十二歳のわたし第3話



 なんかわちゃわちゃして灰色の髪の人がリーダーらしき人を探して連れてきた。

 その間にお父さんや騎士さんもきてしまう。

 事情を話すとお父さんは「仕方ないなぁ、いくらだ?」と財布を取りだす。

 いやいや、わたしが自分で稼いだお金で支払いますので結構です、とお断りすると肩を落とされる。

 な、なんなの。

 当たり前じゃない、お父さんのお財布は旅費や滞在費よ。

 大事にとっておいてもらわなきゃ。


「もう、なに? 任せろって言ってたから任せたのに」

「も、申し訳ございませんレンゲ様」

「いや、そういう風に謙られるの苦手だからいいけど……」


 同じく茶色のマント。

 フードを目深にかぶった男の人……。

 でもこの人だけ、更にマント下にマフラー巻いてて顔半分も隠れている。

 分かるのは黒い瞳と黒い髪、ということだけ。


「それで、ええと……」

「あ、ターナン蔓を七千コルトで売っていただけませんか?」


 先程のやりとりを見ていて、彼らは商売に関して超! ど素人っぽい。

 なので、通常価格より高騰分を足してこの値段……どう?


「随分良心的だね。彼らが交渉の素人なのを見越してその値段? ……優しいね」

「え? あ、いえ……?」


 見透かされてしまった。

 ……ということはこの人は“結構わかってる”人なのね。

 黒い瞳が細くなる。

 ……あ、れ?

 なんだろう?

 この瞳……わたし……どこかで……。


「ちなみにここに『シナンテルスの甲羅の粉末』もあるんだけど、ターナン蔓と合わせて二万コルトでどうかな?」

「買います」

「即決!?」

「しかもあっさり二万!? お、お金持ちですね先輩の娘さん!?」


 騎士さんも、薬屋の店主も驚いた表情。

 しかし『シナンテルスの甲羅』の『粉末』!

 粉末よ、粉末! 粉末にされてるのよ!?

 鑑定してみたところ『最良』品質!

 買いよ!


「でももう一声!」

「そう? では『イズミ石火の火の粉』を一つ……」

「頂きます! ちなみに在庫はそれだけですか?」

「あと二つあるね」

「それ全部ください。それで二万コルト……で、いかがでしょう!」

「……うーん、もう一声欲しいな」

「二万千コルト」

「二万二千コルト」

「うむむ……いいでしょう、お支払いします」

「ありがとう。お互いいい取引ができたね」


 ふふ、と笑う。

 マフラーで隠れてるけど、笑い声は漏れ聞こえるのだ。

 財布から硬貨を出して差し出すと、『ターナン蔓』と『シナンテルスの甲羅の粉末』と『イズミ石火の火の粉』を袋に入れて差し出してくれる。

 見習えよ、ど素人冒険者ども。

 交渉とはこうやるものだ。


「こちらこそ、いい品をありがとうございます」


 思いも寄らぬところでいい買い物ができたわ。

 頭を下げると彼も目を細める。

 この人、マフラーを取ると絶対イケメンなんだろうな。

 ……。……イケメン……。


「あの、そういえばさっき甘味のお店を見ていたとか……」

「え? あ、ああ……あはは……お恥ずかしながら甘い物に目がなくてね……」

「もし西に行くのでしたら『ロフォーラのやどり木』という宿をぜひご利用ください! わたし、そこでスイーツを作っているんです」

「え? スイーツ? ロフォーラのやどり木……ああ、噂で聞いたことがあるな……美味しいスイーツが格安で食べられるけど、最近あの辺りは盗賊が出て近づけないとかなんとか」


 ぐ!

 う、噂になってんのかーい!


「君が作っているの?」


 少しだけしゃがみ、目線を合わせてくれる。

 ああ、この人はいい人だ。

 子どものわたしにも対等に接しようとしてくれる。


「はい! 創作スイーツですが、好評なんですよ」

「それは興味深い。ぜひ立ち寄らせてもらうね」

「お待ちしております。あ、でも、あと二週間ほどお休みしているので、それ以降でお願いします」

「ふふ、そうだね。君はここにいるから今行っても食べられなさそうだ」


 ……やっぱりだ。

 話せば話すほど、この人……どこかで会ったことがある。

 話したことがある気がする……!

 でも、どこだろう。

 お店、なら……「前にも行ったことがある」みたいに言ってくるはず。

 でもこの人は「噂で聞いことがある」……つまり宿のお客さんとしてじゃない?


「……あのぅ」

「?」

「どこかで、お会いしたこと……ありませんか?」

「? ……いや、ないと思うけど……?」

「そ、うですよね?」


 ううん?

 なんだろう?

 でも、でもなあ?


「あ、そうだ。わたし、ティナリスといいます。『ロフォーラのやどり木』でお菓子を作ってますので、お立ち寄りの際はお声がけください! 錬金薬師も兼任していますので、またよい素材が手に入った時はよろしくお願いします。サービスさせていただきますよ!」

「……覚えておくよ。ではね」

「はい」


 ……うーん、名前は、教えてもらえなかったか。

 でも、確か「レンゲ様」って呼ばれていたな。

『様』……ねぇ?

 もう一人、赤髪の人もレヴィレウス様って呼ばれてたわよね?

 変な名前……。

 それに……“レンゲ”だなんて日本人みたい。


「…………」

「マルコス先輩? どうかしたんですか?」

「あれ、どうしたの父さん?」


 ナコナと騎士様の声に振り返る。

 随分険しい表情のお父さん。

 ど、どうしたのかしら?

 まさか…………。


「ティナ」

「は、はい……」

「お前にはまだ早いと思うんだが……!」

「…………。さあ、行きましょうか」

「そうね」

「こ、こら!」


 恋心に気づくのに十年以上かかった上、二年も片想いから進展しない人にどうこう言われる筋合いはないと思うの。

 あと、別にそんなんじゃないし。

 ……そう、ただ、どこかで会った気がしただけよ。

 どこだったかな?

 最近じゃない気がするのよね〜……。


「えーと、ではこちらへ」


 騎士のお二人に案内されて、また馬に乗って坂道を登る。

 傾斜は急なわけではないけれど、第二の門を潜ると今度は平坦な道だが洞窟のような通路を通ることになった。

 丘をくり抜いて作った通路なのかしら。

 それとも、トンネル仕様?

 防衛的には通れる人数が限られる分、守りやすそう。


「ここが第二領土です。ここから更に進み、第一領土に神殿があります」

「……厳重なんですね?」

「いや、まあ、そうだな。……だが『ダ・マール』の始まりは第一領土からなんだ。ここより先にシフォ山という少し小さな山があり、その岸壁を削って作られたのが最初の『ダ・マール国』。その後人口が増えたことで第二外壁を拵えて、その中に増えた国民を抱えたがまた更に増えたので第三外壁を作った。それで『ダ・マール』には三つの大きな壁ができたんだよ」

「ええ、難民も増えた為、国は第四外壁の建設も視野に計画が進んでいます。とはいえ、地面の舗装は大変ですからね……第四外壁内が完成するのは二十年後の見通しです」

「第三外壁内と第二外壁内は田畑も多いのですが最近は地中から魔物が出てきたりしますからね〜……」


 …………ああ、ミミズの魔物とかね。

 うちはシィダさんが張ってくれた魔除けの結界のおかげであれ以来二年間、一切魔物は現れなくなったけど……。

 宿の周辺には相変わらず蛇だのマムシだのミミズだのニョロニョロしたやつらが現れるらしい。

 殺せないから仕方ないんだもんね。

 しかし迷惑すぎる……。


「見えました。あれが第一外壁です」

「わあ」


 本当だ、他の外壁と違う。

 これまでの外壁よりもより強硬そうで、デザインも加えられている。

 使われている石材も青っぽく、なんとなくオシャレ。

 壁には一定間隔に窓もあり、ちゃんとガラスや鉄格子がはめ込まれてあるし……レースのカーテンも見えるわ。


「第一外壁は騎士団の詰所や宿舎にもなっています。東が白の騎士団、西は赤の騎士団、南は青の騎士団、北が黒の騎士団……まあ、北の方はここと反対側なのでここからでは見えないんですけどね」

「大きいです、とても……! すごい!」

「ああ、この奥にあるのが建国当初から『ダ・マール』を支えてきた所謂『名士』の自宅や、大神殿、裁判所、議会堂、大銀行……まあ、国の中枢になる」

「ほわぁ」

「お嬢さん方が泊まるのは大神殿の一部にある神殿ですよ」


 そして、お葬式は大神殿の方で行われるのだそうだ。

 まあ、よくよく話を聞くとかつて国を動かす代表の一人だった人のお葬式……。

 そりゃ大神殿で盛大に行われて然るべきよね。

 アリシスさんもきっと出席する、はず。

 とりあえずどんな人なのか確認だけでもしたいな。


「お父さん、何日ほど滞在するつもりなんですか?」

「明日が葬式らしいからな……まあ、二日程度でいいだろう。俺があんまり長居しても邪魔になるからな」

「そ、そんなことありませんよ〜。むしろ戻ってきてくださいよせんぱーい」


 なんとも情けのない声を出す人ね、ギブソンさん……。

 お父さんが頼られて、求められているのを見るのは……一応娘として鼻が高い。

 けれどあんまり長居したくないのはわたしも同じ。

 色々バレて『ダ・マール』から出られなくなるのは困るわ。

 ここにくるまでにあの厳戒な壁を三つも乗り越えなきゃいけないなんて……。

 防衛的にはかなり優秀。

 でも、いざここから出ようと思って出してもらえない、なんてことになればこれはもはや二重三重の牢獄じゃない。


「…………」


 お父さんとナコナが少し緊張していたのが、今ならとてもわかる。

 この国はすごい国なんだろう。

『エデサ・クーラ』に比べればわたしの中の好感度は高いけど……。

 思惑渦巻く、という点ではどこも同じなのかもしれない。


「では、お部屋の方は神官の方にお聞きください」

「案内ありがとうな。頼んでないのに」

「お客様ですからね、先輩は」


 と、二人の白騎士は神殿を立ち去る。

 門番に戻るんだろうな。

 さて、せっかくいいものが手に入ったし、ターナン蔓は『凝縮化』しておこう。

 これ以上鮮度が落ちたら効果も下がってしまうかもしれない。


「お父さん、部屋に着いたら少し錬金術を練習していてもいいですか?」

「構わないけど、カーテンは閉めておけよ?」

「はーい」


 お父さんは神殿の前で一人の白づくめの少年に声をかけた。

 箒で落ち葉を掃いていた少年は、尼さんみたいな格好だ。

 肌は顔以外全て白の布に覆われていてシスターみたいな被り物。

 箒を近くに立てかけて、どうぞ、と神殿内へ案内してくれる。

 中は教会のようにステンドグラスや長椅子が並び、中央には祭壇。

 見事な彫刻と……大きな石の球体?

 ただの丸い……ボール……よ、ねえ?


「ねえ、ナコナ、あれがダ・マールの神さまなの?」

「ううん、その上」

「うえ?」


 玉の上?

 を、見上げると、なにあれピラミッド?

 天井から巨大な三角形が逆さ吊りになっている。

 まあ、ピラミッドより幾分細くて、その上には顔みたいなのがついてるけど……なにあれキモ。


「? お嬢さんは『ダ・マール』は初めてなのですか?」

「は、はい」

「よろしければ、ご説明しましょうか?」

「え、えーと……」


 どうしよう。

 ぶっちゃけ興味はない。

 一切ない。

 キモいしなにがどうしてそうなった、という意味でなら興味はあるんだけど……シィダさんに「人間が“作った”神は須らく、その全てが『原始悪カミラ』だ」と真顔で言われた時から……好きになれないのよね。

 この世界『ウィスティー・エア』の神は創世神『エア』のみ。

 それ以外は全て『原始悪カミラ』。

 人間はその事実を捻じ曲げて、自分たちに都合のいい神さまを作り出し、信仰心を利用して国を統治してきた。

 信仰心そのものは尊く、素晴らしいものだけど……。


「だ、大丈夫です。お父さんが『ダ・マールの神』を信仰しているので……」

「そうですか。ではお部屋へご案内します」

「ああ、頼みます」


 あ、お父さんも敬語だ。

 やはり神官さんは少し特別なのね。

 そして、祭壇の右側にある扉へ通される。

 長ーい白ーい廊下が果てがよく見えないくらい続く。

 でも、そちらではなく、扉を入ってすぐ左にある階段から二階へ登るらしい。

 階段を上ると、石造りの白い廊下には真っ黒な絨毯が敷かれた廊下になる。

 右の壁には青の旗。

 左の壁には赤の旗。

 壁や天井、床は白い石が使われているから……成る程、『ダ・マール』の掲げる『協和』を表しているのかな?


「こちらです」


 登ってすぐ右側にある黒の扉。

 あ、これクロノ木だわ。

 すごーい、高級木材!


「はっ!」

「ど、どうしたのティナ?」

「こ、これ! クロノ木だけどこの匂いと光沢はススリニスが塗られている! クロノ木だけでも高級木材なのにススリニスを使ってあるなんて……それにこのドアノブの細工はまさか『デ・モーフ』伝統のサススイ彫りでは!?」

「よ、よくおわかりになられましたね?」

「あ、ああ、ついこの間まで実家の宿をリフォームしていてなぁ……」


 うわあ、いいなぁ!

 やっぱり一ヶ所くらいサススイ彫り細工で装飾品が欲しかった〜!

 繊細な金細工はまるでわたしの前の世界のお寺や神社にありそうなもので懐かしさを感じるのよね〜。

 お値段お高めどころではなく、この装飾の繊細さと素材の高額さで手が届かなかったけれど……。

 そうか、ドアノブ!

 ドアノブという手があったのね……!


「ティナ、もう諦めなよ〜……『デ・モーフ』のシュンシュ焼き? とかいうお皿たくさん買ったんだから諦めるって約束でしょ〜?」

「ううううう……わかってる……諦めたけど、諦めてるけど〜……」


『デ・モーフ』伝統の焼き皿シュンシュ……。

 高音の釜でじっくり焼かれた皿に特殊な技法で描かれた繊細な模様が特徴の伝統品!

 あれに料理やスイーツを盛って出せるのは、それはそれで幸せなんだけど……ああ! この世界にインステがないのが悔やまれる!

 あんなに素敵なお皿があるのに価値がわからない人ばかり食べに来るんだもの!

 誰か一人くらい「あ、シュンシュ焼きのお皿」とか言い当てられないもんかしら!?


「? では、ごゆっくり?」

「あ、ああ」


 立ち去る神官のお兄さん。

 部屋に詰め込まれるわたし。

 荷物をほどき始めるお父さんとナコナを尻目に、わたしはため息を一つ吐き出してから鍋を取り出した。

 さて、気を取り直してターナン蔓を『凝縮化』するとしますか。



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