十歳のわたし第4話



「繁盛しているらしいな」

「おかげさまでな。ティナとナコナが色々考えてくれるから、お客も増えてきたんだ。……とはいえ、宿泊客はみーんなキャンプ地にとられて部屋に泊まる客は相変わらず増えないんだけどな! ははは!」

「笑いごとではありません」

「そーよ、父さん。なんというか、これじゃ宿屋として残念どころじゃないわよ!」

「あ、はい……すみません……」


 宿屋なのに宿部屋に泊まってもらえないなんて本末転倒じゃない。

 温泉を宿部屋宿泊客限定にするのも考えたけど、答えはさっきと一緒……わたしたちが知らない間に勝手に入られるようになるだけ。

 鎧を脱いだリコさんが、喫茶コーナーでお茶を飲む。

 ……なんだか優雅だわ。

 リコさん……本当にお酒さえ飲まなければ気品溢れる貴族のお嬢様みたい。


「ところでお前の親戚と若手騎士コンビはどうした?」

「ふむ、釣りに行っている。リスは釣りに興味があるらしい。……ガウェインとベクターは釣れた魚の数で勝負とかなんとか……」

「え! なんでそんな面白そうなことにあたしを誘わないのよ!? 父さん、あたし今夜の夕飯釣ってくる!」

「おう、行ってこい行ってこい」

「…………」


 ……今晩はムニエルかな。

 まあ、いいや。

 それよりも……。


「亜人の冒険者さんと残りのお二人、なかなか来ませんね」

「そうだな。しかし、ミハエルとクノンなら大丈夫だろう」

「あの二人か! ……そうだな、あの二人なら大丈夫だろうな」

「? お強いのですか?」


 うちの宿に来たことある騎士さんじゃない。

 初めて聞く名前だわ。

 お父さんとリコさんが二人で「大丈夫」というのなら、相当な手練れの人なのかも。


「強いな。二人ともいわゆる防御力重視の重装備兵だ。ああいうのは装備の重さで動きが鈍るんだが、あの二人は重装備兵の中でもかなり動ける。十年前の戦争も経験している中堅どころって感じだな」

「うむ、あの三馬鹿よりよほど判断力もあるし実力も確かだ」

「なるほど」


 宿に着いた途端釣り勝負などで遊ぼう、なんて言わない堅実な人たちということですね。

 いや、別に自分たちでご飯を釣ってくるのはいいですけど。

 お金もいただきましたしー。


「それで、話とはなんだ?」

「ああ。……ティナ」

「はい……」


 扉には『クローズ』の看板を下げてきたからお客さんは入ってこない。

 ナコナも出て行ったからこの家の中には私たち三人だけ。

 お父さんに促される形でポシェットの中から例の物を取り出した。


「…………これはっ」


 リコさんが息を飲む。

 と、いうことは、やっぱり……。


「……どうだ? 俺の鑑定魔法が間違っていなければ……」

「あ、ああ、私の鑑定魔法でも…」

「や、やはりか。質は? 俺の鑑定魔法では『基準』と出た」

「私の鑑定魔法でも『基準』だ。…………。どこでこれを? まさか……」

「は、はい、あの……上級をたくさんつくっていたんですけど、その時余ったやつを普通に錬成したらできたんです……。色も薄いし変なものも入ってるし失敗だと思ったんですけど……」

「では作り方は……」

「通常の錬成方法です。『凝縮』した粉末は使いましたけど……」

「量は?」

「え、あ……」


 量は『通常分』だ。

 大瓶は『三分の二』で作ったけど、まさか『通常分』で作ったから?


「なるほど……。しかし『凝縮化』したものを『通常量』での錬成はこれまで幾度も試されてきた。ティナリスが錬成したから、とは思えないが……」

「はい、それは……」


 これまで、高名な錬金術師も試してきた方法なら……『わたし』が作ったから、なんて理由にはならないと思うわ。

 大体、『わたし』だからという理由なら同じやり方をすればまた作れるってことになる。

 そうなったら『わたし』を調べるしかない。


 …………絶対ヤバイわ。

 そんなのお断りよ。


 いや、いっそきちんと調べてもらった方がいいのかな?

 ……でもそんなの怖い。

 目を閉じて想像してみる。

 なぜかわたしの想像の中にはリスさんがヤバめな機材を両手に持ち、ニタニタしながらキュイィィィィン…………と……。

 む、無理無理無理無理超無理絶対無理!


「なんにしても、もう一度ティナリスに作ってもらい検証するのが一番だろう。今後は分量や手順をその都度メモしてくれ。作り方が確立すれば錬金術の世界は新たなステージへと登れるだろう」

「は、はい、わかりました! ……あの、リコさん」

「なんだ?」

「……もしコレの作り方が確立したら……そのあとは……錬金薬師が目指すものってなんなのでしょうか?」

「…………。生命薬だろうな」

「生命薬?」

「霊妙薬とも呼ばれる神秘の薬。大昔、旧時代の錬金術師の祖『聖人ケリア・ヴェルジュ』が一つだけ錬成に成功したと言われる『永遠の命』を与える薬。……『聖人ケリア・ヴェルジュ』は『原始星ステラ』の祝福を受け、錬金術師となり生命薬を錬成させた。彼は床に伏した妻へと生命薬を捧げたが、彼女は受け取らずに寿命を全うした。『ケリア・ヴェルジュ』は『彼女が望まないものを遺していても争いの火種となる』と言い残し、生命薬を枯れた井戸の底へと捨ててしまった。……錬金術師の歴史に残る、伝承だ」

「…………」


 それってつまりは『不老不死の薬』ってこと?

 どんな病気も治す薬なら素敵だと思ったけど、不老不死とか確かに争いの火種にしかならないわね。

 いらないわ。


「乗り気ではなさそうだな」

「それは、はい。わたしは興味ないですね」

「ふふ、欲のない。……それで、これはどうするんだ?」

「あ……」


 そうだ、わたし……お父さんに『万能治療薬』を……。


「お父さん、あの……」

「…………」

「……お父さん?」


 腕を組み、すごく難しい顔をしている?

 ううん、もうこれは険しい域だわ。

 思わず口ごもって、お父さんをじっと見上げてしまう。

 万能治療薬はリコさんの手からわたしへと戻ってきた。

 ……お父さんの腕を、これで治す。

 わたしの、わたしなりの恩返し。

 ずっと恩返ししたいと思ってた。

 でも……。


「ティナ、この薬……リコにあげないか?」

「え?」

「な、に?」


 いきなりなにを言いい出すの?

 リコさんにあげる?

 それは、『ダ・マール』の騎士団が治療薬を集めているから……?

 前のめりになるリコさん。

 リコさんの表情は、お父さんよりも険しい。


「俺はいいさ。でも、リコは女だろう? ずっと気にしてるじゃねーか、その顔」

「!」


 ……錬金術の失敗で抉られたという顔の右側。

 そ、うだ、リコさんも……。

 リコさんの顔も、万能治療薬コレなら治る!


「バカな! なにをバカなことを! 私のこの顔は自業自得だ!」

「んな事言ったら俺だって自業自得の結果だ。些細なものとはいえ、戦場で油断した結果。でもお前はずっと気にしてたじゃねーか、ロンドレッドに構われなくなったのは顔のせいでもあるって、散々愚痴愚痴言ってたくせに」

「そ、それはそうだがそれだけじゃない! 私がロンドに相手にされなくなったのは元からだ! ってなにを言わせる!」

「だとしても、お前さん元はいいんだ。顔を治せば新しい貰い手もつくだろう。アヴィデの家の女なんだ、しかも直系の。顔さえ治れば引く手数多のはずだ。今度こそ見てくれだけで男を選ぶんじゃねーぞ」

「な……、っ……な、なっ、なにを、勝手なことばかり…!」


 ……ん、うん?

 な、なんか雲行きが怪しくなってきたというか……?

 も、盛り上がって参りました?

 テーブルを両手で叩き、その勢いのまま立ち上がったリコさんに、わたしの横で腕を組んだままフイ、と顔を背けるお父さん。

 ちょ、ちょっと、あのー?


「ティナリスはお前の腕を治すために『万能治療薬』を目標にしていたんだぞ! それを貴様という男は……娘の努力を踏み躙るつもりか!?」

「そうじゃない! ティナだって女だ。お前の顔を治した方がいいと思うさ!」


 ……ならせめてわたしに確認を取ってくれませんかお父さん。

 いえ、もちろん賛成ですけども。

 リコさんの顔も治せるなら治したい。

 だってわたしの師匠よ。

 そもそもこの万能治療薬だってリコさんのアドバイスを試した結果だ。

 偶然の産物だとしても、この結果を与えてくれたのは間違いなくリコさんの指導あってのもの。

 リコさんに教わらなければ到達し得ない。

 だから、師匠への恩返しもできることならしたいわ。

 ただ、順番的にお父さんが先かなって思ってた。

 思ってたんだけど…………結婚…………。


「…………」


 確かに結婚を考えるならリコさんが先の方がいいかも。

 この世界のバツイチがどんな扱いなのかはよくわかないけど、ナコナのお母さんが幸せそうなら前世と同じようなものなのかもしれない。

 だとしても女性にとって『結婚』は人生の一大イベントの一つ!

 例えば結婚式にドレスを着て好きな人にキスをされる時……リコさんの場合顔半分が抉れてない。

 ……な、な、治したい!

 すごく治してあげたい!

 そんなの辛すぎるわ!

 女として、ものすごくリコさんに治ってほし〜〜い!

 正直『万能治療薬』なんてホイホイ作れるものじゃないけど、でも入手が最も困難な希少素材『ワルプルギスの香草』は裏山で採取可能!

 むしろ他の素材がギャガさんに仕入れてきてもらわないと手に入らない。

 今回と同じ手順で作れるのならお父さんは申し訳ないけどその次まで我慢してもらうとして……いや、確かに『幻の薬』である万能治療薬がまた作れるという保証もないのだけれど諦めるつもりもないし……。


「バカか! 貴様それでも青の騎士団副団長だった男か!」

「なん……」

「私の顔が治ったのを『ダ・マール』の国の者たちが見たら『万能治療薬』を使ったと一発でバレる! そうなったら白の騎士団や元老院はティナリスを『ダ・マール』へ招く! 表向きの聞こえはいいが……そんなこともわからないほど腑抜けたかマルコス・リール!?」

「そ、れは……!」

「だがお前の腕が生えたところで誰が気にする? 一介の、街道沿いに建つ宿屋の店主の腕が生えたくらい誰も気がつくまいよ! わかるだろう、私の顔など……鎧で隠れる! 私は騎士だ! 錬金術師だ! 生物学的な幸せなど、とうの昔に捨てている!」

「それが! 気に入らねーと言っている!」

「!」


 ドン!

 と、今度はお父さんもテーブルを右手で殴って立ち上がった。

 ……テーブル……痛くない義手で殴るとか娘は複雑ですお父さん……。

 で、ではなく……お父さんが激昂した。

 ナコナやわたしが危ない目に遭いそうな時なら見た顔、聞いた声。

 でも、これはそういうのじゃない。

 そういうのとは、多分全くの別物。

 お父さんが……ううん、マルコスさんが『お父さんの顔』をしていない。

 こんなの初めてかも……。


「お前が使え!」

「断る! 色々な意味で断る! 貴様が使うのが相応しい! ティナリスの努力を無駄にしないためにも! 彼女の安全のためにもだ!」

「前髪と鎧兜で隠れるのならお前が使ったって問題ねーだろーが!」

「そんな問題ではないと言っている!」


 お、おいおいご両人、なんで押し付け合いになってるんですか。

 遂には立ち上がったままじゃんけん勝負が始まる。

 え? この世界じゃんけんがあるのかって?

 あるわよ、わたしが教えたからあっと今に『ダ・マール』にも広まってるらしいわ。

 気軽に勝負が決まるし平和的だと高評価なのよ。


「三回勝負だ!」


 とどちらかが言い出せば……


「五回勝負だ!」


 と、なり……


「七回勝負!」


 ……………………だめだこりゃ。


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