ムスメとムスコの父子関係 第5話
翌日。
ティナが頭を抱えてお城の中に戻って来る。
昨日の夕飯時に戻ってきて、事態を知ったティナとレンゲにより一晩かけて浄化が行われたのだ。
城壁はほとんど破壊され尽くし、魔物化した人や生き物は浄化され元に戻った。
城の周りに押し寄せていた機会人形や機械兵は、レンゲが一つにまとめてグシャ!
いやぁ、話には聞いてたけど……レンゲの強さは他の幻獣もビビるほど。
あたしもビビった。
あいつあんなに強かったのか!
「お、お疲れ、ティナ」
「ほんとだよ! なんで呼んでくれなかったの!」
「いやぁ……」
「…………まあ、おかげでクリアレウス様とたっぷりお話しできたし、アリシスさんのお葬式の日取りとか聞けたけど……でも……」
「……うん、ごめん」
魔物にならなくてもよかった人が魔物になった、と思ってる?
確かにティナがいれば魔物が殺されても、その瞬間に
けど、結局『エデサ・クーラ』は城壁を壊す以外の成果は得られなかったことになる。
……はずなのだけれど。
「いや、今回の件はナコナたちのおかげで助かったかも」
「レンゲくん?」
「うん? どーゆーこと?」
「デイシュメールは世界のおへそ。多分、ここを取り戻したかったのは本音だと思う。でも、それは『意思持つ
「え?」
ティナの後ろに控えるように立つレンゲは目を細める。
マフラーで顔の下半分はわからないけど、眉が寄ってるから険しい顔つきになってるんだろう。
ティナの……聖女の存在確認。
「ど、どういうこと?」
「あいつにとって聖女……
「…………っ」
「噂は大陸中に広まり始めてるし、あいつもデイシュメールが『魔寄せの結界』に一番適してる場所だと気づいていたはず。さすがに確認したくなったんだろう。でも、始末した機会人形や機械兵の中にあいつの分体はいなかったから、多分城壁が普通に壊されたのを見て『ここにはいない』と思ったんじゃないかな。匂いの残滓はあったから、いたのは間違いないよ」
「じゃ、じゃあ『意思持つ
不安そうに俯くティナ。
『聖女』の噂は、父さんたちもあえて宣伝することはしていないけど、否定もしていない。
各国は存在に気づいているし、その噂は亜人大陸にも幻獣大陸にも広まっている。
孤立している『エデサ・クーラ』の耳にも、さすがに入ったか。
まあ、情報収集はしてるだろうしね、あの国も。
「でも浄化されることもなく、城壁が壊れたのを見て『聖女はここにいない』って思われたってこと? まあ、実際ティナは留守だったしねぇ?」
「多分。まあ、半分願望じみてるけどね」
「もし、わたしが
不安そうなまま、ティナがレンゲの服の裾を掴む。
レンゲはほんの少しだけ屈んで、ティナに顔を近づける。
手はティナの手を優しく包み込み、マフラーの隙間から微笑んでるのが見えた。
「大丈夫、僕が側にいる。君は僕が守るよ」
「…………う、ん……」
「…………。……?」
はあ?
あたしなにを見せられてるの?
ティナは頬を赤くしつつ、レンゲを見上げる。
レンゲの方も目元が優しくなるし、はあ?
一昨日の夜に悩んでいる風だったティナよ、あれはなんだったの?
お前ら完全両想い空気じゃない。
え? まさか、自覚ない?
…………ありえる、ティナってちょっと鈍感なところあるもんねー。
お客さんの中でティナ目当ての人が何人かいるけど、これっぽっちもそのお誘いに気づいたことないし。
つーか、そういう輩はあたしや父さんが妨害してるんだけど〜。
だってティナはまだ十五歳!
ロフォーラにいた頃は十二とか十三よ?
嫁に出すにはちょっと早いわよね!
まあ、それを差し引いても鈍いなー、って思うことは多々あった。
あとレンゲも鈍そう。
幻獣じゃあ仕方ないかもしれないけど、こいつもティナにだけは態度が色々違う。
あ、いや、まあ、甘いもの食べたいがために後ろついて回ってた件はまたちょっと別だけど〜。
なんにしても、会う度に距離が近くなってる。
物理的距離間がね、近いって。
見つめ合ってるし。
は? あそこだけ時間止まってんの?
ほんとなに?
早く付き合えばいいじゃん、なにこれ。
「魔物化してた騎士たちの検査終わったよ」
「リス」
後ろからかけられた声に振り返る。
黒い鎧に、昔はなかった黒マント。
今更だけど隊長になってるから鎧の装飾も見事になってんのよね。
まあ、リコさんはオリジナルの鎧着てるけど。
こいつも順調に出世していけば、いずれリコさんみたいなオリジナルの鎧着たりするのかしらねー。
はっ、それって結構かっこいい!
あたしもオリジナルのゴッツゴッツの鎧着てみたい!
「で、外はどうなったの?」
「あ、えっと、城壁はほとんど全部壊されてる感じでした。畑も踏み荒らされてましたし、厩舎も壊れてて……」
「それならおれっちの出番だな!」
「レド!」
リスの後ろからシィダとレドの二人が降りてくる。
シィダは宙に浮いてるけど。
ああ、そういえば今はドワーフのレドがいたんだっけ!
ナイスタイミング!
「レドさん、手伝ってくれるんですか!」
「いいよー! 畑はどーしょもないけどー」
「城壁の盛り土ぐらいならオレも手伝ってやる」
「ありがとうございます、シィダさん!」
「待つんだもんなー!」
「「ギャガさん⁉︎」」
転けかけながらギャガさんが駆け下りてきた。
危ないから落ち着いて降りてきて⁉︎
「シィダくんには自動販売魔法の開発を優先してほしいんだもんな! その間、うちのやつらも城壁再建手伝うもんから!」
「そ、そうですね! シィダさん、自動販売魔法開発に協力してください!」
「待て待て待て待て。オレは『待っていてやる』とは言ったが『開発協力してやる』とは一言も言っていないぞ。美女の頼みならともかく、なぜむさ苦しいおっさんと、色気のかけらもない小娘の頼みを聞かねばならん」
「「ひ、ひどい!」」
そうね、こいつはこーゆーやつだったわよねー。
となると、こいつに言うこと聞かせられそうな美女に頼んでもらうしかないんじゃない?
自動販売魔法はあたしも便利だと思うし、ぜひ作って欲しいもん!
「うう……じゃあシィダさんの言う美女に頼んでもらえるように頼むので、協力してくださいよ! ジリルさんかミラージェさんでいいですか?」
「お前オレをなんだと思っているんだ?」
「あれ? おっぱいとお尻の大きい美人なら、誰でもいいんじゃないのー?」
「お前もかレド」
あ、やっぱりティナが思い浮かべた『シィダの好きそうなタイプの美女』ってあの二人か。
だよね、あたしも。
……でも、シィダはものすごーく不満げ。
「そうだな……そういうタイプも嫌いではないが、オレも七十近い。そろそろ身を固めることも考えている」
「え? 突然どうしたの?」
「おい、ナコナ、オレの嫁になれ。そうすればその自動販売魔法とやらの開発を手伝ってやろう!」
………………………………は?
「はあ⁉︎ 急になに言い出すのおたく⁉︎ お嬢に、は? 嫁になれぇ⁉︎ なに言ってんのなに言いってんのおおぉ〜⁉︎」
「え! ちょ、待っ⁉︎ シィダさん、ナコナのこと、え⁉︎ ちょ、い、いつの間に⁉︎」
「そうだな、昨日だな。笑えば可愛げもあるし、オレと並んでも遜色ない若作り! 人間にしては体も丈夫で、戦いの術ももっている! うむ! うってつけではないか」
「なにが⁉︎」
リスがあたしの前に来て、シィダにキィキィと叫ぶ。
ティナもあたしの横まで来て顔を赤くしたり、その顔を手で覆ったりと忙しそう。
えーと。
えーと?
そうねぇ、なんか、なんか言われたな?
「シィダ……」
「…………。当代、本気?」
「本気だとも! アレが落ちてくれば理想の嫁探しなんぞできんからな! 貴様で手を打つことにした!」
「っ、こいつ!」
リスが武器まで持ち出しそうなほど殺気立つ。
でも、なんでだろうね。
突拍子もなく現実味のないことを言われたせいか、妙に頭が落ち着いてる。
というよりも……。
「…………」
神妙な面持ちのレドと。
「…………」
なーんか達観したような顔のレンゲが気になる。
この場合どっちが話してくれるかな?
「……ねえ、レド。こいつこんなこと言ってるけど、本当のところはどーなの?」
「え? あ……やっぱりわかる?」
「そりゃあこんだけ突拍子もなければね」
「え? どういうこと?」
不思議そうにするティナ。
いや、こいつの……シィダの性格を思えば裏があるのなんか丸わかりでしょ。
「ふん、勘までいいとはな! ますますオレの嫁に相応しい!」
「あのねぇ。そーゆーのいいから説明しなさいよ。なんでそんなこと言い出したわけ?」
「…………当代、気持ちはわかるけど……まだ決まったわけではない」
「だが手は打っておくべきだろう」
「???」
やっぱり裏があるのね。
レンゲをジトッと睨むと、肩を竦められる。
そして仕方なさそうに……。
「呪いだよ」
「呪い?」
「旧王の呪い……『王の特権』。強大な力を悪用されないために、レェシィ以外で魔本を開ける才能がある者へ、なにかしらの『負荷がかかる呪い』が施してあるんだ。当代に現れた呪いは『成長停止』ではないかな?」
「いかにも」
「…………」
不敵に、不遜に、笑う。
じゃあ、シィダが小さいままなのは、その呪いのせい。
こいつ、昨日あれだけ大々的にドヤ顔で偉そうなこと言っておきながら呪いなんかかけられてたんけ?
ダサ。
「で? それがなーんであたしを嫁にするなんて話になるわけ?」
「『王の特権』の呪いは解くのに条件があるんだ。友の祈り、愛する者の口付け、『僕』の解呪の言の葉」
「やはり貴様か、『太陽王の友』というのは。長き間、それこそ歴代の『太陽のエルフ』は呪いを解くために奔走していた。しかし、最後のそれがどうしてもわからなかった! まるで呪いを解く方法はないと言われているかのように、謎のまま。………………」
いつも尊大に振る舞うシィダが、ほんの少し下を向いた。
あたしも、それでピンときた。
シリウスさんだ。
考古学者として、世界各地を旅するシィダのお父さん。
ああ、そうか。
そういうことだったんだね……。
まあ、そうだよね。
だって、あの人は『お父さん』だもん。
そしてあんたはそれに気づいてた。
だからなおのこと、シリウスさんに負い目を感じて欲しくなかったんだね。
あんたはあんたとして誇りを持って生きている。
シリウスさんの息子であるということを、ちゃんと理解して、誇っているんだ。
それを伝えたいけどうまく伝わらなくて、変な空気にばかりなる。
不器用なやつだなぁ。
「まあ、そうだね。けど、呪いを解くために彼女……ナコナを嫁にするというのは些か短絡的というか……」
「いいよ、あたしは」
「「は⁉︎」」
リスとティナが肩を跳ねて驚く。
まあ、そうだよね。
でも、なんかもうわかったら、このスケベオヤジみたいなエルフが妙に可愛らしく思えてきた。
言い出しっぺのくせに意外そうな表情を向けてくるシィダ。
だからあたしは思いっきり胸を張る。
「え! い、いいのか⁉︎」
「いいよ。つーかなんでレドがそれ聞き返すわけ? いいよ別に。あたしもそろそろ結婚適齢期だしねー」
「なっ! ちょ! お嬢! それならなにもこんなチビガキ風エロフじゃなく僕とか僕とか僕とか優良物件は他にも——」
「ううん」
なんだろう。
あたしは『特別な人間』っていうのに縁でもあるのかな。
まあ、シィダのこと『特別な人間』って思えたことはないけどさ。
ただ今回のことで色々わかっちゃったし、ほっとけなくなっちゃったんだと思う。
父さんには一時期捨てられたと思ってた。
でも、本当はそうじゃない。
すごく愛されてた。
シィダも同じだったんじゃないかなって思う。
だからうまく伝わらなくて、困ってるんだろうなって。
この派手に不器用な似非ガキエロフの面倒なら見てもいい。
「そーゆー不器用なとこ、嫌いじゃないからあたしもあんたで妥協してあげる」
「…………ふ、ふん、太陽のエルフたるこのオレで妥協してやるとは、ずいぶんと大きく出たな」
「当たり前でしょ。あたしを誰だと思ってんの。『ダ・マール』の元青の騎士団副団長マルコス・リールの娘で、聖女ティナリスの姉よ! 太陽のエルフじゃなきゃ釣り合わないんだから!」
目を見開いたシィダは、しかしすぐに笑みを浮かべる。
不遜な笑みは相変わらずだけど、目許がどことなく和らいでいた。
「えぇ、うそ……ほ、本気? ナコナ?」
「えぇ……うそ……嘘でしょお嬢……!」
「うん本気。というか、リスはなんでそんなに衝撃受けてんの?」
「嘘でしょナコナ……」
「…………」
ガクッと膝から崩れ落ちるリス。
だからなんなの?
なんでそんなに驚いてんの?
変なやつね。
「ただし条件があるわ」
「む?」
「さっき言ってた自動販売機魔法の開発と! あんたが婿入りね」
「…………。……………………。……よかろう」
「いいのかよ⁉︎」
ずいぶんたっぷり悩んだわね?
ああ、でもシィダは一応エルフの皇族なんだっけ。
それで色々考えたのかな。
レドがあからさまなツッコミに回るほど驚いてるのも珍しい。
ちょっとまずかったかなこの条件?
「しかし、それは空の上の黒い団子が消えたあとだな」
「は? 結婚は
「……ああ、お前がいるなら万が一の時、生きて戻れそうだ」
「?」
「………………」
あたしの後ろでレンゲが静かに目を閉じた。
シィダがもう一度あたしを見上げる。
ふわりと浮き上がり、目線を合わせてきた。
「そんなわけで早速呪いを解け! 『太陽王の友』よ! 『太陽のエルフ』に相応しい長身美形に成長して我が妻をデッロデロに甘やかしてデレッデレにさせてくれるわ!」
「はあ。それはいいけど、多分成長には時間が必要だよ。君の場合呪いで小さくなったわけではなく、魔本を手にした年齢で成長が止まったんだろう? えーと、ナコナ、改めて聞くけど、彼これから成長するんだよ? ほ、本当にいいの?」
「…………」
指差すレンゲ。
その先にいるのはレンゲの言葉に固まったシィダ。
……まじか。
「まあ、いいわ」
「いいのおおぉー⁉︎」
「ナ、ナコナちゃん懐がでかすぎるんだもんな……」
「普通でしょ?」
「「「いやいやいやいやいやいやいやいや」」」
ギャガさんとティナとリスが思い切り首を横に振る。
この三人こんなに息が合うもんなのねぇ。
レンゲも眉尻を下げて、困ったような顔をしている。
十歳前後にしか見えないシィダと結婚は、確かに犯罪っぽいもんね。
年齢的にはシィダの方が犯罪だと思うけど!
「じゃあ僕からはもうなにも言うことはないよ……。お、おしあわせに?」
「あんたもね」
「へ?」
「そのうち改めて言うわよ」
「?」
あ、父さんへの報告どうしよう?
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