十三歳のわたし第4話
「は、早くないか?」
「僕だけ先に到着したんですよ」
と、いうやり取りをお父さんとレンゲさんがしているのを横目に、別館のキッチンで夕飯作りです。
今日の夕飯はカレー!
錬金術でギャガさんから仕入れた香辛料の材料を錬成したり普通に仕入れたりして、多数の香辛料をゲット!
確か前の世界でテレビ見てた時に『カレーは複数の香辛料を混ぜて作る』ってやってたから、できると思ったんだけど〜……。
「……………………」
なぜだろう?
前の世界で食べたカレーとはかけ離れた苦味と渋味。
味見した途端に体がプルプル震える……!
「ティナ、今日はなに作ってるの? なんかすごい匂いだね?」
「う、うん、香辛料をいくつか混ぜると美味しいってなにかの本で読んだから試してみたんだけど……なんか失敗したみたいで……」
「えー? どれどれ? う、うんぁ、すごい色だね。え、えぇ……? こ、これ美味しいの?」
「ううん、渋くて苦い……」
「だ、だめじゃん」
仕方ない、今日のところはカレーは諦めよう。
カレー、ラーメン、トンカツ、唐揚げ、うどんにお蕎麦!
ああ、懐かしき白米アンドお味噌汁!
パン食ばかりだと思い出してしまう、前の世界のご飯たち!
小麦粉で作れたものはあらかた作り尽くした。
でも、和食だけは……!
面倒臭くて洋食寄りだったけど、今となってはもっと真面目に和食も作って覚えておけばよかった。
おでん食べたい。
あーあ、お醤油とか味噌ってどうやって作るんだろう〜。
錬金術でなんとかならないかしら?
数多のレシピ本を読み漁っても、さすがに和食っぽいのはなかったしなぁ。
原材料って確か大豆よね?
この世界での大豆……うーん……。
「ほ、ほんとだ。ティナにしてはマズイね」
「だよね。ごめんね、作り直すよ……」
ナコナも意を決して味見してくれた。
が、やはり不味かったか。
無理しなくていいのよ。
……うーん、なにが足りないんだろう?
いや、多かったのかな?
市販のカレー粉しか使ったことないしな〜。
スパイスについてもっと真面目にテレビ見てればよかった。
「………………」
あれ、でも……入れた香辛料は『ポタペタ』と『ススルル』と『コッパン』と『ココポレ』と『ジェジム』と『ラオンポ』だけよね?
辛味が強いものばかりのはずなのになんで苦くて渋いのかしら?
量? それとも水と合わなかった?
「ティナ?」
「ちょっと錬成してみる」
「あんたはなにを言ってるの?」
ナコナが顔を引きつらせながら言うのはごもっとも。
でもね、わたし思うの。
錬金術は台所で生まれたっていろんな本に書いてある。
つまり、台所は新しい錬金術を試す絶好の場所なのではないかと。
そして失敗して捨てるばかりのこのカレーもどき。
魔力を注いだら美味しいカレーになりはしないかしら!? と!
「黙ってて。集中するんだから」
「え、えぇ〜……」
魔力を注ぎ、おたまでかき混ぜる。
まぜまぜ、魔力……まぜまぜ、魔力……。
繰り返すこと三分半。
カッ!
と、光る鍋の中身。
え、本当に錬成できた!?
なにが…………。
「…………焦げた?」
「……う、ううん?」
茶色の液体は真っ黒になっていた。
鑑定してみるが名称は『???』。
そして一言『苦い』との解説が付いた。
しかし、なんだろうこの匂い、なんだかココアみたいな匂い……。
鑑定魔法で毒反応はないので、小皿に垂らして舐めてみる。
「…………うるぇえええぇ……」
「な、なにやってんの!?」
にがぁい。
しかも粉っぽいぃ〜!
ナコナに言われるまでもなく自分でも「なにやってんの」と思ったけれど……やっぱりこれは!
「ティナ!?」
砂糖……シュガーを一袋ドバッと投入!
火を入れてかき混ぜる!
完全に溶けたところでもう一度味見。
やっぱり、これは!
「美味しい!」
「え?」
「舐めてみて」
「…………」
ナコナに小皿に分けたそれを差し出す。
ものすごく「えええぇ……」という顔をされたがわたしは有無を言わさずグイグイ勧めた。
トドメに「お願いお姉ちゃん」とつけ加えると顔を真っ赤にして「んもおおお!」と小皿を受け取ってくれる!
…………なるほど、妹ってこんなに便利だったのか。
「…………え、美味しい……」
「でしょ?」
チョコレートだ。
美味しいに決まってるわよ〜。
…………まさかカレーを作ろうとしてチョコレートができるとは……。
そうか、香辛料を錬成してカカオに似たものができたのね。
今のところカカオやコーヒーの原材料になる植物はわたしも見たことがなかったけど……まさか香辛料のかけ合わせでできるとは……。
「美味しいねこれ! すごいじゃんティナ! 新発見なんじゃないの!?」
「うん! 早速レシピをメモしてくるよ! 夕飯作り頼んでいい!?」
「うん、もちろん!」
「これ、今夜のデザートに使ってみよう!」
「え! ほんと!? 楽しみー!」
使う香辛料の種類が結構あるから……それと量ね。
入れる順番とか関係あったのかな?
一応メモメモ……と!
よぉし!
チョコレートができたってことはチョコレートケーキが食べられるってこと!
あのまま固めてもよし、クッキーやビスケット、他のお菓子に混ぜたり塗ったり添えたり……きゃ〜! 素敵! 幅が果てしな〜い!
…………はっ!
「ティナリス、この甘い匂いはなに?」
「あ……あー……夕飯にデザートでお出ししますよ……」
「ほ、ほんと? わあい!」
キラキラ輝く瞳が!
マフラーの上からキラキラと!
レンゲすぁん! あんたほんとどんだけ甘いもの好きなんですかぁ!?
「ティナ」
「は、はい」
「夕飯後に話があるんだがいいか?」
「? はい」
なにやら真剣な表情のお父さん。
まるで昨夜のような感じ……あ、もしかして昨夜の話の続き?
考えておけって言われたけど……確かにメリットやデメリットを考えると相談したいな、と思ってた。
ううん、なんの話かなぁ?
……まあ、働いているとあっという間なんだけどね。
お客さんは夕飯とデザートを食べると後は各自部屋に戻ってお風呂に入ったりくつろいだり、旅の疲れを癒すもの。
お父さんに呼ばれて後片付けをナコナたちに任せ、リホデ湖の畔にやってきた。
おや?
「あれ? レンゲさん?」
「あ、ティナリス! ケーキ美味しかった!」
「さっきも聞きました。なによりです」
わーい、とお父さんの横の大樹の下に佇んでいた人物の名前を呼んでしまう。
すると駆け寄ってくる大型犬……もといレンゲさん。
美味しいと喜んでもらえるのは、まあ、悪い気はしないわよね。
むしろこんなに懐かれて……懐かれ……なつ……、……歳幾つだこの人……。
よその家の大型犬を餌付けしてしまったような謎の罪悪感……!
さぞや純真無垢な笑顔で抱きついてくるのだろう……マフラー様がおられなければ確実にそれを目の当たりにする羽目になる。
『ダ・マール』のダンスホールで見たあの整った顔がこんなに近くで、それもさぞ素晴らしい笑顔で迫っていると思うと背中がぞわぞわしてしまう。
もしかして、それを自覚してるからマフラーで顔半分を隠しているのかな?
大正解ですよ。
「懐いたなぁ?」
「そうですねぇ……」
お父さんすら目が遠い。
すぐにわたしの後ろに回り込み、首に腕を回して尻尾を振る……イメージだけど……大型犬……もといレンゲさん。
男の人に……それも誰もが見惚れるイケメンにしがみつかれているのにこの諦めにも似た胸中はなんだろう?
そのうち「僕ここに住みたい」とか言い出さないないわよね?
「ええ、と、レンゲさんはなんでお父さんと一緒に……」
「ああ、いいんだ。同席してもらおうと思って呼んでおいた」
「?」
レンゲさんも?
まさか、本当にレンゲさんを「うちの宿で用心棒として雇うことになった」なーんて話では!?
でも、それならナコナたちのいる前でした方がいいわよね?
んん〜?
いや、それならそれで「イケメン用心棒のいる宿」という新しい宣伝目的が……。
「レンゲ」
「いいのかい? 約束は二ヶ月後だよ?」
「ティナだって、もう少し詳しい話を聞いた方がいいと思う。……ティナ、昨日の夜の話だ」
「! ……。……え? ……ええと……」
背中から離れていくレンゲさん。
温もりが消えるのはどことなく寂しい感じ。
……単に少し寒くなるだけだけど。
さく、さく、足音は木下へと移動する。
わたしを見る二人の眼差し。
昨日夜の話とは、あれ、だよね?
レンゲさんも知っているの?
戸惑うわたしに、お父さんが「昨日の話はレンゲから聞いたんだ」とさらりと衝撃の真実を暴露してくれる。
「……は?」
素っ頓狂な声が出てしまうのは仕方ないと思うの。
だって、レンゲさんがお父さんに昨日の話を……?
世界を呑み込むほどの魔物、『
それを阻むのは失われた奇跡の力、『
しかし普通の人間や亜人では『
耐性があるのは十三年前に国ごと滅ぼされた『珠霊人』。
……その生き残りである…………わたし。
「………………気づいていたんですね、やっぱり……」
「うん。四ヶ月前のあの日に……君の額に珠霊石が生え始めているのを見た。……珠霊人はその希少性と価値から狙われる危険性が高い。だから……」
「ペンダントをサークレットに……」
……そうだったのか。
やっぱり気づいていて、サークレットを作ってくれたのか。
…………そう、だよね。
別に裏切られたわけじゃない。
むしろ、守ってくれていた。
サークレット様々。
布を巻いたり、ハチマキしたりと色々考えてきたけれど……レンゲさんが作ってくれたサークレットは前髪で隠れるからとても目立たない。
すごく、ありがたかった。
感謝こそすれど……そうよ、こんな気持ちになるなんておかしいわ。
こんな……悲しい気持ち。
「驚いたよ。君が珠霊人だったなんて」
「…………」
「レンゲは、お前が珠霊人だと気づいたから……俺にあの話をしてきた。お前がどうするのかを……尊重するそうだ。そうだよな?」
「もちろん。『
「………………」
お父さんは目を背けた。
……お父さん。
…………お父さん……。
この世界の、わたしのお父さん……。
夜の帳が下りた畔。
クミルの大樹の下で、星空の灯りが遮られる。
そこで暗い顔をしている、その
わたしの未来を想い、憐れみ、心配して……。
それとも、過去だろうか?
でもそれは杞憂です。
わたしは本当の『お父さん』も『お母さん』も一度しか見たことがない。
覚えている。
優しそうで、悲しそうで……。
私の未来と無事を祈って、蓋を閉じた。
その時の表情と……同じだ。
「……わたしが珠霊人だと公表されるのでしょうか?」
「『
「そうですか……」
幻獣たちは会ったことないけど……少なくとも知れ渡ることはないのね。
よかった……。
「『
「いや、戦いにはならない。『
「……ええ、す、すごいですね!」
「そう。……そこにいるだけで……持っている者がいるだけで……世界はゆっくり、でも確実に癒されるんだ。……ただ……」
「ただ?」
レンゲさんは『
疑問は後でぶつけるとして、目を伏せ、言いにくそうにしているレンゲさんの言葉の続きを待つ。
わたしが思っている以上に『
……でも、それだけではないのね。
「『
「え?」
じゅ、珠霊人ってそんなに長寿だったの!?
なっ、七百年!?
ええええ!?
「だから、そのほんの二、三十年……だと思ってほしい。思ってほしいんだけど……『
「あ……」
「……二、三十年は人の時間ではとても長い。その……君が『
「!?」
せ。
せ……。
せっ……⁉︎
「せ、聖女!? わたしが!?」
「こちらとしては変な神を崇められるよりはそちらの方が助かるんだけど……」
「まあ、その辺はおいおい考えていけばいいんじゃないか?」
「でもそれもまた彼女にとって負荷になるのなら伝えないと」
「む、むう……」
「…………」
レンゲさん……わたしのことを考えて……今それを伝えてくれたのか。
それでわたしが嫌だと言ったらどうするつもりなのだろう?
「……ちなみに、わたしが断ればどうするんですか?」
「世界は滅びを待つことになる。少なくとも人の文明は再び滅びるだろうね……」
「………………」
さらりと……。
そ、それもう選択肢ないじゃない。
「…………。……いいですよ」
「!? ティナ……!」
「いいよ、お父さん……わたし、『
「……………………っ」
いまいち実感は湧かない。
世界を救うとか守るとか。
そこにいるだけで魔物を浄化する、なら……多分この先もそんな実感湧く日はこないんだろうなぁ。
でも、多分……わたしの結論は、昨日の夜に決まっていたんだ。
そりゃあ、万能治療薬の開発は諦めきれないけど〜!
…………確実にお父さんの腕を治せるのなら……。
そして、みんなの生きる世界を守れるなら……それがいいに決まってるよね。
「ありがとう」
「?」
なぜかとても辛そうにレンゲさんからお礼を言われた。
……えぇ〜……なぜ〜?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます