十歳のわたし第8話


 お父さんがナコナを手前に戻す。

 しかし、ミミズの斜め後ろ左右にはガウェインさんとベクターさん。

 一体なにをするつもりなの?


「クノン! しゃがめ! ナコナ!」

「! リョーカイ、父さん! クノンさんちょっと失礼!」

「あ! は、はい! お嬢!」


 …………騎士の人たちナコナを「お嬢!」って呼ぶよう訓練されてるのかしら?

 なんにしても、盾を背負ったクノンさんの後ろから、助走をつけたナコナが飛び上がる。

 え? ちょ、危な……!


「シィダ!」

「承ろう!」


 へ!? ちょ! なんなの!?

 お父さんとシィダさんが通じ合ってる!?

 空中でナコナが構えた、その瞬間!


「一点打十八連撃!!」

『ーーー!!!』


 ナコナの繰り出した光の打撃がミミズの顔面を滅多打ち!

 ひ、ひえぇ……ナコナあんな技も持ってたの?

 ぐらりとミミズが後ろへと倒れかかる。

 そこへ後ろに控えていたガウェインさんとベクターさんが構えた剣を同時に振るう。


「「閃光重剣撃!」」


 あ、ガウェインさんって左利きだったんだ……。

 と、あまりにも綺麗に左右同時に同じ技が放たれて場違いにもそんなことを思ってしまう。

 後ろに倒れかけたミミズは、その一撃でバウンドするようにまた手前に倒れ込んでくる。

 た、タコ殴り……!


「トドメだ! お前ら目を閉じろ! 『フォトン・フラッシュ』!」

『ーーーーー!!!!』


 ぎゃー! 眩しいいい!

 もっと早く言ってえぇ〜〜!

 倒れ込んだミミズの頭にものすごい眩しい光が直撃する。

 とりあえずわたしもあまりの眩しさに両手で顔を覆う。

 それでも眩しいのだ、なんか、もう太陽が目の前に現れたばりの眩しさ!


「よし! 全員対ムカデに移行! ナコナ、まだやれるか!」

「『技』はあと一回か二回が限界!」

「わかった、シィダ! 熱系の魔法は!?」

「舐めるなよ人間。オレはフォレストリア皇国三十七皇子、旧王の魔本に選ばれた太陽のエルフ! 混血とはいえ魔本の使い手に属性の隔りなどありはしない!」

「よし、リコ! リステイン! お前らの充填が終わったら一気にコイツを追っ払う!」

「命令するな」

「リ、リコ姉さん〜」


 ……眩しいのが薄まると、ミミズは穴だけ残してそこにはいなかった。

 わたしが顔を覆っている間にいなくなったらしい。

 そしてお父さんたちはムカデを追い払う方へと作戦変更。

 相変わらずリコさんはプリプリしてるようだけど、大丈夫かな?

 ううん、大丈夫よね。

 だってミミズにも無傷で勝っちゃったもん!

 それに、合流したことで人数も増えた。


「気を引き締めろ! ミミズより危険度は高い!」

「だ、そうだ! お前ら! ミハエル、クノン、前に出て攻撃をいなしてくれ!」

「「了解!」」

「尾と牙に注意しつつ奴が頭を下げたらガウェインとベクター、コボルトの戦士は右側に回り込んで攻撃! ドワーフの戦士はリコとリステインの隣に移動してくれ。ナコナ、奴の動きに注意して後ろへ回り込んで注意を引き付けろ!」


 ……お、おお……すごい。

 お父さんの指示通りになっている。

 頭を下げてミハエルさんとクノンさんの盾に牙を突き付けるムカデ。

 パワー負けしてズザザ……と後ろへ押し出されるけれど、二人の盾をムカデの牙が砕くことはなかった。

 その隙に右に回り込んだスエアロさんとベクターさん、ガウェインさんが一斉に剣でムカデの側面を突く。

 腹をこちら側に向けつつ、ムカデか視認したのはナコナのようだ。

 そのまま体をくねらせてナコナを追いかけようと牙を剥く。


「今だ! リコ!」

「一斉照射開始!」


 ナコナを狙ってくねった体。

 その腹目掛けてリコさんとリスさん、レドさんの遠距離攻撃が襲い掛かる。

 ……恐らく以前わたしが見た大蛇の魔物なら跡形もなく吹き飛んでいるだろう。


『シャーーー!』

「っ!」

「マジかよ……」


 手で口を覆ってしまう。

 そんな、無傷!

 あれだけの攻撃を受けてあのムカデの殻は艶やかに輝く。

 あ、あれはあれでムカつくわね。


「くっ」

「最大出力でもよさそうだな……」

「え! リコ姉、手抜きしたの!?」

「殺すわけにはいかないからな」

「…………」


 リ、リコさん、様子見してたのか。

 それなら、まだ希望はある、のかな?


「嘘でしょ、僕は最大火力だよ、今の」

「お、おれっちも今のが本気中の本気だよ…」

「ふむ、髑髏の錬金術師の火力はどのくらい上がるのだ?」

「今ので五割といったところだろう。次は最大火力で撃つ」

「よし、試してみよう。お前らもう少し踏ん張ってくれ!」

「はい!」

「もちろん! ホントならコイツにコテージの弁償させたいところだけど、ねっ!」


 うんうん、ナコナの意見にわたしも一票だわ!

 あんのムカデめ、よくもコテージを二つも半壊させたわね!


「やっちゃえナコナー! 頑張れー!」

「もちろん! 父さん! あたしがコイツの頭を下げる!」

「頼んだぞ、ナコナ! ガウェイン、ベクター、コボルトの戦士はその場所で尾っぽの攻撃に警戒しつつ距離を取れ! ドワーフの戦士は奴の尾っぽに火の矢を頼む! 慌てたところで剣士たちは一撃でかいのをくれてやれ! 体勢を崩して腹を見せたところをリコ!」

「わかった。でも命令するな」

「…………そ、そろそろ引きずるのやめろよ……」


 ああ、ついにお父さんも根を上げ始めた……。

 リコさん結構根に持つのね……。


「はわぁ、皆さんすごいです〜」

「はっ」


 わたしの後ろの木の後ろから天使が!

 いなくなったと思ったらそこに隠れてたのね。


「あ、危ないから隠れてたほうがいいわ」

「え? おねえさんはかくれないんですか?」

「え、えーと……」


 そうね、確かに……わたしも隠れた方がいいかも。

 えーと、じゃあどこに隠れよう。

 キャンプ地の方の人たちも心配そうにこちらを見ている。

 あっちまで行くのには一人で戦っているみんなの後ろを走り抜けなきゃいけない。

 それはさすがにみんなの集中力を邪魔しそうだから……。


「! なんだあの動作は……!? いかん!」

「!? ティナリス!」

「え?」


 シィダさんの声にお父さんたちが戦う方を向く。

 濃紺の鎧が近づいて、わたしの腕を掴むなり左側へと力づくで放り投げた。


「あっ」


 投げられた最中でもはっきり、リコさんがなにか、黄色いドロっとした粘液の塊に吹き飛ばされるのが見える。

 なんメートル飛ばされたのか……。

 ゴロゴロと勢いで転がってしまう。

 痛い、でも……もっと怖いものを……見てしまった気がする。

 歯の奥がガクガクと勝手に動く。

 恐る恐る、顔を上げた。


「狼狽えるな! 全員前を向け! 敵はまだ健在なんだぞ!」


 お父さんの叱咤に騎士たちがムカデに向き直る。

 湯気のようなものを立てながら、倒れた大きな体。

 それに駆け寄ったのはナコナだけだった。

 スエアロさんもレドさんもシィダさんもムカデに集中している。

 でも、確実に動揺している空気。

 あちこち痛むけど、それよりも……!


「り、リコさん!」

「ティナ!」

「!」


 髪がボサボサだけど……草っぱや砂や泥があちこちについているけど、そんなの後回し!

 リコさんのところへ駆け寄ろうとした時、お父さんの咎めるような声に思わず体が跳ね上がる。

 それは、昔……前世の『おとうさん』がわたしやお母さんに殴りかかった時のものに、似て…………。


「今ならまだ間に合う! 万能治療薬をリコに飲ませろ!」

「!」


 ……拳を振り上げたり、ビール瓶を投げつけてきたりする“あいつ”からは絶対に出ない言葉だ。

 胸が、熱い。

 握り締めた拳で胸を押さえつける。

 わたし…………。


「できるな!?」

「はい!」


 思い出した恐怖に震えていた体は、今はただ熱い。

 無我夢中で走り、リコさんの横に滑るようにしゃがみ込んだ。

 不安げなナコナに何も言わずにポシェットを開き、薄いピンクの瓶を地面にばら撒く。

 その中で一つだけ、細かな金粉が入った薬の蓋を開けた。


「ティナ……」

「リコさん! 飲んで! ナコナ、リコさんの頭を持ってて!」

「わ、わかった!」


 ナコナに頭を持ち上げてもらう。

 怪我が……酷い。

 胴体の鎧はバラバラに砕けて食い込んでいる。

 黄色の液体のせいなのか、ところどころ湯気が出ているけど、これは一体……?


「異常状態回復薬があればそれも飲ませろ!」

「!」

「恐らくヤツの十八番オハコの麻痺毒だ! まさか塊にして吐き捨ててくるとは……」

「わかりました!」


 シィダさんに言われてもう一つ、緑色の液体が入った瓶も取り出す。

 異常状態回復薬……も!


「リコさんお願い! お願い!!」

「リコさん!」

「リコ姉さん!!」


 側でリスさんが守ってくれる。

 呼びかけてくれる。

 わたしもナコナも震えながら叫んだ。

 口に入れた万能治療薬……飲んで……飲み込んで!

 お願い…………お願い!!

 死なないで……!


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