十二歳のわたし第1話



 こんにちは、ティナリスです。

 十二歳になりました!

 精神年齢も順調に育ち、本来ならアラサーというやつですね。

 うん、ここは深く考えないでおこう。


「ほあ〜! ま、待ってくださいお父さん、ナコナ! こんな所にベウウスの花が咲いています! あ、あっちにはミーソン草! ネコタビの草もあります!」

「あ、コラあんまり馬から離れちゃダメだってば!」

「す、すぐ戻ります〜」


 さて、いきなりですがわたしは今旅をしています。

 宿屋の方は休業中。

 ムカデの魔物にやられた部屋はパワーアップして直っているのだけれど……客足は一度遠退くとなかなか戻ってこないもの……。

 常連さんに「魔物除けの結界が張ってあるので大丈夫です!」と宣伝していたら……今度は盗賊が増えている。

 魔物は確かにあれ以来、こないんだけどね。

 どうやらうちの宿の付近を通る旅人を集中的に襲っているらしいの。

 魔物除けの結界の効果を利用して、あの辺りを根城にしているというわけらしい。

 最低よね!

 各国の騎士団は年々巨大化および増加する魔物討伐と、魔物討伐の名目の下、各地へ部隊を展開し始めた『エデサ・クーラ』への牽制で大忙し。

 当然、街道の盗賊なんか相手にしてられない。

 いつ国同士の武力衝突に発展するかわからないので旅人も激減。

 リコさんたちも全然こなくなった。

 冒険者は傭兵に名前を変えて各国の護衛や戦闘参加のために旅をしなくなる。

 スイーツを売りにしていた我が宿にも、そりゃ当然客足は届かなくなるわけですよ……。

 おのれ、『エデサ・クーラ』。

 ……色んな意味で、大っ嫌い!


「お待たせ!」

「もー。……なにに使う材料なの?」

「ふっふっふっ、ただの雑草と思うなかれ。精油にして化粧品にしても良し、香油にしても良し、相性の悪い素材の“つなぎ”にも使えたり、もう少し種類と量があれば肥料に錬成できるし……意外と使い勝手がいいんだよ」

「ふーん?」


 お父さんの馬にもう一度乗せてもらう。

 そうそう、行き先だけど『ダ・マール』だ。

 わたし、初めて行くのよね。

『フェイ・ルー』には健康診断などでたまーに連れて行ってもらったりしたけれど……この大陸で最も栄え、最も誉れ高いと呼び声高い『ダ・マール』に行くのは初めて……。

 でも……できればこんな形ではない方がよかったわ。

 どうせならお父さんとリコさんの結婚式〜! ……なら、よかったんだけど……お父さんマジで恋愛方面はヘタレ過ぎてあれから二年もたつのに進展してないのよ。

 信じられる?

 リコさんの鈍さもあるんだろうけど、酷いものだわ〜。

 再婚する気あるのかしら。全く。


「………………」


 ……見上げたお父さんの眼差しは悲しい。

『ダ・マール』が近づけば近づくほど、その色合いは深みを帯びる。

 今回の旅でわたしもナコナも「お父さんとリコさんの仲を進展させてやる!」とは、思えない。

 わたしたちが『ダ・マール』へ行くのは……お葬式に出席するからなのだ。

 お父さんの前の上司で、無二の親友ともと呼べる人が……病気で亡くなったんだって。

 ディールブルー・エデセさん。

 元青の騎士団団長。

 去年病を理由に引退し、後進に後を任せて闘病していたそう。

 ……『ダ・マール』の錬金薬師さんが作った薬でも治せなかったのだから、多分誰が作った薬でもダメなんだろうな。

 でも、その話を聞いて思った。

 わたし、もっと錬金術について学びたい。

 傷や怪我、異常状態を治す薬は材料さえあれば簡単に作れるけど……病気への治療薬は多岐に渡り、その調合度合いも患者さんに合わせなければならないからとても難しいの。

 もしお父さんが病気になったら、わたし……ちゃんとお父さんに合った薬を作れるだろうか?

 自信がない。

 わたしが小さい頃亡くなったお婆さんやお爺さん……。

 わたしがもっと病気の薬に関する知識を持っていれば、もう少しいい薬を作れたかもしれない。

 まあ、あの頃は体も小さかったし魔力回復も下手だったから……ああ、でも……ああ、でも!


「…………っ」


 今回の旅で、必ず『ダ・マール』の国家練金薬師……アリシスさんに会う!

 相変わらず『万能治療薬』は……作れていない。

 やはり二年前のアレは偶然の産物だった。

 同じ作り方をしても、どうしてもただの『上級』しか作れなかったのよね。

 なにかが、なにかが足りない。

 アリシスさんに会って薬について教わりたい。

 国家錬金薬師に会うのも教えを乞うのも簡単なことじゃないと思うけど……わたしはどうしても今より知識が欲しいの!

 後悔しないために、もっともっと!


「見えてきたな。あれが『ダ・マール』だ」

「……わあ……」


 整備された街道の先。

 やや丘になったところの頂上から、見晴らしのいい草原の真ん中に途方もなく大きな外壁が聳える。

 全体が緩やかな丘になっているのだろう。

 なだらかな坂道に連なるように建つ家々。

 ロフォーラ程じゃないけれど、山があり、その中腹にはお城のような立派な建物がいくつも建っている。

 中世のヨーロッパ?

 海外に行ったことはないけど、多分あんな感じなんじゃないかしら?

 右手の大きな建物の側にリホデ湖ほどではない小さな湖が見える。

 その横の緑は庭園かな?

 絶対あそこ偉い人の家だわ。

 きっと素敵なところなんだろうな〜。


「……あーあ、やっぱり母さん、いるよねぇ?」

「まあ、ロンドの奴は現役だろう……。というか、実動部隊の団長では奴が最も経験豊富の最年長になっているはずだ。俺のいた時代でさえ、奴はディールと俺の次に年長だったからな」

「その次がリコさんで、当時一番若かったのが白の騎士団団長ラヴドさん……なんだっけ?」

「そうだ。今は青の騎士団団長が一番若いだろう」

「父さんの一番弟子、ギルディアス団長だね!」

「で、弟子ってもんでもないんだが……まあ、成長してるだろうな……」


 二人の会話にたまに出てくるギルディアスさんか。

 リコさんのように魔物討伐ついでに新兵器の実験、なーんてしてない堅実派。

 いやリコさんとリスさんの場合、実践派なだけなんだろうけど……。

 青の騎士団と赤の騎士団は前線に出る実動部隊。

 白の騎士団は国土防衛や偉い人の護衛など。

 黒の騎士団は錬金兵器を使いこなす、攻撃特化型錬金術師が所属する。

 数は少ないけれど、人間で魔法を使える人も黒の騎士団だ。

 なので、白と黒の騎士団は数が少ない。

 赤と青は色分けされていはいるものの、部隊数は五十以上。

 まあ、多分だから色分けされてるんだと思うけど……。

 部隊の数字は数が少ないほどランク……実力が上ということらしく、精鋭部隊と呼ばれるのは第十部隊より上。

 更にその中で、第一部隊の隊長と副隊長を兼任するのが団長と副団長、ということらしい。

 そう考えるとお父さんって本当すごかったんだなぁ……!

 ……あとは、団長格になると国政にも関われるようになるんですって。

『ダ・マール』は他の国と違って民主主義っぽい。

 政治を司る十六人の元老院と、司法を司る三人の神官……あ、ベクターさんはこの神官さんの家系ね……軍事を司る四人の騎士団団長によって構成されている。

 つまり、元副団長ということは……お父さんは政治にも明るいってことなのかな?

 本当にすごいなぁ。

 と、そうこうしてるうちに外壁前。

 外壁には超巨大な門が聳えていた。

 旅人や行商人キャラバンが列をなしている。

 それに、なにかしら……?

 旅人にしては随分な軽装。

 そのくせ荷物は多いあの集団。


「難民が増えてるな。……こんな時に……ディール……」

「あの人たち難民なんですか」

「ああ。『エデサ・クーラ』に近い国から逃げてくるんだ。『ウル・キ』や『デ・ルルア』よりも小さな国……ここ十年以内にできたような小国は戦争が始まればあっという間に呑まれるだろう。せっかく国を作ったのにな……」

「今のところ派手な武力衝突は起きてないんだよね?」

「どうだろうな。俺たちはそこまで情報が入ってくるわけじゃない。……小競り合いは確実に起きているだろう。…………」

「…………」


 目を閉じるお父さん。

 列の最後尾に並び、馬——名前はジュディ——を降りる。

 ジュディはすぐに周りの草を食べ始め、お父さんはジュディにあげる水を器にいれてあげた。

 ……結構な長蛇の列。

 それに、列から逸れたところにはキャンプができている。

 な、なにあれ。


「ナコナ、あれは?」

「多分『ダ・マール』に入国拒否された難民キャンプだと思うな。『ダ・マール』も食糧に限界があるから受け入れにも慎重にならざるを得ないのよ。この辺りは水も豊富だし作物は育つんだけど……人口も多いからほとんどの家庭は自給自足みたいな生活なの。……可哀想だとは思うけど、自分のことは自分でなんとかしないとね……」

「そうなのね……」


 作物か……。

 うちの宿には知り合いの冒険者さん……アーロンさんたち……が留守番しててくれるから、盗賊たちに畑が荒らされることはないと思うけど……でもあいつら確実にうちの畑や果樹園から食べ物かっぱらってるわよね。

 収穫しようとした果物がなくなってること、よくあるもの。

 動物って感じじゃないのよ。

 ……人がせっかく手塩にかけて作った農作物を盗んで食べる盗賊どもめ……やはり許さない!

 アーロンさんたち、わたしたちの留守中に盗賊たちを探し出して懲らしめておくって親指立ててくれていたけどホント、是非よろしくお願いします!

 絶対近くに根城があるはずなのよ!

 もう、ホントむっっっかつく!


「…………ん? 作物?」

「ん? どうかしたの?」


 ジュディとナコナの馬、ジェフがパクパク食べている草。雑草。

 雑草ではあるけど、それぞれに名前があり、集めて錬成すれば…………。


「そうだ! ナコナ! この辺りの草を集めるの手伝って!」

「は、はあ?」

「おいおい、なにする気だ?」

「ふっふっふっ。食糧の問題が解決すればいいんでしょう? わたしにいい考えがあります」

「「…………(嫌な予感しかしないんだけど)」」




 抜き抜き抜き。

 ナコナと、興味本位で近づいてきた難民の子どもたちに手伝ってもらいながら、とにかく草を抜く。

 抜いても抜いても草原の草はなくならない。

 まあ、せっかくなので街道の石畳に生えてる草を重点的に回収して、鍋に入れてもらう。

 コレはギャガさんにお土産でもらった持ち運び用の錬金鍋!

 と、錬金かき混ぜ棒!

 さっきくる途中で採っておいたミーソン草とベウウスの花の葉を、大量の雑草の中に忍ばせます。


「水は少量。さて、それでは始めます!」


 なんだなんだ、と列の人たちもこちらをチラチラ振り返る。

 お父さんとナコナが不安げに「変なことするなよ?」「ちょっと大丈夫? ティナ。あんまり派手なことして目をつけられないようにしてよ?」と言ってくるけど、大丈夫!


「初期の錬金レシピですから」


 ぐーるぐる。

 ぐーるぐる。

 魔力を注いでまた更にぐーるぐる。

 お父さんたちはハラハラ。

 鍋がカッ! と光ればさあでき上がりよ!


「………………なにコレ? お姉ちゃん」


 難民の子どもたちが不思議そうな顔で鍋の中を覗き込む。

 ふっふっふっ……これはですね。


「肥料です」

「ひ、肥料?」

「はい、作物の実りを多く、そして成長を促進するので通常より早く収穫できるようになる肥料なんです。これを『ダ・マール』の農家さんにお土産でお渡ししましょう!」

「な、なるほど肥料か……ああ、もしかしてシュガーキビ畑に使ってるやつか?」

「はい!」


 お父さんさすが、勘がいい!

 その通り、シュガーキビは通常の野菜よりも収穫までの日数がかかる。

 それを短縮かつ、収穫量を増やすために使っているのがこの肥料!

 正式名称は『プエプエ』。

 ……レシピ本で習った、初期レシピである。

 が、なんでこの名前なのかは知らない。


「品質は『最良』……おい、いいのか? 普通に売れば一キロ千コルトくらい取れるぞ?」

「そうですねぇ、元値がかかっていないので残ったら半値くらいで売りますか」

「マジでお土産にするの? 『ダ・マール』の農家さんに知り合いもいないのに?」

「……うっ、そ、それは」


 そういえばそうだった。

 作物を育てても自給自足で難民の人たちに回らないなら、肥料で「育成を早めたり収穫量を増やせばいいんだ!」と安易に考えて作ってみたけどルートがないんだったわ!

 う、迂闊!


「こいつは驚いた! 錬金薬師さんかい!?」

「え? は、はい」


 声をかけてきたのは列を整理していた騎士さんだ。

 白いマント……白の騎士団の人ね。


「しかもまだ子どもなのに、すごい! 俺の実家農家なんだよ。よかったら分けてくれないか?」

「あ、はい! どうぞどうぞ! あ、でもすみません袋が今なくて……」

「そこも考えてなかったのか」

「うっ!」


 はい、そういえば肥料を入れる袋のことも失念していました。

 お父さん、ナコナ、そんな顔しないで〜。

 意外と考えなしで行動してしまった自覚はありますので〜!


「袋なら今持ってくるよ。いくらだい?」

「えーと……」

「一キロ五百コルトだ。が、初回は一キロ無料! 更にここまで取りにきてくれたら二百コルトにまけてやろう! 是非農家の知り合いに勧めておいてくれ。その間にもう少し作っておこう」

「本当かい!? そいつは安、……、……え? あれ? あんた……? いや、あなたは、まさか……」


 白の騎士さんが嬉しそうに顔を上げ、値段を提示したお父さんを見上げる。

 そして、見る見る顔を赤くしたり、指をプルプルさせながらお父さんを指差す。

 おや? どうしたどうした?


「『ダ・マールの蒼き鬼狼』!? マルコス・リール!?」

「おお、久し振りだなギブソン。白の騎士になったなんてそれなりに頑張ってるじゃな……」

「ぎゃーーーー! せせせせせせセンパーイ! マルコス先輩が現れましたぁぁぁぁぁぁあーーーー!」

「……………………」


 ……猛ダッシュで門へ向かう騎士さん。

 お父さんに「知り合いですか」と問うと、新人の頃に稽古を付けていた騎士さんの一人なんですって。

 まあ、お父さんの古巣だ。

 知り合いも多いんだろうな。

 こういうことは今後も何回もあるのだろう。

 それにしても……。


「まるで珍獣のような扱いでしたね」

「そうだな。あとで一発ぶん殴っておこう」



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