十歳のわたし第11話
「…………」
なんとなく、屋根裏部屋に戻ってきてしまった。
ご飯作るの手伝わないといけないのに。
屋根裏部屋のベランダに出てぼんやり空を見上げた。
全滅……。
つまり、あの記憶とさっきの情報を重ね合わせるとわたしは『珠霊人』という亜人の種族。
本当のお父さんの額に珠霊石はなかった気もするけど……今はそれは置いておくとして……。
それよりも、十年前に『珠霊人』の国であるジェラ国は『エデサ・クーラ』により滅ぼされた。
彼らの狙いは『珠霊人』の額にある『珠霊石』。
珠霊石は人間が魔法を使う時に補助として使用する希少な石で、珠霊人は普通の石を珠霊石に加工する力を持っていた。
しかし『エデサ・クーラ』は簡単に大量に手に入れるために『ジェラの国』を襲い、珠霊人を残らず殺害し額の石を奪い去っていったと……。
ああ、なんてこと……。
わたしは恐らく、自分たちの国が滅ぼされることを悟った両親によって川へ“逃がされた”のだ。
額に石を持つ者は根こそぎ殺されたんだろう。
……でも、わたしのおでこに石はない。
石はないけれど……もし、もしも……記憶の中の両親が言っていた『暁の輝石』というものが彼らにとっての『珠霊石』の呼び名とかなら……。
『暁の輝石』の血が目覚めれば額には珠霊石が現れるのかもしれない。
そうしたら、わたしは……。
人間族じゃない、って、お父さんやナコナやみんなにバレる。
珠霊人だとバレたら……噂が広まって『エデサ・クーラ』に知られたら……狙われるんじゃ……?
ううん、『エデサ・クーラ』だけじゃなく、盗賊や悪い冒険者にも目をつけられるんじゃない?
だってわたしを殺せば高価な『珠霊石』がタダで手に入るってことでしょう?
「…………………………」
なんてこと……。
頼れそうな同族は絶滅してる。
わたしはこの世界にたった一人残された『珠霊人』なの?
今はこれ以上調べる術がない。
シィダさんたちに話してみる?
彼らは亜人だから、わたしとは大きな分類としては同族ってことになるし……。
でも、記憶だけしか証拠はない。
そんな中で赤ん坊の頃にこんなことがありました、とか言って信じてもらえるものなのかな。
ど、どうしたらいいんだろう。
もしもわたしが本当に『珠霊人』の最後の一人とかなら……わたしはどうしたらいいの。
ここは人間の大陸。
亜人の大陸に渡っても、頼る人はいない。
い、一体どうしたら……。
「ティナリス?」
「!」
部屋から人の声。
驚いて立ち上がる。
窓の方から室内を見ると、リコさんが部屋を見回していた。
……リコさん……。
「リコさん! 体は大丈夫ですか?」
「ティナリス、ベランダにいたのか」
「は、はい。よければどうぞ」
ガラス扉を出るとそこはウッドデッキの床、見晴らしのいい屋根の上。
朝の澄んだ空気も登ってきた太陽に暖められ、だいぶお昼の匂いになってきた。
ここからは湖も、キャンプ場も畑も果樹園もぜーんぶ見える。
特に湖の水平線。
色とりどりの果樹園。
そして、水平線の向こう側にある大森林。
空の青と相まってとても綺麗だ。
息を思い切り吸い込むと…………ほんの少し心と体が軽くなる気がした。
体に溜まっていた鬱々としたものが、新しく入ってきた空気により出ていくような……そんな気分。
……そうよね、わたし……この明るくて綺麗な場所で育ってきたのにどうしてうじうじしてたんだろう。
お父さんとナコナに話すのは、まだ勇気が出ない。
さっきの……お父さんのお兄さんの話をした時の二人の表情を思い出すと胸が重くなる。
まだ額に石が現れたわけでもないし、現れたってなんとか隠してみればこれまで通りでいられるかもしれないし!
「美しい景色だな」
「はい!」
「……まるで心も生まれ変わるような気持ちになる」
「……そうですね」
ベランダの手すりに手を乗せて、リコさんと二人で見渡す限りの自然を眺める。
こんな大自然に比べたら、なんて些細な悩みなのかしら。
なんとかなる。
そうよ、なんとかなるわ!
生きているんだもん……お父さんに恩返しして、あと、あの時助けてくれた黒い獣のお兄さんにも……。
……そういえばあのお兄さんへの恩返しってどうしたらいいんだろう。
まずお兄さんを探さなきゃいけないんだけど……お父さんの話だと幻獣らしいとかなんとか……。
じゃああのお兄さんは幻獣大陸の人だったのかしら?
あれ?
でもわたしを助けてくれたのはこの大陸よね?
「ティナリス、改めて礼を言わせてくれ」
「へ?」
「助けてくれてありがとう。……結局、顔まで治ってしまったよ」
「…………」
心地のよい風が吹く。
リコさんの右側だけ長い前髪がその風で揺れると、えぐれて赤くなっていた右半分は綺麗な肌に治っていた。
あの大きく鎧を砕いた怪我だけじゃなく、顔をこんなに……。
あ、ということは。
「じゃあ、もしかして初めて会った時の大蛇の魔物に噛まれた足も……」
「ああ、完全に元通りになっていたよ。すごいな。あれが『万能治療薬』。…………」
「そうですか! ……よかった」
柔らかく微笑むリコさん。
これまでは見慣れていてもどこか怖かったけど、今はとても美人なお姉さんだ。
わたしも嬉しくなる。
リコさんには錬金術のこと色々教えてもらってたから、是が非でも恩返ししたいと思ってたのよ!
今よりもっと腕を磨いて、今度は『万能治療薬』の『最良』質を作ってやるわ!
待っていなさい、お父さん!
『基準』じゃなくて、『最良』をその口にぶち込んであげる!
うん…………やっぱり当面の目標はこれでいい、かな。
種族のことは……もう少し調べて確信を持ってから話すとしよう。
でもそうなると…………、……そうね、現地……『ジェラの国』があったところに……行ってみる必要があるかも。
なにか手がかりがあるかもしれない。
あとは亜人の大陸。
『ジェラの国』……珠霊人の国ははなんで人間大陸にあったのかしら?
そのくらいならシィダさんたちに聞いてみてもいいかな。
「ティナリス、少し今後のことを話そう」
「へ? あ、はい? 今後のこと?」
「ああ。私が国に戻ったあと、私は国の偉い人たちに顔のことを聞かれるだろう。私のこの顔を治すことができるのは『万能治療薬』か『高位聖魔法』、あるいは失われた奇跡の力……『
「……」
ごくん。
そ、そういえば……お父さんとリコさんの喧嘩の原因はそれだった。
わたしが作った『万能治療薬』の存在は、作り方の確立していない『幻の薬』のひとつ。
リコさんの顔が治ったことは、つまりそれの存在が『ダ・マール』に知れ渡るということ……。
もし知れ渡れば、わたしは『万能治療薬』を作ったという実績のある錬金薬師として名前が大陸中に知れ渡るとかなんとか……。
そ、それは……嫌だ!
なによそれ、わたしは……それでなくとももしかしたら珠霊人の最後の一人かもしれないのに……そんなに注目されたら普通に生きられないんじゃない?
むりむり、いや……、いやよ。
「わ、わたし、どうなるんですか」
「君が『万能治療薬』を作ったと知られれば、『ダ・マール』は君を招待するだろう。そしてアリシスのように国家錬金薬師の地位を与え、国に縛ろうとする。不自由はないだろう。しかし、恐らく自由もない。作りたくない毒薬や、爆薬なども作らされる。『エデサ・クーラ』の動向を思えば間違いなく国にとっては貴重な“戦力”として扱われるだろう」
「…………」
「だが、私もマルコスも……きっと誰もそれを望まない。だから、シィダ殿に頼んできた。私の顔を含め、怪我を治したのを、貴方ということにはできないものかと」
「…………え?」
シィダさんの名前に顔を上げた。
リコさんは、私の方へと体を向けて目線を合わせるようにしゃがみこむ。
「シィダ殿はエルフの偉大なる旧王……旧時代の王、レェシィ王の魔本に選ばれた太陽のエルフ。あの魔本はエルフの七つの宝具の一つとされ、全ての属性魔法を使うことができる。つまり、あの方は『聖魔法』を使えるんだ。……もちろん、あの方に聞いたところ全属性を使える代わりにどれかを特化して使えるわけではない。なので、マルコスの腕を再生させるほどの『聖魔法』は使えないと言っていた。この意味がわかるか?」
「! ……………」
「……ただ、昨日の時点でキャンプ場にいた客たちが君が私に薬を飲ませるところを……見ていたかもしれない。それが『万能治療薬』だと、分かった者はいないとは……思う。だが確実ではない。確実ではないが、私は兜をかぶっていた。私の素顔を知る者は多くない。……だから、大丈夫だとは、思う。しかし、確約はできない」
「…………はい、そう、ですね」
一瞬喜んでしまったが確かに……そう、よね。
あの場所からキャンプ場は畑を挟んでいるから見えづらいし、みんな戦いの方に注視していたと思う。
でも、確かに可能性は全くない……なんて、言い切ることはできないんだ。
「だから、とにかく……つらいかもしれないが嘘をついてくれ」
「!」
「君の身を守るための嘘だ。私の顔は……君の薬ではなくシィダ殿の『聖魔法』で治した。……いつか君が高名な錬金薬師となり、君を守ってくれる人が現れるまでは」
「……はい」
…………わたしを守ってくれる人?
ナコナじゃ、だめなのかな。
と、思ったけど……だめだよね、だってナコナも女の子だもん。
そうね……なんとなく、リコさんの言いたいことがわかるような気がする。
これも精神年齢のせいかな?
まあ、精神年齢でもリコさんの年齢にはまだ少し届かないけど……。
「わたし、大丈夫です。それに、わたしの目標はお父さんの腕の治療ですから。今後も『万能治療薬』の研究は続けたいと思います! えっと、だからそのー、これからも色々、わたしに錬金術のことを教えてください! お願いします!」
「…………。…ああ、もちろんだ」
十歳のわたし 了
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