ムスメとムスコの父子関係 第4話



 一階の踊り場から左の扉に入り、まっすぐの廊下を最奥地まで進む。

 そこから左の扉を開けて、下に降りるとシィダがふんわり浮かびながらあたしを通り過ぎる。

 なぜ、浮く?


「ちょっと」

「魔物の気配だ」

「……!」


 うそ、まだ地下じゃないわよ?

 どうしよう、これ以上進むの危ないってこと?


「心配するな、まだ気配がするのみ……。しかし、下からだな」

「魔物がいるってこと? 外から入ってきたの?」

「わからん。しかし、幻獣の結界はオレたちエルフが作るものよりも強固だ。中で生まれた可能性の方が高い。手遅れだったかもしれんな」

「っ……」

「どうする? 戻って聖女を呼ぶか?」

「…………」


 それが一番手っ取り早いのよね。

 というか多分ティナには「なんでもっと早く呼ばなかったの!」って怒られる。

 まあ、もうぷんすこ怒られるのは確定だから今更だわ。


「ううん! ティナには羽伸ばしてきてもらうの! というかさ、あたし、あんたと話したくてついてきたんだ」

「ん? オレはペチャパイ女には興味ないぞ」

「殺すぞテメェ」


 そりゃ確かにそこまで立派なものはもってないけど!

 ティナよりは大きいわよ!

 本人前に絶対言えないけど!


「じゃなくて、さっきの! あんな言い方じゃシリウスさんも勘違いしちゃうわよ」

「むっ、なんだ小娘。オレに説教するつもりか」

「説教なんてしないけど、提案はしてあげる。一言で劇的に変わるわよ」

「…………」


 先に階段を降りていくシィダが、肩越しにジト目であたしを振り向く。

 素直じゃないなぁ。

 まあ、六十……七十近いんだっけ?

 人間ならおじーさんの歳。

 そんだけ生きててあれだけこじれてるんだから、仕方ないのかもしれないけどさぁ。


「父さんって呼べばいいのよ」

「……………………」


 ものすごーく嫌そうな顔をされたわ。


「じょ、冗談ではない。そんな歳に見えるか」

「? ムッチャクチャ見えるけど?」


 シィダの見た目って未だに十歳くらいの男の子。

 レネと同い歳ぐらい。

「父さん」と呼んでてなんの不思議もないわ。


「ぐっ! 見た目の話ではないわ!」

「クソジジイなんて呼んでるから伝わらないのよ。要するにあんたはシリウスさんの負い目を解消したいのに、意味が伝わらないから変な空気になってて気まずいわけなんでしょ?」

「…………」


 エルフの国って行ったことないからよくわかんないけど、父さんに聞いたことがある。

 フォレストリアはハイエルフが普通のエルフやダークエルフ、ハーフエルフの集落——昔はそれぞれ国だったらしい——を統括して支配しているって。

 だからハイエルフのお母さんとハーフエルフのお父さんって……結構な身分違い。

 相当の大恋愛したんじゃないかなぁ、と推察できるわ。

 エルフはプライドが高いって聞くし、実際シィダを見てると「めんどくさ」って思うぐらい、それが本当なんだなーって思う。

 多分、その身分とかプライドが事態をややこしくしてると思うのよねー。


「人間になにがわか……」

「見てりゃわかるわ。言っておくけど初見の誰が見てもわかる程度にはわかりやすかったわよ」

「……………………」

「逆に考えてみたら?」

「ぎゃ、逆?」


 うん、本当めんどくさい。

 でも、なんというか、わからんでもないのよね。

 あたしも小さい頃、母さんに見放されて父さんのところに逃げ込んだ。

 でも、そこにはすでにティナがいた。

 運動面は鈍臭い子だったけど、なぜかずっと『この子は特別なんだな』と感じていたから……。

 わかるんだよね、シリウスさんの気持ちも、その息子のシィダの葛藤も、少しずつ。

 シリウスさんはきっとフォレストリアに居づらいから、アーロンたちと冒険者として旅してるんじゃないの?

 それはあたしが昔、母さんのところから逃げ出した気持ちを思い出させる。

 そしてシィダは『太陽のエルフ』。

 息子と義姉じゃ少し違うけど、身内に『特別な存在』がいる……この寂しさとも悔しさとも取れる複雑な想いはきっと似たようなものだろう。

 でもさ、でもね、シィダの気持ちも少しわかるのよ。

 家族と仲良くしたいって、その気持ちはね。

 あたしだって初めてティナに会った時、きつく当り散らしたけどさ…………ほんとは仲良くなりたかったもん。

 実の親ならなおさらでしょ、あんたはさ。


「『これぐらいのことで解決する』って思えばいいんだよ。一言が難しいっていうけどさ、だった一言なんだもん。何年言ってないんだか知らないけど、それで多分簡単に解決するよ。ああ、あと人前で話すより二人きりで話しな? あんなところで話すから、意地張って変なふうになるんだと思うし」

「……ふ、二人きりでだと? 美女じゃなくあんなしけたジジイと?」

「なら酒でも飲めば? あたしは最近父さんと二人で飲んではないけど……結構ね、親子水入らずでお酒飲むのもいいもんだよ」

「…………」


 変な顔をされた。

 あ、まさか……。


「言っておくけど、あたしこう見えて二十歳だからね?」

「な、なにぃ!? 人間のくせに老けないのか貴様は!?」

「し、失礼ね! 成長してるっつーの!」


 童顔だなって自覚はあるけど!

 つーか老けないで言ったらあんたの方がはるかに老けてないでしょーが!


「つまり貴様はもう育ちきっているから、これ以上の可能性は……」

「いっぺん死ぬ?」


 ドコ見て言ってんのよ!?

 これはもう殺されても文句ないっていう主張かしら?

 上等よ、タコ殴りのボッコボッコにして顔の原型がわからなくなるほど、ぐしゃぐしゃにしてやるわ!


「! 待て」

「っ」


 拳を振り上げると、シィダが階段の下を見下ろす。

 あ……なにか聞こえる。

 ひた、ひた、という、素足の足音。

 階段を下ると踊り場がある。

 石造りの階段だから、その濡れた足の裏が登ってくるような音が響く。


「この下はどうなっている?」

「踊り場があって、その横に石作りの螺旋階段があるの。井戸は最下層でかなり広めの空間があるわ。結構寒いから壁で区切られてて、食糧庫代わりに使われてる」

「ふむ、もしかしたらその食糧や水の確認に行った者かもしれないな。…………」

「シィダ?」

「分別は『魔物』、危険度は『C』、 種類は『人間』。数は三……」

「さ、三人も!?」


 下を見ながら告げるシィダ。

 どうしよう。

 ってことは、やっぱり地下の部屋は『原始罪カスラ』で満ちちゃってる?


「登って来る前に井戸の部屋に閉じ込めちゃおう」

「それよりもいい考えがあるぞ」

「え?」

「堅剛なるもの、痛みを阻み、爪を弾き、牙を折る強さ。勇きその力を持ってここに新たなる祈りと許しを乞う。我が名はシィダ・フォレストリアなり。ディ・ウォール!」

「!」


 シィダの本が開く。

 旧王の魔本……それの文字が光り、階段から土の壁が天井まで生えていった。

 隙間なくぴっちり現れた壁。

 ちょ、ちょ、ちょ……!


「時間稼ぎには十分だろう。帰ってきた聖女に浄化させればいい」

「あ……う、うん」

「まったく……聖女の外出時間確保のためにここまでせねばならんとはな。……まあ、しかし、レヴィレウスやお前の言っていることも一理ある。聖女に全てを背負わせるのは、決していいこととは言えんからな。世界には聖女が都合よく現れてくれることの方が稀だ。聖女に頼りすぎ、聖女に依存し、聖女に期待を寄せすぎる……かつて古の聖女『アーカリー・ベルズ』はそれほど持ち上げられておきながら、『原始星ステラ』で不可能なことまでやらされそうになり、できなかったがために一時人間どもに迫害されたという」

「!? ……そんなことをしたの? その時代の人たちは」

「という記録がある。恐らくレヴィレウスの母親……幻獣王はそれを危惧していたのだろう。人間というのは都合のいいものにすぐ頼りがちになるからな。たまにはありがたみを思い出すこともいい薬になるだろう」

「……シィダ」


 ニヤリと笑い、そう言ってくれる。

 そう、だね。

 あたしも思い出したよ。

 魔物は本来こんなにヤバい存在だったんだよね。

 ティナはそこにいるだけで『原始罪カスラ』や『原始悪カミラ』、そして魔物を浄化しちゃう。

 すごいなぁ。

 しみじみ、そして改めて……『原始星ステラ』とそれを持つティナがすごいと再確認だよ。


「…………ところで、先程の、その、酒の話だが……」

「へ? ……ああ、シリウスさんとの飲み? いつにする?」

「ケ、ケロリと言うな。大体、オレも奴も連れがいるんだぞ。簡単にいかんだろう。それに、デイシュメールは人も多い。簡単にいうが、場所やタイミングやら、その、なぁ?」

「はいはい、そーゆーこと愚痴愚痴言うんじゃないの! ロフォーラでやればいいでしょ! 別館に仲間を泊めて、うちの本館っていうか、喫茶コーナーで。夜はお酒も出してあげるから来れば?」

「!」

「とりあえずデイシュメールの、この状況はティナが帰って来ればあっという間に解決するだろうし、その後片付け手伝ってからロフォーラに帰るから……うん、まあ、その時にあんたら全員にロフォーラの果樹収穫を頼んでやるわ! 強制連行よ! ……で、たーっぷりこき使って疲れさせてやる。あんたもシリウスさんも程よくサボるタイプだから、余力は残しておけるはずだもん。お風呂上がったらうちに来なさいよ。お酒出してあげる」

「…………」


 我ながらなかなかいい考えじゃない?

 胸を張ってドヤ顔で言うと、シィダはなぜか無表情。

 なによ、気に入らないっての?


「お節介な女だな」

「はあ?」

「いや、その案で頼む。……あのクソジジイと腹を割って話す機会なんぞ、きっともう来ないだろうからな」

「そんなこと言わずうちに来たら飲むようにすれば? 安くしてあげるわよ」

「やはり金は取るのか!」

「当たり前でしょーが!」


 顔を付き合わせ、それからお互いニヤリと笑う。

 商談の成立だ。

 ま、結局どんな種族も親子関係にはある程度お悩みが付き物ってことね。


「……お節介な女だ……」

「ん?」

「いいや、なんでもない。上に戻るぞ」

「? うん」


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