十三歳のわたし第10話
東の海の航海はとても難しい。
波がとにかく高く、普段から荒れてることが多いんですって。
でも、実はそれは海に棲む幻獣、海竜レーネ様の“身動き”……!
な、なんというスケールの大きな話なの。
「はっ! ……あ、いや、世界のへそだったな……」
「はっ! そ、そうでしたね」
いかんいかん、本来の話を忘れるところだったわ。
ドラゴンってちょっと気になるけど。
ゲームとかしない人間だったけどさすがにドラゴンは知ってるわよ。
翼のあるコモドオオトカゲみたいなんでしょ?
レンゲくんの知り合いにいるみたいだし、紹介してもらおうかな?
「えぇと、世界のおへそはここだよ」
「ここは……『エデサ・クーラ』の『デイシュメール要塞』がある場所じゃねーか!?」
「本来なら霊脈の集まる場所の一つとして、『魔除けの結界』を張るのにも十分な地だけどそれを反転させて『魔寄せの結界』を張るんだ。下見した時にその『デイシュメール要塞』というお城っぽいのがあったから“頼んできた”よ。もう落ちてるんじゃないかなぁ?」
「頼んで、きた? 誰に……落ちる? え? 『デイシュメール要塞』を落として……? は?」
お父さんが大混乱。
わたしたちも「レンゲくんなに言ってるの?」状態。
目を細めて腕を組む、そこだけ見ればデキるイケメンは、さらりと「レヴィたちに『エデサ・クーラ』の人たちに出て行ってもらうように、頼んできた」と言ってのけてくれた。
ええ、待って〜、わかんないんなけど……要塞って言ってなかった?
要塞って軍事の要で、自国を守るために配置しておく場所、みたいなものよね?
そんな昨日の夕飯を語るみたいに……。
しかも『エデサ・クーラ』の?
「落として……」
そして愕然と呟くお父さん。
騎士時代に何度か攻めたが、一度も落ちたことのない要塞なのに?
と溢れるように呟かれる。
そ、そんなにすごい要塞なのか。
「というか、よ、要塞なのよね? そんなところに滞在……ってことは、つまり住むってこと? 要塞に?」
「要塞と言っても『エデサ・クーラ』様式で建てられた城だな。先代のクーラ王は戦が上手くてなぁ……そこを中心にして、国土を広げていったんだ。今のクーラ王は錬金術を嗜んでいて機械兵や機械人形を導入し、兵力強化を行なっている。だが、戦争に関してはてんでど素人のようで、国土は今のように小さくなった。まあ、一部じゃ用がなくなって破棄したとも言われているが……」
「そうだね……多分そっちが正しいと思う。あの国の元国土だった土地は霊脈から根刮ぎ『
「なんだと?」
お父さんの顔色が変わる。
わたしも胸がきゅうと苦しくなった。
なぜだかはよくわからないけれど……霊脈の『
ロフォーラの霊脈についてシィダさんに教わった時、霊脈のことも少し教わったの。
珠霊は空気中だけでなく地中にも多くあって、その珠霊が『
本来は循環する『
『
その出口であったり、溜まり場が霊脈と呼ばれる場所。
要するに比較的純度の高い、綺麗な『
その『
「あの、その霊脈はどうなってたの?」
「また霊脈として使えるようになるには百年くらいかかるかな……」
「そんな……」
それでなくとも純度が下がっているのに、貴重な霊脈になんてことを!
んもううぅっ、本当になにがしたいの、あの国っ!
「なにをしているんだあの国は……」
「僕らもさすがに調べ始めているよ。なにか世界に良くないことをしている気がする。……十三年前、ジェレの国を滅ぼした時点で探りを入れておくべきだった。そこはちょっと反省してる」
「『ダ・マール』ではなにも掴んでいないんですか? お父さん」
「油と煙の国だとは聞いている。今はどうか知らんが、俺がいた頃だとちょうど玉座が入れ替わった頃だな。前王は戦上手で土地をとにかく手に入れたがっていた。瞬く間に東は『サイケオーレア』、南は『ウル・キ』まで支配されたんだ。今の王が即位してからは土地を取り戻して新しくいくつかの国ができたりもしたが……今の王は機械兵や機械人形を量産して武力による圧政を行なっていると聞いている。その目的は『クーラの神による人間至上主義の世界』らしい。自国の民だけ良くて他国の民を奴隷にして働かせる、それのどこが人間至上主義なのか知らんがな……!」
確かに。
全然人間至上主義じゃない。
『クーラの神』を信じていなかったら、人間じゃないとでもいうの?
奴隷にされるくらいなら改宗して『クーラの神』を信じるっていう人も、絶対いたはずなのに。
というか、普通の人ならそうするわよね?
……わたしも状況がそんなだったら、上っ面だけなら信仰してるふりするわよ。
「……人間の世界はよくわからないけれど……あの国が今回の事態をややこしくしているのは間違いない。僕らとしても状況をきちんと把握したら相応の対応はする。忘れる民には同情と忘れられない傷を受けてもらう。……命を奪うのは心苦しいけれど、人は簡単に忘れてしまうからね……傷の記憶の礎になってもらうよ」
「ふ、ふおーん……。それって幻獣が人間大陸の事情に首を突っ込んでくるってこと?」
「僕が興味あるのは世界の維持だ。それを害する悪性因子は取り除くのが当たり前でしょう?」
「…………」
レンゲくんが、初めて怒りを滲ませた目をした気がする。
ナコナも少し肩を縮めてしまう。
でも、きっとレンゲくんの心の中は「嫌だなー」って思ってるんだろうな。
怒りの感情はすぐに悲しそうな眼差しに消えてしまう。
うんうん、君はそういうやつだよね……。
「幻獣が『エデサ・クーラ』を、潰してくれるってことか?」
「それが必要だと思ったらね」
「あの国は何千何万って人間を殺して、何十万何千万って人間を不幸にしてきたんだぞ」
「人間の事情であるうちは僕らが介入する理由はないかな」
「…………」
お父さん、なにか思うところがあるのかな?
でもわたしもあの国は嫌い。
なにを考えているかわからないのもあるけれど、単純に、仇だもの。
……けど、だからってその国が滅ぼされるのもなんかこうもやっとするわね。
レンゲくんはきっとそんなことしたくないんだろうし、わたしも見たくはない。
世界を数年かけて燃やし、『
それってつまり、その手で人や亜人がそれまで積み重ねてきた文化文明を……焼いたってことなのだ。
ああ、それはつらいね。
わたしにはとても……無理だ、いろんな意味で。
「あの、レンゲくん……わたしがその要塞に住めばいいってこと、だよね?」
「滞在でも住むのでもどっちでもいいよ。重要なのは『世界のおへそ』に『
「いやいや、浄化って二十年くらいかかるんでしょう?」
「え? なにそれ。それじゃあそこに住むのと一緒じゃない! ティナが住むならあたしも……!」
「ナコナ落ち着いて。それじゃあこの宿はどうするの?」
「うっ」
わたしたちにとっての問題ってそこなのだろう。
『デイシュメール要塞』はレンゲくんの仲間が『エデサ・クーラ』から奪い取る——ってのも正直どうかと思うけど、頼んで「どうぞどうぞ」なんてくれるわけもないから仕方ない——としても、そのあと……。
『
ひ、一人暮らしは前世で経験があるけれど、ここでの暮らしは気に入っている。
今の生活を変えてまで、というのはわたしも悩みどころなのよね。
「ここを閉めるか……。元々ティナが『サイケオーレア』なり『フォレストリア』へ行くことになったらそうするつもりだったし……」
「そ、そんなダメだよ! お父さん! ここは『フェイ・ルー』へ続く街道で最後に泊まれる場所、『フェイ・ルー』からきた人にとってはやっと休める場所なんだよ」
「うっ。そ、それは確かにそうだが……」
馬ならともかく『フェイ・ルー』からロフォーラまで歩いてくる人にとって、ようやく安心して泊まれる場所が『ロフォーラのやどり木』なのよ。
ここがなくなったら、次の宿まで二週間は野宿と歩き詰めになってしまう。
『ロフォーラのやどり木』は、なくしてはいけないと思うの。
お父さんもここが大切な拠点だってわかってるはず。
……そ、そりゃあ、今は旅人そのものが少ないけどね?
「別に二度と戻ってこれないわけじゃないよ? 最初の四、五年は厳しいかもしれないけど、一万体ほどの魔物が減れば時々帰ってきてもいいと思う。僕らもいるからロフォーラまでなら一時間かからないし」
「い、一時間……!?」
「嘘でしょ一時間は!」
「…………」
あ、ああ! お父さんとナコナの頭ごなしの否定にレンゲくんが「そんな頭ごなしに否定しなくてもいいのに」顔になってる!
わ、わたしは信じるよ!?
だって、ロフォーラ本山の山頂まで一瞬だったもん!
わたしは信じるよー!
「と、とりあえずギャガさんたちも帰ったことだし……ナコナ、わたし幻獣大陸へ『
「う、うん……」
へにょん。
と、ナコナの頭の触角みたいなアホ毛が垂れる。
きっと一緒に行きたいんだよね。
でも、レネモネとムジュムジュだけにはとてもじゃないけどしておけないし、お客さんもくるかもしれないから……。
ナコナには留守番していてほしいんだよね。
「わかった。でも一度帰ってきてきちんと報告してよね」
「うん、わかってる」
「父さん、ついて行くんならティナのことよろしくね!」
「……ああ」
話は決まった。
明日、わたしとお父さんは未知の大陸、幻獣大陸へと行く。
世界の最東端。
一日で帰ってこれるとは、言われたけれど……。
「………………」
『
わたしに、本当に受け継げるのかな?
受け継いだあとのことも心配。
でも、もう決めた。
わたしはお父さんと世界のために『
……ああ、うん、レンゲくんが繋いでくれた世界だもの。
わたしも繋げられるように、わたしにできることを……。
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