十三歳のわたし第14話
『
ロフォーラに帰ってきて一週間。
普通の生活に戻り、今は宿の前の落ち葉掃除。
四季はないもののクミルの木は実をつけたあと、紅葉して葉を落とすのよ。
箒を動かしながら、レンゲくんに言われたことを考える。
一週間後には『カラルス平原』で『エデサ・クーラ』と『連合軍』が激突する予定。
戦争って意外と予定がちゃんと組まれてるものらしく、お互い示し合わせたようにその日に向けて準備をするんですって。
わたしには理解できない世界だわ。
でも、その理解できないものに、魔物を投じるのはもっと理解できない。
『エデサ・クーラ』の軍には魔物の檻がいくつも荷物に紛れて運ばれている。
連合軍も当然情報として得てはいるはずだけれど、抗議したところで向こうは『捕らえて輸送中』とありえない返答を行なっているという。
あ、この辺はシンセンさん情報。
お父さんに、割と頻繁に情報の横流しにきてくれるのだ。
わたしの様子を確認する、のが主な目的のようだけれど。
「…………わたし、ちゃんとできるのかな」
『
目を閉じて感じようとしてみるけれど、胸がほんわか暖かくなるだけなのよね。
これが『
「お姉ちゃん!」
「あ、な、なに? モネ。野菜の収穫終わった?」
「うん! あの、ね、お姉ちゃん、最近元気ないけどどうかしたの?」
「え? あ、ああ、ちょっと考えごと! 新しい錬金術のレシピを試したいんだけど……材料がねぇ〜」
「そうなの? そっか〜。モネ、お手伝いすることあったらなんでもするの! なんでも言って欲しいの!」
「うん、ありがとう」
天使かな?
世界って素晴らしい。
「あ!」
「あ! 大丈夫!?」
宿に帰ろうとしたモネが目の前で転ぶ。
は、走るから〜。
まあ、わたしのように運動音痴で転んだわけではなく躓いて転んでしまったみたい。
「ふぇーん」
「ああ、痛いねこれ。よし、ちょっと待って」
ポシェットの中の下級治療薬を使おうと考えた。
でもすぐに蓋を閉じる。
今、ポシェットの入ってるのは上級治療薬の『治癒力プラス5』なんだった。
それに擦りむいた膝に下級治療薬は量が多い。
こういう時は……。
「清廉なる星の煌めきよ、我が祈りに耳を傾け、その輝きを授け給え。フォトン・ヒーリング」
聖魔法!
手をかざして詠唱すれば、暖かな光がモネの膝小僧を癒していく。
新しい皮膚で砂はポロポロ勝手に落ちていくし、湖の水で洗うよりは清潔なはず。
「わあ! すごーい!」
「はい、これでおしまい。気をつけて戻るんだよ?」
「うん! ありがとう、お姉ちゃん!」
天使かな?
ああ、こちらの心が癒されるようだわ〜。
「よいしょ」
と、立ち上がる。
そして、モネの背中を見ながらレネのことを思い出す。
あの痛々しい額の傷。
すっかり抉れたまま皮膚が引っ張られるように張ってしまって、前髪で隠してるけど、額あたりは引きつっている。
あの子たちの話だけだと、レネは珠霊石を模した石を抉った額に押し込まれ、上下を縫い合わされた。
恐らくあの子たちを両親ごと捕らえた連中は、絶滅した珠霊人だと言い張り、見世物一座か奴隷制度の残る『エデサ・クーラ』に売りつける腹積もりだったのだろう。
単純にひどい話だと終わらせてもいいのだろうけれど、気がかりなのはレネが模された対象が『珠霊人』だったこと。
十三年も前に滅んだ種族を、未だに覚えていて悪用しようと考える人間の存在。
純粋に不愉快で、純粋に恐ろしい。
これでわたしが『珠霊人』で『
「よし」
考えるのを一旦やめよう!
こんなこと、いくら考えててもいいことないよね。
それよりも馴染んでいるかを実験するのよ!
いまいち自分ではわからないから、実践あるのみ!
というわけで。
「おとーうさん」
「おお、外の掃除終わったか?」
「はい。モネが野菜の収穫終わったって言ってたけど……」
「ああ、ちゃんと頼んだものは採ってきてくれたぞ。そろそろポーテトは種まいていいかもな」
「そうですね」
手伝います、と厨房に立っていた今日の朝ご飯当番のお父さんに近付いた。
相変わらず、義手の指を一本一本動かして野菜を握り、左手のナイフで皮を剥いていく。
皮が剥けたところを左手の人差し指て回転させずらし、まだ剥けていないところを剥く……を繰り返す。
人数が増えたから下拵えも大変よね。
一人、男の子だし。
もう一本のナイフを取り出して一緒にキャロロトの皮剥き。
ポーテトとオニュオンを切り、干し肉で出汁をとったスープに塩と胡椒と共に投入。
しっかり煮込めば……まあ、こっちの世界のポトフ的なものが出来上がり。
コンソメはね、意外とすごいのよ。
鳥や魚や、ほんとなら牛のお肉やブイヨンで出汁を取らなければいけないの。
アクはその都度取り除く。
時間と手間がかかる…………まあ、要するに前世ってコンソメの素で全てが解決してホントに便利だったな〜!
「さて、とりあえず三十分くらいか」
「あの、それじゃあちょっと試したいことがあるんですけどいいですか?」
「ん? 試したいこと? ……俺がなんかするのか?」
自分の顔を左の人差し指で指差し、なにが、という表情をするお父さん。
喫茶コーナーに座ってもらい、わたしは安心させるように微笑んだ。
でもなんかそれが怖かったみたいで身構えられる。
失礼しちゃうわね。
「義手、外してください」
「は? なにするんだよ?」
「いいからいいから」
あ、これは完全に忘れてるわね?
まあ、いいけど。
右手の義手を外してもらい、丸くなった肘から下を改めて見た。
うっかり息を呑む。
戦争の恐ろしさが改めて目の前に突き付けられた気分。
だってこれは、この、怪我は……。
「ティナ? え、ええと、そうジッと見られると……居た堪れないっつーか、な?」
「…………はい」
目を閉じて静かに息を吐いた。
お父さんの腕を、治す。
治したい。
『
目を開ける。
手をかざして、祈った。
お父さんの腕が治りますように。
「ティナ、お前まさか……!」
『
奇跡の力よ。
どうか……。
願いながら、祈りながら集中すると、光が溢れてきた。
金色と白のどこかぼんやりした光の中に、虹色の細かな光が煌めいた。
その光が凝縮していくとお父さんの『手』がゆっくり縁取られていく。
虹色の光が腕を覆いながらオーロラのように流れていくと、その下からは……肌色の皮膚に包まれた右手があった。
「う、ご……き、ます?」
恐る恐る聞いてみる。
お父さんはどこか感極まったような表情。
そして、きっと十三年ぶりに右手を動かす。
肘を曲げて、手をグー、パーにして。
指は全部動くのをわたしも確認した。
問題なく、それはお父さんの右腕として今後も活躍してくれそうである。
「っ」
ぽん。
と、わたしの頭にその右手が載せられた。
以前は硬かった右手。
今は……温もりがある、柔らかな——。
「ありがとうな」
「いえ、わたしがやりたかったことだから」
俯いたままだから、お父さんがどんな表情なのかはわからない。
ぐりぐりと押さえつけられるように撫でられるから、きっと今の顔はわたしに見られたくないのだろう。
だから目を閉じて感じることにした。
お父さんの右腕。
五本の指の感触。
伝わる温もり。
ずず、と鼻をすする音。
頭の後ろに右手が周り、引っ張り寄せられた。
これはちょっと驚いたけど——。
「ありがとうなっ」
「…………はい」
行き先はお父さんの肩口。
テーブル越しだからギリギリだなあ。
でも、気にならない。
熱い。
お父さんの体温……。
ああ、お父さん、よかった、わたし——恩返しができましたか?
*******
「ほんとだ、お父さんの腕が……な、治ってる!」
朝ご飯の時にナコナたちへ「聖魔法で治せたよ!」と胸を張って報告する。
『
多分よくわからないと思うし、モネ辺りがうっかり口を滑らせそう。
それに欠損部位は『上級の聖魔法』でも治療は可能!
そういうことにしておけばいいわよね!
「お姉ちゃんすごーい! お姉ちゃんすごーい!」
「レネのおでこも治してあげる」
「い、いらねーよ! 別に!」
「照れなくていいよ〜」
「照れてねーよブス!」
「だ、誰がブスだコラァ〜」
お年頃なのか、レネは手を伸ばしたわたしをブス呼ばわりして顔を背ける。
見てるこっちが痛々しいんだってば。
モネが「治してもらえばいいの〜」とわたしの味方になる。
しかしレネは顔を背けてこっちを向かない。
んも〜。
「まあ、無理にとは言わないけど」
「好きな女の子ができたら嫌でも治してくれって頼みにくるさ」
「「…………」」
「ん?」
お父さんの全く説得力のないフォローでした。
「なんにしてもよかったね、父さん!」
「ん、んん。なんつーか、右手があるのが久しぶりで感覚がなかなか戻ってこねーけどな」
「え〜。あ、それじゃあさ、明日あたしと手合わせしよーよ! レネも父さんに剣を教えてもらえば?」
「剣? おっさん大したことねーんじゃねーの?」
「にゃにおう〜?」
レネがお父さんに剣を習う、かぁ。
それもいいかもね。
この世界は危ないものが多いから、戦う術は身につけておいた方がいい。
男の子は特に。
あ、可愛い妹がいるレネは特に、かな!
「……………………」
うん。
この日常がわたしは大切。
あと一週間で『エデサ・クーラ』と『連合軍』は『カラルス平原』で戦闘になる。
もし『エデサ・クーラ』が魔物を使って『連合軍』の人たちを魔物化しようというのなら、わたしが絶対止めなきゃ。
大丈夫、きっとできる。
クリアレウス様にも、アカリ様にも、そしてレンゲくんにも頼まれた。
わたしなんかにはとても果たせそうにない重責だと思ったけれど、わたしはこの日常がなによりも大切だから必ず守る。
わたしと同じように日々を大切に想う人たちを。
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