十二歳のわたし第9話
「クッソ、しつけぇ!」
「父さん! この子熱がある!」
「ティナ、解熱薬はあるか!?」
「あります! ちょっと待ってて……」
ポシェットを探る。
えーと、これは下級治療薬で、こっちは状態異常回復薬……あった、これだ。
「中級だよ!」
「ありがと! ほらこれ飲みな!」
馬を近付け、薬を手渡す。
ナコナが瓶の蓋を親指で弾いて開け、薄紫色の髪の子に飲ませる。
その時に、見えた。
長い前髪から、その子の額……石?
赤黒い色の石が……埋め込まれている。
しかし額に埋まった石の上下は縫い目があり、腫れて血が滲んでいて、とても痛々しい。
この子は、一体……?
「…………ち、治療薬もあるよ?」
「やめておけ、額の石のことをちゃんと調べないうちは治療薬は逆に危険だ」
「……そ、そう、ですね」
お父さんも気づいていたんだ。
……額に石……。
胸が苦しい。
わたしの記憶……もう大分薄れてしまったけど、わたしの“お母さん”に埋まっていた石はもっと澄んだ色の赤い石だった。
だから多分……いや、あの傷を見れば……あの子がわたしの同族でないことはわかるのだけれど……。
胸が、痛い……とても痛い……。
なんでこんなことするの。
こんな小さな子どもに……なんで?
「うっ」
気持ち悪い。
『オオオォウウゥ……!』
「!」
『
しまった、と思った時には左から汚く臭い腕が襲いかかって来るところ。
避けられない。
今からスピードはあげられないし、完全に射程に入って————!
「飛び降りろ!」
お父さんが叫ぶ。
ナコナが子どもたちを抱えて馬から飛び降りた。
お父さんがわたしを抱えて右へと飛ぶ。
ジュディたち……!
「ヒィン!」
「ヒン!」
「くっ」
目を瞑る。
いや、見たくなかった……!
一緒に旅をしてきたあの子たちが……遠くに飛ばされてしまうのなんて……!
頭上を通過していく風。
転げ落ちるように丘の草の上を滑る。
でも、温もりはずっとわたしを抱きしめていてくれた。
お陰で痛みはほとんどない。
なんとか起き上がったお父さんが「大丈夫か?」と声をかけてくれる。
でもわたしの口からは「ジュディたちが……」という泣き声が漏れた。
わかってるのに、そんな場合じゃないのに……。
頭にのせられる手のひら。
わたしの腕の中にいた生き物も「むじゅう……」と悲しげに鳴く。
「……いい趣味してやがるよ、お前……」
「くっ……」
お父さんが怒りを孕んだ声で呟く。
ナコナも愛馬が飛ばされた。
両手で子どもを庇ったナコナも、立ち上がって怒りの表情。
けど、状況は変わらない。
悪化したと言っていいだろう。
まさかこんなに『
あいつは色々わかってやっている。
そして、多分……楽しんでいる!
目が細められ、わたしたちを見下ろすあの顔!
痛ぶって、遊んでるんだ。
「ティナ……一か八か『聖魔法』を使ってみてくれ」
「え?」
「『聖魔法』は『
「え!? な、なに言ってるの!? 二人を置いていけないよ!?」
「わかってる。呼びに行ってくれ。それまでは俺が……」
「無理だよ父さん! 今の父さんは昔とは違うんだよ!?」
「だとしても、今はそれしか方法はない! お前がこの中では一番動ける! 野郎もそう簡単に俺たちを殺そうとはしないはずだ」
「でも! ……でも……そ、それなら、あたしがこいつを引きつけて……」
「無駄だ。『
「っ……」
…………確かに……それしか、もう方法が思いつかないな。
『
痛ぶって楽しんでいるように見える。
だから多分、ナコナ一人なら……ナコナの俊足なら『聖魔法』で怯ませている間に逃がすことはできるかも。
……もちろん、『聖魔法』が効いたらの話だけど。
効かなければ別の方法を考えればいい。
体が震えるけど、それでも立ち上がる。
魔法で戦いなんて……したこともない。
というか、こんなことする日がくるなんて人生わからないものだわ。
「わかりました! やってみましょう!」
「ティナ!」
「グスグスするな! お前の足が頼りなんだぞ!」
「お願いナコナ! 信じてるよ!」
「…………っ! あたしが戻ってくるまで、絶対無事でいなさいよ!」
……どうかな?
あの『
「ティナ、ガキどもをもう少し近くへ連れてきて地面にしっかり伏せていろ」
「え?」
「奴の体格から考えて離れすぎると逆に危険だ。しゃがみこむ動作をしたらその隙にできるだけ草の生い茂るところへ飛び込むぞ。……問題は掴み上げられそうになった時だな……」
「……わかりました」
そうか、『
腕は長いから全く同じとは言えないけれど、少なくとも地面に肘をつけたまま地面すれすれに腕を振るえば射程距離は短くなる。
射程距離を最大限にすれば、下に隙間ができるのか。
動作は全体的に遅いものの、摘みあげられたりしたら一貫の終わりだしさっきのように飛び跳ねられたらいつ潰されるかわかったもんじゃないわ。
あと腕をブンブンハエ叩きのように叩きつけられたり……。
うん、結局いつ殺されるかわかったもんじゃないわね!
……でも、やはり奴は目を細めてわたしたちを一人一人眺め笑っているように見える。
さあどうする、虫けらども。
そんな風にわたしたちの出方を馬鹿にしながら見下ろしているようだ。
む、むかつく。
「い、いきます! みんな、目を閉じて!」
どうかわたしの『聖魔法』が効きますように。
あと、効いたからって逆上してきませんように!
「清廉なる星の煌めきよ、我が祈りを聞き届け給え! フォトン・フラッシュ!」
……ちなみにこれはただの目眩し魔法です。
『ギヴオォォオォオウ!?』
「ナコナ!」
「くっ!」
以前ミミズの魔物にシィダさんが使ったものだ。
これ、ただ眩しいだけなんだけど……地中の魔物には効果絶大だし、人間相手でも目眩しに使えるからと教わったのよね。
『
え? こ、効果抜群!?
「お、思っていた以上に効いてる!?」
お父さんのお墨つきいただきました!
「す、すごい、魔法だ……」
「むじゅむじゅ!」
「ティナ、こい! ガキどももだ!」
お父さんがわたしの体を抱え、子どもたちと変な生き物もまとめて抱え上げると草の伸びた場所に飛び込む。
光は消え始めたが『
ナコナは『
あ、相変わらず速い……。
「や、やり過ごせるでしょうか?」
「さぁな。少なくとも耳や鼻は機能していないと聞いたことがある。動くんじゃないぞお前ら」
「は、はい」
「はいっ」
「むじゅ」
……こっちの言っていることを理解はできるのか、この生き物……。
それにしても、あの子……薄紫色の子……心配だな。
見た感じ男の子かな?
……額を割いて石を埋め込まれ、縫われたような傷。
熱で朦朧とする中、あんな化け物に追われていたのだろう。
今は完全に意識を失って微動だにしない。
羨ましいような、そうでないような。
……それにしても……。
「くしゃい……」
「は、はい……慣れてきましたけど……臭いですよね……」
「黙ってろ、喋る吐息で草が揺れる」
「「ごめんなさい」」
でも臭いんだもん。
女の子もそう思うらしく苦しげな表情。
この子は髪が長いけど額は無事のようだ。
色々聞きたいことはあるけれど、今は『
悶絶していた『
辺りを見回している素ぶり。
わたしたちを探してるのかな?
あ、諦めてどこかへ行ってもらっていい?
多分ナコナの逃げた方向もわからないはずだから、ナコナはきっと大丈夫。
どっかへ行け、どっかへ行け……!
必死に祈る。
でも、『
『アウゥ、アウァ……ゥァァァ……』
そんな気持ちの悪い声を出しながら、赤い点のような目がぎょろぎょろあちこちに動いてて……うう、もう早く諦めてよ……!
こうなったら我慢対決。
と、覚悟を決めると『
「っ」
やはり知恵があるんだ。
わたしたちがどこかに隠れたのだと思って探し始めたんだわ。
今はこっちと反対側。
とはいえ、迂闊に動いて居場所を知らせるのも……。
お父さんの方を見るが、首を横に振られる。
動くなという意味。
怖いけど、不安だけど今は隠れて時間を稼ぐ。
リコさんたちへナコナが追いつくのはどのくらいかかるのだろう。
お願いだから、近くにいますように。
リコさんたちの火力なら、多分……なんとか……!
「むじゅ、むじゅ……」
「ムジュムジュ?」
女の子が生き物を呼ぶ。
そ、それムジュムジュっていう名前なんだ……。
場違いにも引いてしまう。
が、次の瞬間!
「むじゅっくしゅーん!」
「!?」
くしゃみ!
こ、この生き物〜!
草で鼻がくすぐられたかなんかなんだろうけれど、よりにもよって今ーーー!?
ゾワッと背中が冷めて、『
ピタリと動きの止まった『
恐る恐る、お父さんを見る。
渋い顔のお父さんは頷いた。
だ、だよね……こっちを向いたら……また……。
「…………星の煌めきよ……」
詠唱を始めた時だ。
ぐるりと『
あまりの勢いに喉が引きつってしまう。
見つかった!
「せ、清廉なる星の煌めきよ、我が祈りを聞き届け給え! フォトン……」
『ウオオオオオオオオォ!』
「っ!」
飛び上がってきた!
照準が……外れる!
「ダメだ! 全員絶対動くな!」
「……!」
まだ完全に見つかったわけじゃ、ない。
お父さんの言う通り目を閉じて頭を抱える。
地面からすごい振動がお腹に響く。
うううっ、す、すごい匂い……!
焦げ臭い匂いの中にも吐きそうなほど何かが腐った匂いが……。
『オオォ、ウォゥ……オオオォウウゥ……』
ほ、ほぼ真上で唸り声が……!
いや、もう、こ、怖い……!
ど、どっか、行って!
どこかへ行ってよ!
お願い……だから!
「…………ティナ、隙を見てさっきのやつを頼む」
「!? お父さん!?」
「お前たちはここを絶対に動くんじゃないぞ」
「お父さん!」
伏せた状態から、立ち上がって一気に反対方向へと走り出すお父さん。
そんな! まさか、囮に!?
「喰らえ化け物! 牙狼斬!」
左手で剣を抜き、振り上げたその剣から魔力を纏った剣圧が放たれる。
それは遠目から見ると狼の牙のような形。
お父さん……左手でも『技』を使えるように……?
『ゥァァァ……』
でも、『
なにか当たった?
と、聞いてくるようにゆっくり振り返る。
その間にお父さんは『
「っ……せ、清廉なる星の煌めきよ、我が祈りを聞き届け……!」
お父さんがあいつの気を引いている間に!
とにかく今は隠れて時間を稼がないと……。
また『
その瞬間。
「!」
『ウァア』
『
まさかこっちに……と思ったら詠唱が止まる。
でも『
だけだけど……!
「うがあ!」
「お父さん!」
衝撃はお父さんを地面に倒してしまう。
あの巨体が飛び上がって落ちたことで、お父さんの体が宙に浮いたのがここからでも見えた。
それに、衝撃はこちらにも届いている。
膝がカクンと折れ、わたしもその場で座り込んでしまう。
それがこちらの隙になった。
『
絶望感とはこういうことを言うのだろう。
ドクドク胸が激しく脈打ち、息がうまくできない。
「お、お父さん!」
「ぐはあぁ!」
血。
血が……お父さんの口から……内臓を潰された?
しかし完全には捻り潰さずに地面に放り投げる。
ああ、こいつは……本当に……わたしたちで“遊んでいる”……!
「お父さん!」
「ぐ、っ! るな!」
「!」
くるな?
でも、そんな……お父さん……!
あまりにも怖い声に体が立ち止まってしまう。
ああ、いやだ。
いや……いやよ……!
「……くる、な、くるんじゃない」
「お、お父さ……」
『ウアァアァ……』
『
腕が振り上げられる。
長い腕。
振り下ろされたらわたしたちもその射程内だろう。
逃げなきゃ。
どこへ?
お父さんを放ってどこへ逃げるの?
そうだ魔法を……。
「あ……あ……」
なんで、声がうまく出ないの?
お父さんが立ち上がって剣を構えているから?
ダメよお父さん、そんな、無茶だよ……!
『
お父さん……!
「任せろ、ティナ……ここは絶対に引かん……!」
剣を突き出す。
そんな、無理。無理だよ。やめて。
「や……!」
「俺の娘に傷一つ、つけさせてたまるかよ!!」
騎士という単語がなぜか頭に浮かぶ。
剣先に魔力が集中するのがわかった。
『
雄叫びのような声と、凄まじい風圧。
……弾き、返した!?
『ウオオオオオオオオォ!』
「っ」
「! ……お父さん! いや! ……やめてええぇ!」
腕を弾き返したお父さんが膝をつく。
それでも剣を離さず、『
今度は『
さっきよりも勢いが強い!
お父さんの体勢は崩れたままだ。
あれじゃあ……!
いや。いやだ。
まだ、わたし……お父さんに恩返ししてない。
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