十歳のわたし第10話



 ……というミミズとムカデの強襲から翌朝。

 騎士さんたちの泊まる六人部屋と、シィダさんたちに泊まっていただいた五人部屋は無事だったものの……。


「…………あれ直すのにいくらかかるんでしょうか」

「わからん……ははは、しばらくはキャンプ場利用者に売る薪にコマラナイナー」

「魔物に目をつけられた宿屋だなんて、せっかく増えてきたお客さんが減っちゃうよ〜……」


 喫茶コーナーのテーブルに突っ伏すわたし。

 ナコナとお父さんも目が遠い。

 魔物に襲われたことで、戦闘直後、騎士やシィダさんたちの見事な勝利に沸き立っていたお客さんたちは、割とそそくさとチェックアウトして出て行った。

 そりゃそうだ。

 魔物と……それもあんな大きくなった魔物と戦うなんて一般の旅人には絶対に無理。

 それが二匹も出た宿なんて安全じゃない。

 おかしい、宿とはお客さんに安全安心美味しい料理と絶景を提供するサービス業のはず。

 お化けが出ることを売りにした宿もあるらしいけど魔物は誰でもノーセンキュー。

 一体どうしたらいいのおおぉ!

 その上四人部屋が全室破壊とか……おのれムカデええぇ!


「魔除けの結界魔法を張ればいいではないか。この地の霊脈ならば一度張って仕舞えば千年は保つぞ」

「え?」

「魔除けの……なんだって?」

「結界だ。準備はいるしオレ一人では骨が折れる故、誰か……そうだな、小娘、お前が手伝えば一ヶ月足らずで整うだろう。どうだ? 宿代食事は無料ということで。ああ、特別サービスで小娘への魔法講座も入れてやろう」

「お願いします!」

「こらこらティナ!?」


 玄関から入ってきたのは朝食を食べにきたシィダさん御一行。

 結界? 魔法?

 よくわからないけど、それがあれば魔物が寄り付かなくなるの?

 しかもわたしに魔法講座付きですって!?


「お父さんこれはもうむしろ安いもんですよ!」

「い、いやしかし魔法だなんてお前危なくないか?」

「錬金術でなかなかいい薬を作っているそうではないか。才能があるとうちのジジイがべた褒めしていたのはお前だろう? なんでもオレの嫁にしたいとかなんとか……」

「は?」

「あ、その件は丁重にお断りさせていただきます」

「ははは! だろうな!」


 ……だろうなって……。


「部屋の修繕ならおれっちが手伝ってやるよ!」

「レドさん!」

「一ヶ月だろ? あのくらい余裕余裕! なにしろおれっちドワーフ族! 物を作るのはお手のもんだよ!」

「お、おお……。し、しかし材料費がなぁ」

「足りない材料は作ればいいじゃん? なんとかなるなるなんとかなるー」

「毎食デザート追加だな」

「……は、はあ」


 シィダさんめちゃっかりしてやがる。

 しかし部屋を直してもらうのになんのサービスもなしというのは……。

 その上宿に魔物が入らない結界を作ってくれるとなると、うん、できるサービスは全部やるしかないわ!


「魔除けの結界に部屋の修繕。かなりリーズナブルではないか?」

「う、うむー」


 お父さんが腕を組む。

 明らかに向こうの方が損なのを気にしてるんだろう。

 わたしもそれが気がかり。

 そしてお父さんは「結界を張る労力と必要な金額があれば言って欲しい」と交渉することにしたらしい。

 まあ、そうよね。

 シィダさんたちは相場的なものを知らないだけだと思うもの。

 人間大陸ではこうなんですよって、ちゃんと説明しなきゃね。


「とまあ、そんな感じでだな……宿泊費と食事代を一ヶ月分無料にするとしても、やはり見合わないと思うわけで……」

「いや、よい」

「ええ〜……い、いや、だから」

「貴様が『ダ・マールの蒼き鬼狼』ならばそのくらいのサービスはしてやろう。貴様が我らの大陸に出向き、アホ集団どもと戦い抜いたのはフォレストリアでも有名だ。最後はジェラ攻防戦に参加して腕を失くしたとか……」

「!」

「…………ジェラの民は全滅した。これは……大変に残念だが仕方ない。フォレストリアでも兵を送ったが間に合わなかったからな。『ダ・マール』の騎士を責めることなどできんさ。むしろ、先に着いたのは貴様らだ。情けのない話だが」

「…………いや」


 ……ジェラ国?

 なんだろう、聞いた覚えが…………?

 お父さん、亜人の国でも有名なのね、うんすごい。

 すごいけど、なに?

 なにか、引っかかる。


 ジェラの………。



「あの、お父さん、シィダさん、ジェラ国とは……?」

「……ん? あ、ああ……ここ、人間大陸に唯一あった亜人の国だ。『フェイ・ルー』からより西にある、最西端の森に囲まれたひっそりとした場所でな……珠霊人じゅれいびとという額に珠霊石を持つ亜人が住んでいたんだか……」

「…………え、あ……珠霊石って」

「珠霊石は知っているか? そうだ、人間が魔法を使うのには珠霊石の助けが必要と聞く。本来なら珠霊石は珠霊人がその辺の石に力をこめて生み出すものだが、最も簡単に手に入れる方法として……珠霊人が額に持つ珠霊石を殺して奪うことだろう。十年ほど前に『エデサ・クーラ』とかいう国の者たちはそれを躊躇なく行った」


 …………、……それって……っ。


「なにそれ酷い……。じゃあ伯父さんが亡くなったのは、『エデサ・クーラ』が珠霊人から珠霊石を奪うのを阻止しようとしたから?」

「そうだ。兄貴の相棒だったジンレって冒険者はジェラ国の姫君と結婚していてな……まあ、その付き合いってやつだろう。ったく、親友のために命投げ出すなんて格好よすぎだよなぁ」

「…………そうだったんだ。うん、伯父さんかっこいいね……」

「………………」


 ジェラの国。

 珠霊人。

 エデサ・クーラ…。

 額の石……。



『っ……ルビア……わたしの可愛い娘……ジェラの国はもう終わり。けれど、貴女は生き延びるのですよ……』

『『あかつき輝石きせき』の血よ……どうか永遠に目覚めずに……そして、この子をお護りください……』

『あー……あー……』


『生き延びてくれ』




 ……ドクン、ドクン。

 まるで一回一回が何かで叩かれるように大きな音が耳に響く。

 胸が、痛い。

 頭がクラクラする。

 十年前の記憶だ。

 でも、わたし……覚えてるわ。

 前世の記憶が戻ったばかりで、ちゃんと!



「…………え? ティナ? ど、どうしたの!?」

「え?」


 ……昨日からどうも涙腺がおかしい。


「あれ?」


 ナコナに心配されて、初めて泣いていることに気がついた。

 わたし、覚えてる。

 あの人たちがわたしのお父さんとお母さんだ。

 そんな気はしていたんだけど、でも……。


「……なんでだか、わからないけど……」


 そんな理由?

 そんな理由で?

 ……酷い。

 酷い……っ!

 お父さんとお母さんは……それでわたしを捨てたんだ。

 あの時、きっと、あの日がそうだったんだ!

 わたしはそれで川に流されたんだ……わたしは…………。


「……感受性の強い子だから、考えてしまったのかもしれないな」

「そっか。ティナ、ご飯はあたしが作るから休んでなよ」

「う、うん……」


 涙、止まらない。

 ナコナに喫茶コーナーの端に座らせられて、ハンカチで何度も涙を拭うけどダメだ。

 ジェラの民は全滅した。

 …………。

 全滅……。

 会ったこともない同族が、殺されて額の石を抉り取られるところを想像しただけで身が震える。

 全滅ということは、女の人も子どもも老人も関係なく……全員ということだ。

 お母さんの額の石も剥ぎ取られたのだろうか。

 ……なんて酷い……酷すぎる……!

『暁の輝石』がもしも額の石のことなら……いや! そんなのわたしいらない!

 ……そんなの……。


「まあ、そんな訳でオレたちは亜人に協力した『ダ・マールの蒼き鬼狼』には感謝している。オレの兄の何人かは、お前のことを信頼して人間大陸との交易を決めたという者もいるくらいだ。困っているのなら助けよう」

「うんうん、それなら尚更おれっちもがんばるよー!」

「スエアロ、お前はどうする? オレたちは一ヶ月ほどここに滞在するつもりだが」

「うっ。…………。……し、仕方ないから手伝ってやるよ。ただし、人間なんかと馴れ合わないからな」

「はーい! ぼくもお手伝いしますー」

「そうか。では四人分だ」

「……感謝するよ、フォレストリアの皇子」

「アホかお前。オレはフォレストリアの皇子としてではなく一人のエルフとして協力すると言っているんだ。図にのるなよ」

「……ははは。そりゃすまん。わかった、ありがたく協力を受け入れる」


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