十二歳のわたし第5話
「誰? 誰かいるのかい? ……言っておくけど、火薬は作っても毒は作らないよ、アタシは。ゴンゾレール辺りに言われてきたんだろうけど諦めて帰りな! …………ん?」
「あ…………あのぅ……」
……ま、まずい……慌ててつい隠れようとしてなぜか鉢を持ち上げて顔を隠してしまったけど……よ、よく考えずとも頭隠して全身隠さず状態のたたの不審者だ……。
なにこれわたし、恥ずかしい〜!
完全なるバ! カ!
「なんだ? 子ども……? ……ははぁ、さてはダンスホールから迷い込んできたんだね?」
「……あ、あの、その、すす、すみません……でも、とても珍しい錬金素材植物が栽培されてたので、つい……」
現れたのはおばあさん。
ピンクの服と花柄のエプロン。
なんとも可愛らしい服装だが顔は鬼のようにおっかない。
でも、ハーブの類はもちろんのこと、リリス、デュアナ、ソランの花は育ちやすいとはいえ温室にきちんと区画分けされていて「天才なんじゃないの」と感心してしまった。
あれならわざわざ探しに行かなくても安定的に薬が作れる!
なんで思いつかなかったのわたし、やはりバカなの!?
それにすごいのはワルプルギスやナポラ、ワルキューレなどの超! 高級希少植物が栽培されていることよ!
なによこれ、栽培可能なものなの!?
目から鱗すぎて動揺が隠せない!
この人が育てている、のかな?
だとしたら絶対すごい人よ!
「ほう? 若いのにそれが錬金素材だと分かるのかい? ……なんだ? 騎士団の新人かい?」
「あ、い、いいえ……」
どうしよう?
……でもどう考えてもこっちが不法侵入のうえ不審者だし……子どもとはいえきちんと自己紹介をしたうえで事情を話して理解してもらうしかないわよね。
しょっぴかれて『ダ・マール』から出られなくなったらお父さんやナコナにも迷惑がかかるもの!
「じ、実はわたし………………」
あ、もちろん錬金薬師の実力はやんわり隠して説明するわよ!
他は素直に洗いざらい話します!
「…………なるほどね、つまりは迷子かい」
「うっ!」
ノーオブラートだとそういうことになるのかなぁ!?
い、いやいや、帰り道はわかるわよ?
ただ……。
「あ、あの会場を通らずに部屋に戻りたいんです……」
「そうだね……その髪の色も目の色も極めて珍しい……それに、恐らくうちの国でわかるやつはいないだろうが、膨大な魔力量……。あんたは普通の人間じゃあないね」
「……え」
スッ、と全身が冷めるような感覚。
血の気が引く、というのだろうか。
先程会場で絡まれた時とは全く違う恐怖感、危機感。
「……え、ええと……な、なぜ……」
「もしかしてあんたがリコリスの言ってたティナリスかい? マルコスの拾ってきた娘の……? アタシはアリシスというんだけどね……リコリスがあんたがアタシに会いたがっていたと言っていたんだが……」
「え! え!?」
冷めた体が途端に急上昇!
アリシス!? この人がアリシスさん!?
国家錬金薬師の!? えええええ!?
で、でも! でも、それならこのお庭の手入れの行き届いた希少植物たちのことも納得がいく!
す、すごい! すごいすごい! これが国家錬金薬師!
「弟子にしてください!」
「断る」
そ、即答即決ー!?
……ん、んん、わたしも少し興奮しすぎた。
落ち着こう。
つい勢いで……。
「弟子はとらないことにしてるんだ。学びたいなら国立学校へお行き」
「あ、ええと、すみません……お庭があまりにも素晴らしくて勢いで口から出てしまいました……」
「はあ? なんだいそりゃ……。……庭、庭ね……ふふ、でもそうかい、あんたはこの庭のことがわかるんだね」
「……え?」
庭のこと?
どういうことだろう?
わかるに決まってるじゃない、錬金薬師ならこの庭がどんなにすごいのか一目でわかるはず……。
「おいで、お茶くらいならご馳走してやろう。懇親会なんてまだまだ終わらないだろうからね……ゆっくりしておゆき。話くらいなら聞いてやるよ」
「……! は、はい!」
見た目は少し怖いけど、やはり花柄のエプロンを着ているだけあって優しいのね!
アリシスさんが踵を返して向かったのは白いペンキで塗られた掘っ建て小屋のような場所。
見た目は蔓やらなにやらが絡み付いていて、ペンキは所々剥がれているから掘っ建て小屋だけど……中はかなりしっかりとした作り。
庭もそうだけど室内はより所狭しと素材や機材、本棚や材料が置いてあったり吊るしてあったり……。
わっ、床に巨大本の山まで……。
「もしかして片付けるのが苦手、なんですか?」
「年寄りには大変でねぇ」
「……弟子はとらないと言っておられましたが、お弟子さんを取って片付けさせればいいのでは……」
「嫌だよ、アタシの弟子なんかになったらその子がアタシの次の『国家錬金薬師』になっちまうだろう。いいんだよ『国家錬金薬師』なんざ、アタシ一人で」
「…………」
そういう意味か。
……視線を鍋の方へ向ける。
使い込まれた大きくて古い黒い鍋。
天井に形や大きさの違う鍋も吊り下げられていて、改めて感心してしまう。
さ、さすがプロだわ。
錬金鍋にも使い分けできたらいいな、と思ってたけど……なるほど、多分調味料の時は浅く広い鍋、薬はそこが深く大きな大量生産できる鍋、粉末化するならあの底の丸い鍋がよさそうね。
あ、練金棒も長いのや細いのや鉄、木製と色々ある!
すごーい、なによここ天国じゃないの〜!?
「はいよ」
「あ、ありがとうございます!」
招かれたのは窓際の小さなテーブル。
そこには色々な瓶が並んでいる。
イモリや蛇や蛙やトカゲにムカデ……こ、これも薬の材料なのかな?
その横にクッキーと紅茶が出され、用意された丸椅子に座るよう促された。
お、おおう、美味しそうなクッキーの横に爬虫類系と昆虫系の干物のようなものが並ぶカオス……。
視覚への暴力かな!?
「それらはリュウマチの薬の材料になるんだよ。粉末にして使うのさ」
「そ、そうなんですか……! わたし今、病気の薬について勉強してまして……オススメのレシピ本はありませんか!?」
「ないね。作り方が書いてある本は山のようにある。でもね、患者に効く薬ってのは担当の薬師にしか作れないもんだ。万人に効くものはレシピ本には載ってないよ」
「……はい、そう、なんですよね……でも、わたしはまだ未熟で、そもそも怪我用の治療薬くらいしか作れなくて……」
例えば状態異常を治す薬。
あれはその人の体に入った異物を取り除くもの。
解熱薬も同じようなものだが、こちらはやはり下級が体に合う人や上級でも効き目が薄い人など体質的に差が出てしまう。
昔、子どもの頃に初めて錬金術を使って作ったお爺さんの粉薬は分量がすでに記載されていた。
あれはお爺さん用の薬のレシピだったのだ。
わたしはそのことをあまり深く考えてこなかった。
お父さんがもし、お爺さんたちと同じ病気を発病したら?
お父さんにはお父さんに一番効く分量があるはず。
でも、失敗したら逆に悪化させてしまうことも考えられる。
その悩みを話してみるとアリシスさんはフッ、と笑う。
「あのマルコス坊やがずいぶんいい娘をもったね」
「え、ええと」
「お聞き、ティナリス。……お前さんの思ってる通り薬は毒の一種だ。逆も然り。毒は薬にもなる。……調合次第で患者が死ぬこともあるだろう。アタシも昔は殺してしまったことがあるよ」
「……………っ…」
「けどね、それでも作ってくれという患者は後をたたなかった。もう作りたくないと思っても、苦しい、助けてくれと言われると、助けたくなってしまった。そんなアタシに錬金薬師としてのノウハウを教えてくれたのがこの国の前の国家錬金薬師だ。……彼はこの国をとても愛していてねぇ……この国の民が一人でも救われるようにと、祈りながら一つ一つ丁寧に作り上げていた」
祈りながら……。
……祈りながら薬を、作る……。
「………………」
そういえば、わたしも初めてお爺さんの粉薬を作った時は祈りながら作っていたな……。
初めてで不安で、そして、お爺さんが苦しそうで見ているのが辛かった。
助けてあげたい。
わたしにできることをしたいって思った。
拾って育ててくれたお父さんの家族。
助けたい、恩返ししたい……その一心で……。
「怖いのは当然。怖いと思うのも必要。アンタはそこをちゃんとわかってる。じゃあ次だ。アンタはなにを考えて薬を作ってる?」
「…………わたし、忘れていた気がします。わたしが初めて薬を作ろうと思ったのは病気のお爺さんを、助けたかったからでした。でも、最近は大量生産や品質にこだわっていた。……珍しい薬の開発とか、研究に気持ちが傾いていた気がします」
「そうか。それでもマルコス坊やが体を悪くした時のことを考えて、病気の治療薬を学ぼうと思ったのか」
「はい、だってお父さんは片手がありません。感染症のリスクは普通の人より高い。わたしはお父さんに拾って育てていただいた恩返しがしたいんです。……本当なら万能治療薬で腕を元に戻してあげたい。……でも……」
「そうだね」
コップを持ち上げる音。
ズズ、と啜り、カチャンとカップをお皿に戻す。
アリシスさんの表情は穏やかだ。
万能治療薬は……今もまだ『幻の薬』。
わたしもあれ以来、作り出すことができずにいる。
悔しい。
どうやって作れたのかが思い出せない。
あれさえあれば、わたしはお父さんの腕を元に戻してあげられるのに……!
「万能治療薬か……。アンタなら作れそうだね」
「え? ……。……なぜ、ですか?」
なんだか確信的な言い方。
そういえばさっきも普通の人間じゃ、ないって……。
……思い出したら少し、怖い。
でも、アリシスさんはわたしのことをどうこうする感じの人には見えないし……。
出されたお菓子やお茶に手をつけないのも失礼かな。
そう思うけど、わたし……もし万が一ってことを思うと……。
「リコリスはアンタのこと、なにか言ってなかったのかい?」
「な、なんか? なんかとは?」
「ふむ……まあ、あの娘は錬金術を戦いに使うような娘だからねぇ……興味がそもそもないのかもしれない」
き、気になる言い方〜!
なんなの!? なにか気付いてるの!?
……わたしが『珠霊人』って……気づかれ、た?
「錬金術と魔法使いは似て非なるもの。とはいえ『
「……!」
出た! 純度!
…………十歳の頃、自分が『珠霊人』かもしれないと思ってあれから色々調べたけれど……とんでもないことがわかった。
『珠霊人』はその辺りに落ちている石に自身の高純度の『
普通、人間なら『技』として使う体内の『
そして亜人でありながら、例えばエルフのように『珠霊』を通して魔法を使うというわけではないそうだ。
彼らは存在が『珠霊』と同じ。
エルフや人間が『珠霊』や『珠霊石』を通して魔法を使うのに、珠霊人はその工程を省けるんだもん……ちょっとずるいくらいだわ。
旧時代に『珠霊』が人間と混じり合い生まれた種族だと言われていて、彼らは魔法も錬金術も得意。
『
しかし『珠霊』の特徴として世界の一部……摂理としての機能が強く現れていて感情は希薄。
簡単に言うと…………猛烈なコミュ障集団!
それ故に亜人族からも人間族からも孤立して、人間の大陸の最西端の森でものすごくひっそりくらしていた!
……わたしの本当の父親と思われるジンレさんは……お父さんの「兄貴から聞いた話だが……」という又聞き情報によるとお姫様に一目惚れ! 猛アピール猛アタック!
の、末に愛を勝ち取った。
人間は感情が強く現れる生き物だから、お姫様はそれにつられて感情的になっていったそうよ。
……そして多分、そのお姫様がわたしのお母さん。
あの時泣いていた人……。
「………………自分ではよく、わかりません」
「まあ、そうかもしれないね。なんにしてもアンタはアタシに作れない薬も作れるだろう。……アンタなら万能治療薬も作れるかもしれないとは、そういう意味さ」
「作れるのでしょうか?」
「さてね。……でも、少なくともアタシより可能性は高いだろう」
「…………」
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