十三歳のわたし第13話



「んん?」


 ひょこっとレンゲくんがお父さんの背中から顔を出す。

 瞬間窓の妖精たちがガラスを押し破りそうな勢いで「きゃーーー!」と叫ぶ。

 窓ガラスはガタガタガタと揺れ、レンゲくんの表情が『スン……』と無表情に変わったのが見えた。


「レンゲ様〜!」

「こっち見た! 目が合った!」

「違うわよ、私と目が合ったのよ! あんたじゃない!」

「結婚して〜! 番になって〜!」

「きゃー! レンゲ様、今日も麗しい〜!」

「抱きしめて〜ぇ!」


 な、なんという黄色い声の嵐。

 うう、耳にキンキン響く!

 なにあれアイドルのライブ会場?


「お、おい、あれは……」

「無視……してもうるさいよね。……僕、少し外へ出てくるよ。二人は休んで」

「そ、そうか。なんか大変そうだな」


 頭を抱えてものすごく嫌そう……。

 お父さんに肩を叩かれつつ部屋を後にするレンゲくん。

 レンゲくんが出て行くと、妖精の女子たちがバッと音を立てて窓ガラスから離れていった。

 す、凄まじい即効効果。


「あいつモテるんだな?」

「かっこいいもん、仕方ないよ」

「!?」


 中身は結構なネガティブさんだったけど、クリアレウス様に『次期幻獣王になって』なんて頼まれてるんだもん、そりゃあモテるよね。

 容姿だって整ってるし、強いし、責任感は強いし……。

 きっとその責任感が強い部分で『次期幻獣王』ってのが『重い』って思ってるんだろうな。

 少しだけ気持ちがわかる気がするよ。

 まあ、ちょっと『次期幻獣王』は壮大過ぎてピンとこないけど。


「か、かっこいいか、そうか……」

「それよりお父さん、試したいことがあります!」

「へ?」

「というか、覚えてます? わたし、言いましたよ……」


 そっとお父さんの右手に触れる。

 硬くて冷たい。

 そして、ハッとしたようなお父さんの表情。


「本気か? あのな、俺は——」

「お礼がしたいって言ったでしょ。育ててもらった恩を返したいんです。……返しきれるとは思ってないけど」

「ティナ、今はいい」

「でもわたし」

「まだお前の体になんの影響もないと言い切れないんだろう? 今は休め。本当に大丈夫なら、その時は頼むから」

「…………」


 わたしを納得させるための方便だ。

 む、むむむむむ〜。

 ……でも、お父さんの言っていることは、間違ってないものね、言う通りに休んだ方がいい、かな。

原始星ステラ』は普通の人間が生身で宿そうが、『原始星ステラ』を宿した珠霊石を持っていようが精神に影響を及ぼすらしい。

 心がもやもやする。

 この感じは、まだ治ってない。

 むしろさっきより少し増した?


「ほら、横になって」

「お、大げさな気もするけど……」


 ベッドに座ると、そのタイミングで扉が叩かれ「お飲み物をお持ちしました〜」という幼子の声。

 ああ、さっきの妖精さん。

 この宿屋の中居さん的な妖精さんも、レンゲくんのファンなのかな?

 お父さんが扉を開けると、あの小さな体には不釣り合いなトレーに人が使うサイズのコップを三つ乗せて入ってきた。


「あら? レンゲ様は……」

「うん? 少し外へ出てくると言っていたが、会わなかったか?」

「ええ。そう、残念だわ。お話したかったのに」


 もやもやが増える。

 ああ、やっぱりこの妖精さんもレンゲくんのファンか。


「さあ、聖女様、こちら当店自慢のユージュ茶です」

「あ、ありがとうございます。……あの、その聖女様って、まさかわたしのこと、ですか?」

「ええ! だって『原始星ステラ』を受け継がれるのでしょう? あ、もう受け継がれましたの? 三千年前、この世界を浄化された聖女アカリ様の『原始星ステラ』を受け継ぐということは、つまりその方が次の聖女様ということ……。敬意を持ってそうお呼びするのは当然のことですわ」

「え、ええと……」


 スラスラ、胸を張って語る妖精さん。

 その自信満々の瞳で見られるの居た堪れないな〜。

 わたし、聖女ではないのですって言った方がいいよね?


「あの、わたし……」

「!」

「!?」


 コップを受け取りつつ、訂正しようと顔を上げた時だ。

 妖精さんとお父さんの顔色が変わる。

 わたしも、外の賑わいの質が変わったのに気がつく。

 窓を睨むように見る二人同様に、振り返って窓の外を目を凝らして見てみる。


「魔物だー!」

「きゃぁああぁ!」


 魔物!?

 驚いて窓を開ける。

 顔を出すと、お父さんと妖精さんも身を乗り出して外を確認した。

 わ、わたしが『原始星ステラ』を持っていれば……魔物は近くにきただけで浄化されるはず!


「レンゲ様だ!」


 ツノの生えた馬が空を見上げる。

 きのこ型の屋根を飛び上がり、レンゲくんが空へ浮かぶ。

 急降下してくるのは巨大な黒鳥。

 靄がかかったあれは、間違いなく魔物!

 そんな、鳥の魔物だなんて……!


「レンゲく……!」


 わたしが!

 そう、叫ぼうとしたら両手を突き出すレンゲくん。

 その手から黒い炎がビーム光線のように放たれた。

 鳥の魔物の両翼は撃ち抜かれ、大きな穴が空き、落下が始まる。

 悲痛な魔物の悲鳴を黙らせるかのように、レンゲくんはその嘴を両手で掴むと右へ思い切り振り下ろす。

 ううん、回り始めた。

 グリングリンと鳥の嘴を掴んだまま、砲丸投げの選手のように一周、二周……。

 三周目で手を離す。

 あれほど巨大な黒鳥は、遠心力に負けてもと来た方向へと吹っ飛ばされてしまった。


「…………」

「マ、マジかあいつ……」

「きゃー、レンゲ様ぁ〜! 素敵ぃ〜!」


 こ、言葉の出ないわたし。

 絞り出すように驚嘆の声を漏らすお父さん。

 黄色い悲鳴しか出ない妖精さん。

 賞賛の声は、この町中から聴こえてきた。

 まあ、あれだけあっさりあんな大きな魔物を放り投げればそりゃあ、そうよねー。


「…………」


 でも、レンゲくんの背中はなんとなく寂しそう。

 賞賛の声が彼には聴こえていないのかな。

 あれ?

 レンゲくんの横に、真っ白な髪の青年が近付く。

 あれは?


「あ! シンセン様だわ!」

「シンセン様?」

「レンゲ様の腹心、オルトロスのシンセン様。戦闘になると別人のようにワイルドになるのよ〜」


 キャッ、と頰を染めて体をくねらせる妖精さん。

 こちらとしては「は、はぁ」って感じ。

 オルトロスってなんだろう?

 幻獣の種類なんだろうけど、ドラゴンとかグリフィンとかキメラとか……わたし有名どころしか知らないのよね。

 小人や妖精も幻獣くくりなのも今さっき知ったし。


「あ!」


 妖精さんの嬉々とした声。

 ああ、レンゲくんがシンセン様という人と一緒に近付いてきたのね。

 わたし達の顔を出した窓の前に浮かぶ姿はやはり人外。

 シィダさんも浮いてたりするけど、レンゲくんも浮かんだりできるんだ。


「ティナ、ごめん」

「え? いきなりなんですか」

「『エデサ・クーラ』が大軍を率いてカラルス平原に向かっているという情報が入った。『ダ・マール』や『ウル・キ』、『サイケオーレア』などの連合軍は現在それに対して兵を集めて、再編成を行っているらしい」

「……?」


 カラルス平原というと、『デイシュメール要塞』からほぼ真東に位置する平原、だったかな?

『サイケオーレア』に行く前には二つほど小国があるんだけど、その手前にある平原だったはず。

 そこに大軍が?

 は、はあ?


「指揮官は?」


 話に入ってきたのはお父さん。

 表情は見たことがないほど険しい。

 あ、いや、わたしに『原始星ステラ』の話をした時もだけど、今のこの険しい表情は十歳の頃に魔物と戦っていた時のものに近いかも。


「メフィスト・グディール」

「百戦虐殺のメフィストかっ!」


 なにその不穏な通り名!?

 思わずお父さんを見上げてしまう。

 険しい表情は、忌々しいと言わんばかり。

 相当危険な人なの、だろうなぁ。


「侵攻の速度から考えて連合軍との全面衝突は二週間後」

「ぜ! 全面衝突!?」

「連合軍の指揮官は?」

「『ダ・マール』の赤の騎士団団長。でも『エデサ・クーラ』は九割が機械人形と機械兵だね」

「くっ、卑劣な……!」


 ええと、状況がよくわからない。

 全面衝突が要するにわたしのイメージしている『戦争』だと思う。

 でも『エデサ・クーラ』はその九割が機械人形や機械兵。

 対する連合軍は生身の人間。

 それは確かに卑怯だわ!

 向こうは疲れもない、死の恐怖もない。

 錬金術をそんな風に使ったの?

 そんなのひどい、許せない!


「でも問題はそこじゃない。『エデサ・クーラ』の荷の中に、魔物が入れられた檻がいくつも確認できたんだ」

「魔物が入った檻、だと? なんでそんなもんーー……まさか?」

「え? え?」


 お父さんの眉がますます深い皺を刻む。

 魔物が入った檻を運んでる?

 そんなものなにに使うの?

 確かに追い払うより捕まえておいた方が被害は出ない、かも?

 でもそれなら運ぶ必要はないんじゃないの?


「あのね、ティナ、全面衝突の際にもし……もしも、その場で魔物を殺すようなことをすればどうなると思う?」

「…………」

「『エデサ・クーラ』側は機械人形や機械兵ばかりだ。被害は出ないだろうっ。……ふざけやがって!」


 窓の縁をお父さんが殴りつける。

 わたしは愕然とした。

 体が震えるほどに、その考えに怖気が走る。

 そんなこと、そんなひどいことを、よくも考えられるものだ。

 戦争だからなにをしてもいいの?

 そんなの——!


「酷なことを言うよ、ティナ。二週間で『原始星ステラ』をその身に馴染ませて。君の協力が必要だ」


 レンゲくんがわたしに対してとてもむちゃくちゃ言ってるのはわかる。

 わかっているけれど、わたしは頷いた。

 だってそんなひどいこと、絶対に許せない!

 連合軍にはリコさんたちだって参加している。

 前線にはベクターさんやガウェインさんも出るはずだ。

 どれほど被害が出るだろう。

 魔物を盾にするなんて。

 魔物を、兵器にするなんて!


「奴らが機械人形や機械兵を量産していたのはっ」

「そうだね、このためだったのかもしれない。……シンセン」

「はい、レンゲ様」


 レンゲくんの隣に白髪——いや、よく見ると灰色の髪だ——の青年が降りてくる。

 こちらの彼も宙に浮いているんだけど、幻獣にとっては普通なのかしら?

 あら? よく見ると前髪で顔の半分が覆われてる。

 この人、どこかで見たことあるような?


「『デイシュメール』は?」

「現在レヴィレウス様が居住地にすると大々的に宣言し『エデサ・クーラ』より奪取に成功。ただ、その……申し上げにくいのですが……」

「なに?」

「は、半壊に……」

「…………」


 レンゲくんが頭を抱える。

『デイシュメール要塞』に散々苦しめられたらしいお父さんは、表情からなんとも言えない哀愁を漂わせていた。

 は、半壊?

『デイシュメール要塞』が半壊ってこと、よね?

 一体なにがどうしてそんなことになったの?


「人的被害は?」

「要塞を守っていたのは機械兵ばかりでしたので、人的被害は恐らくない、はず、かな、と」


 ものすごく曖昧で自信なさげな返答!?


「そうか。まあ、レヴィにしては半壊で済ませたなら…………いい方なのかなぁ?」

「そ、そうですよ!」


 と、拳を握ってフォローするシンセンさん。

 半壊で済んだのはましなんだ。


「しかし、二週間後か。レンゲ、今馴染ませろと言っていたが、まさかティナを戦場に連れて行くつもりじゃないだろうな?」

「心配しなくても彼女は僕が守る」


 レンゲくんを睨みつけたお父さん。

 そのお父さんへ、真面目な顔でそんなことを恥ずかしげもなく言い放つレンゲくん。

 どきりとした。

 仕方ないと思う。

 いや、仕方ないよね?

 だって、レンゲくんだよ?

 切り揃えられた右側の髪がサラサラと風に靡き、マフラーからはみ出る。

 とっても綺麗な黒髪のストレート。

 真っ黒な瞳が、真っ直ぐにお父さんを見つめた。

 マフラーで顔半分は覆われているけれど、整った顔立ちなのは上半分でも十分わかる。

 そのくらい綺麗なんだもの。

 そんなレンゲくんに、真剣な眼差しと声でそんなことを言われたら、ねえ?

 胸がドキドキして、ぎゅうって苦しくなるのは仕方ないと思うのよ。


「ええ、ワレも聖女殿をお守り致す所存。ご安心召されよ、聖女殿の父君」

「そ、その聖女ってのはティナのこと、か?」

「如何にも。『原始星ステラ』を受け継ぎし乙女はそう呼ばせて頂くのが礼儀かと」

「だ、そうだぞ、ティナ」

「え!」


 はっと顔を上げた。

 聖女。

 そ、そうだ! ここで訂正しておかないととんでもないことになりそうな気がする!


「あの、わたし……」

「魔物だ!」


 下から悲鳴じみた叫び声。

 レンゲくんとシンセンさんはすぐに声の方を見る。

 わたしとお父さんもつられるようにそちらを見ると、さっきと同じ巨大な鳥の魔物!

 なんで! さっきレンゲくんが遠くへ吹っ飛ばしたはずなのに!


「やはりホワイトルードか」

「厄介ですね、あれは群で動きますから……」

「あと十羽は見ておいた方がいいか。……シンセン、フウゴとシシオルに連絡して西と北を見張らせて。お前は東。僕はこのまま南を見張る」

「御意」

「レヴィの側にはエウレが控えているんだよね?」

「はい」

「ならあっちは大丈夫かな。ティナごめんね、ロフォーラに帰すの、遅くなるかも」

「あ、う、うん。それはいいんだけど……」


 ホワイトルード……わたしの前の世界でいうところの白鳥っぽい生き物。

 つまり集団で空から襲ってくる魔物ってこと?

 ひ、ひえぇ!


「き、気をつけてね」

「うん、ありがとう」


 ふわ、と浮き上がったレンゲくん。

 マフラーがずれたせいでしっかり笑顔が見えてしまった。

 ああ、イケメンとは、なんと得なのか。


「……………………」



 もやもやが、ひどい。

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