十歳のわたし第2話
なんにしても、やることは変わらない。
二年前、温泉への道の整備で知り合ったジロックさんという『デ・ルルア』の工事業者の職人さんが余った材料で作ってくれたわたし専用の錬金部屋。
宿の裏手に作られたワンルーム!
薬品棚が左右にびっしり。
もちろん鍵付き。
危ないものもあるからね。
地下に貯蔵庫もつけてくれたの!
湿気や温度が保管に適している材料もあるからね。
というわけでその部屋で上級治療薬をせっせと作り、大瓶に入れてお父さんに鑑定してもらう。
「ず、ずいぶん作ったな!?」
「ギャガさんに売ってもらった材料を最小限にして、最大限の効果を発揮するように一度全部『凝縮化』させたんですよ! リコさんに教わったのができるようになったんです」
「お、おお? よくわからんがすごいな?」
わからないのに褒めてくれるのか。
お父さんらしいというかなんというか。
「どれ」
ドキドキ……ドキドキ……!
「……『良』品質だな。これも『良』、こいつも『良』」
「ぐぬう」
やはり『最良』品質には至らなかった!
く、悔しい〜っ!
「じゃあ最後に余った材料で作ったこれはどうですか?」
「どれ?」
ポシェットに入れといた色のやや薄いやつ。
余りで作ったので小瓶に入る分のみだった。
しかも変なのよね……上級治療薬の材料で作ったのに、色は下級みたいに薄いピンクだし金粉のようなラメみたいなものが混ざってるの。
どんな失敗よ、これ。
「……………………」
「お父さん?」
傾けたり、下から見たり、そして、すごい顔になったり……な、なんだろう?
そんなに変なものができたのかしら?
……ええ、なによその顔芸人みたいな顔……き、気になる!
あああ、なによその顔〜!?
わたしも鑑定魔法覚えなきゃ〜!
気になる〜!
「……お前、これ……どうやって作った?」
「え? どうって、普通に作ったつもりなんですけど……」
「……いや、だが……俺の鑑定魔法は最低ランクだし……でもな……」
「え? あの、気になるんですけど……」
「……『万能治療薬』……質は『基準』……と、視える。……『万能治療薬』、だとよ。ど、ど、どうする?」
「……え、ば、え、え? ばん、へあ?」
………………………………。
二人で顔を見合わせて固まった。
どちらも口を開けない。
なにを言葉にすればいいのかわからなかった。
お父さんの顔はいつになく真剣だし、真剣だし、真剣だし……いや、うん、ええと、いや、え? 待って? はい? えーと、うん?
「……リ、リコに……再鑑定してもらわないか?」
「は、はい」
必死に首を縦に振る。
大事に持っておくように、とポシェットの中へと戻す。
……そのあとなにをしたのか……あんまり覚えていない。
********
「…………なんか、この間からおかしくない?」
と、ナコナがクッキーを焼くわたしにカウンターから話しかけてきた。
おか、おかしい?
はて、なにが?
「…………」
「なに?」
カウンターの向こう側では旅人さんたちが軽食や甘味を楽しんでいる。
我が『ロフォーラのやどり木』は宿泊客以外にも気軽に立ち寄って休憩できるよう、喫茶コーナーを増やした。
ドアは開け放たれ、コテージ状の玄関バルコニーにもその下の広場にも席を設けてゆっくりできるようにしたのだ。
更にそのまま泊まれるように、湖の釣橋付近に大きなスペースを作りキャンプができる仕様にした。
これにより、宿の客室に泊まらなくても……例えばご飯やお酒、温泉のみが目的のお客さんも『ロフォーラのやどり木』で休めるようになったのである!
お風呂以外はサービスをより細かく有料化し、食事付き宿泊は二千五百コルト、宿泊のみは二千コルト、食事のみなら八百コルト、湖のキャンプ地使用は千コルト……などなど……そんな風に料金を一新したのよ。
そしてお昼時はランチタイム。
ランチは一律五百コルト!
まあ、材料費はほとんどかかってないからぼろ儲けである。ふはははは。
ただしデザートは別。
この世界……『ウィスティー・エア』では甘いお菓子は貴族や王族、聖職者の特権とかで一般人にはほとんど出回ってないらしい。
なので甘いものはやや高額、均一八百コルト!
ふふん、しかもギャガさんからシュガーキビの苗を大量に購入してシュガーキビ畑が完成してからは砂糖も錬金術で作れる。
育成に時間がかかるからそこが少し大変だけど……なんにしても比較的普通より安定的に甘いお菓子が作れるようになったのよ!
甘いものというのはすさまじい……噂が噂を呼び、最近デザートのみを目的に『ロフォーラのやどり木』に来るお客さんが現れ始めた。
そう、いわゆる『観光客』だ!
……なので……そんなお客さんたちにはあまり聞かれたくない。
「え? うそ、マジ?」
「お父さんの鑑定ではそう出たみたいなの。でも、まさかでしょ? リコさんに再鑑定してもらおうと思って」
「そ、そうか。そうね。でも、もし本当に本物ならやったじゃん! 父さんの腕が治せるかもしれない!」
「うんっ」
……遠路遥々甘いものを食べに来たお客さんたちの幸せそうな顔を、カウンター越しにキッチンから眺めるのは楽しい。
しかし、言葉を交わしたこともない……どこの国のどんな人かわからないお客さんに『万能治療薬』を知られるのは危険だ。
それでなくとも、お薬を売ってる店ということです少し変な人も増えてきたし……。
……『万能治療薬』はどの国でも作り方が確立していない“幻の薬”の一つ。
どんな怪我も……お父さんのように四肢を失った人の部位すら回復させたという報告も上がっている。
当然、それは値のつけようもない『価値』。
わたしも正直……これが本物の『万能治療薬』だとするのなら、どうやって作れたのか全然わからない。
だってわたしは普通に『上級治療薬』を作った
まさかそれが『万能治療薬』になるなんて思いもしなかった。
……なんにしてもこれが本物の『万能治療薬』なら、もしかしたらお父さんの右手を元に戻せるかもしれない。
戦争で失ってしまったお父さんの右手は未だ木製の義手。
最近は“左利き”みたいに使いこなせるようになった、なんて笑ってたけどあくまでお父さんの利き腕は右手だもんね。
「すいませーん、傷薬あるかーい?」
「はーい。……いいよ、あたしが出る」
「うん、お願い」
わたしはまだ、注文されたお菓子作りが残ってる。
今日はレモーンとオレンガのパウンドケーキ。
宿から数百メートル……およそ一キロくらい先に果樹園を作ったの。
そこでレモーン(レモンね)やオレンガ(オレンジね)、アポーン(りんごね)やバッナナ(バナナね)などなど色んな果実が採れるのよ。
もちろんロフォーラの山にも野生の葡萄とかベリーがたくさんあるから、そういうものも使ったりするわ。
……別にお菓子作りが前世の趣味ってわけじゃないけど、無職の時代に申し訳なさから家事手伝いをして、ついでにお母さんに少しでも貢献したくてお菓子も作ってた……から、まあ、その経験が今に生きているわね。
複雑極まりないけど。
「五番テーブルの方、お待たせしました。オレンガとレモーンのパウンドケーキです」
「おお! これがケーキか!」
うんうん、すごく喜んでもらってる。
お客さんも増えたし、売り上げは右肩上がりだし、これなら温泉までの道をもう少し安全に整備できるかも。
今は本当に『道』があるだけなのよね。
獣道を道に整備して、温泉を整備して、脱衣所を男女に分けて作って……そのくらいしかできてない。
お客さんにも不便をかけている。
道を石畳に整備して、温泉には仕切りの壁をしっかり作って、それからもう少し脱衣所もちゃんとした形にしたい。
山の中腹まで材料を運ばないといけないからすごくお高いんだもん……仕方ないけど。
あと、マジで宿から街道との間にカフェを作りたい!
受付カウンターの喫茶コーナーは手狭すぎる!
薬の販売は今のところカウンターでやってても大丈夫だけど……うーん、一体幾らかかるかしら……。
「はあ、はあ! み、みんな逃げろ! 盗賊だ!」
「え?」
なんて考え込んでいたらお客さんの一人が大慌てで入ってきた。
その言葉にみんなが顔色を変える。
しかしナコナは一瞬ニヤリと笑う。
あーあ……評判が出回り始めるのも考えものね……。
以前はこんなことなかった。
薬を売ってる店は狙われやすいって、旅人さんのもっぱらの話題。
でも、ご愁傷様だわ……。
「いいよ! お客さんはここにいて! あたしが相手になってくるよ」
「気をつけてね!」
「うん!」
うん、とは言うものの、ナコナは余裕の表情。
わたしもナコナの心配はそれほどしてない。
だって、この世界では錬金術においても魔法においても戦闘においても……多分、あらゆるものにおいて『魔力の使い方』がモノを言う。
以前アーロンさんやジーナさんが「ドーンとかバーン」とか非常に抽象的なことを言っていたけれど……それはざっくり魔力の使い方のことを言っていたのだ。
その点だけで言うのなら多分……ナコナも十分に『天才』だ。
「ギャハハハハ!」
「おお! かなりの人数集まってんじゃねぇか!」
「おーし、お前ら! 客どもをひとまとめにして————」
「まずあんたらがバラけるべきだったね。そんなんじゃいい的だよ!」
「「「へ?」」」
お客さんを一応店内に避難させる。
ぎゅうぎゅうだけど、みんなを巻き込むわけにはいかない。
まあ、多分この辺は大丈夫だと思うけど一応ね。
……ここから確認すると人数は大体三十人くらいかしら?
懸賞金のかかった連中だといいなー。
一人当たり五万コルトくらいだとぼろ儲け……!
「お、おい、あんな女の子一人で大丈夫なのか? この辺に今騎士が来てるらしいし探してきた方が……」
「なんだ、あんたこの店は初めてか?」
「え?」
「大丈夫さ。むしろ、俺たちは運がいい」
「たまにしか見られないからなー」
「え?」
常連さんは“わかってる”。
「拡散打十六連撃!」
「ぎ!」
「きゃーーーーーーー!」
鮮やかな……そして戦闘能力ゼロのわたしにはなんか綺麗な曲線がたくさん舞ってるな〜、くらいしかわからないけど。
いやあ、今日もナコナの圧勝ね〜。
ほんのひとっ飛びで盗賊団との距離を詰め、あの光る曲線連打で三十人を一網打尽。
いつ見ても華麗だわ〜。
「強……!?」
「そりゃそうさ、あの子『ダ・マール』の『蒼き鬼狼』マルコス・リールの娘なんだからな」
「え、ええ!」
「多分その辺の冒険者より強ぇーよ、あの子」
「間違いないわ。“技”使える時点で強ぇーよ」
…………らしい。
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