十歳のわたし第3話



『技』とは…………。

 錬金術において、鍋の中、フラスコの中へ注ぐ繊細な『魔力量』。

 騎士や、上級の冒険者は戦闘技術でそれを使いこなすことにより『技』として昇華する。

 まあ、簡単に言えば蛇口から出る水をどう上手く使いこなすか、だ。

 ホースに繋げて、口の部分を摘めば少量でも凄い勢いになる。

『技』とはつまりそういうもの。

 使いすぎて体の中の魔力が足りなくなればやはり『魔力回復技術』を覚えていた方がいいけれど、錬金術師と違って“使いながら使う”必要があまりないのが羨ましい。

 もちろん“使いながら使える”リコさんのような騎士は凄まじい実力を誇る。

 やはりそこは『魔力回復技術』の練度にかかっていると言えよう!

 ちなみにこの世界の人は『自分の魔力の使い方』が絶望的にど下手くそな人が大半を占めているらしく、冒険者の八割は『技』を使えない。

 なんでも、学ぶのにお金がかかるので我流でやってみようとするが簡単ではないので結局諦める人ばかりなんですって。

 騎士団に入れば騎士学校で教えてくれるらしいけど、それでも使い方は本人の感覚・才覚・努力。

 なので、あの歳で『技』を複数習得しているナコナは『天才』なのだろう。


「フフ、また腕を上げたな」

「ホントホント、俺たちの出番完全に取られてしまったな」


 ザワ、と店内が少し騒がしくなる。

 紫紺の鎧。髑髏の兜。

“彼女”を先頭に、青と赤、黒の鎧を纏った騎士たちが一人ずつ歩いて宿へと入ってきた。


「『ダ・マール』の騎士だ! すごい、“三色”も揃ってる!」

「素敵……私、初めて見たわ!」

「ねえ、あの青の騎士様イケメンじゃない!?」

「えー、私はあの赤の騎士様の方が……」

「あーん、どっちもイケメ〜ン!」


 きゃー、と早くも女性の旅人さんたちが黄色い悲鳴を上げる。

 あー……まあ、そう、思うわよねー……。


「なーんだ、リコさんたち近くまで来てたの?」

「君の“獲物”を横取りするのは悪いと思ったが、こちらで処理しておいた方がよかったか?」

「ううん! たまに“実践”しておきたかったから回してくれてありがと!」

「やれやれ、お嬢は今日も元気ですね」

「まあ、盗賊程度ならお嬢にお任せしても問題はないでしょう」

「そだな。相手が“魔物”なら話は別だけど」


 …………さて、ご紹介しましょう!

 お一人目、髑髏の兜と紫紺の鎧を纏った大柄な騎士はリコリス・アヴィデさん。

 そう、わたしの錬金術の師匠です。

 その部下、もう一人の黒騎士……リステイン・アヴィデさん。

 リコリスさんの従兄弟のご子息で、同じく攻撃特化の錬金術師。

 まあ、リコさんに言わせると「まだまだ」らしい。

 攻撃特化の錬金術は、わたしとは畑違いで全然どんなものなのか理解できないのよね。

 説明されても「はあ?」だったわ。

 そして!

 女性のお客さん方がきゃあきゃあ黄色い悲鳴をあげる、青と赤の騎士様。

 まずは青の騎士様。

 お父さんの元部下の一人でガウェインさん。

 まだ名字はない。

 金髪緑眼の美青年。

 いやもう物語に出てくる王子様って感じ。

 でも、平民からの叩き上げの成り上がりでお父さんも認める超努力家で苦労人。

 お父さんが騎士団にいた頃はちんまいガキの騎士見習いだった、らしい。

 そして赤の騎士様。

 赤の騎士団でガウェインさんのライバル的存在、ベクター・マシードさん。

 そう、彼は名字持ち。

 名門マシード家の嫡子で跡取り息子。

 褐色の肌と黒檀の髪、青い瞳のガウェインさんとは違ったアジアンなイケメン。

 マシード家は『ダ・マール』の聖職者一族で、代々『ダ・マールの神』を祀る聖堂を守護しているそうよ。

 方や平民出の叩き上げ、方や名家の跡取り息子……個人的にはガウェインさんを応援したくなるけど、さて、世の女性はどちらが好きかしらねー。


「とりあえずふん縛って『フェイ・ルー』に送りますか? 『ダ・マール』まで連れて帰るのには些か酷な人数ですが……」

「丁度いい、魔物をおびき寄せるのに使おう」

「え」

「え」

「え!」

「え〜……」


 マ、マジすかリコさん!

 き、鬼畜の所業!


「盗賊は縛り首だ。何人か減っても問題はない。むしろ、盗賊などという稼業をやっているのだ、いつ獣に食われてもいいと思っているんだろう」

「そ、そうかなぁ? リコ姉はちょっと考え方が極端じゃない? 魔物の餌にするなら骨を全部抜いた後にしようよ。人骨は加工すると素材として使えるし」

「リ、リス!? そ、それもどうなのでしょう!?」

「こわ! 錬金術師ほんと怖っ!」


 ひええ、錬金術師のイメージが!

 というか攻撃特化錬金術って人骨を素材に使うような錬成するの!? 怖!


「こ、こんにちは、リコさん、皆さん! あれ? 六人でご予約承っておりますけれど……」


 このままでは錬金術に変なレッテルを貼られてしまう!

 喫茶コーナーのお客さんが青ざめる中、外へ出て予約客を出迎える。

 しかし、リコさんの手紙では六人部屋とあった。

 それにしては……四人しかいないわね?


「おお、ティナリス久しいな。ああ、六人できたのだが二人は後からくる。妙な迷子を拾ってな」

「妙な迷子?」

「なにそれ、大丈夫なの? あたしら迎えに行こうか?」


 わたしとナコナが少し心配になって提案する。

 だってこの辺、最近本当に魔物が出るし……。


「問題はないだろう。自称冒険者だったからな」

「自称?」

「冒険者?」


 冒険者なら大丈夫……なのかな?

 でもなにそれ自称?

 クスクス笑うガウェインさんとベクターさん。

 なんなの?


「それが大変珍しいことに、亜人の冒険者パーティーだったんですよ」

「亜人の冒険者!?」

「そう、僕ら人間の冒険者が訪れることに影響されて、ドワーフ、エルフ、コボルトの三人組でパーティーを組んで人間大陸に冒険しに来たんだって。でも森に入って迷ったらしくてね、先輩たちがここまで連れてくることになっているんだ」

「そんなわけで、盟主たちの不慣れな人間大陸旅行を少しでも実りあるものにしてやりたい。四人部屋は空いているだろうか?」

「確認してきますね!」


 リコさんとリスさんの説明にわたしは、とても嬉しくなった。

 だって、亜人の人が泊まりにくる!

 素敵!

『エデサ・クーラ』の侵攻のせいで亜人は人間嫌いな人が多い。

 でもそれでも『ダ・マール』や『フェイ・ルー』、多くの冒険者や商人さんが交流を重ねて、その影響を受けて冒険者になった亜人がいる。

 これは進歩だ。

 こんなに素敵なことはない!

 頑張っておもてなししなくっちゃ!

 外の盗賊たちはナコナたちに任せて宿に戻り、部屋を確認。

 うん、問題なく四人部屋は全室空室ね!


「……………………」


 ……キャンプ場所を提供するようになってから客室はホンットますます埋まらなくなったのよねぇ……。

 だって足場はまだ少しよくないけど中腹まで登れば温泉はあるし、お金を少し払えばご飯は出るし野宿慣れしている旅人がわざわざ倍額払って屋根付きのコテージに泊まる意味って少ない……。

 泊まるのはもっぱらゆっくり休みたい商人さんや騎士さんだ。

 うーん、こういうことじゃないのよねぇぇぇ!

 ……これは温泉を有料化すべき?

 でもなぁ……有料化してもこっそり入られたらわからない。

 こっちはそこまで目を光らせておけないもの。


「うん、食材も大丈夫かな」


 食糧庫を確認する。

 こちらも問題はなさそう。

 表に畑、果樹園、湖があり、裏にはロフォーラ山があるので食糧は基本的に大丈夫なのよねー。

 それにしても亜人の冒険者さんか。

 お会いするのが楽しみだわ〜。


「お待たせしました! 全室問題ありません!」

「そうか、助かる。我々のオプションは食事とデザートを頼む。それと、治療薬はどのくらいあるだろうか?」

「はい、お食事とデザートですね。………」


 メモメモ。

 それと、さすが部隊長のリコさん。

 治療薬の補充ですね!

 ……治療薬の在庫は……。


「下級治療薬が九十二本、中級が五十本、上級は……大瓶が八本ですね」


 作りたてなので……。


「は? …………。……聞き間違いか?」

「あ、いえ……でもその、まだ小瓶に移していないだけで……?」

「い、いやいや? そうではなく、上級の大瓶が八本? 下級の間違いでは……」


 あ、そっちか。

 ガウェインさんが変な顔してるから「大瓶なんて持ち歩けねーよ」的な意味だと思った。


「いえ、あの……前にリコさんに教えてもらった『凝縮化』を試してみたんです! それでいつもより多めに作ることができて……」

「つ、作れすぎではないか?」

「え? そうですか?」


 リコさんとリスさんも目を丸くしてる。

 ……な、なんだろう……わたし、もしかしてまたやっちまった……?


「そ、そうだよ、普通『凝縮化』を使ったって本来作れるはずの量の数パーセントを増したり質を向上させることしかできないよ? ついでにいうとできても『生産量』か『品質』のどちらかだ」

「そ、そうなんですか?」


 リスさんが言うのではそう、なのか。

 ええ、じゃあわたしのやり方なにか間違ってたのかしら?

 リコさんに教わった通りやったつもりだったんだけどなぁ?

 ……でも、実際目標だった『最良』品質は一つもできなかったのよね。


「元々の材料が多かったのか? 」

「えーと、分量としては通常使用で大瓶二つ分です」

「そ、それでも多いけど『凝縮化』で普通そこまで量を増やせるものなの? リコ姉さん」

「いや、無理だ。……凝縮化は元々物質を錬金術で文字通り一度『凝縮』させて材料の本来の効果を向上させ生産効率を上げるもの。本来大瓶二本が八本になるほど……そんな話は聞いたことがない」

「あ、あれ?」


 おかしいな?

 やり方やっぱり間違ってた?

 師匠リコさんがそう言うのでは、わたしのやり方に問題があるとしか思えないぞ?


「しかし逆に考えるとティナリスのやり方で凝縮化を行うと生産性が跳ね上がることになる」

「!! た、確かに!」

「え、ええ〜……わたしリコさんに教わった通りやったつもりなんですけど……」

「メモ通りにやったのか?」

「は、はい。これの前にも何度かやってます。でも、最近ようやくまともに凝縮化できるようになってきたので……」


 それまでは上手くできずに失敗して、普通の分量で普通に作ることになってたのよ?

 教わった時のメモは何度も読み返しているから、やり方は正しいと思ってたんだけどなぁ〜?


「リコリス団長、その凝縮化というのは錬金術の『技』かなにかですか?」

「ああ、材料を一度全部粉末にして混ぜ合わせる。そうすると本来必要な量より数パーセント減らして使用することができる技法だ。また、本来の必要量で使用すると品質が向上する」

「え、それ凝縮化じゃなくてただの粉末化では……」

「わかってないなー、ガウェインもベクターも。はあ、これだから脳筋剣士どもは。粉末化させるのにも錬金術を用いるんだよ? 粉末化は錬金術の中でも上級の技術だ。すでに魔力を受けて粉末化したそれはその時点で効果そのものが上昇している。それを材料に使うのだから、少なくとも使用する魔力は倍だ」

「「は、はあ……?」」


 ……あ、ダメだわ、わかってないわ、イケメン騎士コンビ……。

 リスさんそんなに難しいことは言ってないと思うんだけど。


「えーと、つまり、めちゃくちゃ魔力こもってるってこと?」


 と、ナコナが代弁してくれる。

 ……そうね、まあ……ざっくり言うとそう言うことなんだけど、なんかもう少し言い方があったような?

 いや、まあそうなんたけど……。


「大雑把に言うとそうだけど……でも大変なんだよ。粉末化は時間がかかるから魔力維持がむちゃくちゃ難しいし、魔力回復しながらじゃないと失敗する。こんなことできるのうちの国ならリコ姉さんかアリシスさんだけだよ」

「私は専門ではないので粉末化ならするが薬は作らない」


 リ、リコさん、そうかもしれませんけどそんなきっぱりと……。


「そ、そうなんだー、ティナって平然とすごいことやってのけてたのねー……」

「わたしだって最初はすごく失敗したよ」


 そんなこと言ってたらナコナだって割と平然とすごい『技』使ってると思うんだけど。

 盗賊三十人を一撃でやっつけるってやばくない?


「いや、すごく失敗したよ、っで済む技術レベルじゃないからね?」


 ……リスさんに半目で言われて顔を逸らす。

 そ、そんな恨みがましい顔をされましても〜。

 多分わたしは“器用”なだけだと思うんです〜。


「なんにしても興味深い。あとで『凝縮化』を見せてくれ」

「は、はあ……わたしもリコさんにはちゃんとできてるか見て欲しかったので逆にお願いします。ではこの件は後ほど。まずはお部屋にご案内しますね。ナコナ、喫茶コーナー閉めてくれるかな? 今日のランチタイムも終わる時間だし……」

「そだね、了解!」

「「な、なんと!」」

「え?」


 ショックを受けたような声。

 振り向くとイケメン騎士コンビが両膝と両手をついてがっくりしてる。

 え? なに? どうしたの?


「気にしなくていーよ。あの二人野生の獣や街道に出る盗賊の討伐数でココのランチどっちが奢るか賭けてたんだ。ほんと馬鹿だよねー」

「そ、そうでしたか……」


 ランチとオプションの食事じゃあ料金が違うからなぁ……。


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