十歳のわたし第9話
「……………………」
こく、と小さな音。
そんな小さな音がこんなに大きく、嬉しく聞こえるなんて……。
涙がぶわりと溢れてきた。
手が震えそうだけど、緑の液体も口の中へと流し込む。
それも、リコさんは少しずつ飲み込んでくれた。
も、う、前が、よく……見えない。
ボロボロ、ボロボロ、涙が溢れて……。
「………………」
「っ、の、飲んだよ……ティナっ」
「う、うん!」
「リコ姉さん……」
「リステイン! 集中しろと言っただろう!」
「は、はい! すみません副団長!」
「元だ!」
…………リスさん、お父さんに怒られてる。
それがなんか少しだけおかしい。
でも、リコさんの怪我はちゃんと治るだろうか?
鑑定魔法で『万能治療薬』とお父さん、リコさんに断定してもらったけど質は『基準』だった。
それでこの怪我がきちんと治ってくれるだろうか……。
グズグズ泣きながら袖で涙を拭く。
すると……金の鱗粉のような光が傷口を塞ぎ、食い込んだ鎧をポロポロと体外へ吐き出させる。
……ああ……。
リコさんの、あの爛れたような怪我も、抉れた顔も……元通りに治っていく。
ゆっくり瞳を開いてくれるリコさんは、一度「かは……」と無理やり息を吹き返したように咳き込んで、上半身を起こす。
わたしはまた涙が溢れて前が見えなくなってしまう。
だって、だって……!
「リコさんんんん〜〜!」
「うっ」
わたしはダメだ。
ナコナがリコさんに飛びついたのはわかるけど、体が寒いのか暑いのかさえ、よくわからない。
とにかく震えてて、嗚咽で……うう、鼻水も……!
と、とにかく人様に見せられる顔してないわ、今。
「…………髭面指揮官! 提案だ!」
「なんだ!」
「このままではジリ貧。髑髏錬金術師の兵器が破壊された今決定打に欠ける。そこで少々でかいのを使いたい。だが『
「五分か……」
「待て、私の片腕はまだ使える」
「! リコ!」
わたしがグズグズ泣いてると、リコさんの手が頭に乗る。
……そして、少しよろめきながら立ち上がりわたしを突き放した方……左腕の『
あれが充填?
「ありがとう、ティナリス。また助けられてしまったな。すぐに終わらせてこよう」
「リコさん……」
肩越しに、微笑まれる。
……かっこいい。
かっこいいよ、リコさんっ。
「黒の騎士団団長、アヴィデの者として左だけでも両腕分の火力を約束しよう」
「! ……ならば三分だ」
「採用だ! よし、聞いたなお前ら! 向こうさんもそろそろ俺たちの相手にうんざりしてきた頃だろう! 次でお引き取り願うぞ!」
「「「「はい!」」」」
「あたしもデカイやつぶちかまさせて、父さん! こんな迷惑なお客さんはつまみ出してやるんだから! 出禁よ出禁!」
「ははは! 違いねぇ!」
……そうね、こんなお客さんには「こんな店二度とくるか!」って思われるくらいでちょうどいいわ!
涙をぬぐい、立ち上がる。
「が、頑張れみんなー!」
振り返って笑ってくれる人、親指を立ててくれる人、声で「おう!」と応えてくれる人……。
うん、もう……負ける気がしない!
雰囲気が……空気が、もうさっきとは全然違う!
「よし、ティナは下級治療薬を用意してもう五歩下がってろ!」
「は、はい!」
……そんな空気の中でわたしにも指示っぽいものをくれるお父さん。
それが無性に、心踊る。
わたしもみんなと同じように戦えてるようで……。
熱い。
「行くぞ! ミハエル、クノン、盾を背負って左右へ回り込め! ガウェイン、ベクターはその後ろへ距離を取って待機! レドは魔力あるだけデカイやつの準備を頼む、遠慮なくぶち込んでやれ!」
「おっしゃー!」
「リステイン、弾幕頼む!」
「了解! 軽いやつ行きますよー!」
「スエアロ、ナコナと一緒に魔力全部使い切っていい! やっちまえ!」
「め、命令するな人間!」
「りょーかいお父さん!」
スエアロさん、さっきのリコさんみたいなこと言ってるけど言うことは聞いている。
リステインさんの両腕から放たれた弾幕に、ムカデが立ち上がって身をくねらせた。
まずは三分の時間稼ぎ。
少しでも無駄な戦闘は控えるということのようだ。
す、すごい、リスさんってあんなこともできたのね?
「おねえさん、おねえさん」
「わっ! あ、クウラさん。まだ隠れていた方がいいですよ」
「はい、あの、さっきのドクロのよろいさんは大丈夫だったんですか?」
「はい、なんとか……。今は最後の勝負です! 隠れながらみなさんを応援しましょう!」
「! はい! わかりました! ぼくも応援お手伝いします!」
……て、天使〜!
翼はあんまり動いてないのに浮かんでる。
頭に光の輪も浮かんでる。
す、すごーい、ほんとに天使……天使よね?
まあ、いいわ!
まずはミハエルさん、クノンさんに届け、この応援!
「がんばれー!」
「がんばれー!」
「? なんだ?」
「これは……」
木の陰まで下がって両手を振って応援する。
まあ、それしかできないからなんだけど。
でも木の陰なら、さっきの麻痺毒の塊を飛ばされても直撃はしないわよね!
次はガウェインさんとベクターさんに届けこの応援!
「がんばれがんばれ!」
「がんばれがんばれ!」
「力が……」
「どういうことだ? 尽きかけていた魔力や体力が回復しているような……?」
ナコナ、スエアロさんがんばれー!
「? あれ? 魔力が……」
「ん? 体が軽い?」
リスさん、リコさん、シィダさん、レドさん!
がんばれ、勝って!
あいつを追い払って!
あとでも怪我だけはしないでー!
「……? 魔力が回復していく?」
「なんだ、これは? 体があたたかい……」
「おおー! なんかやる気に満ち溢れてきたぞー!」
「…………これは、クウラの能力か? あいつ、こんな力を……。あとできっちり説明してもらうとするか。期待はできないが。……よし……」
「っ、そろそろ弾幕が切れます! マルコス副団長!」
「元だっつーの! レド!」
「おっしゃあ! 任せろー!」
リスさんの弾幕に踊るように逃げ回っていたムカデ。
弾幕が切れる、その瞬間レドさんが頭上に向かって矢を放つ。
「
一本だったはずの矢は突然分裂……分身?
黒いムカデがあんまり見えなくなるほどの大量の矢が降り注ぎ始めた。
え、ええええええええ〜!?
あんなことある!? できるものなの!?
『技』というより『魔法』じゃないのこれ!?
「くっ、あと、二十、秒!」
「いくぞ…………星の海、風の歌、大地の印、焔の夢。最果ての世界に記されし碑石の一文をここに写し、その力をお借りする。命重ねし罪悪よ、ここに新たなる祈りと許しを乞う。我が名はシィダ・フォレストリアなり。王の許し、聖女の許し、神の許しをここに。世界の力よ、その片鱗を召されよっ! 髭面!」
「よし! ガウェイン、ベクター!」
レドさんの矢が切れる。
そのタイミングを見計らい、左右に分かれていたガウェインさんとベクターさんが助走をつけて先ほどナコナがしたように盾を背負ってしゃがんでいたミハエルさんとクノンさんを踏み台にして大きく飛び上がった!
お、おおー!
これは高い!
ムカデの頭上を取ったー!
「くらえ、我らが奥義」
「手加減はしない! これで終わりにする! 行くぞベクター!」
「「
牙をむき出しにしたムカデも左右からの挟み撃ちは避けられなかったようだ。
大きな光のバッテンに押し潰されるムカデ。
頭が地面に向かって勢いよく落ちる……が、そこへナコナとスエアロさんが息を合わせて飛び上がった。
「二度と来んな! 三点集中三十八連打!!」
「おいらが唯一使える『技』だ! はあああああぁぁ…………ジャスティス・ソード!」
わ、わー! 眩しいー!
二人の技が虹色ミラクルな感じで輝いてて眩しいい〜っ!
ナコナってあんな技使えたのすごくない!?
ほんとに天才だと思うんですけどナコナー!
「腹が出た! 今だ!」
「たんと味わうがいい!」
「行くぞリステイン!」
「はいよ、リコ姉さん!」
「フォトン・フレイムルーム!!」
「「
本が光り、シィダさんが手を振るう。
ムカデの尾が爆発して、あの巨体が浮き上がった。
その瞬間、リコさんとリスさんの練金兵器が火を噴く。
『ーーーー!!!!』
落ちてきたムカデは動きが違う。
慌てふためくように『ギィ、ギィ』と鳴きながらうねりながら山の方にものすごい勢いで戻っていく!
「やーーーっ」
やった!
と、喜びかけた時だ。
ドガーン、ガラガラガラガラ…………。
「……………………」
「え……」
「…………、……っ、さ、さ、三号室と四号室がぁぁあぁあ!?」
…………奴はとんでもないものを残していきました。
うちの客室コテージの残骸です。
ねえ!
壊していく必要ある!?
あえて! そこに! 突っ込んでいく意味は⁉︎
ム、ムカデ〜〜〜!
本当に二度とくるな! 本当に! マジでーーーー!
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