ムスメとムスコの父子関係 第3話



 粗方の怪我人に治療薬を飲ませてから、あたしは一度ティナの部屋に向かった。

 薬品庫の鍵の隠し場所は、椅子の下!


「あった」


 魔力回復薬。

 ティナの部屋は多分司令官用。

 だから、隠し部屋があったのだ。

 ティナからすると「ちょうどいい倉庫があったの〜」らしいけど。

 ……あれは多分気づいてないよね、ここが隠し部屋って。

 本棚をずらすと現れる扉。

 それを開いて魔力回復薬が入った木箱を持ち出し、本棚を元に戻して鍵を隠し場所にまた隠す。

 その箱を持って二階の食堂に持っていく。

 食堂にはリスたち『ダ・マール』騎士と、ギャガさんたち。

 幻獣レヴィレウス、ジリルさん、ミラージェさん、シシオル。

 そして、アーロン、ジーナさん、ミーナ、シリウスさんに……。


「…………」

「…………」


 微妙な空気のシィダとレド、スエアロとクウラの亜人冒険者たちも揃ってた。

 戦えそうなのはこの面々か。

 戦力的には問題ないと思うけど、面倒なのは城の周りを漂う『原始罪カスラ』なのよね。


「持ってきたわよ、ティナが作った魔力回復薬」

「ふむ、これがそうなのか。あの未熟聖女、とんでもないものを隠し持っていたな?」

「やっぱこれとんでもないの?」


 箱の中から一本の小瓶を手に取るシィダ。

 リスは信じられないものを見る目で「いやいや、当たり前でしょ!」と叫ぶ。

 ティナは水に魔力を注いだだけで簡単に作れちゃった、と言ってたけど……シリウスさんの目も驚愕してる。

 表情はわかりにくいけど、あれはかなりびっくりしてるわね。


「噂で魔力回復薬のレシピが出回ってるのは聞いてたけど、実物があるとは思わなかったっ。これもティナリスが作ってたのか……」

「え? レシピは練金薬師学会に提出して検証してもらうとかなんとか言ってたけど?」

「う、うんまあ、ね。でもレシピの出所は秘匿されてたんだよ。義姉さんやアリシスさんが試しても作れなかったから、無名の練金薬師の偶然の産物ってことで片づけられてて……」

「そ、そうだったの?」


 本当に普通は作れないんだ?

 ……それが作れちゃうティナって、本当に凄いんだなぁ。

 それもあの子が珠霊人だからなのかな?

 いや、まあ、絶対それだけは言えないけど。

 目の前にミーナという珠霊石に目が眩んで、デイシュメールに潜入するおバカもいることだし。


「でもこれがあれば太陽のエルフは魔法を問題なく使えるんですよね!?」

「まぁな」


 と、リスの部下の一人がシィダを期待の眼差しで見る。

 それに眉を寄せるシリウスさん。

 当のシィダは無表情。

 テンション低いわねー?

 あんなおとなしいシィダ初めて見たかも。


「フン! オレ様たちだってスッゲー魔法バリバリ使えるんだからぬぁ!」

「そこ張り合わないでくださぁいン、レヴィレウス様〜」

「でもでも、実際シリウスの息子さんと幻獣さんたちだとどっちがすごい魔法を使えるのか、ミーナ気になりまぁす!」


 ギロ、っと睨まれるミーナ。

 睨んだのはレヴィレウス。

 でも実を言うとあたしも気になる。

 レンゲに『太陽のエルフ』の逸話を聞いた時のことを思い出すと、やっぱりねぇ?


「今はその話は置いておきましょう。レディ・ティナリスが戻られるまであとどのくらいかはわかりませんが、その間どうしのぐか。そして、彼らが帰ってきたあとどうするか。それを話し合う場ですからねぇ」

「そうだね。僕も気になるけど、それはまた今度。とりあえず僕から報告。城の中に逃げ込めた怪我人はみんな医務室で休んでもらっているよ。ティナリスが治療薬を大量に作り置きしててくれたおかげで、城の中に死者はゼロ。問題は外ね。この城に派遣されていた各国の騎士の数は僕が把握してる数だと三十人前後だったはず。残念ながら一人も城内で確認していない」

「彼らはみーんなレンゲ様とマルコスさんの指示で城壁の見張り担当よン。普通に考えて……残念だけど魔物化してるでしょうねン……」

「……………………」


 沈黙が流れる。

 つまり『エデサ・クーラ』の軍が連れてきた魔物含め、最低でも外にいた騎士たち三十人は魔物になっているってこと。

 この場にいる全員でなんとかなるの? それ。


「それだけではないぞ。その辺に隠れていた虫や、表に飼われていた動物も『原始罪カスラ』に侵食されて魔物化していることだろう。……とはいえ、全部が全部巨大化はしていないはずだ。魔物の巨大化なんぞ一日二日でなるもんではないからな」

「あ、そ、そっか!」


 シィダの言葉にホッとする。

 数は多いけど、最近見かけるような全長何メートル! みたいなやつはいないのね!

 よかったぁ!


「でもそれを含めると数は想像がつかないね。デイシュメールにいる家畜と、畑や地面にいる虫もでしょう? 城壁ってもしかしなくても壊されてる?」

「そうねん、多分……『エデサ・クーラ』の機械人形や機械兵も到着してる頃だと思うものん。わらわたちの結界は二重、三重に張ってあるから、魔力のないポンコツたちには壊しようもないと思うけどん……」

「あっちは水も食料も必要ない。それでもヘーキなの? お色気幻獣さん」

「あらン、練金騎士の坊やは知らないのン? デイシュメールも地下に井戸があるわン。水の心配はなくってよン?」


 あ、そうなんだ。

 なら食糧は安心かな。

 まあ、食糧が尽きる前に……つーか今日中に帰ってくるだろうし。


「……おい、待て……井戸といったか? まさか、外の井戸と繋がっているのではあるまいな?」

「え? さあ、どうかしらん? そこまでは……」

「いけませんね、例え繋がっていなくても……!」

「え? え?」


 レヴィレウスが表情を変えたシリウスさんとシィダ、不思議そうなジリルとミラージェを交互に見る。

 なに?

 なんか、やばいの!?


「シリウス、なにかまずいの?」

「水は『原始罪カスラ』や『原始悪カミラ』を含みやすいのです。特に『原始罪カスラ』は空気中から次第に地面に染み込んでいくと言われています」

「だからミミズだの蛇だのムカデだのモグラだの、地中の生き物が魔物化しやすいんだ。そして、地下水脈はそれらを溜め込み地殻にいる『エア』へと浄化させるべく運んでしまう」

「その過程で水棲生物の魔物化も起きやすい。いえ、それはともかく……」

「水だ! 地下の水は飲まないように指示を出せ! 表に『原始罪カスラ』が目視できるほど散布されたのであれば、すでに地中を通ってここの井戸水に『原始罪カスラ』が含まれている可能性があるぞ!」

「っ!」


 シィダとシリウスさんの解説に全員が椅子から立ち上がる。

 えっ、ちょ、それって今井戸水は飲めないってこと!?

 備えはあるけど……!


「ヤバイ! 従業員たちにそのこと通知しないと!」

「み、みんな自室で待機するように伝えてあるわン! だから多分、地下にはいってないはずン!」

「……、仕方がない! オレが地下を見に行こう。最悪の場合、オレならば魔本で『原始罪カスラ』を燃やすことができるからな」

「! シィダ! それは体に負荷がかかりすぎますよ!」

「他に方法はあるまい。それとも未熟聖女を呼び戻すか?」

「っ」


 え……。

 シリウスさんが、大声を出した……?

 そんなところ、初めて見たか。

 いつも飄々とふざけてるのに。


「………………」


 相手がシィダ……息子だから?

 二人は睨み合ってる。

 ど、どういうこと?

 男の親子ってこういうものなの?

 シリウスさんはものすごく心配してる感じなのに、シィダはなんで——。


「……この際だから言っておくぞクソジジイ」

「……なんです?」

「オレは! 皇位継承権なんぞハナっから興味ないわ! 貴様は自分が『ハーフエルフのせいで』オレに皇位継承権が与えられなかったと思っているようだがな! そんなもん要らんわ! オレは旧王の魔本に選ばれた! 『太陽のエルフ』!」

「っ」

「それがオレの誇り! 最強の武器! 存在意義! 皇位だと? そんなちっぽけなものが偉大なる旧王の遺産に劣るとでも!? この世でたった一つの旧王の遺産にオレは選ばれたのだぞ! 貴様の血など関係あるか!」


 ——あたしは……。

 あたしは、ナコナ・リール。

『ダ・マール』青の騎士団副団長、マルコス・リールの娘。

 ああ、回りくどいこと言っちゃってるけど……つまりさ……つまり、シィダは……。


「貴様はただ、オレという超! 優! 秀! な王の器を持つ息子の存在を誇っておればいいのよ! ふぁーっははははははははははぁ!」

「……相変わらず素直じゃない……」

「黙れ」


 ぼそりと呟くレド。

 あ、あー、うん、あたしも同意見。


「……そう、ですねぇ。私の血など関係ない。お前は昔から優秀だった。ええ、知ってますとも」


 んん?


「お前は母親似ですからねー、ハハハ……」

「っっっ……!」

「まあ、でも、無理だけはしないようにーー……」


 …………シリウスさん、むっちゃネガティブな方面で受け取ってるー……!?

 シ、シィダの引きつった顔!

 な、なるほどー!

 この親子の微妙な空気はこれが理由かぁぁあ!


「もういいわ! レド! スエアロ! クウラ! 貴様らは居残りだ!」

「あ、シィダが拗ねた!」

「拗ねとらんわ!」


 いやいやあれは完全に拗ねてる!

 ……あー、うん、そっかそっかー……これの繰り返しなのね?

 それで尚更拗れてんのね?

 仕方ないな……。


「場所わかんないでしょ? あたしも行くわ」

「む? しかし貴様はここに住んでいるわけではないのだろう?」

「そうですよ、それにお嬢が危ないんじゃ……」

「でもシィダは地下への行き方わかんないでしょ? リスたちもこの城の人じゃないし……ジリルさんたちは——」

「おーっほっほっほ! わらわたちのようなら高貴なる獣が地下などいくはずもありませんわん!」

「そーいやー、二年ぐらい住んでるが行ったことないな」

「レヴィレウス様はうっかり壊しかねませんものねン。あたくしは種族柄地下みたいなジメッとしたところは苦手なのですわン」

「「……………………」」


 まあ、そういうことなのよねー。

 ついでに言うと従業員さんたちはあたしみたいに『技』を使えない、普通の人たち。


「ヘーキよ。あたしなら万が一の時も戦えるもんね」

「でも、それなら僕も……!」

「あんた隊長でしょ。見てくるだけだから大丈夫だって!」

「くっ……」


 なんなのよもー、リスのあたしへの信頼のなさ!

 失礼しちゃうわ!


「あ、あのさあのさ、なら俺が……!」

「見てくるだけだっつってんだろーが!」

「は、はい……」


 しつこい!


「アーロンたちとレドたちは手分けして各部屋待機中の従業員たちに地下に近づかないように通達! ゴー!」

「は、はいぃ!」

「お、おれっちたちも!?」

「アーロンのばかぁ! せっかく休めるチャンスだったのにぃ〜!」

「文句言いながらも行くんだね。さすが我が妹だよ……。シリウスはどうする?」

「え? お茶を淹れてお待ちしてますよ」

「「このクソジジイ!」」


 さて、気を取り直して!


「さて行くわよ!」

「お、おう」

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