十歳のわたし第5話



 翌朝早く、ナコナとお父さんが巣穴へ戻るボアを狩りに行っている間、わたしは玄関を掃除していた。

 床の掃き掃除をしていると一人の騎士が『ロフォーラのやどり木』を目指して歩いてくるのが見えて、一瞬見間違いかと思い固まってしまう。

 ゆ、幽霊?

 あ、いや、違うわ……身の丈ほどある白と青の盾を背負った重装備兵だ。

 霧の中を悠然と歩いてくる姿に、慌てて箒を階段の脇に立てかけて駆け寄った。


「あ、おはようございます! ええと、リコさんの御一行の方ですか?」

「いかにも。我が名はクノン。青の騎士団、第五部隊副隊長を務める。黒の騎士団団長、リコリスは何処か」

「ご案内します」


 …………どうして一人なのだろう。

 声の感じは女の人っぽいけれど、兜で表情がわからない。

 ただ、白と青の鎧や盾は薄汚れている。

 雰囲気的に緊急性は感じないけれど……。


「あの、もうお一方と亜人の冒険者の方々がいらっしゃると伺っているのですが……」

「……そうだね、宿屋の方なら客のことを管理するのは当然か」

「え、えーと」


 やば、聞いちゃだめだったのかな。

 心配になって見上げると兜が外れる。

 少し色合いの濃い褐色に近い肌と、パサついた黒檀の髪をポニーテールにした女性だ。

 ……あれ? なんかこの人、誰かに……。


「ならば話し合いに同席するといい。少々厄介なことになったのだ」

「は、はあ……」


 ……というわけで、リコさんたちの泊まる六人部屋。

 鎧を脱いだラフな格好の皆さん。

 ……一人だけまだ布団にくるまって幸せそうな寝息を立てている人がいるけど、まだ朝は早いし仕方な————。


「起きよ」

「ぐっはぁ!」

「!?」


 あの大きな盾で一人寝ていたベクターさんが、文字通り叩き起こされる。

 リコさんとガウェインさんとリスさんにはまるで日常茶飯事とばかりに「ティナリスおはよう」とわたしに挨拶してくるけど……いや、あれ、死なない!?

 修学旅行で布団に寝てた人が踏んづけられて内臓破裂で死ぬ事故並みに危なくない今の!


「あ、あの……」

「ああ、問題ない。クノンも手加減しているはずだ」

「それよりも先輩、ミハエル先輩はどうしたんですか?」


 マジで気にせず話を進めるリコさんとガウェインさん。

 ゲホゲホ噎せ返るベクターさんは状況をそれでも察したのか「酷いです姉上……でもおはようございます」と涙を滲ませながら立ち上がる。

 さすが騎士。

 そして、やっぱりお姉さんだったのか……おおう、似てるとは思ったけれど……!


「うむ、状況が変わったので知らせにきた。彼らは仲間がもう一人いたらしい」

「なんだと? では四人だったのか?」

「人の騎士を信用していなかった、とコボルトの戦士が語った。無理ないこと故に責めないでほしい」

「無論だ。で、その四人目は?」

「それが森の中ではぐれたそうだ。翼ある民で、飛んで行ってしまったと。……私とミハエルだけで彼らの仲間を探すのは困難と判断した」

「確かに……魔物が出る近辺ともなると……」


 なんていうか、騎士同士の会話って感じだわ。

 というか、つまり亜人の冒険者さんたちは合計四人だった。

 でもそのうちの一人が派手にはぐれていなくなり、探しているうちに自分たちも迷ったってことね。

 そこをリコさんたちが保護しようとしたけれど、まだ人を信用できなかった彼らはなんとか仲間を探しつつ宿屋に行こうと画策したもののついに音をあげた、と。

 ふむふむ……。

 …………こっちはこっちでしょうもないわね。


「マルコス元副団長に案内を頼んではどうでしょうか。この近辺なら地元の元団長に協力を仰ぐのが最も効率的かと思います」


 とガウェインさんが提案すると、リコさんがものすごく眉を寄せる。

 その顔にビクッと肩を跳ねる部下たち。

 表情も強張る。

 ま、まあ、リコさんの顔で睨まれると……なんというか威圧感ってもんが……ねえ?


「…………。……あ、あのう、わたしでよければご案内します。わたしも一応地元民ですし、素材集めなどで森の中はそれなりに把握していますから……」

「な、なに? しかし君のような子どもにそんなことを頼むのは……」

「大丈夫です。今日は畑仕事くらいしか予定もありませんでしたので」


 ランチとデザートの時間は大体一時間。

 下準備は大目に二時間くらい取っておきたいけれど……今日のデザートはアップルパイだからそんなに時間はいらない。

 パイ生地とアポーンは昨日の夜……例の喧嘩に付き合ってられないので……準備してあるし、包んで焼くだけだから平気かな。

 窯はナコナに温めておいてもらえればいいし、包んで焼いて、切り分けてお客さんに出すくらいナコナとお父さんにも余裕でできるものね。


「そういうことではないのだが……」

「それに、ワルプルギスを探しに行きたかったし!」

「ワルプルギス? なんだ、それは」

「上級治療薬の材料となる香草です。とても貴重なものなんですよ! 普通に買うと一万コルトはくだりません! でも、ロフォーラ山の中に自生しているんです」

「! それほんと!?」


 食いついたのはリスさん。

 だよね、錬金術師にとってもワルプルギスは貴重品だよね!

 先程までとは別人のように目を輝かせて椅子から立ち上がってわたしに近づいてくる。


「是非! ご一緒しよう!」

「リステイン……」

「だってリコ姉さん! ワルプルギスだよ!? 申請したって滅多に入荷しない!」

「そうだが……」


 呆れた顔のリコさん。

 しかし、リスさんはもう止まらなさそうだ。

 ……正直リスさんがどんな錬金術を研究しているのかはわからないけど、多分わたしと違って危ないことに使うんだろうなぁ……。


「敵の装甲ごと一瞬で肉を溶かす融解弾が作れるかもしれないんだよ!」


 …………お、思っていた以上にロクでもない……。

 笑顔でなに言ってんだこの人。


「そ、そういうものは対魔物用にしろと言っているだろう!?」

「え? え? あ、ああ、うんそうそう、対魔物用対魔物用」


 リコさんに怒られても顔は緩んだままのリスさん。

 ……な、なんにしても、そういうわけなのでわたしが同行することになりました!

 皆さんが鎧を着込み、朝食もそこそこに森へ出かけるのに採取用ポシェットと愛用の薬入れ用のポシェットへ上級治療薬を四本、下級治療薬三本、解毒薬二本、下級異常状態回復薬一本を入れてわたしも準備オーケー。

 採取用ポシェットには手袋やピンセット、小瓶などなどが入る。

 ナコナにアップルパイを頼み、そちらもオーケー。

 で、そのことを話した際、ものすごーく険悪なお父さんとリコさんの空気に皆さん「あ、なんか喧嘩したっぽい」と悟ったらしい。


「……ねえ、ティナは理由知ってる? お酒の席の喧嘩?」

「うーん、お酒は飲んでなかったけど……」


 理由は知っているが他の騎士がいるところでは話せないかな。

 ナコナはいつもと違うお父さんにかなり動揺してる。

 でもなんつーか、こう、なんて言えばいいのかしら……複雑なのよ、わたしも。

 二人の言っていることは、どちらも正しいんだもの……。


「……うん、まあ、喧嘩してるけど……痴話喧嘩みたいな?」

「痴話喧嘩ぁ?」

「うん、なんかね……お互いを大切にしてるからする喧嘩みたいな感じだった」


 目を丸くするナコナ。

 そりゃ別に恋人でもなんでもないお父さんとリコさんの喧嘩を痴話喧嘩なんて表現するのは少し違うのかもしれないけど……。

 お父さんやわたしの身を案じてくれるリコさんと、リコさんの女性としての人生を案じるお父さん……。

 わたしはどちらも正しいし優しいと思うの。

 怒る理由が自分のことじゃないんだもん……。

 残念ながら万能治療薬は一本だけ。

 失くした部位すら回復させると言われる万能治療薬……腕を失ったお父さんと、顔の半分を失ったリコさん。

 使えるのはどちらか一人……なら、相手に……と押し付け合いになった。


「……どーゆーことー?」

「お人好しの押し付け合いかな」

「あ、ああ……」


 なんか察したナコナ。

 そうなのよね、この二人、似た者同士なのよ。

 お人好しで、頑固者で、多分騎士故の負けず嫌いとか、まあ諸々ね。


「騎士の人たちと一緒だから大丈夫だと思うけど、あんまり前に出すぎたり採取に夢中になりすぎてはぐれないようにしなよ? 案内役なんでしょ?」

「うん、わかってるよ」


 ナコナも割と心配性。

 腕を組んだまま睨み合うお父さんとリコさんを引き離すためにも、そろそろ出発といきますか。

 ……あの二人の険悪なムードは騎士の皆々様に大なり小なり影響があるっぽいし。


「では、行きましょう! それで、クノンさん、亜人の方々はどの辺りにいらっしゃるんですか?」

「あ、ああ、宿から少し南西に行ったところだな……山の麓の森だ」

「…南の森ですね」


 ロフォーラ山は西、リホデ湖は東、宿はその真ん中とするとロフォーラの麓に立つ宿は左右裏手に森がある形だ。

 南に進むと街道への道。

 で、その街道への道の脇にあるのが南の森。

 わたしとナコナが以前迷子になり、リコさんと魔物の戦闘に遭遇した場所。

 ふむ、あの森ならまだましかな。

 北の森は南の倍どころじゃなくだだっ広い。

 わたしも南なら多少わかるけど北の森はロフォーラ本山を囲むように広がっているから、多分お父さんでも全ては把握していないだろう。

 そちらに迷い込まれているとなると、正直手に負えないわ……。


「わかりました、とりあえず行ってみましょう」


 というわけで騎士を五人引き連れ森へと向かう。

 南の森も北の森程ではないにしろやはりそこそこ広いのよね……。

 それに、この世界はどこからどこまでが誰の領土、とかないから余計に探すところが多くて困るわ。


「見境なく探すわけにもいきませんし、南の森の東側……今日は南を中心に探しませんか?」

「そうだな、南の森を四分割するようにして、まずは南東側をくまなく捜索する。うむ、その方法で行こう」


 リコさんに了解をもらい、まずは亜人冒険者さんとミハエルさんの四人に合流することにした。

 彼らに状況を説明し、声で連絡が取れる範囲を手分けして捜索する作戦である。

 ……はあ、携帯電話でもあれば楽なのになー。


「…………」

「? なに、ティナリス」

「あ、あのー、リスさんとリコさんが研究している錬金術はどんなものなんですか?」


 リスさんに関してはロクでもないもののようだけど、カラオケのマイクや携帯電話も元は軍事技術の民間転用と聞いたことがある。

 彼らの技術を上手い具合に利用できないものかしら。

 そう、携帯電話とかオーブンレンジとか電気ポットとかガスコンロとか電気コンロとか……。

 期待を込めてリスさんに聞いてみると……。


「なに、錬金兵器にも興味あるの?」

「へ、兵器にはないですけど」

「だろうね。だとしても悪いけど君には教えられないなー。錬金術と名のつくものに触れたことのある相手に、自分の研究をベラベラ喋る錬金術師はいないよ」

「う……」


 そ、それもそうか。

 でもわたしリコさんには割とベラベラ喋っているような?


「それに、僕とリコ姉さんの技術は軍事的なものだから守秘義務もあるしね」

「そ、そうですか」


 そりゃそうだわ!

 非常に当たり前のことだわ!


「まあ、でもコレのことなら少し教えてあげるよ。前に教えた気もするけど」

「あ、はい。それは以前にも教えてもらいましたけど……」


 ガシャ、とリスさんが左右の腕に装着しているのは拳銃。

 この世界だと『原始魔力銃エアー・ガン』という。

 ……名前だけ聞くとわたしの世界にもありそうな感じだが、威力は一発で人の頭を吹き飛ばす。

 リコさんも同じような装備だが、彼女の物はもっと大きく威力は人の上半身まで吹っ飛ばすレベル。

 対魔物兵器とされているが戦争になればこれらは大量殺戮兵器と化すのだろう。

 なんか反動を軽減させるためにあーだこーだと解説が始まった辺りからよくわかんなくて聞き流してたのよね。

 こ、こういうのは携帯にもオーブンレンジにも使えなさそうだからノーセンキューですー……。


「……でも、それって武器ですよね? 錬金術というより技術的なものなのでは……」

「外側はそうだけど……あ、構造の話?」

「いえ、いいです。構造とか聞いてもわかりません」


 構造じゃなくて、弾となる『原始魔力エアー』の云々かんぬんが知りたかったんだけど……多分その辺りが機密なのよね。

 うーん、素直に諦めるか……。

 ……せめてオーブンレンジは欲しいな〜……薪のオーブン大変なんだもん〜。

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