十二歳のわたし第6話



「『原始魔力エアー』は純度が落ちているんですよね?」

「そうだね。人間大陸の『原始魔力エアー』はあまり綺麗ではないと言われている。亜人や魔法使いは『珠霊』や『珠霊石』に純度が高い『原始魔力エアー』を集めて魔法を使うから、苦労するらしいよ」

「……錬金術にも純度って関係してるんでしょうか……」

「するだろうね。騎士たちの使う『技』はわからないが……。だが、濁った原始魔力エアーでも錬金術を“使うだけなら”問題がない。特にリコリスの使う錬金魔道具の類は『原始魔力エアー』さえあればそれでいいらしいよ」

「錬金魔道具……」


 あの兵器……『原始魔力銃エアー・ガン』って本当はそういう名称なんだ?

 それとも、それを含めた兵器の総称かな?

 どちらにしてももっと平和的なものを作ってくれればいいのに……。

 オーブンとかコンロとか電灯的なものとか。


「品質に影響すると、以前ハーフエルフの考古学者さんに言われたことがあります」

「そりゃあするさ。水だって濁ってたら失敗するだろう?」

「そ、そうですね」

「だからね、いずれ錬金薬師はこの世から消える」

「!?」

「……今は辛うじて使えるが、アタシが作る薬も年々品質が下がってるんだ。……今のままなら錬金薬師は『万能治療薬』には永遠にたどり着けないだろう。みんな“作り方”にこだわってるがアタシは『原始魔力エアー』の純度が最大の原因だと思ってるんだよ。まあ、だからアタシはアンタなら作れると思う。信じるか信じないかはアンタ次第だ。……でも、信じてくれるんなら、アンタ自身も自分を信じて作ってごらん。お父さんの腕を治したいんだろう?」

「…………はい!」


 ……わたし自身のこと、詳しく聞いてくるわけではない。

 まさかアドバイスだけくれるなんて思わなかったけど……。


「あの、お茶いただきます!」

「ああ、お飲み」


 コク、と一口。

 お、美味しい!

 これなんのハーブティー?


「美味しいです! ハーブティー、ですよね?」

「そうだよ。ハーブを乾燥させて作るんだ」

「…………!」

「ん?」


 ……も…………盲点!

 盲点だったわ……!

 なんで今まで思いつかなかったの!?

 そうよ……甘いお菓子には美味しいお茶!


「あの! お聞きしたいんですが!」

「なんだい急に血相変えて……」

「このお茶のレシピは教えていただけませんか!? あと、ハーブや茶葉の育て方、出来れば苗なども欲しいんですが!」

「……は、はあ? まあ、料理系なら構わないよ。ちょっとお待ち」


 やっっっったー!

 ありがとうアリシスさん!

 お茶とお菓子をセットにして千コルトで売り出せばお客さんが戻ってくるかもしれない!

 ……それにしてもアリシスさんめちゃくちゃ良い人!

 初めて会ったのに話しやすいし……ああ、そうだ……きっと前世のお母さんに似てるからだわ。

 うちのお母さん、娘が多感な年頃に夫に先立たれてそりゃあもう気が強いおかんに変貌したのよ。

 ……懐かしいな……お母さん、元気かしら……。

 顔も名前も思い出せないけど、あなたの娘は異世界で元気にやっています。


「こんなものでいいかい? それと、苗だけどね、アンタ知識はあるのかい?」

「はい、大丈夫だと思います。改めて調べますし、実家は畑と果樹園がありますから! 確かお茶の葉は少し高地に植えた方がいいんですよね?」

「そうだよ。『ダ・マール』で栽培されている主な品種は……」

「ゼーダラ、カニマ、リプトの三種類。ゼーダラは苦味が強く直射日光を避けて育てないと飲めたものではないけれど、疲労回復やこりに効果がある。カニマは低地でもそれなりに育ち、食物繊維が豊富で便秘などに効果がある。リプトはそれなりに劣悪な環境でもよく育つ強い品種。精神安定の効果と、香りがいいのが特徴」

「ほう……? いいだろう、全種類くれてやるから育ててごらん」

「本当ですか!?」


 わーい!

 アリシスさん太っ腹〜!

 両手を上げて喜びたいところだが、さすがに狭いのでやめておく。

 あと、うっかり瓶詰め蛇と目が合ってしまった。

 ……薬の材料とはいえ、蛇やムカデはトラウマだわ……。


「アンタは素材の……いや、植物の知識も豊富なようだね。気に入ったよ。これも持っておいき」

「? これは……イブの花!」


 イブの花はリリスの花、デュアナの花、ソランの花、三つを交配させて作られた三つの花の遺伝子を持つ伝説の花。

 この花一つで三つの花の効果を持つと言われている。

 でも貴重で……ううん、貴重すぎて誰もこの花で薬を作ったことはない。

 でも、これは鉢だ。

 そんなに大きくないけれど、鉢に植えられてあるということは……上手く育てれば種が取れる。

 種が取れれば……増やせるかもしれない!


「アタシのところにあるのはこれだけだ。残念だけど、この状態で育てるのが精一杯でね……他の植物たちの世話もあるし、扱いに困っていたんだ。どうだい? 育ててみる気はあるかい?」

「あ、え、で、でもいいんですか? こんな貴重なものを……」

「いいさ。……この国の国立学校の錬金薬師見習いどもはこの庭を平然と踏み荒らしていく。でもアンタは、この庭の草花の“意味”をすぐに理解した」

「…………」


 アリシスさんは窓を開ける。

 ふわりと草木の香りが入ってきた。

 光に満ちた宝の庭。

 苗を持って立ち上がり、その横に立つ。

 ……錬金薬師の卵でありながら、この庭の意味がわからない?

 そんな人たちがいるの?


「豊かなのも考えものでね……ここの国立学校の錬金術師たちは、素材は金で手に入ると思ってる。本当はそうじゃないのに」

「……どうしてアリシスさんが直接教鞭をとらないんですが? ちゃんと教えてあげれば……」

「忙しいっていうのが一番の理由だね。今は特に戦争の準備とかで火薬の依頼がひっきりなしだ。本当はこうしてる間も作らなきゃならないんだろうけどお客がいるのに放っては置けないだろう?」

「お、お仕事中だったんですか!」


 な、なんてご迷惑な時に!

 …………あれ? でも……。


「あの、アリシスさんはディール様のお葬式には……」

「行かないよ。アタシが行かなくても、アイツは大勢の人間に見送ってもらえるだろう? アタシは『ダ・マール』という国を愛しているが『ダ・マールの神』は信じてないもんでね! 葬式なんかクソ食らえだよ」

「ええええ〜……」


 そりゃわたしも『ダ・マールの神』とか信じてませんけど!

 でもお葬式は……というか火葬は『無魂肉ゾンビ』にならないために必要なんじゃ……?

 そう聞くとアリシアさんは難しい顔で「そうだね」と頷く。


「火葬は確かに必要だろう。でもアタシは葬式なんてしなくていいからさっさと燃やして埋めてくれって思うよ」

「ワ、ワイルド……!?」

「散々働いたのに死んだ後までお別れだのなんだのと連中のエゴに付き合わされるのはごめんなんだよ。リコリスにも散々言ってるんだけどねぇ……『長生きしてくれ』の一点張りで……」

「それはそうですよ! 長生きしてください!」

「はあぁ……やだねぇ、こんな老婆にまだ鞭打って働かせるなんて……」

「え、そ、そういう意味じゃ!」

「フン。冗談だよ。……まあ、なんにしても、もしアタシが死んだらここはリコリスに任せてる。アンタも欲しい本や材料があれば持っておいき。またこの国に来ることがあったらの話だが」

「……アリシスさん、それは……」


 ……この人は、一体どこまで……。


「ティナ〜! あれ? おっかしいなぁ、ここ?」

「ええ、アリシス様の工房はこちらです。アリシス様ー」

「おーい、アリシスさーん」


 あ、あの声は!


「ナコナ!」


 鉢を持ったまま庭に出る。

 庭へ続く道に、純白のワンピース姿のナコナと三人の騎士。

 わたしの姿を見つけたナコナは嬉しそうに手を振って応じてくれた。

 ……んだけど、なにあれ、やばくない?

 ナコナは確かに美少女だと思う。

 ピンクの髪に青い瞳。

 小柄だし、童顔でたまにわたしと年子と勘違いされる。

 このまま成長したら確実にいつかわたしが「お姉さんかな?」と間違われる日がくるだろう。

 そんなナコナの後ろにイケメンが三人。

 正反対の正統派と、少し癖のある悪戯っ子系一人。

 そんな三人を後ろに引き連れてくるナコナ。

 わたし、ゲーム詳しくないけど……スマホで調べ物してる時とかに出る広告みたい……。

 ええと、確か、そう……乙女ゲーム!


「よかった〜、さっきのお兄さんの言う通りだった〜」

「あ、うん。あの人が助けてくれたの!」


 ……昨日のお兄さん。

 黒髪で黒い瞳の美青年。

 そういえばまた名前聞きそびれちゃったなぁ。


「迎えがきたようだね」

「はい! あの、お仕事邪魔してごめんなさい……」

「気にしなくていいさ、どうせ今は戦争用の爆薬ばかり作らされているんだ。なあ? リス坊や」

「あははは。でも、必要ですよ。『エデサ・クーラ』の機械兵や機械人形はアリシスさんの作る爆薬じゃないと装甲が壊れてくれないんですもん」

「全く。アンタもリコリスみたいに爆薬の作り方を覚えりゃいいだろう! いや、アンタら若い錬金術師はちゃんと覚えるべきだね!」

「はーい、勉強がんばりまーす。破壊に関する勉強は面白いから覚えまーす」

「やっぱアンタは覚えなくていい」

「えー?」


 ……わ、わたしもそう思いますぅ。


「全く、うちの国の錬金術の講師はなにを教えているんだろうねぇ。もっと錬金術で国民を幸福にすることを教えりゃいいのに」


 頭を掻き、ぼやくアリシスさん。

 講師……そうか、この国には錬金術師になるための学校があるのよね。

 学校……講師……そうだわ!

 その言葉にピーンと繋がった!


「あの、アリシスさん! 錬金術の講師ということは学校があるんですか?」

「うん? そうだよ。この国には剣、盾、槍、弓、魔法の他に錬金術も学ぶ騎士学校があるんだ。騎士団に入れば学科を選べる。その代わりどうしても騎士団関係に就職先が限られちまうけどね。ま、一度覚えちまえば騎士学校を辞めてなにになろうがそいつの勝手だが」

「えっと、国の外に難民の人たちがいるんですが、彼らを受け入れる食糧が『ダ・マール』には足りないと聞きました」

「え? ああ、そうだね。最近は地下から魔物も出るし、収穫量が減ってるって……」

「その肥料を『ダ・マール』の学校の錬金術師たちに作ってもらうことはできないでしょうか?」

「…………」


 変な顔をされてしまった。

 でもリスさんは手を叩く。

 納得したように「あ〜あ、それもありかも〜」と言ってくれる。

 顔を見合わせるベクターさんとガウェインさん。

 アリシスさんは変な顔のあと、にやりと笑う。


「そりゃいいかもしれないね。錬金術師だろうが錬金薬師だろうが肥料なんざ初歩レシピの一つだ。作れないわけがない。雑草だと思ってる草花の勉強にもなるし、いい『実地研修』になるよ! それに肥料があれば収穫量も増える。農家も大助かりだろうさ。さっそく騎士学校に打診しておこう」

「ありがとうございます!」

「まあ、けど、それで難民が減るかは約束できないよ? 住む場所のこともあるからね」

「あ……」


 そ、そうか、食糧問題だけじゃないのね。

 うう、いい考えだと思ったのに……。


「それなら大丈夫じゃないかな。最近きな臭いから、騎士団も鍛冶屋も農家も、もうとにかくどこも人手不足だもん。義父さんに難民の受け入れ先をいくつか挙げてもらうよ。人手が欲しいところは多いと思うから、仕事には困らないんじゃないかな」

「アホかい、リステイン。そりゃ男の話だろう。女、子どもや老人はどうするんだい」

「それならば我がマシード家管轄の神殿のいくつかで受け入れられないか、聞いてみましょう。『ダ・マールの神』を信仰する者は神殿で保護するのが、神官の仕事です。彼らには『ダ・マールの神』に改宗してもらうことにはなりますが……」

「まあ、そうだね。神殿なら確かに女、子どもや老人も受け入れられる、か。ふむ……となればやはり食糧かねぇ。農家なら女でも雇ってくれるだろうし、まあ、とりあえずそれでやってみよう」

「あ! ありがとうございます!」


 リスさん、ベクターさんのおかげで難民の人たちが『ダ・マール』に受け入れてもらえそう!

 よかった!

 雑草集めを手伝ってくれた子たちも、神殿で受け入れてもらえるといいな。

 ……『ダ・マールの神』に改宗しなきゃいけないっていうのは、少し引っかかるけど……あのままいつ魔物に襲われるかわからない場所にキャンプを張っているよりはマシ、よね。


「よかったね、ティナ」

「うん! わたしも今から肥料作りしてくる!」

「うん、でもまず着替えなよ?」

「う、うん、そうだね」


 白いよそ行きの服なの忘れてた。


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