十二歳のわたし第2話



 それから数分後。

 わたしたちは列からまるでしょっぴかれるかのように国内へ通されました。

 困惑しまくるわたしをよそに、お父さんとナコナは「順番だから待つ」と言い張っていたけれど、現れた偉い感じの白騎士さん三人にへこへこされまくり「いえいえ! お招きしたのはこちらですから」とか「先輩を待たせるわけにはいきませんし!」もか「ギルディアス団長やアヴィデ団長が迎えにきてしまいますから!」などなど……説得されてしまったのだ。

 まあ、確かにお葬式には招かれた立場。

 そして、忙しい身の団長さんたちに出向かわれてしまうとそれはそれで申し訳ない。

 ……なにより、本当に迎えにきそうなんだもん。

 リコさんと、そのギルディアス団長さんは……。

 仕方なく移動を開始したわたしたちを眺める難民キャンプの皆々様の目線が痛い。

 特に一緒に草抜きした子どもたちの眼差しが心苦しいわ……。

 それでも健気に一人の子が「お姉ちゃん、またね」と手を振ってくれた。

 なにあの子、天使?

 ううう、胸が痛い。


「そ、それにしてもマルコス先輩の娘さんが錬金薬師だったなんて驚きましたよ! もしかして、戻ってきてくれるんですか!?」

「アホ抜かせ、この腕で戦えるわけないだろう。あとうちの娘を無意味に危険な目に遭わせるつもりはねぇよ。……ディールとは戦友ともだったからなぁ……見送りくらいしてやろうと思っただけだ」

「ええ〜、そんなぁ〜……戻ってきてくださいよ〜、今、青と赤が険悪でしわ寄せが俺たちにきてるんですよ〜」

「やめろギブソン、先輩が困ってるだろ」

「でも〜、ルゾン先輩だってこの間、赤と青の喧嘩に仲裁に入ってたじゃないですか〜」

「まあ、な。でも赤と青はそれでいいんだよ。互いに競い合い、高め合うことを目的に赤と青は分かれ生まれたんだ。最近はちょっと……ひどいけどな」


 …………そうだったんだ。

 色分けされているのは部隊数が多いだけじゃなく、互いに競い合い高め合うため。

 ベクターさんとガウェインさんがいい例よね。

 あ、もしかしてクノンさんとミハエルさんはその結果結婚したのかな?

 お高いに認め合い、高め合い……その先に恋があって結婚があるなんて素敵……!

 ……じゃ、なくて。


「ギルディアスが抑えられないのか?」

「いえ……こう言ってはなんですけど、ロンド団長が少し……立場が悪くなっているんです。四年前にアヴィデ団長と、離婚されて……」

「あ、ああ……なるほど……ガーディ元団長か」


 どなた?

 とナコナに目線を送ると、言いにくそ〜に「前の赤の団長。リコさんのお父さん……」と教えてくれた。

 あ、あ〜〜……。

 そ、そういえばそんな話聞いたかも〜……。

 今の赤の団長は、リコさんと結婚して赤の団長の座を手に入れた……的な……あ〜〜……。


「なんというか、そのせいで赤の騎士団内が内紛状態でして……荒れてるんです。ストレスが青の騎士団へ向けられて、八つ当たりのような形で喧嘩が頻発してまして」

「抑えられてないのはロンドの奴か。……いや、年齢的に副団長のメラントと第二部隊隊長のジギルも団長にはさっさとご退席願おうってところか? やれやれ……時期を考えろってのに」

「メラント副団長とジギル隊長は長年ロンド団長と団長の椅子を競っていましたからね〜……。しかし時期が悪すぎますよ。ギルディアス団長はお若いですが実戦経験も豊富で指揮能力も高い。最近じゃあ赤の新人は青に移りたい、ってこぼす奴もいるくらいです」


 ……なんかめんどくさいことになってるのね。

 そして多分リコさんは男たちの権力争いに興味がなさそう。

 ま、子どものわたしには関係ないし……それよりアリシスさんってどこにいるんだろう?

 お葬式はいつなのかな?

 どのくらい滞在するかは、お父さん詳しいこと言ってなかったのよね。


「それで、ディールの葬式はいつなんだ?」

「明日です。マルコス先輩にはすでに神殿の方で一室用意されておりますので、滞在中はそちらをご利用ください」

「そうか、すまんなぁ」


 神殿!

 ……な、なんかすごそうだな。

 やっぱり元副団長っていう肩書きはわたしが思っていたよりずっとすごいらしい。

 門から一直線の大通りを登って、もう一つの内壁……そしてその壁門へと案内される。

 その間ずっと全員馬に乗って移動。

 なかなかの距離……。

 さすが人間大陸で一、二を争う大国だわ。

 地図とかないと迷いそう……。


「と、ところで、マルコス先輩の娘さん……えーと、お嬢じゃない、そちらの娘さんは錬金薬師なんですよね? 治療薬とか作れたりとかしちゃったりなんて……」

「まあ、下級なら問題なく作れるだろうな。中級以上は難しいが」

「そ、そうですよねー」

「…………」


 失礼な!

 昔ならいざ知らず、今は上級の『最良』品質だって余裕です!

 ……と、言えたらいいのだけれど……。


「…………(ティナ、絶対余計なこと言ってバレたらダメだからね)」

「…………(わかってるってば。リコさんにも散々注意されたし)」


 ナコナがジトリと睨んでくる。

 言われなくてもわかってるわ。

 わたしの錬金薬師としての実力は『国家錬金薬師』級に近い。

 恐らくなろうと思えば今すぐにでもなれてしまうだろう。

 ……とリコさんにも言われてしまったのよね。

 しかし、時期が時期だ。

『エデサ・クーラ』によっていつ大規模抗争が起こるかわからないこの時期に、国家錬金薬師になんてなれば人を癒す薬ではなく爆薬や毒薬などの人を殺す薬を作らされる。

『ダ・マール』は大国。

 協和を掲げているけれど、その裏で人を殺す薬を作らされているアリシスさんとはどんな錬金薬師なのだろう……。

 それを承知の上で……国家に属する錬金薬師になった人。

 残念だけど、わたしはその辺りまったく理解できないのよね。

 だから、『ダ・マール』滞在中はその辺にいるちょっと錬金術を齧った程度の錬金薬師のふりをする。

 ギャガさんも錬金薬師であることは知られても、その実力は隠した方がいいと真顔で言ってた。

 あと、ついでにシィダさんに魔法も教わって使えることも内緒だ。

 ……わたしは魔法の方にも……シリウスさんの言う通り才能があった。

 しかし人間の大陸で魔法は貴重なもの。

『ダ・マール』の騎士団にも全体で五人程度しかいないそうだ。

 あ、これはリスさん情報だけど。


 ……錬金薬師で魔法も使える、なーんてバレたら……『ダ・マール』から出してもらえなくなるかもしれない。


 お父さんとナコナが怖い顔で言ってた。

 わたしもそんなのはごめんだ。

 わたしは宿に帰って万能治療薬の研究を進めなきゃいけないんだから。

 戦争のために爆薬だの毒薬だのなんて絶対作らないわよ。

 …………とはいえ、やっぱり病気に効く薬については学びたい。

 アリシスさんに会って話を聞いてみたい!

 ……アリシスさんが国に忠誠を誓う人なら、わたしの実力を知って閉じ込める、みたいなことになってしまったり、な展開も考えられなくも、ない。

 難しいところだわ。

 バレないように接近して「勉強するので難しい本をください」みたいに超子ども特権を利用するしかないかしら。


「しかし、その歳で錬金薬師なんてすごいですね。国立学校に入れたら一気に国家錬金薬師レベルになるんじゃないですか?」

「学校か。まあ、確かに学校には入れたいな。だが、あいにく『サイケオーレア』と『フォレストリア』からもお声がかかってるんだ。通わせるのならこのどちらかだろうな」

「え! す、すげー!」

「『サイケオーレア』と『フォレストリア』⁉︎ ヒャアァ〜!? ものすごい才女じゃないですか!?」


 二人の騎士さんの顔よ……。

 お父さんはお父さんで、なんとなく「うちの娘すごかろう」顔だからしばらく恥ずかしい娘自慢は続きそう。

 頼むから言い出しっぺのお父さんが口を滑らせないでね?


「?」


 あれ?


「どうしたの、ティナ」

「お父さん、止めてください」

「ん? どうしたティナ」


 馬を止めてもらう。

 降りて、駆け下りた。

 ナコナもついてくる。


「ティナ! こら、迷子になったらどーするのよ!」

「こんな一本道で迷わないわよ! ……すみませーん!」

「アア!?」

「ひっ、あ……は、はい、いらっしゃいませ」


 ナコナってば心配性なんだから。

 と、思わないでもないけど今はこのお店!

 薬草や治療薬、乾燥した葉などが店頭に並ぶ恐らく薬屋さん。

 その前に、フードつきのロングマントを被った人が三人。

 その内の一人が、しなびた紫色の草を店主に突き出していたのが見えたのよ。

 店主さんは首を横に振り「困ります」「買い取れません」と言っているのが聞こえた。

 戻って覗き込むと、やはりこれは……!


「すごい! ターナン蔓、葉っぱつきだ!」

「な、なにこれ……キモ……」


 と、後ろで嫌そうな顔をするナコナ。

 なにをおっしゃる!

 これはとても希少価値の高い植物なのよ!?


「おいくらですか!?」

「は? なんだガキ、てめー、コレの価値がわかるのか? ここのニンゲンはこんな気味悪ぃもんはいらねぇと言ってたぞ」

「なんてこと。ここは薬屋さんではないんですか?」

「お、おれは薬屋だけど、決まった商人と契約してるから材料は買い取れないんだよ……」

「そうだったんですね。お兄さん、それならこのターナン蔓、わたしに買い取らせてください! 品質は……」


 鑑定!

 ……ふっふっふっ、シィダさんに魔法を教わった時にわたしも鑑定魔法を覚えたのよ!

 しかも今ではお父さんより上の中級鑑定まで使えるの!

 ……ふむふむ、品質は『良』ね。


「このくらいでどうでしょう?」

「んん」


 フードの下には赤い髪、赤い瞳、そして……ギ、ギザギザの歯?

 か、変わった感じの人だな、亜人かしら?

 亜人の人なら、このターナン蔓を持ってるのも分かるけど……でも、ターナン蔓は東の大森林にしか生息していない。

 亜人族の人なら、来た方向が逆のような……?

 いや、普通に冒険者の人っぽくも見える。


「おい、エウレ……これはいくらだ?」

「五千コルト、だと思いますレヴィレウス様」

「高いんですか安いんですか? レンゲ様? あれ? レンゲ様は?」

「さっきの道にあった甘味の店にまだ張りついておられるぞ」

「おお、なんと……」

「……?」


 な、なんかヤバそうなパーティーだなぁ?

 赤髪の人以外の二人も深くフードをかぶり、全身をマントで覆っている。

 エウレ、と呼ばれたのは白髪で目は糸みたいに細い。

 唇に指を添えて難しそうに考え込んでいる。

 物価に関して考えるということは、一応買い叩かれていないか心配してるんだわ。

 でも、一応ターナン蔓の価値を思えばあと二千コルトくらい上乗せしてもいい。

 価格交渉ばっちこいと思って提示した値段だったけど……もしかしてターナン蔓の価値をご存じない?

 やばい、これ、わたしが知識のない冒険者の足元見てふっかけた感じになっちゃうんじゃ……。


「す、少し待て、価値がよくわからん」

「そんなんでよく売ろうと思いましたね……!?」

「いやその、さ、査定というやつですよ。そう、査定をね、何軒かのお店でしてもらおうかと……」

「そ、そうなんですか。……えーと、一応最近は薬の材料は高騰してるので、あと四千コルトくらいならお出ししますけど……」

「な、なに? そ、そんなに価格に変動があるのか? ん? ど、どういうことだ?」

「シ、シンセン、貴方はどう思いますか?」

「わ、ワレに聞かれましても……」


 赤髪の人が白髪の人に聞き、白髪の人は薄い灰色の髪の人を振り返る。

 こ、こちらも困惑気味。

 や、やばいパーティーに声かけちゃったなぁ……。

 でもターナン蔓は欲しい。


「ねえ、それなんに使うやつなの?」

「状態異常回復と体力回復が同時に行える複合薬を今研究していたんだけどね、それの材料としてターナン蔓を試してみたかったんだ」

「あ、ああ、最近なんかそんなのに凝ってたね……」


 傷薬……下級治療薬は怪我を治す。

 でも体力回復は出来ない。

 消費した体力を回復させるのには『聖魔法』などの魔法の方が早い。

 疲労回復と体力回復が行える薬があれば病気の治療にも役立つし、戦闘にも使えるはず。

 あと、できれば飲むと魔力を回復できる薬も作りたい。

 ゲームとかではよくあるんでしょう?

 えーと、なんとかなんとかっていうやつが。

 小学校の頃のクラスの男子が体力減った、魔法で回復、えむぴーなくなった、魔法薬で回復とかなんとか。

 そう、その魔法薬的なものを作りたいのよ!

 そんなのがあれば魔力回復技術が苦手な錬金薬師もばかばか薬を作れるようになってみんなハッピーになると思わない!?

 …………まあ、その魔法薬を作るのには“魔法”を使うんだけどね。

 シィダさんに教わった……『聖魔法』を……。



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