六歳のわたし第9話
「…………手がかりとかないのか? あんたを、その、捨てた親の」
「コレですかね?」
「なにそれ?」
お爺さんにペンダントに加工してもらった灰色の石。
まあ、灰色っていってもその辺の小石とは違う。
灰色の、ガラスのような石だ。
わたしを助けて、マルコスさんへ託してくれた幻獣のお兄さんはこれを『契約石』と言っていた。
とは言え、契約した人同士以外にはなんの価値もないとかなんとか……。
ただ、これをわたしに持たせたということはなにかしらの意味はあるんだろうなぁ?
「多分、死んでると思うんです。わたしの本当の両親」
「え……」
「勘ですけど……なんとなく、なんか……生きていない気がするんです……」
灰色のガラスのようなこの石が、ただ単に……わたしが持ち主ではないから……なら、それは仕方ないのだけど……なんというか、この石は本当はこんな色じゃない気がするの。
触れるととても冷たい。
手のひらで包んでいてもぬくもりが逃げていくような感じ。
親指サイズのただの澱んだ色の小石にしか見えないけれど、ただの石ではないのがわかる。
……本当に勘なのだけれど、あの人たちはもう、いない気がするのだ。
生きていてくれれば文句の一つも言えるのに……なんでだろう。
どうしているんだろう、と想いを馳せると…………無性に……もう会えない、と感じる。
「……そんな……」
「えーと、だから……ナコナさんは、まだ、お父さんもお母さんも“生きている”ので……会おうと思えば、会えるので……そんな風に言わないでください」
前世でも、父が死んでいると言うとみんなこんな顔をする。
ごめんね、とか、変なこと聞いて……とか、よくわからない気を遣う。
その気遣いは優しさからなのか、面倒なことに踏み込んだことを後悔してなのか。
ただ、親が両方生きているあなたは……まだ親孝行ができるチャンスがあるの。
それはとても……わたしには羨ましいことだ。
お母さんはあなたのことを裏切ったかもしれないけど、お母さんはそんなつもりじゃなかったかもしれない。
自分のことに精一杯であなたを蔑ろにしたかもしれないけど、お母さんも人間だから仕方ない部分もあると思う。
大人になればわかるわよ、なーんて言うほど男女仲に関してはドのつく素人もいいところだけれど……ハハハー……。
「…………。うん、そうだね」
「……。じゃあ、帰りましょうか」
「うん、帰ろ。お父さんに謝らなきゃ」
「はい。わたしも一緒に謝ります」
「…………。ねえ、そう言えばあんたなんで敬語なの?」
「へ?」
そりゃ、だってわたしは…………。
「父さんの子どもなんだったらあたしの妹でしょ。やめてよ気持ち悪い。家族なんだし『さん』もいらないわ」
「…………え、えーと……」
「あ、そうか。あたしの方が歳上で、あんたが後から父さんの子どもになったんだからあたしはおねーさんよね? よし! 姉さんって呼んでいいよ! 特別なんだからね!」
「え、ええーと!」
な、なんという立ち直りの早さ!?
しかも心を開く速度が半端ない!?
いや、ね、ねーさんって……精神年齢あなたより二十は上だから!
無理! キツイ! いろんなものがつらいわ!
「…………。……でもあんた名前なんだっけ」
「ティ、ティナリスです」
「オッケーティナね」
そして軽い。
こ、これがお子様クオリティ……!?
「……で、あのさ」
「は、はい?」
「…………帰り道わかる?」
「…………………………」
頰をかきながらわたしに聞いてくるナコナさん。
……いや、この際だし、呼び捨てにしよう。
じゃなくて、帰るのは大賛成。
しかし、辺りは森?
ほ、ほぅ?
「…………こ、ここは?」
「……も、もしかして、あんたもわかんない……?」
「………………」
まだ陽は高い。
でも、周囲は森だ。
辺りを見回すけれど道はないし、宿も見当たらない。
まずい……森の中にはビックベアやボアだけじゃなくウルフも出る。
それに、最近はこの辺りに魔物も出没するらしい。
「……ちなみに、さっきお水を汲んできた場所は……」
「あそこよ」
「……湧き水……」
石の間から水が湧き出て流れている。
これを辿れば川……最終的に湖に着くかも!
「この湧き水をたどって……」
「待って! 動かないで、変な音がする」
「え?」
急に表情が厳しくなるナコナ。
変な音……と言われて耳をすます。
ドガ、バキ、バキバキ……。
……ほ、本当だ。
なにかしらこの音……気味が悪い。
ベア同士が喧嘩してる?
でもなんとなくどんどん近づいてくるよう——。
「! 危ない!」
「きゃあ!?」
ナコナに飛びかかられる。
地面に押し倒される瞬間、わたしの上に乗ったナコナの頭上を黒い帯状のものが飛び越えていったのが見えた。
それはなんだか、黒い靄を纏っている。
木をなぎ倒すほどの大きさのそれは、わたしとナコナが恐る恐る顔を上げた時に同じく頭を擡げた。
『……』
「「………………………………」」
チロチロと黒い舌を覗かせる、真っ赤な目の化け物。
その太さは木をゆうに超えていた。
細長い体。
細長い舌。
靄のかかった体は真っ黒。
でも、これは……わたしを助けてくれた『黒い獣』とは完全に別物!
「まさ、か……」
「あ……あ……っ」
動物ではない。
禍々しい気配にわたしもナコナも動けない。
蛇の姿をした……魔物。
多分、これが、そう。
生まれて初めて見るけれど、本能的にこれがそうだと感じた。
動かないわたしたちをどう思ったのか……このまま見逃してくれたりとか……、し、しない、よなぁ?
『シィャアァァァァア!』
「っ!」
魔物は“ありとあらゆる生き物を殺す”と言われる。
わたしたちを生き物と判断した魔物が、口を最大限に開いて一気に襲いかかってきた。
逃げ場などない。
ナコナがわたしに覆い被さる。
「…………!」
ば、か、なんで!
わたしのことなんて、あなたは————!
「
『ギシィイイィ!』
銃声に目を開けると、今度は濃紺の鎧を纏った大男がわたしたちを跨ぐように立っていた。
立て続けに起こってわけがわからない!
しかし、大男は腕に銃のようなものを持っている。
こ、この世界に銃?
銃なんてあるの?
「フシュー……。無事か少女たち」
「あ、あなたは……」
「話は後だ。奴を退ける。私の側を離れるなよ」
「……は、はい」
鎧男は
よく見れば濃紺の鎧はゴツゴツしていて、ついでにおどろおどろしい。
なんだかアニメのキャラクターのよう……うん、もちろんこの場合敵キャラ的な……?
でも、今はこの人の言うことを聞いた方がいい。
なにしろ、この怪しい騎士よりも魔物の脅威の方が大きいからだ。
『ギィシャアアアァア!』
「……っ!」
蛇は存外スピードが速い生き物。
生き物に詳しいわけではないけれど、テレビで見た動物番組で蛇の獲物を狩る速度は相当だった。
それはあの大蛇にも当てはまるようで、木の合間をものすごい速さで戻ってくる。
大股開きになり、体を安定させた騎士は迎撃のためなのか手のひらを大蛇へ向けた。
縦横無尽に動き回る大蛇の魔物。
狙いが定まらないのか、手のひらは大蛇の動きに必死に動く。
……よく見れば騎士の足元は一部が破損して……いえ、溶けている!
怪我してるんだわ……なんてこと!
「あ……」
と、とは言え声をかけられる状態じゃない。
魔物が一度距離をとったと思ったらわたしたちの真後ろに回り込んできたのだ。
身を捻って手のひらから光の玉を撃ち出す騎士。
それは当たることなく、木をなぎ倒した。
威力はすごいけど、当たらなければ倒せ——。
「っ……」
違う! 倒せないんだ!
魔物はその身に『
殺せば『
つまり、あの騎士がここで魔物を……こ、殺せば……。
「………………」
「………………」
状況の危険度を、ようやく正しく理解した。
このままだと魔物に殺されるか……騎士が魔物を誤って殺害して魔物になるか……はたまた無事騎士が魔物を撃退して助かるか……この三つしかない。
大蛇が動き回る度に騎士は手のひらを大蛇に向けて狙いを定め用とする。
遠距離攻撃タイプの騎士……みたい。
でもあの速度で狙いが定まらないんだ。
相性は最悪……かな?
え、援軍、増援は期待できないのかしら?
このままじゃジリ貧だし、わたしにもなにかできることは……。
「はぁ、はぁ……」
騎士の様子がおかしい。
さっきからどんどん息が荒くなっている。
魔物はぐるぐる、私たちの周りを素早く動きながら時折距離を縮め、そして騎士が光の玉を放つとそれを避けてまた距離を取るのを繰り返す。
なんだろう、おかしい……まるで……なにか待ってるような……。
「うっ」
ズ、と一瞬騎士が膝をつきそうになり、持ち堪える。
怪我が痛むんだ……。
こんなに血が出ていたら無理もない?
ん?
「!」
紫色の液体が脚部の鎧を溶かしている?
これ、まさか毒?
そうだ! あれは大蛇の魔物!
「騎士様、まさか毒を!?」
「! ……っ、恥ずかしながらな……奴は私が弱り、膝をつくのを待っている。……君たちだけでも、逃したいところだが……」
「そ、そんな……」
ナコナの表情が絶望に染まる。
……そうよ、こんなことになるなら……つまんないかくれんぼなんてしなければよかったのよ。
「仲間の方はいないのですか!?」
「皆やられた」
「!」
「すまない……『ダ・マール』の一騎士として、情けのない姿を見せて……。だが、私が活路を開く。君たちは、とにかく街道を目指して逃げてくれ。ここから東へ走れば、確か宿があったはず」
「! 騎士様は……」
「私は死に場所を求めていた。幼き少女たちを最期に救えるのなら我が人生も捨てたものではない。……っ……今は、まだ……合図する……それまでは……」
……な、な、な……。
なんなの! 死に場所!? はあ!?
なんなのよ、どいつもこいつも!
どいつもこいつもー!
この世界の人間ってみんなこんな悲観的なの!?
「ふざけんな」
「え?」
「?」
「……騎士様、これを!」
ギャガさんにオマケで貰ったポシェットの、その中から取り出したのは!
今朝作ったばかりの『下級治療薬』と!
「……その色! まさか、万能解毒薬!? ……っ!」
騎士様の気がこちらに向いた隙を狙ってまたも接近してくる大蛇。
それを撃ち返す。
やはり一定の距離を保ち、騎士様が弱るのを待ってる!
なんて性格の悪い魔物なの。
でも、お生憎様。
わたしはまだお父さんに恩返ししてないの。
あの人に……そしてあの黒い獣のお兄さんにも恩返ししないうちは“また”死ぬわけにはいかない。
そんな未練、後悔……したくない!
「効果はわかりませんが『鑑定』では『最良』と出ました! 試してください!」
「君、なぜそんなものを持って……」
「……! ……なら、あたしがあいつの気を引くわ! その隙に怪我と毒を治してください!」
「馬鹿な! 君、無茶だ! 相手は魔物だぞ!」
「あたしは!」
ナコナが立ち上がる。
震えていた、絶望感で泣きそうだった女の子はそこにはいない。
拳を握り、魔物を睨みつける。
「あたしは! 『ダ・マール』青の騎士団元副団長マルコス・リールの娘! ナコナ・リール! 無理はしないわ! 未熟者だから、時間稼ぎはできて三十秒だと思って!」
「!? ……マルコスの、娘……君が!?」
え。
お父さんって『苗字持ち』だったの……?
苗字って確か『国』の偉い人にしかないんじゃ……あ、でもそうか……副団長ともなれば……あるか、普通……そうか。
「父さんのところに帰るの! 邪魔するな! 魔物!」
『シャアアアアアアァァ!』
「!」
「騎士様!」
二つの瓶を、渡す。
騎士は一瞬悩んだようだったが、ナコナが飛び出したのを見て吹っ切れたように瓶を受け取る。
兜を外し瓶蓋を親指で開け、二本の治療薬を————飲み干した。
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