十二歳のわたし第8話
「では我々はこちらだ」
「あ、ああ、気をつけろよ」
リスさん、ガウェインさん、ベクターさんとは『ダ・マール』で別れ、道の途中で『ウル・キ』を目前にリコさんたちの部隊と別れた。
ここからは馬を走らせていくらしい。
「……。……お父さん、そういえば『ロスト・レガリア』とはなんですか?」
リコさんたちが守りに向かうという場所。
『ダ・マール』に王様なんていないはずなのに、『ロスト・レガリア』とはこれいかに?
見上げたお父さんは「ああ……」とリコさんたちが向かった方向を指差す。
「旧時代の遺跡があるんだ。現在確認されている遺跡の中では特に大規模でな、調査対象として各国がこれを守る条約に加盟している。管理はウーレロン族という者たちが行なっていて、魔物や野盗が出たら『ダ・マール』や『ウル・キ』の騎士団に連絡がくるようになっているんだ。本当なら『エデサ・クーラ』も遺跡保全に協力するところなんだが、まあ、奴さんたちにはウーレロン族も好き好んで頼んだりはしないな。いつだったか、難癖をつけて貴重な壺だが石だかを持っていかれたらしい」
「ど、泥棒じゃないですか!」
「そうなんだよ。まあ、それで大体『ダ・マール』の騎士団が防衛に駆り出される。最近は魔物の数も増えたし巨大化していたりするから、追い払うのも骨が折れるんだが……遺跡も大切だからな」
「…………遺跡、ですか」
人命より大切なものはないと思うけど。
……でも、歴史の証拠物件ともなればやはり大切なのは仕方ないのかな。
それにしても、旧時代のもの。
「あの、そもそもなんですけど」
「おう、なんだ?」
「旧時代とか、旧王国とは、どんなものなんですか?」
シリウスさんが考古学者として、その時代のことを調べているという話はよく聞く。
でもそれって具体的にどんな時代なのだろう?
なんで旧時代、とか旧王国とか……そういえばエルフの王にも『旧王』がいて、シィダさんはその魔本に選ばれたとかなんとか……。
あまり興味はなかったけど、一般常識的なことなら今のうちに覚えておかないと恥かきそう。
「……………………」
と、お父さんを見上げていたのだが。
目を逸らし、頭をぼりぼり。
……はーん、なるほど〜。
「お父さんも詳しくないんですね……」
「はははははは……」
えー……じゃあ帰ったらシリウスさんに聞いてみよう。
多分嬉々として教えてくれるだろうしー。
「旧時代ってあれでしょ? 空白の千年時代の前の時代のやつでしょ?」
「あ、ああ、そうだ。よく知ってるなナコナ」
「一応国立学校で教わるからねー」
「空白の千年時代?」
また初めての単語が……。
そうか、そういえばナコナはうちに来る前はちゃんと学校に通ったり、再婚後も家庭教師に勉強を教わってたのよね。
お父さんがさよりナコナの方が詳しかったりして。
「まあ、あたしもよくわかんないけど」
あ、ダメだこりゃ。
「とりあえずなんかすごい時代があったけどなにかあって千年空白の時代が続いてよくわかんなくなったのよ!」
「ソ、ソーナンダー」
ダ、ダメだった。
帰ったらシリウスさんに聞こう。
こういうとは専門家に聞くのが一番…………。
「? なにこの匂い」
焦げ臭い?
冒険者がキャンプ張って焚き火でもやってるのかしら?
いやいや、まだ昼前よ?
「匂い? …………。…………! ナコナ!」
「は、はい?」
「『ウル・キ』へ急ぐぞ! この匂いは『
「っ!」
「え!」
『
……そ、そんな……魔物が闊歩してて危険なのに、この辺『
わたし見たことないけどやっぱり前世で有名だったゾンビ映画みたいな感じなのかな……。
ひい! むりむりむり!
わたしスプラッタ系は本当に無理なのー!
「…………て……!」
……ん?
「あ、お父さん! 待って! 止まって!」
「!?」
馬の手綱を引いて無理やり止める。
お父さんはわたしを驚いて見下ろすが、横を走っていたナコナも愛馬の手綱を引いて止まってくれた。
……うん、わたしももう少し成長したら絶対馬の乗り方教わろう。
じゃなくて……耳を澄ませろ、わたし。
今……確かに……。
「ティナ?」
「どうしたんだ?」
「…………やっぱり……人の声がします! 子どもの声! 助けてって叫んでる!」
「なんだって!? ……まさか、『ダ・マール』へ行こうとしている難民が襲われているのか!?」
「そんな、どうしよう父さん!」
二人の表情がいつもよりも焦燥感で焦っている。
……『
魔物とはやや別枠の怪物だが、『
つまり、『
その方法は『火』!
中身の『
も、もちろん人間大陸の『
でも、倒せるだけマシってものだ。
しかし、倒す方法はわかっていてもよく我々を見て欲しい。
ナコナは完全物理タイプ。
殴って蹴ってぶっ叩く。
お父さんは剣は携えているものの、左手では振るうくらいのことしかできない。
わたしは……シィダさんから魔法を教わっているものの……体質的に『聖魔法』と『土魔法』しか使えないのだ。
そう、この場の誰も『火』を生み出せないのである。
じゃあ、助けを求める声を聞かなかったことにする?
「とにかく行くだけ行ってみるぞ」
「うん!」
「はい!」
……そんなこと、うちのお父さんとナコナがするはずない!
馬を返して声の方へと駆けていく。
あ! やっぱり!
丘になった道の方へ走ると、そこに子どもが大きな犬……いや、猫? ……いや、やっぱり豚かな?
よ、よくわからないけど子どもよりはやや大きめななにかの生物! ……に、しがみついて倒れている。
倒れているのは薄紫色の髪の子ども。
その子どもの手を必死に引っ張る薄桃色の髪の子ども。
中途半端に長い耳をしならせた黄色と黒の縦模様をした生き物は「むじゅ、むじゅ」とわけのわからない鳴き声をあげて、薄桃色の子どもを手伝っている。
……ように見える。
というかあの生き物は本当になに?
も、模様だけ見ると虎だけど……虎にしては丸々しすぎでしょ。
足も短いし、耳は中途半端に長くて折れ曲がっているし。
でも蹄があるな?
や、やはり豚?
新種? この世界にあんな生き物いるんだ?
「いた! 父さん、前方十五メートル先!」
「ギリギリか!」
ここからあの子どもたちを回収して逃げる。
……あの生き物も助けるべき……かなぁ?
ナコナの指差す方角を見る。
腕の関節が地面について、肘から下を引きずる巨大なソレ。
グロテスクな緑色と紫色、ところどころ黒く腐っている皮膚。
胸の中央には裂け目があり、ここからでもわかるほど大きな目玉が無数に詰まっている。
体はガリガリ。
皮膚と骨だけという感じなのに、足取りはしっかりと子どもたちへ向けて進んでいた。
……大体時速三十キロ?
歩調は遅いけど幅が大きい。
そして、顔だ。
口にはきちんと歯があり、顔そのものは髑髏のよう。
目玉は入っておらず、どす黒い靄が絶えず溢れている。
もしや、あれが『
全体的にわたしの知るゾンビとは異なり、どちらかというと骨が動いている、という印象。
けれど、奴は確かに皮膚に覆われ、多分ガリガリだけど筋肉もついている。
そしてなにより異様に手が長い。
あと体が大きい。
巨人みたいだ。
「お、大きくない? 父さん、あれほんとに
「ああ、でかいな……だ、だが、
「ひ、ひええ……」
絶対お目にかかりたくないぃ〜!
そんなの見たら夜トイレに行けなくなる〜!
なんで人型の魔物は他の魔物よりグロテスクなのよ〜!?
「ナコナ、お前の馬に子ども二人を乗せろ。俺はあのよくわからん生き物を回収する。ティナ、しっかり掴まっていろ!」
「は、はい!」
「オッケー、父さん! そこの二人! と、一匹!」
ナコナが先行する。
『
ひえ、気持ち悪い……!
……というか、なんメートルあるの、あの
遠近法が働いてるなら、あの『
「……あ……」
「た、助けて! 兄さんが!」
子どもたちが顔を上げてナコナに手を伸ばす。
薄桃色の髪の子は声からして女の子。
二人とも薄汚れた白い布を前後で縫い合わせただけような、とても粗末なものを着ている。
髪も伸ばしっぱなし。
女の子と、倒れていた薄紫色の髪の子を馬の上からナコナが抱え上げて前後に乗せる。
お父さんが残りの一匹を引き上げ、私の膝に乗せてくるのだがこれが意外と大きい!
あったかい!
でもなんだこの生き物!?
「むじゅうー」
「む、むじゅ……」
鳴き声も変!
顔も不細工!?
やはり豚?
いや、ネズミ?
二本のげっ歯が口から突き出ている。
目ちっさ!
……ビーバーか?
いや、でも足は蹄……でも柄は虎……耳は兎……。
と、とと、とりあえずげっ歯類かな?
『オオオォォオォオウォ……!』
「逃げるぞ!」
「うん!」
馬を反転させ、全力疾走開始。
あ、やばいやばい!
お父さんが私のお腹に手を回して抱えてくれているけれど、少し前のめりになって体勢を保たないと振り落とされそう!
あとお尻痛い!
「むじゅ、むじゅむじゅ!」
むじゅむじゅうるさーい!
言いたいことはわかるけど我慢しなさーい!
わたしだって振動で体が跳ね上がって振り落とされるのが怖いしお尻痛いけど我慢してるのよ!
『オオオォ、オオオォウウゥ!』
「ぎゃー! なんか走って追いかけてきたー!? あいつ走れるの!?」
「『
追いかけてきた、ということは……この子たちを狙ってる?
多少の思考力があるとはいえそんなことあるの?
大きさも異常のようだし……っていうかあの巨体で走ってこられたら……!
「!?」
「ばか、な……!」
ぐわ、と陽射しが消える。
大きな影がわたしたちを飛び越えて、悪臭を撒き散らしながら数メートル……。
お父さんが驚愕の声を漏らし、ナコナが馬の手綱を思い切り引いて立ち止まらせた。
ゾ、『
『オ、オオゥ……オオオオオゥウゥ』
目玉のない目から漏れる黒い靄。
その中央に赤い光が灯る。
まるでわたしたちをロックオンしているぞ、と告げているようだった。
ナコナが息を飲む。
こ、この子たちはこんなものに追いかけられていたの?
ブル、ズルとまたゆっくり近づいてくる。
これは、まずい……。
多分スピードを上げて逃げればまた一瞬で追いつかれる。
とはいえゆっくり逃げても逃げ込む国までついて来るだろう。
……こんなのについてこられたらその国だって大迷惑極まりない。
そして多分こんなのと戦える戦力は『ダ・マール』の騎士団ぐらいだ。
……ここから『ダ・マール』は一日かかる。
馬たちもこの人数を乗せて、こんな化け物に追われながら一日地味な速度で移動なんて……。
「ティナ、魔法は!?」
「だ、だめ……わたし攻撃系の魔法は使えないの! 属性も『聖魔法』と『土魔法』!」
「くっ……仕方ない……『ロスト・レガリア』に行くぞ! まだリコたちが近くにいるはずだ!」
「う、うん! それしかないよね……」
話は決まった。
追いつかれない速度で『ウル・キ』とは逆方向へ走り出す。
リコさんたちが向かったのは『ウル・キ』よりやや南東にある草原方向。
南の国の一つ『ア・モーキス』より『エデサ・クーラ』の方向だろうか。
だから、正直あまりこの方向には……行きたくないんだけど……。
『ゥオウオオオオオオオオォ……』
そんなことも言ってられない状況ですよねーーーー!
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