十三歳のわたし第5話



「では、君が『原始星ステラ』を受け継ぐ方向で話を進める。いい?」

「え? あ、はい?」


 レンゲさんが話の主導権を本格的に引き継いでくれるようなのだが……あれ、おかしいな。

 なんだろう、この違和感。

 先程までどこか悲しそうだった瞳は、今は戦闘の時に見せた顔。

 ……ひ、昼間とのギャップが……。


「ところで僕のことはティナリスに話したの?」

「いや……ああ、そうだな……それなら、話しておくか。ティナ、あのな……レンゲは……」


 むぐ。

 なぜか険しい顔で腕を組むお父さん。

 レンゲさんも不思議そう。

 いやいや、わたしの方こそ不思議ですからね?

 なんなの? 一体。


「…………十三年前、お前を拾った時に……幻獣が俺をいざなったと言っただろう?」

「はい」


 わたしの命の恩人の幻獣さんだ。

 さすがに顔も声もうろ覚えだけど、いつか探し出してこちらも恩返しを……。


「こいつが、その幻獣だったそうだ」

「へ?」

「えへ?」


 こてん。

 と首を傾げるレンゲさん。

 え。

 え?

 えぇ?

 えへじゃないよね?

 はあ。


「はあああぁあぁ?」

「赤ちゃんだったから覚えてないと思うけど、一応ね」


 そうね、記憶もうろ覚えになってるわ。

 寿命が七百年らしいけど記憶力は人間と同じなのね。

 とか、納得してる場合ではない。

 そりゃ、初めて会った時から初めて会った気はしなかったけど!


「じゃあやっぱり会ったことあったんですね!」

「そうだね、あったね」

「……あ、あの、なにかお礼を……! わたし、助けてもらって……お父さんに引き合わせてくれたのがレンゲさんならお礼をさせてください!」

「…………ティナ……」


 はあ〜!

 喉の小骨が取れたような!

 耳に入った水が取れたような!

 このすっきり感!

 ぜひ! ぜひお礼……恩返しをさせてください! レンゲさん!

 ググッと近づくと、目元が優しくなる。

 そして柔らかな声で「もうもらったよ」と告げられた。

 ええ? でも、わたしなにも……。


「この世界にちょこれーとという新しい甘いものをもたらしてくれたじゃないか」

「え、えぇ……?」

「美味しかったちょこれーと! すごく! ハニーシロップを超えたよ! これはもう発明と言ってもいいよね! 世界に根付くべき重要な文化! 文明! 僕、毎日あれが食べたい! ティナリス作って!」

「む、無茶言わないで! アレ、香辛料の種類を集めるの大変なのよ!?」


 あ、ついに敬語が取れてしまった。

 だって! だってこの人!

 人がど真面目に質問したのに子どもみたいなこと言って!

 甘いものに目がなさすぎでしょ!


「……毎日食べられないの?」

「毎日は無理。原材料になる植物を栽培できれば……まあ……」

「ほんと!?」

「でもこの辺りでは土が合わないものが多いのよ。特に『コッパン』と『ココポレ』はもっと西の亜人大陸で育つものだし、『ジェジム』と『ラオンポ』は水捌けのいい土地じゃないと……」


 ロフォーラはこのように……目の前にリホデ湖があり、裏には山、さらに温泉と……水捌けはいいもののどちらかといえば水分量が多い土地。

 香辛料は西で栽培されていることが多いので、うちの土地は合わないと思う。

 栽培するなら温室みたいなものがないと無理だろうな〜。


「そっか……」

「うっ」


 ショボーン……。

 あ、ああもう……またそんな良心の痛む姿を!

 こればっかりは、仕方ないんだからねっ!


「こ、こほん。いいか? ティナ」

「は、はい!」


 いかんいかん、真面目な話の途中だったんだ。

 ……え、えぇ……でも、レンゲさんへの恩返しって……『済』ってこと?

 えええええ……い、いいのぉ〜?


「つまり、レンゲは“幻獣”だ。俺もあの時、お前を俺に預けた幻獣であると確認している。だから、信用はできると思っている」

「は、はい、そうですね!」


 それは間違いない。

 なんというか、十三年前に助けてくれたあの幻獣のお兄さんがレンゲさんなら……うん、なんかこう、無条件で信用しちゃう。

 わたしを最初に助けてくれた、わたしの最初の恩人。

 ……盗賊? もちろんノーカウント!


「……ずいぶんあっさり信じるね? 本来の姿を見せろとは言わないの?」

「え? お父さんが見たんだったら……そうなんじゃないの?」

「…………。そういうもの?」

「え、ええと、まあ、見られるものなら見てみたいですけど」

「今は無理だけど」


 無理なんかーい……。


「夜間とはいえ宿には人が泊まってるからね」

「あ、そういう意味……」


 ギャガさんたちに見られるのを懸念してかぁ。

 確かに幻獣がこんなところにいたらギャガさんたち大騒ぎになりそう。

 あの人は昔幻獣キメラに助けられたという逸話持ちだ。

 幻獣に対して並々ならぬ憧れがある。


「……とりあえず今後の話を少ししよう。ティナリスには幻獣大陸にいる僕らの王に会ってほしい」

「幻獣大陸の、王様?」

「正確には女王……女王竜クリアレウス様という方が、その心臓を器に『原始星ステラ』を抱えておられる」

「…………えっ」


 え?

 待って?

原始星ステラ』って普通に身に宿すと精神に悪いって……!

 竜……ドラゴンだから平気なの?

 でも、心臓って……。


「クリアレウス様も限界に近い。できるだけ早く受け取りにきてもらいたいんだ……」

「や、やっぱりその、精神に悪いという……」

「ううん、寿命でね」

「寿命!?」


 ドラゴンって寿命があるんだ!?

 い、いや生き物である以上そりゃあるか。

 でもなんかドラゴンって不老不死みたいなイメージが……。

 え?

 でも待って、ドラゴン……受け取りに、行くの?

 そ、そうか、受け継ぐっていっちゃったもんね、受け取りに行かないと……。

 …………幻獣大陸に?


「え……ど、どうやって……」

「うん?」

「幻獣大陸って、東の大森林を超えて更に東の難海を渡らないといけないんですよね?」

「僕が乗せていくよ。空を飛んで行くからなんの問題もないかな」

「そ…………」


 空を飛んで行くって言った?

 は、はあ?

 さらりと空を飛んで行くって……ええ?


「お、お前空が飛べるのか!? 獣型だったよな!?」

「貴方に見せた姿は本来の姿のもう一段階手前のものだもの。本来の姿はこの巨木ぐらいあるんだよ」

「は、はあ!?」

「え、ええ!?」


 リホデ湖の畔に生えたクミルの巨木は七メートルくらいあるわよ!?

 じゃあわたしが覚えているあのサイズも……?

 さ、さすが幻獣……謎が尽きない……。


「他のものに乗りたいならリクエストは承るよ? グリフィン? ピポグリフ? オルトロスもいるしキメラでもいい。なんならクリアレウス様の息子のドラゴンでも……」

「はわわわわわわわわ!」

「お、お前さんでいい! あ、言っておくが俺もついて行くからな!」

「お父さん……!」

「構わないよ。ナコナもくる?」

「…………。いや、置いて行く。レネとモネもいるからな……」


 ふむ、とレンゲさんは顎に指を当てる。

 お父さん、ついてきてくれる……よかった、一人だったら少し不安だった。

 胸をなで下ろすと、レンゲさんは一言「構わないけれど、くれぐれも怒らせないようにね」となにやら不穏なことを言う。


「誰をだ?」

「『エア』を」

「…………。え、『エア』は幻獣大陸にいるのか?」

「ううん、どこにでもいるよ。『エア』は珠霊を通して世界を見ているんだ。幻獣大陸は亜人大陸より珠霊の量が多い。珠霊は人間大陸から亜人大陸や幻獣大陸に逃げてきているんだ。人間大陸で魔法が使いづらいのは『原始悪カミラ』の量もさることながら珠霊の量が減っているのも要因の一つだね」

「珠霊が減る!? 珠霊は意思があるのか!?」

「いや、ないよ。ないけど、『原始悪カミラ』を嫌う性質がある。『原始魔力エアー』を吸収するのを阻害されるから。人間大陸は『原始魔力エアー』が『原始悪カミラ』で汚染されているから他の大陸に移動してしまっている」

「そ、そんな……」


 もしかして、それで錬金術は使えて魔法は使えなかったの?

 ……そ、そうか、錬金術……錬金兵器は『原始魔力エアー』さえあれば使えるけれど、錬金薬師は純度が品質に影響する……。

 そして、珠霊人であるわたしでさえ魔法がうまく扱えなかったのは『原始魔力エアー』が汚染されていたのと珠霊が少なかったから。

 ……あの時、わたしまだ額に珠霊石なかったから普通の人間と同じだったのね……。

 珠霊があれば珠霊人のわたしなら普通に使えると勘違いしていた。


「……というか、珠霊が減ったら魂は……赤ん坊は……!」

「そうだね……魂が作られるのは……難しくなる。『無魂肉ゾンビ』が増えている理由はそれだし、巨大化しているのもそれが理由だろうね……」

「巨大化も? それはどういう……」

「…………出産間近の母体に魂の入っていない赤ん坊がいると、母体ごと大量の『原始悪カミラ』に汚染されて取り込まれるんだよ……。これは『原喰星スグラ』が宇宙にあることも影響している。『原喰星スグラ』がいなければ、死産した赤ん坊が生まれてくるだけだから。でも……魂を持つ母体を取り込むことで『原始悪カミラ』は母体の魂を栄養に器を膨張させるんだ。だからあの大きさになるんだよ」

「………………」


 手で口を覆う。

 言葉が出ない。

 ……なんてこと……っ。


「……わ、わたしが……わたしが『原始星ステラ』で浄化したら、その人たちは元に戻るの?」

「元には戻らない。消滅する。……でも、母親の魂は救われて輪廻の輪へ……『原始魔力エアー』として分解される。珠霊は減ってきているけれど、全くいないわけじゃないから」

「…………」


 そ、うか……死んだ魂は珠霊が『原始魔力エアー』に分解する。

 ……魔物には『原始罪カスラ』が詰まっていて、殺せば撒き散らして周囲の生き物を魔物にしてしまう。

 けれど魔物を浄化すれば、元になった生き物は元に戻る。

 もしかして、わたしは大きな勘違いをしていた?

 ……これじゃあ『原始罪カスラ』より『原始悪カミラ』の方がよっぽど凶悪じゃ……。


「……わたし、早く『原始星ステラ』を受け取りに行きたい」

「ティナ……」

「だって、そんなの……好きな人と赤ちゃんができても、そんなことになるなんて……」


 早くなんとかしないと……!

 そんなの酷いよ、可哀想すぎる!

 一番幸せなはずなのに……そんな結末……。


「……ギャガたちが行ってからにしよう」

「で、でも……」

「ナコナだけじゃさすがに大変だろう。久しぶりの団体さんで、お得意様なんだぞ。……その間にレンゲに色々教わっておけばいい」

「…………」

「ナコナには話すの?」


 レンゲさんがお父さんとわたしを見る。

 ナコナに、話すか否か。

 わたしの答えはあっさりと出た。


「話します。ナコナはわかってくれると思う」

「そう……。まあ僕はいつでもいい。早ければ早いほどいいけれど……確かに話すべきことは多いだろうしね」

「あの、聞いてもいいですか?」

「うん、なに?」


 早速で悪いけど、質問だ。

 本当は十三年前のこととか、色々聞きたいけれど……それはまた今度にする。

 お礼は、なんかご満足いただけてるみたいだし?


「どうして四ヶ月前に……わたしにこの話をしてくれなかったんですか?」


 わたしが珠霊人だと気づいていたなら……。

 早い方がいいと思っていたなら……。

 あの時に言ってくれたらよかったのに。

 そうすればこの四ヶ月間に『無魂肉ゾンビ』になる妊婦さんは生まれてこなかったかもしれない。

 魔物に襲われる人も、『エデサ・クーラ』のせいで街道が閉鎖されることも……ま、まあ、それは言い過ぎかもしれないけど。


「……先に大人にした方がいいと思ったから」

「お、大人……」

「彼にね」


 と、親指でお父さんを指す。

 あ、あー……。


「そ、そう、ですかー……」


 わたし十二歳……今やっと十三歳になった、うん、子どもだったんだったー……。

 ごもっともすぎてぐうの音が出ませーん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る