十三歳のわたし第7話



「…………」


 ちら、ちら、と辺りを確認するレンゲさん。

 複雑そうな表情だけど、諦めたようにため息を吐く。

 マフラーの下はさぞや波線のような口になっていることだろう。


「寒いと思うよ」

「レンゲさんのマントに入れてください」

「ううう……」


 子ども特権よね〜。

 仕方なさそうに右側の方を開けて入れてくれるレンゲさん。

 そこに収まると、背中から腰を抱かれる。


 …………おや?


 急にこの体勢がなかなかに恥ずかしいものであると気付く。

 お父さんならいざ知らず、レンゲさんは普通の男の人…………。


「飛ぶよ」

「へ、はっ!」


 ゴッという風の音とも言えない不思議な音の後、軽い浮遊感。

 そして、足はまた地面の感触に力を抜く。

 え?

 飛ぶっていうからてっきり空を…………。


「……着いたよ」

「え? もう…………わ、わあ!」


 マントが開かれる。

 霧の立った場所。

 周りは広い、ひたすら広ーい! 広場!

 石畳が所々あり、少し離れたところに石でできた屋根のある建築物……いや、あれは井戸だわ!

 駆け寄ってみると黄色い石が積み重なってガゼボのようになっている。

 ええ、すごいこれ、バランス感覚とか計算され尽くしててもはや神業なんじゃないの⁉︎

 どうやって作ってるんだろう?

 まじまじ観察するけど、なんかすごい、としか言い表せない。

 ドーム型になった屋根の下は普通に石造りの井戸。

 四角い井戸は、覗き込むと枯れていた。

 下には小石がたくさん。

 そして、桶の残骸のようなゴミ。


「…………」


 辺りをもう一度見て思う。

 井戸以外は、なにもない。

 石畳が所々……かろうじて残っているけど……。

 茶色い土の上に残る黄色い石畳。

 他にはなにもない。

 寂しい場所……。


「ここがレンゲさんの実家があった場所、ですか?」

「…………なにもないでしょ? だから言ったんだよ〜」


 とか言いつつ、わたしを通り過ぎて斜面の見える方へと進む。

 それに続き、わたしも斜面側へと行ってみる。

 ああ、ここからの光景は…………絶景だなぁ。

 霧がかかっているけれど、遠くにリホデ湖がキラキラ、キラキラと輝いている。

 下は別に曇ってないから、太陽の光が反射しているんだろう。

 青々としていて、その横に畑、果樹園、森、道、宿は裏山に隠れてて見えないけど。


「綺麗です」

「うん……懐かしい」

「…………」


 しばらく無言で眺めていた。

 けど、パラパラとなにか……。

 あ、雨!

 突然雨が降ってきて慌てて頭を覆う。

 しまった、山頂は雲がかかってたんだ。

 そりゃ雨も降るよね!

 どうしよう、と思っていたらレンゲさんがマントの中に入れてくれた。

 ……うわ、あったかい……。


「井戸の方に」

「は、はい」


 そうか、あそこは屋根があるものね。

 マントに隠してもらいながら、移動する。

 屋根の下に入るや、雨は土砂降りのようになった。

 ふ、ふぃぃ……間一髪……。


「すぐ止むかな、これは」

「ほんとですか?」

「うん、そんな匂い」

「じゃあ、待ちますか」


 井戸の縁に座り、でも、レンゲさんはわたしをマントの外には出さない。

 暖かいからとても、助かるけど……。

 ほんの少しだけドキドキする、なぁ。

 ふ、不謹慎かな、わたし?

 だって、レンゲさんは見た目はただの若くてかっこいい、優しい男の人だし……。


「…………」


 ……でも見上げてみると、レンゲさんの表情は浮かない。

 ああ、まあ、そう、だよね……。

 わたしも実家のアパートがこんな風になってたら愕然とするだろう。

 楽しい思い出は少ないけど……それでも思い出すと『懐かしい』と思える。

 辛い記憶すら甘酸っぱく、今となっては、だけど……死の恐怖に怯えておかしくなった『お父さん』だったあの人の気持ちも……わからないでもない。

 わたしが死んだのは一瞬だった。

 痛い、寒い、嫌だ。

 それしかないけど、『お父さん』だった人はあの感じをずっと味わっていたんだよね。

 ……そりゃ、怖いよ……。

 まあ、だからってわたしやお母さんに迷惑かけて暴れまわって好き放題したことはやっぱり許せなくもあるけれど……まあ、理解は、できるようになった、かなぁ。


「……レンゲさんは、お父さんが幻獣、さん?」

「そう」

「お父さんとお母さん、どっちが好きでした?」

「…………」


 不思議そうな表情をされる。

 さっきの話だと、レンゲさんは“お父さん”に捨てられて、るのよね?

 そりゃ誰がどう考えても“お母さん”派なんだろうな。

 少し前のわたしなら「これだから”お父さん”は!」と憤慨していたことだろう。

 でも、今は…………。


「母かな。父のことは、多分尊敬してた」

「え?」

「もし二千年前に『原喰星スグラ』が生まれた時、あの時に父がまだこの世界にいたなら……僕のような失敗はしなかったと思う。父は幻獣ケルベロス族の中でも奇才と言われてたんだって。きっとあの時、『原喰星スグラ』と対峙したのが僕でなく父なら……」

「レンゲさん……」

「あんなにたくさん……死ななかったと、思うんだ……」

「…………」


 しとしと、と。

 雨は、先ほどよりはわずかに弱い。

 でもまだ止む気配はなかった。

 遥か遠い過去を眺める眼差しと、この天気は重なり合っているかのよう。

原始罰カグヤ』って、どんなものなのかわからないけど……。


「でも、他に方法はなかったんですよね?」

「うん……あの頃は珠霊人が『原始星ステラ』を宿せたのも知らなかったから……」

「じゃあ、それでよかったんですよ。確かにたくさん亡くなったし、文明もなくなったかもしれませんが……繋がってるじゃないですか」

「…………繋がってる?」

「はい」


 なにが、という表情。

 ……意外と鈍いんだな、この人……あ、人じゃなかった。


「命は繋がってますよ、ほら」


 ここにわたしがいるのがなによりもの証だ。

 ……“わたし”の“お母さん”、“お父さん”。

 二人が逃がしてくれたわたしは十三歳になりましたよ。

 ……“前のわたし”のお母さん、娘は転生後も元気にやっています。

 この世界で素敵な“お父さん”に出会えたお陰です!

 なにか一つ、誰か一人、欠けていたら、わたしはここにいない。

 そう、錬金術の基礎よ。


「繋がってるから、今こうして会えました」

「……………………」

「レンゲさんが繋いでくれたお陰ですよ」


 なんとなく、頰に触れてみる。

 あ、もちろんマフラーの上からよ?

 す、素肌なんて触れないわよ! 男の人の素肌なんて!

 ……もふもふのマフラー……え、なにこれ触り心地最高?

 通気性も良さそうだし、なにこの素材、欲しい!


「…………」

「!?」


 こてん、とわたしの肩に頭が!

 レレレレレンゲさんの、頭が!?


「…………あ、あのぅ?」


 ……しかし無言。

 ただ、ただ、無言。

 ええ、こ、これどーしたら……。

 ……まだ雨降ってるし……重いか重くないかといったら、別にそこまで重くはないけれど〜……!

 でもそのなんというか、ほらあのあれよあれ、仮にも年頃の若い娘の肩に実年齢はともかく若くてかっこいいお兄さんが頭を乗せて甘えているかのようなこの状況はいかがなものかと思われれわけでありましてからに?


「………………ティナリス」

「は、はい」

「……世界を助けて……」

「…………」


 グッと、喉が詰まる。

 悲痛な声に、聴こえた。

 心の底からの助けを求める声に。

 あのっと、声を出すこともできない。

 しっかりと、両手で抱き締められていた。

 抱擁というよりは……縋られているような感覚。


「…………僕は壊すことしかできないんだ……」

「……そんなこと、ないで、……ないよ」


無魂肉ゾンビ』から助けてくれたじゃない、と続けて、背中をポンポンと叩いてあげる。

 ……子どもみたいだ。

 うーん、というよりも……真面目でちょっと考えすぎちゃうのかな?

 神経質、というよりも繊細?

 ああ、仕事を真面目に頑張りすぎてダメになった、あの頃のわたしを見ているみたいだわ……。

 あの頃のわたしはなにを言ってほしかったんだっけ?

 ダメな自分を否定されたかった?

 ううん、否定されても信じられなかった。

 同じだとは思えないけど、全く別というわけでもないと思う。

 だから、わたしから言えるのは……。


「自分を責めなくってもいいんだよ……レンゲさん」


 歳上だけど、なんかもうこの人……人じゃなかった……。

 昔の、頑張りすぎてダメダメに萎れたわたしによく似ている。

 やりたくてもできなくて、悔しくて情けなくて、やりたいんだけど体も心もズタズタに剥がれて苦しくてたまらない。

 ずっと胸が重たくて、悲しくて悲しくて……。

 そこに人の命が関わっているこの人の悲しみや苦しみはどれほどのものなのか。

 想像できないな……。

 なにを支えに生きてきたのだろう。

 なにか、支えがあったから生きてこれたんだよね?


 ……世界を、助けて……。

 世界を。


 ……バカだなぁ。

 貴方が世界をこんな風にしたわけじゃない。

 貴方は世界に希望を繋げたのに。

 真面目すぎて優しすぎて困った人なんだなぁ。


「うん。でも、わたしはまだ子どもだから……えっと、レンゲくんが、守ってね」

「…………」


 体を少しだけずらして、頭を支えて離す。

 泣いてはいないが酷い顔。

 イケメンが台無しだよ。


「……それ、まるで……」

「あ、やはり生意気ですかね? い、嫌?」

「ううん……その呼び方がいい……母さんに呼ばれてた呼び方だったの、思い出した……」

「…………レンゲくん?」

「うん……」

「……わたしのことも、ええと、ティナで……いいよ?」

「……ほんと?」


 頭をなでなで。

 ……三千歳……?

 いやいや、完全に精神年齢はわたしが上でしょ!


「…………ありがとう……」


 半泣き……いや、涙は出てないけど酷いしょげ顔……。

 うーん、これはなんとなく、重症そう。

 カウンセラーじゃないんだけどなぁ、わたし。

 ……でもなんか昔の自分を見てるみたいで放って置けない感じ。

 あと、やっぱりなんというか……命の恩人だから……。あとかっこいいし……。

 顔面がいいって、得だなぁ……。

 なるほど、これが前の世界でツブヤキスターで流れていた……『イケメンに限る』!


「?」

「あ、雨上がったよ!」

「……ティナ……」

「!」


 変なことを考えていたわたしに首を傾げるレンゲくん。

 ああもういよいよ大型犬にしか見えなくなってきたな!

 誤魔化して空を指差すと、そのイケメン顔が近付いてきた。

 え?

 いや、ちょ、待っ……まさか!


「ちょこれーと食べたい」

「…………。キャラメルで手を打たない?」

「…………打つ」



 打つんかーい……。


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