十歳のわたし第7話



「ど、どうする?」


 と、シィダさんとスエアロさんに駆け寄ってきたレドさんが不安げに問う。

 もちろん、宿に向かった魔物のことだ。

 彼らには関係のないこと。

 わたしを預けられてしまったことも、本来なら放り出してもいい。

 だってシィダさんもスエアロさんもレドさんも「任された」と答えていないんだから。

 ……ああ、そうよ、だから……。


「っておい、どこへ行くんだよ!!」

「宿に帰ります! お客さんたちを避難させなければ!」

「なに言ってるんだよ!? 相手はでっかい魔物だぞ! 君なんて行っても……」

「わかってます! わたしなんて足手まといにしかならないことくらい! ……でも、もしかしたらわたしの薬が役にたつかもしれないんです!」

「そういえばお前、あのジジイが褒めちぎるくらいの錬金薬師と言っていたな。ふむ……」


 レドさんに腕を掴まれてしまう。

 振り解こうにもぜ、全然無理。

 く、くぬぅ! 早くしないといけないのにぃー!


「み、みなさぁーん」

「む?」

「あ! クウラ!」

「え」


 なんだとぅ!

 パダパタと森の中を飛んでくる青い物体。

 なに、幸せの青い鳥?

 でも喋ったし……んん? 頭に光の輪?


「え……」


 特徴一致。

 そして、彼らも「どこ行ってたんだお前!」とその生き物を叱りつける。

 い、いやいや、待ってそんな……そんなバカな。


「て、天使?」

「? 天使? なんだそれ?」

「?」


 パダパタ。

 羽が動く。浮かんだままの生き物。

 ギリシャ神話に出てきそうなふわふわした布の服……背中には翼、頭には光の輪。

 え? え? て、天使?


「ちょうどいい、クウラ! 東へ飛ぶぞ」

「え? え? 急になんですかぁ? なんだか怖いものに追いかけられてぼくはたいへんつかれてしまいました〜」

「その怖いものが人間の集団を襲おうと東へ向かったんだ。盟約の下、皇族たるオレは援軍に向かわねばならん。はあ、面倒だ面倒だ。否、しかし、あの騎士どもには世話をかけたからな! 主にお前のせいで!」

「は、はうう〜」

「そう、だな。うん、確かにそうだ! よーし! おれっちは一緒に行くぜ! スエアロはどーする?」

「お、おいらは……くっ……」

「まあ、来たければ来ればいい。来ないならその幼女のお守りだぞ」

「い、行ってやらぁぁ!」


 え、えええぇー!

 わたしのお守りってそんなに嫌がられるものなのぉ!?

 べ、別にいいけどー!


「というわけだ、クウラ!」

「えーとえーと、わかりましたぁ〜! みなさん手をつないでくださーい」

「ほら!」

「え、あの」

「行くんだろ!」

「! はい!」


 レドさんの手を取る。

 スエアロさん、シィダさんが手を繋ぎクウラさんへと手を伸ばす。

 ……う、うーん、クウラさん、確かに女の子が男の子かわからない……そして、やはりどう見ても特徴が天使そのもの……。


「いっきまーす」


 と、わたしと手を繋いだレドさんとクウラさんが手を繋ぐ。

 すると、クウラさんと手を繋いだわたしたちもまるで重力から解放されたかのように浮き上がった。


「え? 浮い……!?」

「面白いだろう」


 にや、と笑うシィダさん。

 そして、木の上まで浮かび……森が見渡せるほど高く高く上っていく。

 ちょ、ちょっちょ……っ!


「どーん!」

「きゃーーーー!」


 ふわ、とクウラさんが翼をはためかせると、自転車で坂を下るレベルのスピードでとびはじめた。

 ちょちょちょちょちょっとほんとにこれどーゆーことーおおおおおおおぉ!?

 森が! 凄い勢いで! 流れていくようなぁぁ!?


「みえました!」

「よし、降ろせ!」

「はい!」

「降りるよ、掴まって!」

「え? きゃあああぁぁぁ!?」


 レドさんに膝の下へ腕を入れられたと思ったら、そのままの高さから落下ーーー!?

 い、いやぁぁぁ!

 重力が! ほんのわずかな間旅立っていた重力にこんにちはっていうかどうして普通に降りないのこの人たちーーー!


「!」

「ここで待ってて!」


 木の根元に座らせられ、クウラさんとシィダさんは浮いたまま……スエアロさんとレドさんは走って宿の方へと向かう。

 ここは……街道から宿へ行く道の途中だ。


「……っ」


 立ち上がろうとして、膝がガクンと曲がる。

 ……震えてる。

 体が、全身が!

 ガクガクと……これは……うん、無理もない。

 だってわたし、ジェットコースターとか、苦手なのよ!

 前世では本当にダメだった。

 まさか今世にも影響があるなんて……むむむ。

 で、でも、そんなことよりも……宿に行かないと!

 お父さん、ナコナ、リコさん、リスさん、ガウェインさん、ベクターさん、ミハエルさん、クノンさん……。

 そしてたくさんのお客さんたち。


「……た、立て、立つんだ……みんなのところへ行くんだ……! わたしだけこんなところに座り込んでる場合じゃない! やれる、できる、がんばれる! ねえ、そうでしょ、わたし!」


 鬱で本当にダメダメになった時、無理やり励ます時に使ってた言葉。

 ひ、久しぶりに使った。

 でも、今使わなきゃ……今頑張らなきゃ、やらなきゃ、できなきゃダメでしょ!

 誰が! どう、考えても!


「…………!」


 まだ力は入りにくいけど、膝は震えてるけどなんとか立ち上がれた。

 さあ、走るのよ。

 なんにもできないけど、情けなく座り込んでいるだけの子どもではいたくない。

 恩返しもしてないのに死なれたら困るんだから、お父さん!


「はあ、はあ」


 …………でも、体力がないのは……現時点でどうしょもないわねー!

 息が、切れて……はぁ、はぁ!

 う、運動苦手だけど、はあ、はあ、す、少しずつランニングでも、はぁ、はぁ、し、した方が、はあ、はあ、いいかしらぁ、はぁ、はぁ!


「ナコナ! 右下を狙え! リステイン、右を崩したらすぐに尾の部分を撃て! ガウェインとベクターはうねりが治ったら左側から攻めて後ろへ回り込め! リコ! 充填後奴がこちらに背を向けた瞬間を狙え!」

「了解!」

「オッケー父さん!」

「行くぞ! はああぁ!」


「……………………」



 ……ん、んんん?



「なんだ、待っていろと言っただろう」

「あ、あの、あれは?」


 シィダさんたちが呆然と騎士たちと共闘するお父さんとナコナを眺めていた。

 ので、思わずをわたしも彼らの横へと息を整えながら近づいて行く。

 な、なんか思ってたのと展開が違う……。


「どうやら優秀な指揮官がいたらしい。いや、見事なものだ。あの人数を使いこなして魔物をおちょくるなど」

「お、おちょくる?」


 応戦してるというんじゃ……。

 …………。

 というか……みんなが戦ってるのはミミズの魔物?

 ドス黒い細い紐のような細長い……まあ、とは言え直径はここからじゃ測れない。

 まだ体が土の中に残っているのだ。


「……地面に住む魔物なんて……」

「そうだな、しかもあれだけ肥大化しているとは」

「……? 魔物って大きくなるんですか?」

「なるとも。魔物は『原始罪カスラ』を蓄えた量で体が大きくなる。……ただ生き物を食っただけではああはなるまいよ」

「え? じゃあこの大陸の魔物、なんであんなにでかいんだ?」


 シィダさんが傍に浮いた本を開く。

 文字が光り、わたしには読めないにしてもその神秘的な光景でこの本が普通の本でないのがわかる。

 レドさんの質問にやっと真面目な顔になったシィダさん。

 横顔は幼いながらもどことなくシリウスさんの面影がある気がした。


「理由は明白。この大陸の者たちが『原始悪カミラ』を振り撒く故だろう。『原始悪カミラ』が熟成されれば『原始罪カスラ』に変質する。うちのジジイは人間の信仰心の問題などというが……フン! お優しいことだ、はっきり告げてやればいいというのに……まあ、告げたところで人はそれすら信じぬだろうよ! 傲慢さでオレたちエルフすら上回る種族にはな!」

「っ」


 神さまなんてわたしは信じてない。

 お父さんの信じる『ダ・マールの神』も、そんなに信じてるわけじゃないけど……。


「ま、待ってくださいシィダさん、その言い方じゃ……人が信じる神様が『原始悪カミラ』みたいに聞こえますっ」

「そう言っているんだ」

「なっ!」

「この大陸の『原始魔力エアー』を澱ませるものはつまり『原始悪カミラ』だ。この大陸の人間たちが祈り信じる神は権力者どもが民草を操るために生み出した、いもしない幻想! その非道の結果がアレよ! 見ろ!」

「…………」


 そんな……。

 あの大きなミミズの化け物が、人間が生み出したいもしない神様の影響?

 辺りを見回す。

 あ、お客さんたちは無事みたい。

 キャンプ地の方で心配そうにお父さんたちの方を見てるわ。

 よかった……よかったんだけど……。


「さあ、お喋りはこのくらいで終わりだ。オイ、そこの髭面のおっさん指揮官!」

「!? あんたらはティナと客を守ってくれ!」

「違うわ馬鹿者! ムカデがくるぞ。アレは森を通る時幾分地中を直線で進むミミズより遅い! そしておそらくミミズよりも頭が回る! 知性はないはずだから本能的なものだろうがな!」

「なに……っ」

「お前たちの戦い方を見てイケると踏んだはずだ。あっちはオレたちが食い止める! 早々に追い返してこっちを手伝え! 行くぞレド、スエアロ、湖の方から出る! 足止め戦だ!」

「わ、わかった!」

「チッ! 人間なんておいら嫌いなんだからな!」


 ふわ、と地面からシィダさんが数十センチほど浮かび上がる。

 あの大きな本がまた開き、文字が光ると同時に大きな音を立てて四人部屋のコテージが一つ、轟音とともに屋根がほぼ全部吹き飛ぶ。

 二号室の屋根がーーー!

 と、声に出したわたしの叫びなど、次の瞬間黒く大きなムカデがその隣……もう一つの四人部屋コテージの側面を抉るように通過して吹っ飛ばした瞬間「一号室がぁぁぁあ!?」に続く。

 嘘でしょ魔物おおぉ!?

 こわ、こわっ、壊す意味ないでしょおおお!?


「たああ!」

「ファイヤーアロー!」


 でも、地面に降りたムカデはグネングネとしながら湖の方へ進み、真っ直ぐキャンプ地の方を目指している。

 人の多い方へ……!

 魔物の本能……『生き物を襲う』が最優先されるんだ。

 っ……! せっかくお客さんが増えてきたのに!

 それがこんなことを引き起こすなんて!

 そんなの理不尽よ〜〜!


「フォトン・ボム!」


 レドさんの火の弓で一瞬速度が落ちたムカデ。

 でも止めるには至らない。

 しかしシィダさんの魔法がムカデの頭の上で盛大に爆発して、宿屋側へと押し返す。

 そこへスエアロさんの剣で斬りつけられると、ムカデの標的は『邪魔する生き物』の方に変わったようだ。


「っ、硬っ!」

「当たり前だ馬鹿犬! 油断するな、ムカデの魔物の硬度は全魔物の中でも上位だぞ! その上そのデカさだ、お前の剣で傷つくわけがあるか!」

「じゃ、じゃあどーすんだよー!?」

「騎士がミミズを追い返すまでなんとか持ちこたえろ! 錬金兵器とやらなら殻の一枚ぐらい引っぺがせるかもしれん」

「! なら、リコ! ミハエル、彼らの援護に回れ! ナコナ、ミミズを地中から引きずり出すぞ!」

「う、うん!」

「命令するな」

「リコ姉、今はマルコス副団長の指示に従おうってば!」


 うわぁ、カオス……。

 リコさんまだお父さんを怒ってるんだわ。

 でも一応、指示には従ってリコさんとミハエルさんはシィダさんたちへと合流する。

 こうしてミミズにはナコナ、クノンさん、ベクターさん、ガウェインさん、リステインさん。

 ムカデにはシィダさん、スエアロさん、レドさん、リコさん、ハミエルさん。

 そして父さんが全体指揮、のように分かれる。


「エルフの坊主、名前は!」

「シィダだ! ガキ扱いするなよ、お前よりも歳上だぞ!」

「わかった、シィダ! 魔物について知っていてることを教えてくれ! 片手間で構わん!」

「無茶を言う。まあいいだろう! ムカデ型の魔物は装甲が厚く剣や弓矢の攻撃は無効化されると思え! 厄介なのは口の牙! 痺れや痙攣を引き起こす毒を持つ! まあ、噛まれれば普通に真っ二つだがな! ほっ!」

「ガウェイン、ベクターと左右に回れ! クノン、前へ出て攻撃を受け流してくれ、その隙にナコナ、ベクター、ガウェイン、奴の注意を引きつけろ! リステイン、奴の穴を拡げられないか試してくれ」

「了解です! 充填開始します!」


 お、おお……お父さんがすごい!

 騎士たちに的確に指示をしつつ、対策も考えてる。

 お、お父さんってこんなに凄かったの?

 お父さんの指示でみんなが動くから、ミミズの魔物の攻撃は誰にも当たらない。

 パッと見た感じだと怪我もしていなさそうだ。


「ふむ、ミミズの対処法は概ねその通りだ。だが、奴は体の三分の二を地中に潜らせたまま襲いかかってくる。注意すべきは溶解液! 口を窄めて広範囲に撒き散らしてくる! 魔法が使えない貴様らには不利だろう、そこの黒いガキ錬金術師、オレと交代しろ! オレの風魔法なら防げる!」

「わかった! リステイン、彼と交代だ! お前はリコとムカデの装甲をぶち壊せ!」

「了解です!」

「ムカデは熱に弱い、ミミズは光に弱い! ミミズの頭上に光源をぶち込めばたまらず退散するだろう! 光源はオレのフォトンをくれてやる! 隙を作れ、指揮官!」

「よし、頭を引きずり下ろす! ナコナ、こっちへ戻ってこい! クノン、盾を背中へ背負え!」

「え?」


 なんで、とクノンさんが振り返るが、お父さんはそれを「早く!」と叱りつける。

 な、なんかすごい連携のスムーズさ…。

 お父さんとシィダさんがすごい……ほ、ほんとにさっき会ったばかりなの?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る