば現実味を感じられる。

 こんなに戦いが嫌いで、命を奪うことが嫌いな人なのに……。


「しかし、結果は破壊しきれずに『原喰星スグラ』のかけら、『原始罰カグヤ』が世界中に落下してあらゆる生き物を喰らい、滅ぼした。『太陽のエルフ』レェシィに協力を仰ぎ、大陸を三つに砕いて残った種を西と東の大陸に匿い、レンゲとレェシィは中央の大陸に『原始罰カグヤ』を集めて焼き払った。そうして世界には微々たる『原始悪カミラ』と『原始罪カスラ』が残り、『原始罰カグヤ』と『意思持つ原始罰カグヤ』は滅び去った。……人と亜人は東の大陸より去り、それぞれの大陸に根付き、世界はゆっくり復興していったのです。そして、今、再び『原喰星スグラ』は落ちようとしている。二千年前と違うのは、この時代に『原始星ステラ』を持つ聖女がいてくださること」

「!」


 クリアレウス様がしわくちゃの顔をわたしに向けて、優しく微笑む。

 王様や代表の方々が、わたしに視線を向ける。

 ので、わたしは俯いて縮こまった。

 は、はわわ〜、そんなに見られましても……。


「……わ、わたしになにかできることがあるのでしょうか、クリアレウス様……」

「少なくとも、今回は全てを焼け野原にする必要はないということです。同じように大陸を焼き払うことになれば『太陽のエルフ』は魔力を使い果たして死ぬでしょう。レェシィがそうであったように……」

「え!?」

「…………」


 どういうこと!?

 シィダさんを見るけれど、腕を組んだまま目を瞑っている。

 こ、この人、そのこと知って……!?


「『魔本』の力はそれだけ強大。しかし、その分……その幼い体には負担も大きいでしょう」

「…………」

「オレの心配は不要だ! 必要になれば当代『太陽のエルフ』として全力を尽くそう。かつてそう呼ばれた偉大なる王より、この魔本を受け継いだのだ。その期待には応えてみせる!」

「シィダさん……」


 クリアレウス様の横に佇んでいたレンゲくんが、ゆっくり目を伏せる。

 シィダさんは最初から『魔本』を使う覚悟を持っていた?

 あ、で、でも、それはわたしがいるから、だ、大丈夫なんだよね?

 例え大きな『原始罰カグヤ』が落ちてきても、わたしの『原始星ステラ』で浄化すればいいんだ!


「わ、わかりました! わたしも『原始罰カグヤ』が落ちてきたらどこへでもいって浄化します!」

「ありがとう、さすがは聖女だわ。頼もしい……。そういうことだから、当代はそのお手伝いをよろしくお願いするわ。聖女の『原始星ステラ』があれば、全てを燃やす必要はない。とはいえあれは地上に落とすわけにはいきません。やはり一番接近してきて、撃墜が可能な範囲に入ったらレンゲに砕いてもらわねばならないでしょう」

「……そう、ですね……そうしなければ……奴は瞬く間に大地へ侵食しようとするでしょう。それだけは絶対に……」


 大地への侵食。

『意思持つ原始罰カグヤ』が言っていた、世界を一つにする。

 完璧にする、という妄言ね。

 確かに……なんでも『食べる』という『原始罰カグヤ』を大地に接触させたら、この世界は食べられてしまうのだろう。

 それは、絶対ダメ。


「…………。しかし、人間大陸の全ての住人を受け入れるのには幻獣大陸は狭い。亜人大陸にも受け入れてもらわねばなりません。具体的な話とはそのことです。十日後、レンゲが『原喰星スグラ』をギリギリで破壊する。その時に燃やし切らねば『原始罰カグヤ』は広範囲に落ちてくるでしょう。この大陸に落ちてくるのですから、人命、財産、文化への被害は免れない」

「っ!」

「なんということだ……」


 顔を青くしたり、頭を抱えたり、顔を覆ったり、国々の王様や代表は様々。

 でも、みんなの心の中はシンプルに「なんてこと」だろう。

 でも……。


「そ、そんな……たったの、十日……!? 不可能だ! そんなこと! たったの十日でこの大陸の全ての人間を他の大陸に避難させるなんて! それに避難させたあとどうするつもりだ!? 亜人の大陸には亜人の国が! 幻獣の大陸には幻獣が住んでいるんだぞ!? 食糧とて長く保つまい……。どうするつもりだね!?」

「ザバド卿……」

「どうするもこうするも、僕たちはマルコスさんに頼んで、各国にその話もしてもらうように頼んできたはずですけど? おかしいな、聞いてません? そんなはずありませんよね?」

「っ!」


 なにやらお父さんのガッカリしたような声と表情。

 その心の声を、代弁するかのようにレンゲくんがザバド卿さんを睨む。

 人間大陸の国の人たちはほとんどが目をそらしたり、口をつぐんだり……。

 つまりはそれが答えということだ。


「呆れ果てて言葉も出んな」


 みんなに聞こえる声でシィダさんが椅子の背もたれに寄りかかる。

 つまり、お父さんがここ三年飛び回っていた意味がほとんど伝わってなかった、ということ。

 ああ、もう……これだから偉い人は……。


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