十二歳のわたし第10話



 ぐに、と。

 お父さんへ腕が振り下ろされる間際、『無魂肉ゾンビ』の体がくの字にへし折れる。

 なにが起きたのか、そのまま右方向へと『無魂肉ゾンビ』は飛んで行ってしまった。

 そしてそのままががががか、と草原を転がり落ちていく。

 その場に残ったのはマントで覆われた一人の人物だ。

 ……え?

 今、あの人が『無魂肉ゾンビ』を…………?

 は? み、見間違い?

 フードが風圧を受けてパサリと肩へ落ちる。

 ……あれは……。


「!」


 そ、それどころじゃない!

 お父さん!

 慌てて駆け寄る。

 お父さんは剣を突き立てたまま膝を折り、吐血した。

 っ……お腹から血が!


「せ、清廉なる星の煌めきよ、我が祈りに耳を傾け、その輝きを授け給え! フォトン・ヒーリング!」

「…………ま、まだ……」

「だ、黙ってくださいお父さん!」

「……だ、めだ、まだ倒したわけじゃ……!」


 なおも戦おうとする。

 立ち上がろうとしたお父さんの肩を、マントの人が押し返す。


「いや、治療を受けていてもらって構わないですよ。あれは僕が引き受けましょう」

「…………お、まえは……」

「あ、あの時の……! お兄さん……!」


 取れたフードの下はあの、黒髪黒目の……懇親会の時に助けてくれたお兄さん……!

 どうしてこんなところに……というより……。


「君は止血に集中していて。終わったら手伝うね」

「え? は、はい!」


 え? 手伝う、手伝ってくれ、え?

 余裕のある笑みを私たちに向け、しかし、私の顔を見るなり一瞬表情が固まったような……?


「ぐ、っ!」

「お父さん! よ、横になってください!」

「だ、めだ、まだ、やつが……」

「ファイヤ・トルネード」

「!?」


 お兄さんが手をかざす。

 すると詠唱省略で魔法陣が浮かび、『無魂肉ゾンビ』の全身を真っ黒な炎が囲い込む。

 それを見たお父さんは力を抜いてくれた。

 お父さんを横たえると、指先へ魔力を集中させる。

 血をとにかく止めないと。

 でも、傷口がよく見えない。

 服の上はほとんどが赤く染まっている。

 今手を外して治療薬をポシェットから取ると傷口が開く。

 集中、集中。


『ゥァアァアアアァ!』

「少し太り過ぎだ。まあ、魔物にならなかっただけ君は運がいい。……魂ごと消えなくてよかったね。輪廻の輪へと戻るといい」

『ウ、ウガガガァアアアアアアァ!?』


 眩しい光。

 なにが起きているのか、わからないけれど。

 ……今はお父さんを治す!

 なんのための聖魔法だ!

 なんのために教わったの!

 今! やらなきゃいつやるのよ!


「お父さん……お父さん頑張って……」


 ……なんで、わたしの聖魔法はこんなに弱いの?

 シィダさんは「魔法も練度だが、こちらの大陸は『原始魔力エアー』が澱んでいて集まりにくい」と言っていた。

 きっとこういうことだ。

 力がどんどん弱くなる。

 魔力回復を同時に使っていても……珠霊人のはずのわたしがやっていても……集まりにくい!


「!」


 かざした手のひらに、お兄さんが手を重ねてきた。

 驚いて見ると真面目な表情がすぐ側にある。

 近すぎてびっくりした。


「集中して。聖魔法は『光属性』だから相性がよければ『相乗効果』で治癒力が上がる。僕は聖魔法あまり得意じゃないけど……一緒に頑張ろう」

「! は、はい!」


 そういえばシィダさんも「聖魔法同士は複数人で使った方が相乗効果で威力が上がる。まあ、聖魔法の使い手が揃うことは相当に稀だ」と言っていた。

 聖魔法は体質的に使える人が少ないのだそうだ。

 ……お父さん、日頃の行いが相当いいんですね。


「…………お父さん……っ」


 暖かさが増していく。

 この人、得意じゃないと言うけれどわたしよりもすごい。

 魔力が……不思議と熱を帯びているように強く感じる。

 苦痛に歪んでいたお父さんの表情が和らいでいく。


「…………あ、ありがとうござい、ます!」

「……いや、君が止血していてくれたから……、…………」

「?」


 顔を見つめられる。

 ……綺麗なお兄さんだな、やっぱり。

 でも、なんだろう?

 なんだか目の上を見られているような?


「それ、ちょっといい?」

「え?」


 指さされたのは首から下げていた契約石。

 わたしの両親がわたしに持たせた薄い透けたグレーの石だ。

 そのペンダントを指さされて、思わず「はい」と手渡してしまった。

 するとお兄さんは一瞬真顔になり、ふわ、とペンダントを光に包む。

 なにが起きたのか。

 ペンダントは、サークレットに変形して……変形、変形!? ええええええええ!?


「ペンダントよりこちらの方が実用的だよ。旅をするなら特にね」

「あ、ありがとうございます?」


 かぽ。

 と額に嵌められる。

 契約石が中央にあしらわれた、ダイヤ型が並んだようなサークレット。

 ……え、ど、どうやったの?

 すごい……魔法?

 魔法ってこんなこともできるの? すごい。


「……とりあえず詳しい話を聞きたいんだけど」

「あ……は、はい、あの……」


 現状を把握するためにも、とりあえず辺りを見渡してみる。

無魂肉ゾンビ』は、もういない?

 まさかあれを倒したの?

 み、見てなかったからな。


「あの、『無魂肉ゾンビ』は……」

「倒したよ。もう大丈夫。……魔物の気配も感じないから平気だと思う。まあ、魔物が出たら追い払ってあげるよ」

「え……あ……」


 す、すごい自信。


「というより、あまり同じ場所でジッとしているのは好ましくないな。歩きながら話そうか。この人、早く病院で輸血した方がいい。結構出血していたし……それとも増血薬持ってるの?」

「! あ、す、すみません、そういう薬はまだ作ったことがなくて……」

「じゃあやっぱり近くの『国』の病院かな」

「あの……でも」


 よっ、とお父さんを背負うお兄さん。

 ど、どうしよう、信じてもいい、んだよね?

 いや、助けてくれたんだし……それに……。


「実は義姉あねがこの辺りにきている騎士団に助けを呼びに行っているんです」

「え? 騎士が? ……どっちの方向?」

「『ロスト・レガリア遺跡』の方です。……えっと……」


 逃げ隠れして方向がよくわからないな。

 戸惑っているとお兄さんの方が「あっちかな」と、左の方を指差した。

 ……そういえば、荷物もジュディたちと一緒に放り投げられたんだ……。


「あ、あと!」


 悲しい気持ちをごまかすように、助けた子どもたちと謎の生き物を連れてくる。

 この男の子はわたしが背負おう。

 薄桃色の子はわたしとお兄さんに頭を下げる。


「あ、ありがとうございます! た、助けて、もらって……」

「ううん……わたしはなにも……お父さんとお兄さんのおかげです。本当にありがとうございました。なんとお礼を申し上げていいやら」

「え? いやいや? …………えーと、そうだね……あ、そうだ、うん、君たち僕を雇わない?」

「え?」


 これはもう恩人リスト入りだわ!

 ご恩をお返ししなければ!

 と、内心息巻いていたわたしへ、お兄さんは人差し指を立てて提案してくる。

 雇う?

 雇うって……お金でお兄さんを護衛として雇うという意味?

 そ、それは素晴らしい提案だわ!

 ……あ、けれど……。


「す、すみません……馬が飛ばされてしまって……お財布も……。だから手持ちがなくて……」

「お金はすぐでなくても構わないよ。というか、君は錬金薬師なんだろう?」

「は、はい」


 胸を張って錬金薬師と名乗っていいのか……一瞬だけ考えたけれど……。

 でもこのお兄さんにはそう名乗っているし、今後も錬金術での薬作りはやめられないだろう。

 ここらで覚悟を決めて……名乗りをあげるべきなのかもしれない。

 まあ、もちろん目立たない程度に、だけど!


「じゃあ、物資給でもいいよ。僕あれ欲しいな、あの……甘いやつ」

「甘いやつ……?」


 砂糖かしら?

 そう聞くと首を振られる。

 ええ? なに?


「金色のやつだよ。なんだっけ、虫が集めるやつ」

「ハニーシロップでしょうか?」

「あ! それだ! ……あれは錬金術でなんかこう、綺麗に整えるんでしょう? 滅多に手に入らないよね」

「ああ、そう言われてみると……」


 そうだわね?

 うち……『ロフォーラのやどり木』は山の方で養蜂もやってるから、少し雑味があるはちみつなら少量だけど手に入る。

 ……はちみつか、そういえば……手に入るんだけど、シュガーキビから砂糖を量産する方が楽であんまり採りに行っていないわね。

 けど、はちみつは確かに養蜂も難しいし、人が食べられるようにするには錬金術で不純物を取り除く必要がある。

 だからとても高価で、滅多に手に入るものではない。

 おや?

 ということは、はちみつを利用したお菓子を売り出して、アリシスさんにもらった茶葉で紅茶を作れば売れるんじゃ……。


「はい、なんとかなりそうです! えっと、でもいいんですか? 確か、お仲間さんが……」

「ああ、あいつらは大丈夫。魔物程度に後れをとるやつは一人もいないよ」

「え……」


 す、すごい自信。

 ……そんなこと言っていいのかな?

 この大陸の魔物は体も大きいし凶悪だけど……。

 というか、このお兄さん強いのはなんとなくわかったんだけど……種族はなんなのかしら?

 あの『無魂肉ゾンビ』と普通に戦えるなんて普通じゃないわよね?


「あの……お兄さんは亜人大陸からきたんですか?」

「え? お兄ちゃん、亜人なの?」


 わたしと一緒にお兄さんを見上げる女の子。

 そういえばこの子たちのこともちゃんと事情を聞いておかないと。

 なんとなく難民の子どもという感じでもないし……?


「……いや、僕は『サイケオーレア』の方で魔法を専門に学んだだけのただの冒険者だよ。まあ、あんまり魔法を使える冒険者っていないから珍しいとは思うけど」

「そ、そうなんですね! すごいです!」

「いやいや、君もさっき使えてたよね?」

「あ、えーと、わたしの場合は宿のお客様にたまたまハーフエルフやエルフの方が泊まりにいらして、その時に……」

「へえ、宿屋ってハーフエルフやエルフもくるんだ? じゃあ西の方なの?」

「そうですね……『フェイ・ルー』からきた亜人の方はロフォーラ山やリホデ湖を見にきたりしますよ。ロフォーラ本山には旧時代の遺跡があるという噂もあるので……」

「……ロフォーラ……、……ああ……そういえばそんなこと言ってたね。あの辺りは霊脈があるし、『原始魔力エアー』は綺麗なんじゃない?」

「はい、確かに……この辺りよりは、そうですね」


 実際、『原始魔力エアー』の澱みというのを身を以て体験したあとだ。

 魔力が集めづらい。

 このお兄さんがいてくれなかったら、お父さんの怪我を止血できたか……。

 それにしても無理に魔法を使うより、ポシェットの中の治療薬を使えればよかったわ。

 と、思ったけど……吐血してる場合って薬が飲みにくいのよね。

 それに怪我もひどい。

 お兄さん、お父さんを背負ってるけど大丈夫なのかな。

 もっと安静に運ぶ方法があればいいけど、馬も馬車もないし仕方ないのはわかるんだけど。

 表面の怪我だけ治ってても中身が治ってなかったら後遺症とか、残ってしまうんじゃ……。

 それにしても増血薬……レシピは見たことあったし……一度作ってみればよかった〜!

 病院で使うものは病院で契約している専属錬金薬師がつくるわよね、と思って専門的なお薬はほとんど作ったことなかったけど……そうか、こういう時にも使えるものなのね!

 学びました!


「? なにか心配事?」

「お父さんの怪我は大丈夫なのでしょうか……見たところ内臓をやられていたようで……」

「ああ、平気じゃないかな。僕は中の方を集中的に治したから」

「!?」


 そ、そんなことが!?

 このお兄さんすごい!

 で、でもそうか、照準を内臓の方に意識しておけば内臓も治るものだったのか。

 そこまで意識が回らなかったからな……。

 これまでは薬を飲ませて治せばいいと思ってたけど、薬を飲ませられない場合魔法で治したい箇所を集中的に治療できるならそれもありというか。


「心配なら鑑定魔法で診てみる?」

「ええ!? 鑑定魔法って物の品質を見るものでは……」

「え? 医療機関だと患者の容態を診るのに使われるんだよ? 医療知識で鑑定できる幅や詳細がだいぶ変わるそうだけど」

「……そ、そうなんだ……」


 てっきり品質を鑑定する時にしか使わないのだとばかり。


「……で、では……」


 わたしの鑑定魔法でわかるかしら?

 半信半疑……というより、あまり自信はない。

 ジッと見てみるとお父さんは『中傷』と出た。


「……ちゅ、中傷……?」

「ざ、ざっくりとした結果だね」


 ざっくりした結果らしい。

 ……ざっくりとしていてお父さんの容態がいいのか悪いのか全然わからないな。


「僕がさっき確認した時は体内出血ゼロ、怪我完治。でも失血が多いので要輸血となったよ。荷馬車でもあればもっと安静に運べるんだけど……」

「は、はい、そうですよね……」

「騎士団の人たちって荷馬車とか持ってたり……」

「し、しないですね」


 リコさんたちはみんな自分の馬に乗ってきたもの。

 ……どうしよう……。

 わたしもずっとこの男の子を背負って歩けるほど体力がある方じゃないし。

 というか既に息が切れてきたし。

 足も痛くなってきたし。


「うーん、なら一度『ロスト・レガリア』で荷馬車を借りた方がいいかな。ウーレロン族の村にならあると思う」

「! 村があるんですね」

「『ダ・マール』の騎士の頼みなら聞いてくれるだろう。……で、気になっていたけど君が背負ってる子と一緒についてくる女の子とその生き物は?」

「あ……」


 そうなんだよね、わたしも聞こう聞こうと思って…………ん?


「お、お兄さんもこの生き物がなんなのかわからないんですか?」

「初めて見る生き物だよ? な、なに? これ」


 こっちが聞きたいです。



 *********


 増血薬はかじき色様より案をいただき、使わせていただきました。

 かじき色様、ありがとうございました!

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