十二歳のわたし第12話



 ウーレロン村にたどり着いてから三日が経ちました。

 お父さんは立って歩けるようになり、お腹をギブス的なもので固定すれば「馬にも乗れるかもしれない!」と息巻いていたのでこれから本当に乗れるか試すらしい。

 個人的にはやめた方がいいと思う……。

 外に出て、リコさんたちが乗ってきたお馬さんの一頭に颯爽と跨るお父さん。

 からのいざ出発。


「いってててててて!」

「お、降ろせ降ろせ!」

「先輩しっかり!」

「と、父さーん」


 …………ホラ見たことか。


「馬はまだ無理だと思うなぁ。振動が……」

「わたしもそう思います。とは言え大きめな荷馬車はこの村にないそうですし……」

「もう少し魔法と造血薬とかで体調を整えてからの方がいいよ。『無魂肉ゾンビ』もまだ全部倒しきれていないし……」

「あんなのがまだいるんですか……」


 はあ、と溜息が出る。

 早く帰れると思ったのにな。

 ウーレロン村……実に素朴な村でご飯に調味料は一切使わない。

 正直ご飯が不味すぎて別な意味で心が折れそうなのだ。

 村の側には小さいけど森があるし、調味料に錬成できそうな素材を探しに行こうかな?

 お父さんの食事は、調味料を使わない実にヘルシー……もちろん褒めてないけど……なご飯でちょうどいいかもしれない。

 でも、ねぇ?

 わたしとナコナは毎食神経がすり減ってすり減って……。


「ティナリスは今日なにをするの?」

「森に行って調味料になりそうな素材を探しに行きたいです……」

「あ、ああ……」


 レンゲさんもあちこち旅してるから、ここの料理の問題を察してくれたのね。

 わたしの横で、わたしを見下ろしながら目が半笑い。

 正直リコさんたちも疲弊してるのよね。

 疲れて帰ってきて、食事があれじゃあ……。


「レンゲさんは今日もリコさんたちのお手伝いですよね? 討伐対象はあと何体くらいいるんですか?」

「十二体かな……数が多いのもさることながら大きさがね……。まあ、大きいから目立つし見つけやすいのはあるんだけど……」

「この村はよく無事ですよね」

「遺跡の『魔除け』がまだ機能しているんだよ。これからはこういう場所じゃないと人間は生きていくのが大変だろうなぁ」

「魔物も増えてるから、ですか?」

「うん、そう。……人が滅ぶのが先か世界が呑まれるのが先か……」

「え?」

「いや……」


 なんだろう?

 わたしの耳でも聞き取れないほどの小さな声。

 レンゲさんって口元をマフラーで覆ってるから、少し声がモゴモゴしてるのよね……。

 ところでレンゲさんってなんでマフラーしてるんだろう?

 顔はいいのに……隠す意味がわからない。

 寒がりなのかな?

 それにこのマフラーの長さ!

 マントのフードが取れている時は後ろに垂れている余分な部分……足元近くまである。

 な、何メートルのマフラー?

 レンゲさん身長はそこそこ高めよね?

 三メートルくらいあるんじゃないの!?

 そんな長いマフラー、する必要があるの!?

 イケメンの考えることはわからないわ!


「あ」

「お姉ちゃん! お兄ちゃん!」


 呼び声に顔を右側に向けて、笑みを作ったレンゲさん。

 あ、やばい。

 イケメンの笑顔ってこんなに威力があるのね。

 でも、向けられたのはこちらにパタパタ走ってくるモネちゃんだ。

 前髪を切り、左側でポニーテールにしたモネちゃん。

 その後ろからはムジュムジュと同じく髪を切ったレネくん。

 彼は熱も下がったし、額に埋め込まれた石を取り出して縫合してからはだいぶ体調がよくなった。

 まだお父さん同様、治療薬での治療と経過観察が必要だろうけれど。


「おい、モネあんまり走るな! 転ぶぞブス!」

「ブスじゃないもん! モネがブスなら兄さんだってブスじゃん!」

「ブスは女にしか使わないんだよブース!」

「む、むぅ〜!」

「……………………」

「……………………」


 ……いや、うん、これはかなり元気な部類でしょう。

 たが、モネちゃんの言うことももっともだろう。

 この二人は双子の兄妹だった。

 確かに前髪を切ったあと顔を見たらそっくりで驚いたわ。

 成長すればさすがに顔立ちも変わってくるだろうけれど……今の時点ではそっくり。

 ……ただ、レネくんは額の傷が残るだろう。

 かなり大きく深くえぐれてしまった。

 それが少し可哀想。


「おっさんたちなにやってんだ?」

「馬に乗れるんじゃないかって試してたの。でもまだダメみたい」

「そうなんだ……おじさんが馬に乗れるようになったら、お姉ちゃんたちは行っちゃうんだよね?」

「う、うん……」


 顔を見合わせる双子。

 と、ムジュムジュ。

 この子たちは……お父さんとお母さんが殺されてしまったらしい。

 お兄ちゃんであるレネくんにも聞き取りを行ったところ、レネくんは熱に浮かされていてあまり覚えていないとのこと。

 ただ、両親の悲痛な悲鳴は聴いた。

 ……こんな小さな子たちが……。


「……ちょっと待っててね」

「?」


 馬から降りてお腹をさするお父さんに駆け寄る。

 まだ顔色がよくないのよね。

 ……なのに、わたしが近づくと笑顔を浮かべて「どうした?」と聞いてくる。

 こんなこと、言える立場じゃないのは、わかるんだけど……。


「お父さん、レネくんとモネちゃんのことなんですが……」

「ああ、親が亡くなっているんだってな……」

「はい。あの、あの子たち、どうしたらいいんでしょうか?」

「……そうだなぁ……」


 ……『ロフォーラのやどり木』に、連れて行けないかな?

 と、はっきり言い出せないわたしのチキンぶり。

 わたしは子どもだし、ペットじゃないんだから気軽にうちで引き取れませんかねぇ、なーんて言えない。

 ナコナが馬を騎士たちに返してきて、わたしとお父さんの横に加わってくる。


「レネモネのこと?」

「う、うん」


 ナコナ……そんなアネモネみたいに略すなんて……。

 いや、双子だからありなのかな?

 レネモネ……。

 いかん、わたしもいつか使いそう。


「うちで引き取っちゃえば?」


 さらりと!?


「え、え、で、でも」

「いいじゃん別に。『ダ・マール』の養護施設も多分引き取ってくれないと思うよ」

「え?」

「そうだな。……時期が時期だ。食い扶持は増やしたくはないだろう」

「……!」


 思い出されたのは外壁前に並ぶ長蛇の列と、その脇にできあがっていた難民キャンプ地。

 自分のことは自分でなんとかしなければ、あの国は今、人を保護する余裕がほとんどない。

 親を亡くした子どもなんて受け入れてもらえないというの?

 そんな……。


「もう少し大きければなぁ。見習い騎士として志願すれば衣食住の保証も付いて、受け入れられるだろうが……あの歳じゃあ……」

「だからうちで引き取っちゃえば?」

「ナ、ナコナ……そんなケロッと……」

「そうだな。それもいいかもしれない」

「ええ! お、お父さん!?」


 こちらとしては願ったり叶ったりですけど!

 いいいいぃいいのぉ!?


「ティナは反対か?」

「とんでもない大賛成です!」

「そうか。じゃあそうしよう。決めるのは本人たちだが……どれ」


 足をやや引きずりながら、レネモネに近付いていくお父さん。

 レンゲさんが双子の目線に合わせるようにしゃがみ込み、笑顔で話をしている。

 お父さんが声をかけると、レンゲさんは立ち上がり、レネモネはお父さんを見上げた。


「っていうかさ、ティナはあの双子をうちで引き取れないかって言いにきたんじゃないの?」

「ひ、ひえ……バレてる」

「当たり前じゃん。ティナの考えてることはわかりやすいんだよねー」

「む、むう……」


 とても三色騎士トリオに聞かせられないセリフだわ……!

 その観察眼がどうしてあの三人には発揮されないの?

 だ、大体、ナコナももう十七歳!

 いい加減あの三人の誰かとそこはかとなくいい感じになってもいいくらいじゃない?

 あんまり会えないとはいえ!

 あんなに毎月手紙を寄越しているというのに!

 一途すぎてこっちの精神が削られてくる!


「あたしたちも行こ」

「うん」


 レネモネちゃんたちはお父さんに提案を受けて、一瞬表情が明るくなる。

 でも、本当に一瞬。

 二人は顔を見合わせた後、レネくんがお父さんを見上げる。


「おれたち、父さんと母さんを探しに行きたいから……いい」

「…………。……それは『ダ・マール』の騎士たちに任せろ」

「また同じ目に遭うよ。君は妹を危険に晒したいの?」

「! おれ一人で行く!」

「モ、モネも行く!」

「ダメだ! お前はおっさんたちと行けばいい! 父さんたちはおれが……」

「イヤ!」

「むじゅぅ……」


 おお、も、揉めてる……。

 レンゲさんもお父さんの援護をしてくれているがレネくんは両親の捜索を希望、か。

 気持ちはわかるけど、無謀だ。

 モネちゃんは今にもギャン泣きし始めそうだし、ムジュムジュは二人の足元でウロウロしてる。

 どう言ったら理解してもらえるのだろう?


「坊主、お前が今やらなきゃならんことは親を探すことと、妹を守ること……どっちだ?」

「……!」

「親の捜索は他人でもできる。でも、お前の妹を守るのは、お前の家族を独りぼっちにしないようにするのは……お前にしかできない。違うか?」

「…………」

「お互いままならんなぁ?」


 と、レネくんの頭をポンポンと軽く叩く。

 俯いたレネくんは悔しそうに、涙を堪えていた。

 モネちゃんが肩に抱きつくと「重いんだよブス」と文句を言っていたが、その背中に手を回して抱きしめ返す。

 …………わたしは、本当に運がよかったんだな、と思った。

 あの日……盗賊たちに川から拾い上げられてそのままあいつらに育てられていたら……。

 いつ死ぬかもわからない環境。

 あの幻獣のお兄さんが助けてくれなければ——。


「……………………」

「ん?」


 ふと、レンゲさんを見上げてみた。

 顔半分はマフラーでわからない。

 あれ?


 …………似てる?


 いや、でも?

 さすがに十二年前だから記憶があやふやなのよねぇ。

 どこかで会った気はするんだけど、レンゲさん。

 黒髪黒目……それが一致しているからって、レンゲさんが幻獣のお兄さんかと言われると……似てるかも? な、くらいで……。

 それにどう確認するのよ?

「レンゲさんって実は幻獣ですか?」って聞けるわけないし。

 聞いたところで「え? な、なに言ってるの?」と微妙な笑顔で不審がられるオチしか見えない。

 でもあの幻獣のお兄さんにはいつか恩返しをしたいし……。


「よし、話は決まりだな」


 ハッ!

 記憶の旅に出ていたら、なにやら話がまとまっている!?


「もう少し静養したら、五人と一匹でロフォーラへ帰ろう。それまでリコたちに『無魂肉ゾンビ』討伐と同時進行でお前らの両親を探してもらう。レンゲ、悪いが協力してくれ」

「僕の雇い主はティナリスだけど……」

「は、はい、よろしくお願いします!」

「って言うと思ってたし」

「え、ええ……」


 レンゲさんまで?

 わ、わたしそんなにわかりやすいの?

 解せぬ……。


「ロフォーラまで護衛もするから心配しないで。お給料はきちんと頂くよ!」

「は、はい! 心を込めてお作りします!」


 わあ!

 マフラーの下の満面の笑みが見える!

 というか、周囲にキラキラとした輝きが飛んでいるわ!

 相当の甘党なのね、レンゲさん……。


「む、むう……お前ロフォーラまで付いてくるのか……」

「あれ? 不服?」

「い、いや……別に……」


 お父さん、レンゲさんが同行するのが嫌そう。

 えぇ〜、まさかナコナがレンゲさんと恋人になるんじゃないかって心配してるんじゃないでしょうね〜。

 も〜、ナコナも十七歳なんだから、恋の一つや二つしたっていいでしょうに〜。

 というか、まず自分でしょ〜?


「お姉ちゃん」

「! ……これからよろしくね、モネ、レネ、ムジュムジュ」

「うん!」

「ふん!」

「むじゅ!」


 膝を折って、レネモネに改めてご挨拶。

 あとムジュムジュ。

『ロフォーラのやどり木』に従業員が増えました!










 十二歳のわたし 了

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