十三歳のわたし第15話



 一週間後。



 レネとモネが寝ている早朝、レンゲくんがロフォーラへ三人の仲間を連れて現れた。

 わたしの覚悟も準備もできている。


「俺も行くぞ」

「はあ? ニンゲンなんか役に立つかよ」


 わたしを迎えにきたレンゲくんの仲間の一人、あの赤い髪とギザギザの歯で態度が悪いのがレヴィさん。

 白髪で細い目の人がエウレさん。

 シンセンさんには前に会ったことがあるからわかる。

 ということは覚えたんだけど、レヴィさんはなんというか、怖いな。

 幻獣は人間嫌いだったり、見下したりする人が多いとは聞いていたけれど……。


「そうだね、その方がティナも安心するだろうし僕は構わないよ。確か『ダ・マール』の騎士とも面識があるんだよね?」

「ああ、赤の騎士団団長、ロンドレッドは元同僚だな」


 ……それ以上に色々あるけれどね。

 それは言わない方がいいし、今言わなくてもいいことかな。


「ティナ、本当に行くんだね」

「うん。ナコナ、宿はお願いね」

「当たり前でしょ。ここはあたしの家なんだから」


 と言って胸を張るナコナ。

 まあ、ナコナがいれば山賊なんて目じゃないし、この辺の山賊はナコナの強さは知ってるからむやみやたらに手を出してくることはないだろう。

 ナコナがいれば『ロフォーラのやどり木』は大丈夫…………。


「それから、ティナの家でもあるんだからね」

「!」

「ちゃんと帰って来なさいよ。父さんと!」

「…………うん」


 戦場に行く日が来るなんて、わたしも思わなかったけど……そう言われて送り出されるのは悪い気分じゃない。

 昨日レネとモネには今回もお父さんと素材採りに行ってくると、伝えた。

 レンゲくんが「戦闘? 一日で終わらせるんじゃないかな」と適当に言ってたのが少し不安だけど、遅くとも明後日には帰ってくるよって言っちゃったから、それまでには帰ってきたいなぁ。


「レンゲ! ティナに傷一つでも負わせたら、あんたの顔面ぶん殴るからね!」

「いいよ」

「そんなサラリと!? レンゲ様!?」


 ナコナの脅しがまるで脅しになってない!?

 シンセンさんが驚いてレンゲくんとナコナの前に立つけれど、レンゲくんは「ティナに怪我をさせたらそれは当然でしょ」と言い放つ。

 や、やめてー、そんなことケロリと言われたら顔が熱くなる〜っ!


「フン、ニンゲンが相手で我らが遅れを取るものか! 聖女に傷の一つも付けぬと約束してくれるわ!」

「せ、聖女?」

「あ、あの、その呼び方……」


 ああ! ナコナの前でもまたその呼び方を〜!

 ナコナが変な顔になってる!

 やめてって、今度こそ言わなきゃ!


「桶に頭を突っ込んだ気でいるがいいわ! わーっはっはっはっはっはっ!」

「大船に乗ったつもりで、です。レヴィレウス様」

「はっ…………」

「レヴィ、君はもう少し勉強の時間を増やした方がいいかもね」

「うっ! レ、レンゲ兄様、ち、違うんだ、今のは……」


 エウレさんが訂正を入れて、レンゲくんに注意されたら慌て出した。

 ん? 兄様?


「レンゲくん、その人と兄弟なの?」

「ううん、種族も違うよ。というか、レヴィはクリアレウス様の息子だから、本当なら僕より偉いんだよ」

「「えっ!」」


 クリアレウス様の、息子!?

 わたしとお父さんが同時に驚くと、レヴィさんはカッと顔を赤くして「なんだその態度は!」と怒鳴ってきた。

 い、いやあ! だって!

 クリアレウス様は白いドラゴンだったから……。


「でもまだ子どもだからね……。少し怒りっぽいけど乱暴なことはしないと思うから大目に見て?」

「う、うん……」

「レ、レンゲ様に比べれば若輩者だが、貴様らよりは歳上だ! 俺様、もう百歳は超えてンだからな!」

「レヴィレウス様、そういう言い方が子どもじみているのですよ」

「ウッ」


 またもエウレさんに突っ込まれている。

 百歳か。

 確かにわたしたちより歳上ね。

 でもなんだろう、このレネと精神年齢同レベル感……。


「ああ、そういえば聖女様にはまだご挨拶しておりませんでしたね。ワタクシはグリフィンのエウレと申します。現在はレヴィレウス様の従者兼教育係ですので、レヴィレウス様がなにか無礼を働きましたらお気軽にお申しつけください。レンゲ様にチクりますので」

「人の世の常識は微妙だけど博識ではあるんだ。でも見た目より怒りっぽいから、エウレとレヴィがなにかしたら僕かシンセンに言って」

「…………」


 それはもう最初からレンゲくんに全部報告した方が早くない?

 というか、そんなに怒りっぽい人をこんな子どもっぽい人につけるのはいいの?


「だ、大丈夫なのか?」

「戦いにならなければ大丈夫」


 お父さんの心配はごもっともなのだがレンゲくん的にはそうらしい。

 戦いになったらダメってことじゃ……。

 っていうか、これから行くところは戦場なのでは⁉︎


「さて、じゃあ行こうか。でもその前に『デイシュメール』に寄って行こう。ティナにはしばらくそこで過ごしてもらいたいっていう話……」

「あ、うん。覚えてるよ」

「一応片付けは終わったから、下見して欲しい。部屋を決めたり、色々」

「戦闘はまだ始まらなさそうなのか?」

「『連合軍』の進行が予定より遅れているみたい。多分魔物が出たんじゃないかな。『エデサ・クーラ』は魔物が出れば手当たり次第に捕らえていた。僕らが最初に確認した時よりも檻の数は増えていたね」

「…………」


 お父さんの表情が一層険しくなる。

 魔物と遭遇したら、捕まえるって、それは……。


「あの、レンゲくん、その魔物を浄化するのが目的だよね? こっそり『エデサ・クーラ』の軍の中に侵入して浄化をするの?」

「そんなまどろっこしいことしなくても集めておくよ」

「ん?」


 頭の中はスパイ映画みたいなことをするんだろうなぁ、だったのに、レンゲくんはそういうことをわたしにさせるつもりはないらしい。

 ちょっと残念。

 いや、まあ、わたしの身体能力では無理な気はしてたけど。


「その話も『デイシュメール』でするよ。一応今後はあそこを拠点にすると思って」

「あ、うん」

「聖女様を危険な目に遭わせたりはしませぬ。ご安心くだされ」

「え、えーと……あの、シンセンさん、だからその呼び方を……」

「あ、そろそろ日が昇るね。移動しよう」


 ああ!

 レンゲくんに遮られて訂正がまたできなかった!


「ティナ、飛ぶよ」

「う、うん」


 手を差し出される。

 瞬間移動、じゃない、転移魔法。

 差し出された手に手を重ねた。

 あったかくて大きな手。

 お父さんの手とは違う、あんまりゴツゴツしてない。

 でも皮膚はわたしより固めで、指も長くて……。


「!」


 重ねた手を握られて引っ張られる。

 真っ黒な瞳に見つめられている感覚。

 胸がなぜかどきりとした。

 ほんの二週間前にも会ったのに……。

 あの頃と特に変わったところなんて、なんにもないはずなのに。



『レンゲくんは元気?』

『レンゲくんによろしくね!』



 頭の中にアカリ様の笑顔が過ぎるとほんの少しチクリとする。

 これはなんなのだろう?

 レンゲくんとアカリ様は知り合い同士。

 それはレンゲくんの年齢を考えれば不思議じゃない。

原始星ステラ』を持っていた聖女と、レンゲくんにはどんな接点があったんだろう。

 聞いたら答えてくれるかな?

 でも、なんか……知りたくない気持ちもある。

 というか、それを知ってわたしになにか関係ある?

 ないよね。

 あの泣きそうなひどい顔のレンゲくん。

 アカリ様も、あの悲しそうなレンゲくんを慰めたりしたことが……?


「ティナ」

「!」

「大丈夫? 酔った?」

「え、えーと」


 レンゲくんに声をかけられて、顔を上げる。

 辺りを見回す。

 広場のような場所に立っていた。

 後ろには高く青っぽい壁。

 これは、多分『ダ・マール』の第一外壁に使われている石材と同じだわ。

 そして、数十メートル先には城壁と同じ青い石が使われたお城。

 テーマパークのお城のようだけど、本物、だよね。

 お城までの道はただただ、とても広い土地。

 耕せば畑になりそうなのに手付かず。

 お城の周りは川が張り巡らされていて、お城自体も石垣でとても高いところに建てられている。

 でもなんだか上の方、壊れて崩れているような……?


「ああ、あれ? レヴィが壊したんだよね」

「あ、雨漏りしそうだね」


 最上階付近が崩れてなくなっている。

 この『デイシュメール要塞』を陥落させたのはレヴィさんだと聞いているから、多分その時に壊してしまったんだろう。

 な、なかなか派手にやってしまったものですね。


「今、奴隷だった人たちに協力してもらいながら直してるよ」

「え? 奴隷だった人たち?」

「うん。この要塞の中にいた人たち。好きなところへ行けばいいと言ったんだけど……行く宛がないんだって。まあ、今は魔物や『無魂肉ゾンビ』も多くうろついているし『カラルス平原』に向かって『エデサ・クーラ』の軍が侵攻していたから、『サイケオーレア』くらいしか行けそうにない。でもあの国は基本的に難民受け入れを行なっていないんだよね」

「そうなの? なんで?」

「あの国は学問を学び、学問を追究することを目的とした人間たちが作った国だからだよ。それ以外のことには興味を持たないし、それを阻害するものは拒否するんだ。『エデサ・クーラ』との戦争に参加するのは実践や実験のためだと聞いたことがあるよ」

「………………」


 そうか、確かに。

『サイケオーレア』は学問の国。

 学ぶ者はあたたかく迎え入れられるが、学ぶ意思のない者は入国すらさせてもられない。

 人道的支援も基本的に積極的には行われていないと旅人の噂で聞いたことがある。


「ここが『デイシュメール要塞』の城壁内部……。こんな形で来ることになろうとはな」

「お父さん」


 振り返ると他の三人とお父さんもそこに立っていた。

 そして、霧がかる城の上部を眺めてふと、どこから入るのかが気になる。

 だってここから見る限り、ハシゴでもないと石垣でお城の中には入れそうにないわよ?


「レンゲくん、どうやってお城の中に入るの?」

「ああ、石垣の一部に入り口が隠されていたよ。面白い作りだよね」

「へえ!」


 隠し通路みたいな?

 本当にテーマパークのお城みたい!


「じゃあ行こうか。落ち着いたところで話そう」

「本当にのんびりしてていいのか? 『カラルス平原』では今日にも全面衝突になりかねないんだろう?」

「確かめたいことがあるんだ」

「確かめたいこと?」


 歩き出したレンゲくんに、わたしたちもついていく。

 確かめたいこと?

 わたしが上手く『原始星ステラ』を使えるかどうか?


「そう。まあ、だから戦闘には僕が介入する」

「レ、レンゲ様が自ら!?」

「ニンゲンどもの戦いにか!?」


 驚くエウレさんとレヴィさん。

 その意味を、残念ながらわたしとお父さんはよくわかっていない。

 人の争いにレンゲくんが介入することの、なにがそんなに驚きなのかしら?


「釘も刺しておきたいしね……あの国には」

「………………」


 沈黙する。

 張り詰めたような空気感。

 先頭を歩くレンゲくんの表情はここからじゃ見えない。

 ただ、ドラゴンのレヴィさんとグリフィンのエウレさんがあんなに驚いた表情で、しかも立ち止まってまで言葉を失うなんて。

 レンゲくんが介入するということは、そんなにすごいことなのか。

 なんですごいのか説明してくれてもいいんだけど、そんな空気でもないのね。


「お前さんは戦争に介入してなにをするつもりだ」

「連合軍には手出ししないから安心していいよ。僕が燃やすのは、この世界を脅かすものだけと決めている」

「む……」

「ティナはレヴィの背中にでも乗って待っててくれればいい。魔物は僕が一箇所に集めておくから。君に『原始星ステラ』が馴染んでいれば魔物に近づくだけで浄化できる。今日はその効果範囲の距離を測定しよう」

「そ、そんなノリ!? 戦争なのよね!?」

「大事なことだよ。あんまり浄化する対象との距離が近いと城壁を低く、薄くしないといけないし……」


 あ、本当に必要なことっぽい。

 城壁が薄くなるのはちょっとこわいなぁ。


「あの城壁の厚みは七メートルくらいある。ティナの『原始星ステラ』発現距離が七メートル以下だと城壁内から浄化するなら壁を薄くしないと外の魔物に届かないかもしれない。それは少し危ないんだよね」

「そ、そうだな。魔物は巨大化しているし強暴性も増している。『魔寄せの結界』ってのを張ってこの要塞に大陸中の魔物を引き寄せ、浄化するんだったよな?」

「そう。最初は特に気をつけないといけないんだ。空からも魔物はくるしね」


 ああ、幻獣大陸で鳥の魔物が襲ってきたものね。

 わたしの『原始星ステラ』の効果範囲次第では城壁は薄く低くしないといけないのか。

 うっ、や、ヤダなぁ、城壁の価値を下げる必要があるなんて……。


「馴染めば効果範囲は広がるとは思うけど……十メートル以上になることは多分ないと思う。アカリさんの効果範囲は十メートルだったから」

「………………」


 おや?

 んん?


「ふぅーーん」

「え? なに?」

「別に」



 なんかイラっとした。


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