十二歳のわたし第11話



 ジッと女の子を見る。

 居心地悪げに目を逸らされ、しかし、一言「ムジュムジュ」と告げられた。

 ……できれば固有名詞ではなく生物の種類を知りたいんだけど……。


「モネたちと同じところにいたの。モネと兄さんは母さんと父さんと旅をしてたけど、怖い人たちに捕まって変なところに入れられたの。……それで……母さんや父さんたちに『逃げろ』って言われて……」

「怖い人たち……? 盗賊でしょうか?」

「君はモネというの?」

「そう。モネがモネで、モネの兄さんはレネっていうの」


 モネちゃんとレネくんか。

 親と引き離されてどこかに捕まっていた?

 見た感じ六歳とか七歳くらいかな?

 髪が伸びっぱなしで、何度も手で耳にかけているが長さが足りずにずり落ちている。

 ウーレロン族の村に行ったら髪を切らせてもらえるか聞いてみよう。

 レネくんも髪が長い。

 ……もしかして、結構長い間捕まっていたのかしら?


「その、レネくんの額はどうしたの?」

「怖い人たちが兄さんを連れて行って、戻ってきたらこうなってたの。それからずっと寝込んでたの。父さんと母さんがくるまで、モネなんにもできなかったの」

「怖い人たちはなにか言ってた?」

「……これなら少しは高く売れるって……」

「奴隷商人かな……」

「ど、奴隷商人?」


 そんな奴らがいるの!?

 と、聞き返しそうになったけれど、わたしが赤ん坊の頃に出くわした盗賊たちもそんなことを言っていたわね。

 あの時、黒い幻獣のお兄さんが助けてくれなければわたしは今どうなっていたのか……。


「『エデサ・クーラ』は奴隷制度があるんだよ。彼らが領土と主張する近辺にあった国は吸収されて、その国の民は全員奴隷にされたと聞いたな。逃げてきた人もいたみたいだけど……」

「……そんな、時代遅れです。……ひどいです」

「そうだね。……さすがに好き放題やりすぎだよね。王が変わればマシになるかと思ったんだけど……」


 ……『エデサ・クーラ』は王政なんだ?

 興味がないというよりも、関わりたくない。

 あの国のことなんて、なにも知りたくないって思ってたけど……。

 知らなすぎるのも危険だし、今度きちんとお父さんたちに教わろうかしら。


「それで? モネとレネのお父さんとお母さんはどうなったの?」

「……死んじゃったの……」

「え!?」


 呟かれた言葉に、あまりにも衝撃を受けて振り向く。

 前髪で表情は見えづらい。

 わたしより小さなモネちゃんは、泣いていなかった。

 ただ、服の裾を握り締める。

 ……そんな、そんな……!

 この子たちは、それじゃあ……。


「モネたちを逃がすために……悪い人たちを引きつけるって……。悲鳴が聞こえたから、覗いてみたの……そしたら……」

「そ、そう。うん、もういいよ」

「うん。……ごめんね……」

「ううん……」


 まだ泣かないなんて、なんで強いの。

 ……背中の熱が上がったような気がする。

 解熱薬は飲ませたはずなんだけど……まだ効いてないのかな。

 あれ一本しかないから、このまま熱が下がらなかったら新しく作って…………あ、錬金鍋と錬金棒もジュディたちと……。

 仕方ないわ、ウーレロン族の村にあることを期待しよう。


「…………あの、お兄さんのお名前をまだ聞いていないんですが」

「え? まだ名乗ってなかった? ゴメンゴメン、僕は蓮華レンゲ

「……レンゲさん……」

「レンゲでいいよ。さんづけとか苦手なんだ」

「え、ええ? で、でも……」


 命の恩人だし……歳上だし……精神年齢はわたしの方が上かもしれないけど……。

 戸惑っていると首を横に振られる。

 うう、で、でも……。


「……わ、わたしは、そういうのが苦手なもので……」

「他人行儀なのが好きなの?」

「い、いえ、癖のようなものなんです」

「そう? ……でも敬語で話されるのは僕、苦手なんだよね……」

「うっ」


 そんなしょぼんとされると、良心的なものが!


「うん?」

「?」


 お兄さん……レンゲさんが頭をあげる。

 その方向を見ると、馬の足音が複数。

 これは、もしかして!


「! ティナー!」

「! ナコナ!」


 リコさんの馬に乗ったナコナ!

 それに、リコさんと部下の騎士さんたち!

 全力疾走で駆けてくる!

 よかった……ナコナは無事にリコさんたちと合流できたんだ。

 大きな鎧を着たリコさんの背中から手を振るナコナの姿に心から安堵した。


「何者だ?」


 髑髏の兜の下からリコさんがレンゲさんへと問う。

 馬から飛び降りるナコナ。

 お父さんを背負っていたレンゲさんは、ゆっくり腰を落として「通りすがりの冒険者です」と微笑んだ。

 体を傾けてお父さんの顔を見せたことでナコナの表情が泣きそうに変わる。


「父さん!」

「大丈夫、まだ生きてるよ。でも、出血が酷かったから増血薬など飲ませた方がいい。ウーレロン族の村には医療機関はありますか?」

「ある。問題はないはずだ。貴殿、名は?」

「レンゲといいます」

「……? 旧王国語か? 珍しいな? 出身はどこだ?」

「もうありません」

「…………。そうか、失礼なことを聞いた」


 旧王国語?

 ……それに、故郷が、ない?

 それって……わたしと同じ……。


「ともかく乗れ。荷馬車というほど大きくはないが、荷台は借りてきた。……マルコスの容態は……」

「増血か、造血が必要です。傷は治癒しましたが、肋骨に異常が見られます。普通の治癒魔法では、折れた骨は治らない」

「なっ! それなのに背負ってきたのか!?」

「魔法で固定と補助はしていました。でも寝かせた方がいい。……失礼」


 レンゲさんは魔法の使い手なのね。

 リコさんの部下の人も手伝って、お父さんを馬が引く荷台に乗せる。

 よかった、これで少しは安静に運べるのね。

 お父さん……。

 …………というか、骨の件初めて聞きましたけどお兄さん!

 わたしを不安にさせないように黙ってたのかな?

 んもう……。


「ティナは大丈夫!? あの人……」

「うん、懇親会の時にも助けてくれた人。すごく強かったの。『無魂肉ゾンビ』もやっつけてくれたのよ」

「うん! 炎でボワーって!」


 モネちゃんナイス援護!

 ……わたしは見てないけど、やっぱり炎でボワーって燃やしてくれたんだ。

 お兄さんすごい!


「そうだったんだ。ありがとうございました! 義妹と父を助けてくれて……」

「いやいや、雇ってもらったからね」

「え?」

「…………」


 ギャン、とナコナの顔がこちらを向く。

 あまりの勢いといい笑顔で、わたしも同じ勢いで顔を背けてしまった。

 い、いやぁ、だ、だって〜……。


「ティナ? どういうこと? ジュディたちと荷物飛ばされたのよ? 財布も……あたしたち今一文無しよ?」

「あ、あの、あの、ハニーシロップで手を打ってもらったから……」

「ハニーシロップ? それってロフォーラの中腹だかどっかでやってるハニーが集めてくる甘いやつ?」

「そ、そう。それでお菓子を作る約束をしたのよ。お給料はそれでいいって」

「ふ、ふぅん? ……まあ、ハニーシロップって高価だしね……って、それでお菓子? ハニーシロップってパンに塗るものじゃないの?」

「お、お菓子にも使えるわよ。甘いんだもん」

「へ、へえ?」


 この世界ってはちみつはパンに塗って食べる以外使い道がないと思ってるの?

 高級食材だから上流階級が贅沢にパンに塗って食べる、程度の食べ方しか確立してないのかしら?

 ……ということは!

 ハニートースト以外の食べ方を『ロフォーラのやどり木』で提供すればがっぽがっぽの予感が……!


「では、一路ウーレロン族の村に行こう。『無魂肉ゾンビ』が倒されているのなら、マルコスの治療を急ぐぞ」

「はっ!」


 騎士たちが小気味よい返事をする。

 わたしとナコナも騎士さんの馬に乗せてもらい、レンゲさんとモネちゃんは台車を引く馬に乗り、レネくん、ムジュムジュはお父さんと一緒に台車に乗せられる。

 屋根も付いていない、木版のような台車だけど、安定感は背負って歩くより遥かにマシだ。

 三十分ほど馬で走ると、家が見えてくる。

 シンプルな石レンガで四角く作られた家。

 それが綺麗に一定間隔で並んでいた。

 あまりにもどれも同じだから、これが遺跡なのかと思ってしまったくらい。

 イメージ的にはすごい民族衣装の人たちが住んでいるのかと思ったら、現れた村民の皆さんは『ダ・マール』にいたような普通の格好。

 部族部族しているのかと思ったら全然そんなことなかった……。

 でも、唯一頭に植物の冠のようなものをかぶってる。

 なにあれ、月桂樹の冠?

 いや、この世界に月桂樹はないから……似た植物でムールドソルトかな。

 ……前の世界だと塩をかけた貝みたいな名前……ンン、それは今どうでもいいわね。


「すまない、仲間が怪我をした。医者に見せたいのだが」

「ええ、もちろん。こちらです」

「ありがとう」


 リコさんが村長さんっぽい人にお父さんを預ける。

 村の人たちがわいのわいのとお父さんとレネくんの乗る台車を、病院があるという方向へ押していってくれた。

 わたしとナコナも、それを追いかけようと馬を降りる。


「……そういえば、倒したのは君だったな?」

「はい?」

「『無魂肉ゾンビ』だと聞いたが、どのような『無魂肉ゾンビ』だった?」

「えーと……」


 チラ、とわたしとナコナを見るレンゲさん。

 あ、ああ、そうよね。

 襲われたのはわたしたちだもの、説明はわたしたちもした方がいいわよね。


「大きな……十メートルくらいありそうな『無魂肉ゾンビ』でした。手がものすごく長くて、地面に引きずりながら歩いてくるんです。そして、とても頭がよかったように思います。こちらの出方を見ながら遊んでいたような……」

「ま、間違いない、そいつです! 最近この辺りにそいつらが何体も……」

「「な、何体も!?」」


 ナコナと声がかぶる。

 あ、あいつ一体じゃなかったの……!?

 あんな奴が、何体も!?

 村の人が質問した騎士に詰め寄るように訴える。

 その言葉にわたしたちだけでなく、騎士たちも顔色を悪くした。

 十メートルほどの『無魂肉ゾンビ』はそれだけでも異様だ。

 なのに、それが複数うろついている。

 顔を見合わせて困惑する騎士たちに、リコさんは思案顔……だと思う、あの兜の下は……。


「ウェレン、いけるか?」

「……残念ながら、この地域は『原始魔力エアー』が集まりにくい。……厳しいですね」

「仕方ない、黒の騎士は全員装備を火炎放射器に切り替えて対応する。『無魂肉ゾンビ』のうちに倒す! そんなものが魔物になられては厄介どころではない」

「は、はい!」


 ……そ、そうか、リコさんたちが呼び出されたのは魔物が出るからだって言ってた。

 本当は『無魂肉ゾンビ』だったってことね?


「そ、それから狼型の魔物も出るんです。一匹なんですがとにかく速くて……」

「それは青の騎士で対応しよう。レンゲと言ったな? 討伐に協力してほしい。謝礼は支払おう」

「……僕の雇い主は彼女なので」

「え? あ、あの」


 と、レンゲさんに話を振られる。

 わ、わたし?

 わ、わたしか。

 えーと、お父さんの容態を考えると数日はきっと動けない。

 村の外にそんな危ないものがうようよしてるとなると、それはもちろん!


「騎士団に協力をお願いします。村を守ってください!」

「雇い主の許可が出たので協力します」

「ありがとう。早速作戦を開始する」

「は!」


 行ってくるね、とレンゲさんに手を振られる。

 爽やかな笑顔でそんなことされると……ちょっぴりだけ、胸がドキッとしてしまう。

 だってレンゲさんはとても、そう、カッコいい。

 イケメンというやつだ。

 どの角度から見ても整った顔立ち。

 声も優しいし、少女漫画に出てくる……ヒロインと結ばれるヒーローみたい。

 強くて魔法も使えて優しくて……。

 その上、顔も性格もいいなんて、恵まれすぎでは?

 でも、レンゲさんもわたしと同じように故郷が、ない、のよね。

 きっと苦労したんだろうな。

 そう考えると、決して恵まれただけの人じゃ…………。


「ティナ?」

「あ、お、お父さんのところへ行こう! モネちゃんもレネくんが心配だよね」

「う、うん」

「すぐに退院できればいいけど……」

「うん……」


 モネちゃんとナコナ、ムジュムシュを連れて病院へ急ぐ。

 急ぐけど、わたしは……。


「はあ、はあ、はあ、はぁ」

「は、はやーい! ティナ、息切れるの早すぎ!」

「だ、だ、だっ、て……はぁ、はあ……」


 こ、この体力のなさはなにかの呪い!?

 そ、そりゃ、ランニングなんて三日坊主だったけど……!

 はあ、はあ、つ、つらーい!


「? ……は、はぁ、はれ?」

「? どうしたの? ティナ」

「空に……」


 立ち止まって空を見上げる。

 走りながら天を仰いでいたら気がついた。

 この世界には二つの太陽と二つの月が交互に接近する。

 物理ナンチャラはわたしにはよくわからないけど、片方が近づき、もう片方は遥か遠くに見える、のを繰り返しているとかなんとか。

 まあ、それはいいとして……変なのは太陽と月の間にこれまでみたことのなかった黒点が生まれていることだ。

 目を凝らすけれどやはり黒い点。

 ナコナも手で額から下を覆いながら見上げる。


「ほんとだ、なにあれ? あんなの前はなかったわよね?」

「な、なんだか気味が悪いね……」

「お空がげっぷしたの?」


 お空がげっぷ……。

 モネちゃん、なぜそんな発想に?


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