十二歳のわたし第4話



 この世界でのお葬式って、わたし初めてかも。

 お婆さんやお爺さんは……お父さんがキャンプファイヤーみたいな重ねた薪の中に置いて火葬した。

『ダ・マール』式のお葬式なのかな、と思っていたけど……。

 この国のお葬式は黒い服ではなく白い服を纏うらしい。

 わたしも、真っ白なワンピースを着て大神殿へ向かった。

 到着した翌日にお葬式だなんて……間に合って本当によかったわ。

 お父さんとナコナも白い礼服に着替えて後ろの方へと座る。

 お父さんなら前の席でもいいんじゃ、と思うけど……前の方は偉そうな人がたくさんいるな〜……。

 礼服に勲章がたくさんついたおっさんたちが前列を埋め尽くしているわ。

 ああいう人たち苦手だなぁ。

 お店の店員さんに偉そうにタメ口で注文するタイプだわ。

 昔働いていた焼肉店で女の人と二人で来て「ここで一番高い肉を出せ!」と言ってきた系。

 ……あの頃働いていたの、チェーン店で一番高いお肉も一皿千円しないんだけどね。

 あれは一周回ってカッコ悪かった……。

 女の人の前だからって格好つけたかったのはわかるけど、それならまず店から選べっていうか……。


「マルコス、ナコナ、ティナリス」

「あ! リコさん!」

「リコさん! お久しぶりです!」


 お、おお!

 白ドレスのリコさん!

 お父さん! なに黙ってるんですか、ここはしっかり褒め…………。


「……お、お、おぉ……ひ、ひ、ひ、久しぶり、だなぁ……?」

「なんだか小綺麗なお前は久しぶりに見たな?」

「ってオイコラどういう意味だ」

「いや、パーティーに出る時以外そういう格好はしなかっただろう? 私もパーティーには出ないから人のことは言えないが」

「そ、そうだな。お前はパーティーにはちっとも出なかったからな……うん、まあ……そ、そうだな……」

「?」


 ……だめだこりゃ。

 まあ、お葬式の席で「喪服がお似合いですね」なんて前の世界でも言わないし、今回は褒めるべきじゃないんだろうけれど……。

 それにしたってお父さん……!

 なにか! なにかないもんですかね!?


「やあ、お嬢。またお綺麗になりましたね」

「おや、本当だ。今度は色のあるドレス姿も見たいものです」

「パーティードレスよりウェディングドレス着たくない? 僕のために!」

「「リステイン……?」」


 あ、残念系イケメン三色騎士。

 この三人は騎士鎧姿のままなのね。

 まあ、いつもより磨き上げられているし少し装飾品が増えているけど……彼らにとって鎧姿は正装だもの、これで参列するんだ?

 左右からガウェインさんとベクターさんに肩を掴まれるリスさん。

 こ、この人たちも変わらないなぁ。

 イケメン度には磨きがかかっているのに……中身は相変わらずのようですねー。


「はあ? なんでウェディングドレス? 相手もいないのに着るわけないでしょ。リスって本当人のこと着せ替え人形かなんかだと思ってるんじゃないの?」

「えー……んもう、お嬢は相変わらずだなぁ。伝わらないなぁ!」

「? なにが?」


 ……こっちもこっちでダメだこりゃ……。

 どうやらこの三色騎士たち……ベクターさん、ガウェインさん、リステインさんはナコナのことが好きみたい。

 三つ巴でナコナにアプローチしてるんだけどこの猛烈なスルースキル……!

 ナ、ナコナ、そういう攻撃は避けなくていいと思うけど、撃ち返してもダメだと思うわ!

 リスさんは他の二人よりあからさま……わたしですらわかるというのに、ナコナときたら!


「お前らは警備か?」

「はい」

「お久しぶりです、マルコス先輩」

「ゆっくりしていって、なんて言える状況じゃないけど……見送りくらいはゆっくりしていってくださいね」

「ああ」


 とりあえず挨拶だけしに来たのね。

 これからリコさんは比較的前の席へ移動し、リスさんたちも入り口の方に立ち警備にあたる。

 要人が多いから物々しい空気のお葬式だが、始まってしまえば気にならない。

 大神官様が祭壇に乗せられた棺へ祈りの言葉を捧げ、祈りを……と会場を促す。

『ダ・マールの神』は信じていないけれど、信仰心は尊いもの……そして、死者への祈りは神に捧げるものではないから『原始悪カミラ』にはならない。

 純粋に、素直に……安らかにお眠りください……と祈ることができる。

 ディールブルー様のことはお父さんやナコナ、リコさんがよく話してくれた。

 直接お会いする機会は残念ながらなかったけれど、素晴らしい人望がある方だったと思う。

 啜り泣く声が、彼を送り、惜しむ言葉の数々がそれを表している。


「ディール団長……」


 すん、すん、泣く声の間に漏れる敬意。

 ちらりとお父さんを見上げると、悲しそうな瞳で棺を眺めていた。

 しかし涙はない。

 胸に拳を当てがい、敬意を向けて送るようだ。

 多分、それはお父さんがただ一人の『戦友とも』を送るのに言葉も涙もなく、それだけが“自分にできること”だと思っているからなんだろうな。

 厳かな雰囲気のまま、お葬式は滞りなく終了した。

 彼のご遺体は既に魂が抜けているから『原始悪カミラ』が入り込まないようにしっかり火葬して埋葬されるそうだ。

 前の世界ならただの伝承で済ますこともできるけれど、この世界では本当に死体が動き出すのでお葬式と火葬、埋葬はしっかり行われる。

 その場にはご家族と親しい友人しか招かれないため……。


「じゃあ、俺は行ってくる。あまりガウェインたちから離れないようにな?」

「はーい」

「はい、いってらっしゃい」


 お父さんとリコさんはご家族の方に招かれたので、火葬と埋葬に立ち会う。

 しかし、わたしはディール様にお会いしたこともない。

 こういう場合は立ち合いに参加できないので、軽食や飲み物が振舞われる場で待っているんだって。

 前の世界でもお葬式と火葬の時間って暇だから飲み食いしてるもんよね。

 わたしの前の世界の『お父さん』のお葬式にはあんまり人がこなかったけど。

 故人を偲ぶ場、ということで大神殿から移動した先は懇談会みたいな空気になっている。


「呆れたものね、国の入り口には難民がキャンプしながら僅かな食料で食いつないでいるのにっ」

「…………そうだね」


 わたしの横でナコナが憤慨しながら腕を組む。

 言われてみるとそうだわ。

 昨日、国に入る前に見た難民の人たちは薄汚れ、小さな鍋を何十人もの人が囲んでいた。

 雑草集めを手伝ってくれた子どもも痩せていたっけ……。

 それなのに、ここには食べ物がたくさん並んでいる。

 どれもこれも美味しそうに飾られ、お酒の瓶も置いてあるじゃない!


「どうするティナ、軽くご飯だけ食べて部屋に戻ろうか」

「そうだね、知らない人ばっかりだし……」


 こういう場所は慣れていないから、早く部屋に戻りたいな。

 あ、でもアリシスさんがいるかもしれないわ。

 ベクターさんたちどこだろう?

 ナコナもアリシスさんには会ったことないって言ってたし……とはいえお偉い空気のおじさんたちにおいそれと声をかけて聞くのも気後れするし。


「もし、そちらのお嬢さんはもしやマルコス・リール卿のご息女ではありませんかな?」

「え? え、ええ……」


 と、迷っている間にナコナが声を掛けられる。

 一人に声を掛けられると、あれよあれよと人が増え始めた。

 え? ちょ、な、な、なになになに!?

 ど、どんどん人が寄ってきて、ナコナと引き離される〜!?


「わっ」

「大丈夫ですか?」

「あ、ベクターさん」


 人の波に押し出され、慣れない厚底のヒールに転びそうになると背中を支えられた。

 振り返ると三色騎士トリオ!


「あーあ、みっともない。こういうのは夜会でやればいいのに」

「最近夜会も自粛気味でしたからね、ここぞとばかり、でしょう。しかし見過ごせません、騎士として」

「ええ、騎士として!」


 …………左右からリスさんとガウェインさんも現れたんだけど……この三人の顔に「お嬢に気安く話しかけてんじゃねぇよ苦労もしてねぇボンボンどもがァ!」……と、ありあり浮かんでいる。

 え、これツッコミ待ちとかじゃないわよね?

 ベクターさんとリスさんは『苗字持ち』だけど、きちんと騎士団に在籍して訓練も実戦もこなしている。

 ナコナに声をかけているのは、礼服の人ばかり……。

 …………そうね、うん。


「わたしは壁の方で待っているので、ナコナの救出をお願いしてもいいでしょうか、お三方!」

「「「御意のままに!」」」


 …………わかりやすすぎか。

 思わず生易しい笑顔になってしまったわ、ふう。


「…………」


 とは言えあの三人が束になってもあの人垣を散らすには少し時間がかかるだろうな。

 壁に背中をつけて、人垣に突入する三人を眺めながら思う。

 ……ナコナがあんなに囲まれる理由ってなんだろう?

 最初の人や、その後から話しかけてきた人はみんな「マルコス・リール卿のご息女……」と言っていたな?

 ナコナがお父さんの娘だから?

 ううん? 確かにお父さんは『ダ・マールの青き鬼狼』と呼ばれたすごい騎士だった……らしい。

 けどそれも十年以上前のことのはず。

 今でも知っている人がいるのは散々見てきたから分かるけれど……昔の権威なんて、もうないんじゃないのかな?


「そこのお嬢さん」

「え?」

「もしかして、マルコス・リール卿のご息女かな? 一緒にいましたよね?」

「……え、ええと……」


 礼服の男性が三人……わたしに、声を?

 うっかりナコナの方を見ると、まだ人垣が散りきれてないな。

 ということはやはりわたし?

 え、えええ……。


「よければお話をしませんか?」

「お父様のことについて……」

「あ、いや、もちろん貴女のことに関しても色々興味があるので……」

「い、いえ、あの、わたし……」


 わたしに興味!?

 ……や、やだ、やめてよ、怖い……!

 どうしよう、どうしよう!?

 こういう場合ってどう断るの?

 そ、総動員せよ接客業経験を!

 ってこんなパーティーの場なんか体験したことないし!

 ナンパなら無視すれば済むけどこれはナンパじゃないし! 多分! さすがに無視はできないでしょ!

 それに、どう見ても歳上の人たちだし、偉そうな人たちだし……。

 や、やだ……やだ……怖い……!


「ティナリス、ここにいたんだね」

「え……」


 そっと、暖かくて大きな手が胸元で震えていたわたしの手を握る。

 緩やかな動作で引き寄せられて、一瞬なにが起きたのか……わからなかった。

 真っ白な礼服に黒い髪。

 髪は右側だけ斜めに切りそろえられ、後ろは編み込まれている。

 黒い瞳。

 柔らかな微笑み。

 穏やかな口調……。


「この人たちはお知り合い?」

「え、い、いいえ」


 ちらり、とわたしと彼らの間に入った青年は三人を見る。

 柔らかな雰囲気のままだが無言の視線は有無を言わせぬものがあった。

 というよりも、わたしに声をかけていたはずの三人は彼に見惚れて頬を染め、口を開けっぱなし。

 そ、そうね、気持ちはわかるわ……。

 このお兄さん……も、ものすごい美形……!

 それに、色気というのかしら?

 な、なにか溢れてる!

 ものすごく、なにかが!

 あといい匂い!


「ご用件がないならもうよろしいですか?」

「「「は、はい!」」」


 は、はい!?

 赤い顔のまま盛大に頷いたお三方は、わたしの手を引いた青年へいい感じの返事をしてあっさり見送ってくれた。

 な、なんだったんだあの人たち。

 いや、それよりも……。


「……こっち」


 会場の反対側の出入り口へ連れて行かれる。

 華やかな懇親会で、一際目立つのに誰も彼も目で追うだけで声をかけてこない。

 特にご婦人方の熱い眼差し。

 男性も頬を染めて見送る。

 な、なんなの、このイケメンは。

 廊下へ入り、少し進むと懇親会場の雑踏は遠退く。

 そこで彼はやっと立ち止まり、わたしの手を離した。


「…………あ、あの……あの、もしかして……」


 わたしの名前を知っていた。

 それに、この声と黒い髪と瞳……。


「昨日仲間を助けてくれたお礼だよ。…………」

「?」


 廊下の先を指差す彼。

 その先を、わたしは覗き込む。

 白い廊下が光のある方へ続いている……ようにしか見えないけど……。


「錬金術師の工房があったよ。……確か、錬金薬師と言っていたよね?」

「あ、は、はい!」

「行ってみたらどうかな。君のお姉さんには声をかけておくから」

「……え、で、でも……」


 そんなことまでしていただく理由が……。


「君にあの魔窟は早すぎる」

「…………。……はい」

「じゃあね。お菓子楽しみにしておく」

「は、はい」


 にっこり微笑まれる。

 そのなんとも逆らい難い笑顔とセリフに思わず返事をしてしまった。

 あの人……やっぱり、どこかで……。

 昔どこかで、会ったことがあるような……?

 でもどこだろう?

 かなり前のような?

 黒い髪と黒い瞳……よくある髪色と瞳じゃないからなー?

 それになによりあれほどの美青年……ん? 美青年?


「……?」


 かなり前にあったことがあるのなら、あの人も若かりし頃ということじゃない?

 私よりも七、八歳は歳上に見えた……アーロンさんより少し年下くらいかしら……この世界もイケメンは多いけどあの人とアーロンさんじゃあ神の不平等さを感じずにはいられな……、……じゃなくて、ナコナよりちょい上くらいでしょ? 多分……。

 つまり思い出すべきは彼の少年時代?

 いやー……いたかなー?

 あんな美青年の子ども時代ならさぞや美少年に違いないはず。

 なかなか忘れられるレベルではないと……。


「気になる……なんだろう? どこで会ったんだったかなー?」


 小骨が喉の奥に刺さっているような、耳の中に水が入ってしまった時のような……もやもやする。

 廊下を会場とは逆方向に歩き、眉間を指で押しながら進む。

 どこで?

 確実に会っているはず……多分。

 昨日、じゃない。

 もっと前だ……もっと……黒い髪と瞳の、あんなカッコいい人、どこで——。


「ん」


 サァ……。

 風の匂いに眉間から指を外す。

 それに、これは草花の匂いだ。

 ハーブ、野菜、香草……わあ……!


「すごい! これ、ワルプルギスだ! 信じられない、栽培に成功しているの!?」


 思いのほか狭い庭には所狭しと様々な種類の薬草が植えられている。

 他のものと共生し辛い植物は鉢に植えられ、生き生きと太陽に向かって葉を開いていた。

 共生し辛いということは、自然の世界でしか採れないということ。

 それなのに、ここには数多の希少植物が栽培されていた。

 鉢の中以外にもガラス張りの温室、畑には野菜、水槽まである!

 こんなにぎっしり色々詰め込まれているのに、欲しい素材がいつでも手の届くところにある、という感覚。

 庭の左手には柵。

 柵の下は恐らく、ここに来る時に見えた湖だ。

 結構上の方に来ていたのね……。


「誰?」

「!」


 ひ、人!?

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