十三歳のわたし第9話



「お前はほんと、色々すごいもの作るなぁ……」

「コレ、ギャガさんが見たら卒倒してたんじゃない?」

「そうかも」


 夜。

 本宅喫茶コーナーにてナコナとお父さん、レンゲくんを交えての品評会。

 今日、偶然にも作れてしまった『魔力回復薬』は、あのあと何度作っても“できてしまった”。

 成功ばかりが重なるため、これはもう間違いなく『確立したレシピ』として発表しても問題ないと思う。

 ……なのだが、問題はコレが……“わたしが珠霊人だから”作れた場合。

 普通の錬金薬師には作れないのでは……との、不安が残る。

 だって恐る恐る初級レシピ本を見直しして確認してみたけれど、初心者が最初に作る薬としてお勧めされているのは下級治療薬、下級解毒薬、下級解熱薬。

 ど、どう考えても水に魔力を注いだだけの『魔力回復薬』の方が簡単だと思うのだけど……!

 なので、アリシスさんとリコさんに手紙でコレのレシピを送り、検証してもらおうと思う。

 ギャガさんたちは亜人大陸の方へ行って、多分次にうちに来るのが二ヶ月か三ヶ月後……。

 それまでは『治癒力プラス5』と共にできるだけ人目につかないところ……一番安全なのはわたしのポシェットの中……に保管しておくことになった。

 あ、魔力回復薬の方はそこそこ大量に作れてしまったので錬金部屋地下の薬品在庫保管庫よ。

 一応鍵が二つついてて、扉は金庫みたいに鉄製なの。

 大量の薬を保管するのにあそこほど安全な場所はないけど……治療薬は使えるから、万が一のことを考えてポシェットね!


「で、話ってコレだったの? 保管は終わってるんだよね? あと、リコさんたちに手紙を送るのはギャガさんたちが次に来た時って……」

「あ、うん。コレとは別件なの。……あのね、ナコナ……実はわたし、種族がわかったの。それを報告しようと思って……」

「ハーフエルフとか?」


 さらりと信じたな。

 まあ、お風呂上がると濡れた髪でとんがり耳がわかる。

 それでわたしが『人間というより亜人』だとバレてたんだろう。

 そして、特徴としてはハーフエルフが一番近い。

 額のサークレットを外す。

 ことん、と……テーブルに、置いた。

 一呼吸、置く。


「…………珠霊人だったの」

「……………………」


 ナコナを見据えた。

 ナコナの隣に座っていたお父さんは、どこかハラハラした様子で横をちらちら見ている。

 わたしは、ナコナなら大丈夫だと……信じてる、から……。


「…………そっか。……伯父さんは……無駄死になんかじゃなかったんだね」

「…………」


 ふわ、と微笑むナコナに、急に胸がいっぱいになった。

 ああ、そうだ。

 ナコナの伯父さんは……お父さんのお兄さんは、親友……多分わたしの、本当のお父さんのためにジェレの国で亡くなった。

 戦ったのに、命まで懸けたのに……ジェレは全滅。

 わたしだけが生き延びた。


「…………うん……ナコナの伯父さんの、お陰だよっ」


 ぶわりと溜まったものが溢れてくる。

 口を手で覆い、俯く。

 ……戦ってくれた人がいた。

 わたしは、その中で生き延びた。

 うん、そうだね。

 お父さんのお兄さん、ナコナの伯父さんは……無駄死になんてしてないね!

 だってここにわたしが生きてるんだもの……っ。


「それでな、ナコナ……実は…………」


 わたしがなんかだかいっぱいいっぱいになってしまい、お父さんが事態を語り始めた。

 ハンカチでほろほろと溢れる涙を拭いつつ、話を聞くナコナを見てみる。

 真剣な表情。

 そして、わたしと……お父さんが幻獣大陸に『原始星ステラ』を取りに行く話を聞き終えると静かに「そうなんだ」とだけ呟く。


「……あの空の黒点、気になってたけど魔物だったなんて……」

「君も随分と簡単に信じるね?」


 レンゲくんが首を傾げる。

 よほどあっさり信じられるのが珍しいのか……。

 いや、まあ、確かに信じ難い話であるのは間違いないけど。


「色々辻褄合うじゃん? でも原因はわかってないんでしょ?」

「うん。調べてはいるけどね……」

「……レンゲくん……最初の『原喰星スグラ』が生まれた時はどんな感じだったの?」


 少し怖い気持ちはあるものの、聞いてみる。

 するとレンゲくんの表情はかなり嫌そう……いや険しい?


「始まりの錬金術師……そう呼ばれていた人物が偶然生み出した『意思持つ原始罰カグヤ』が発端だったね……。アレが生まれてから、『原始悪カミラ』は増え、『原始罪カスラ』は活性化し、魔物は巨大化、増加した。空に黒点が現れた時、誰もそれが魔物だとは思わなかった。地上の魔物を倒す方が……目先の脅威を処理するのに人間も亜人も幻獣も必死だったから。そうこうしてる間に空の黒点は空を覆うほど巨大化し、それを『自らの肉体欲しさに“作った”』と言い出した『意思持つ原始罰カグヤ』……通称『壺の中の小人』は笑っていたよ。…………燃やし殺したから現存していない。作り方も、誰も記述して残していなかったと思う」

「思う、なの?」

「だってあのあと『原喰星スグラ』から『原始罰カグヤ』が大量に降ってきたんだもの……。『原始罰カグヤ』が人の町や文明を根こそぎ破壊していったんだから、残ってないと思うよ?」


 ……そうか。

 レンゲくんの実家も井戸しか残ってなかったもんね。

『ロスト・レガリア遺跡』も家の基礎だけ残っている、って感じの遺跡だったもん。

 しかし、次に気になるのは『原始罰カグヤ』よね……。


「文明を破壊するもの、『原始罰カグヤ』か……。具体的にどんなものなんだ?」

「黒い……粘液のようなもの、かな。落ちてきた当初は三メートルくらいのぶよぶよとしたスライム状だけど、人間や動物が近づくと食らって“複写”する。完全に取り込んだモノの姿に変化することもできるけれど基本的には形を真似るかな。……魔物以上にタフで倒し方が限定されているし、剣で二つに斬れば二体に増殖するよ。そして、魔物のように“殺して満足”しない。喰らい尽くすんだ。生き物も建物も……とにかくなんでも」

「………………」

「ちょ、そ、それっ、ま、魔物よりやばくない?」


 お父さんは絶句。

 ナコナはドン引き。

 わ、わたしも涙が完全に引っ込んだ。

 か、『原始罰カグヤ』……やばすぎません!?


「ヤバイよ、『原始罰カグヤ』だもの。『原始罪カスラ』は罪の形だけど『原始罰カグヤ』は“罰そのもの”なんだ。……罰が緩いわけないでしょう?」


 うっ……ま、まあ、それはそうだと思いますけれどもー……。

 でも生き物や建物に限らずとにかくなんでも食べる。

 食べたら複写……つまりコピーしちゃうってことよね?

 そんなのに紛れ込まれたら……。

 いや、多分そうやって昔にあった町や国を滅ぼしたんだわ。

 でも剣で斬れば二つに分かれて増殖するとかそんなのどうやって倒してきたの?

 昔の人すごい……。


「ど、どうやってそんなもん倒してきたんだ?」

「魔法で燃やすしかないよ。エルフの王……ああ、今は旧王と呼ばれてるのかな? 太陽のエルフと呼ばれた旧王は、巨大な火球を空に飛ばして溢れかえった『原始罰カグヤ』を燃やし尽くしたんだ。僕は東から、彼は西から。…………何年もかかる作業だったから、大陸の東と西を割裂き、生き物を切り離した東西の大陸に避難させながら行ったんだ。それが今の亜人大陸と幻獣大陸。ここ人間大陸の中央で、僕らの炎が全ての『原始罰カグヤ』を挟み込む形で焼却し終えてから……なにもなくなった場所に生き物は戻ってきた。太陽のエルフ……彼の旧王がそう呼ばれるようになったのはそのためだろうね」

「…………え? ね、ねぇあのさ? そのー……聞いてる感じだとアンタも相当にとんでもなくない?」

「? 人よりは?」

「いやいや!?」


 ……そ、その一言で片付けていいの……?

 太陽のエルフ……語源がそんなとんでもない逸話からだったなんて!

 シィダさん、本当はものすごい魔法使いだったんじゃ……!?

 そして、レンゲくんはその太陽のエルフと共に世界を燃やして『原始罰カグヤ』を滅した?

 いやいやいやいや!


「お、おま、っ……そんな逸話持ちの幻獣だったのか? なんで人間には伝わってないんだ!」

「えぇ……僕にそんなこと言われても……。僕はレェシィ……あ、旧王に頼まれてやっただけだし……それで数多の文明が滅んだのは事実だし……」


 あ、ああぁ、レンゲくんがナーバスモードに!

 話題を変えなきゃ!?


「あ、あのね、ナコナ、それで……わたしたちが幻獣大陸に行っている間のことなんだけど……」

「あたしも一緒に行きたい!」

「って言うと思ったけどね、レネとモネとムジュムジュだけには……できないでしょ?」

「あ、そ、そうか〜」


 あの子たちも連れて行く?

 いや、連れてってどうするの。

 遊びに行くわけじゃない。

 行くのは幻獣大陸……この世で最も謎と危険に満ちた場所。

 それに、せっかく再開した宿をまた留守にするのも……ねぇ?

 お客が少ないからって、休んでてもいいわけじゃないし!

 もしかしたら明日また団体様が来るかもしれないし!


「一日で帰ってこれると思うよ」

「「「は!? いやいやいやいや!?」」」


 ……思いもよらないレンゲくんのセリフにわたしたちのツッコミが見事に被ってしまう。

 は? 一日!?

 いやいや、無理でしょどう考えても!

 ここから東の『サイケオーレア』まで一ヶ月はかかるって言われてるのよ!

 しかも今は一部通行止めになってるし……。

 いくら空を飛んでいくって言っても無理でしょ!?


「……ああ、それよりも『原始星ステラ』を得た後のことを少し話しておいてもいいかな?」

「『原始星ステラ』を得た後、だと? ……確か、『原始星ステラ』は宿主がいればそれだけで魔物を浄化するんだよな?」

「とは言え効果範囲というものはあるんだよ」


 こ、効果範囲……。

 ……そ、それもそうか……ちっぽけなわたし一人でこの大陸がいきなり綺麗になるわけないものね。

 浄化は二十年はかかるって言ってたし。

 ん? 効果範囲!?


「ティナの効果範囲は『原始星ステラ』を得てみなければわからない。ただ、それほど広いわけじゃないと思う。よくて十メートルくらい」

「「せ、せまっ!?」」

「そ、それっぽっちなのか!?」


 思ってたより狭くて、ナコナと一緒に肩が跳ね上がってしまった。

 お父さんも驚きの狭さ。

 いや、まあ、一キロとか、そんな感じでババーンとできちゃうのかな〜って勝手に期待してたわたしも悪いんだけど……。

 十メートルって、この間の『無魂肉ゾンビ』の大きさより少し広いくらい?

 えぇ〜、素早い魔物ならすぐに距離詰められちゃわない?

 浄化が一瞬で済むなら、ジュ! って感じでこちらに被害的なものが出ないけど……。


「まぁね。だから提案。世界のおへそで『魔寄せの結界』を張って、そこに滞在してもらうことはできない?」

「『魔寄せの結界』だと? ……まさか……」

「そう、その名の通り魔物寄せの結界だよ。その結界には魔物は勝手に引き寄せられて集まってくる。そこにティナがいれば、魔物は自動的に浄化されていくってこと」

「ティナが危なくない?」

「僕らが守る。危ないのは魔物より“人”だと思うよ」

「…………人、か」


 人……。

 お父さんもナコナも口を噤んで俯いた。

『ダ・マール』のことを思い出す。

 お父さんがディール様の火葬に行ったあと、懇親会の会場でナコナやわたしが声をかけられたのはとても単純な理由だったらしい。

 そう、単純に……バランスの崩れつつあった騎士団に不安を持った者たちが、元副団長だったお父さんにまだ権威があると踏んで媚を売り、繋がりを持とうとしてきたのだ。

 確かにお父さんは青の騎士団から信頼厚い人だと思う。

『ダ・マール』に行って、他の騎士団からも頼られてるんだもん、やっぱりすごい人なんだ。

 お父さんに戻ってきて欲しい人は良くも悪くもたくさんいる。

 だから…………“人”にはこの先も警戒して生きていかないといけないのね。

 わたし、『原始星ステラ』を得たら狙われる要素増えるし。


「確かにな。……で、その世界のへそってどこのことだ?」

「ここ」


 と、地図を広げて見せてもらう。

 ああ、やっぱり人間大陸のほぼ中央なのね。

 ん?

 いや、待て、この地図……!


「お父さん! この地図幻獣大陸も正確な形で載っていますよ!?」

「ほ、ほんとだ!? なんだこの地図どこに売ってやがる!?」

「え? 幻獣大陸に……」

「幻獣大陸って地図が売ってるのか!? まさか文明のようなものがあるってのか!?」

「はあ? 馬鹿にしてる? あるよ、普通に。別に国とかはないけど年に一度、クリアレウス様の誕生日を祝う祭りが行われる場所があるんだ。普段は人型になった者が、服とか売ってるかな」

「お、俺はてっきり……。幻獣大陸に行った者は、ほとんどが戻ってこないというから……」

「ほとんどは海の藻屑になるよ。レーネという海竜が身動ぎすると大波が起きてしまうんだ。本人にその気がなくても、人間の船なんて木っ端微塵になる」

「…………」

「こっぱ……」

「み、みじん……」

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