六歳のわたし第8話
「ナコナ!? おい、どこだナコナー!」
「ナコナちゃーん!」
「おーい! ナコナちゃーん! どこだーい!」
「ナコナさーん!」
ナコナさんがいない!
それに気がついたのは、お父さんが苦手な左手で手紙を書いたあと……ギャガさんにそれを急いで持ってきた時。
さっきまでそこにいたはずなのに家の中にもどの客室にも……いない。
この辺りの地理にはまだ詳しくないはずだから、探検に出かけて迷ったのかもしれない。
「くそ、なんつートラブル娘! すまん、ギャガ……みんなに探すのを手伝わせて……」
「イヤイヤ気にするなだもん。ここいらには最近魔物が出るらしいんだもんね……子どもが知らずにうろついたら大変なんだもん!」
「すまん、恩にきる。……俺は裏山も探してくる。ティナを頼んでいいか」
「もちろんなんだもんな。メリリア、ティナちゃんと家で待ってて欲しいんだもんな。ナコナちゃんが帰ってきたら教えて欲しいんだもんよ」
「そうね、わかったわ」
……そうだ、ここら辺には最近魔物が……。
ナコナさん……一体どこへ行ったの。
もう、これだから思春期真っ只中のかまってちゃんは〜……。
「ティナリスちゃん、みんなが戻るのを宿で待ちましょう」
「あ、あの、万能解毒薬の残りを瓶に入れてからでもいいでしょうか」
「え? まだ残ってたの?」
「はい。一応、この辺り毒蛇も出るので少し残しておこうかと思って」
「そうなの。そうね、山が裏にあるんだものね。……あ、ねえ、それなら今度は万能解熱薬も作ってみない? 亜人大陸のコボルトの国で斑点熱っていう病が流行りだしているらしいの。万能解熱薬でなくても解熱薬があるととても心強いんだけど……」
「解熱薬ですか……下級解熱薬ならリリスの花と水でできるのですぐに作れます。でも、それには裏山にあるリリスの花を取りに行かないと……」
「そうなのね。なんだ、あなたのお父さんについでに頼んでおけばよかったわね。……あ、ちょっと待って。それなら私が頼みに行くわ。すぐに帰ってくるから、宿の中で待ってて」
「わかりました」
斑点熱……聞いたことないけど流行病となると商人の人たちはそれは怖いわよね。
じゃあ、鍋を家に入れて待ってよう。
えーと……水はまだ瓶の中にあったはずだから〜……あ、そうだ、鍋の中に小瓶を入れるよりさっきギャガさんにもらったポシェットに入れる方が合理的だわ。
ガラスの小瓶って衝撃に弱いし。
……おニューのポシェット……使いたくなるのは仕方ない。
あとでちゃんとお礼を言っておかないとね。
うふふ、下級治療薬と万能解毒薬が並んで収まっているところを見るとちょっぴり冒険者になった気分で浮かれちゃうかも。
「!」
湖から宿へ鍋と棒を運んでいると、ナコナさんらしき背中が見えた。
真っ直ぐに街道への道を走っていく。
なっ、なっ……か、隠れていたの!?
なんでそんなこと……みんなあんなに必死に探してるのに……!
「ナコナさん! 待ってください!」
カッとなって追いかけた。
だって、あんたねぇ!
子どもでもやっていいことと悪いことがあるわよ!
迷惑をかけていいのは、家族だけ!
ギャガさんたちまで巻き込んで探させておきながら……!!
「はあ、はあ……ま、待ってー!」
うう、子どもの体とはいえ十一歳女児に六歳女児は体力的にも敵わないわ〜。
で、でも諦めないんだからね。
このわがまま思春期娘……こっぴどく叱りつけてお父さんの前に引っ立ててくれ、るぅ!
「はあ……はあ……はあ!」
ちょ、待っ……マジ……待っ……早、はやい、早いよ……!
ひい、ひ……ひい……!
喉が……カラッカラで……はあ……い、痛い感じ、して、きた、はあ!
「はあ、はあ……ちょ、し、しつこいんだけど」
「はあ、ひい、ぜぇ」
「死にそうになってる!?」
やっと追いつく頃には膝ガクガクのブルブル。
いや、膝どころか全身フラフラ。
ヤ、ヤバイわ、子どもの体だから無茶が利くと思ったけど、意外とそれどころじゃないかも……ひい、ひぃ……。
「なんでついてきたのよ……よりにもよってあんたが!」
「ぜえ、はあ、ぜえ、けはけはっ!」
「……ちょ、ちょっと大丈夫? ほ、ほ、ほら、一回座りなさいよ」
「はあ、はあ、はあ、はあ」
「し、仕方ないわね、今水汲んできてあげるから……じっとしてるのよ」
……じ、じっともなにも……全力疾走すぎて動けない!
な、なにこれわたしばかじゃないの……!
追いかけていた相手に気遣われるとか……まあ、それだけ根は優しくていい子ってことなんだろうけれど。
「…………」
「ほら」
「あ、ありがとう……」
割と本当にすぐにナコナさんは手のひらに水を入れて戻ってきた。
まあ、半分くらいこぼれてるけど……贅沢言ってられる状況じゃない。
彼女の手に精一杯注がれた残りの水をいただく。
ふ、ふぁあ……生き返る〜……。
「ありがとう、ナコナさん」
「べ、別に。……それよりなんで追いかけてきたのよっ」
「……。……ごめんなさい、たまたま、見つけたのがわたしだったんですよね。……お父、……マルコスさんなら裏山の方を探しに行きましたよ」
「…………」
また不服そうな表情をされてしまったわ。
困ったなぁ、叱りつけてやろうと思ったのに……まだ呼吸が落ち着かない。
それに、水をもらってしまったし。
お父さんしか、頼る人がいない……って思うと、前世のわたしの境遇を思い出す。
まあ、多少この甘ったれ娘、とは思うけれどね。
「……言い直さなくても、いいわよ」
「え?」
「だってあんた、お父さんもお母さんもいないんでしょ。……ほんとはあたしだってわかってる。あんたに当たるのは間違ってるってことくらい」
「……ナコナさん……」
「でも、なんか、こう! ムカって! イラってしちゃうのよ! あたしの父さんなのに……あたしの父さんのはずなのに……って! ……父さんも、母さんみたいにあたしのこと、要らないって思ってるんじゃないのかなって、思ったのよ! 父さんもあたしを要らないんなら、あたし、どこに行けばいいの!? ……あたしは……なんで生まれてきたのよ!」
「!」
……歯を食いしばりながら、涙を堪えながら。
ああ、思春期だなぁ。
うふふ、大人への階段を登っているのねー、微笑ましいわー。
……と、茶化すわけにもいかない。
彼女は彼女なりに真剣なのだから。
「……お父さんのことが好きなんですね」
「べ、別に好きとかじゃないけど……いや、まあ、今の母さんよりはましかなって思うわよ? でも、普通、だと思う。っていうか、父さんのこと、あたしあんまりよく知らないし」
「え?」
どういうこと?
お父さんのことを知らない?
わたしが首を傾げると、膝を抱えて座り直すナコナさん。
その間に、顔を埋める。
「……あたしが生まれた頃から父さんは戦争に行ってばかりなの。騎士団の部隊長だったから仕方ないんだけど……ほとんど遠征遠征で国にはいなかった。たまに帰ってきても、あたしが寝てる時だったり、すぐに仕事に戻ったりで遊んだり話したりしたことない」
「え、ええ……」
「母さんは毎日苛々して、たまに祝賀パーティーとかでお城の舞踏会に行く時だけはご機嫌で……それ以外は毎日いなくて……」
「…………」
「……毎日、あたしは夕暮れまで近所の子と遊んだり騎士団の人に剣を習ったり、そんなんばっかり。他の子が親に迎えにきてもらうのを……眺めてた」
……お……思ったより、人生ハード……。
「…………」
……わたしは……わたしは生まれてすぐはそれなりに波乱に満ちていたけれど、マルコスさんに拾われて宿屋にきてからは平和に過ごしていたと思う。
『暁の輝石』の謎は残るものの、それ以外は……。
お婆さんとお爺さんは亡くなっているけれど、それは……人なら仕方ないことだ。
むしろ、前世の“お父さん”より遥かに穏やかな表情で亡くなったと思う。
人生に、満足した表情だった。
ナコナさんは……お母さんと二人暮らしなのにネグレクト状態だったのね……ひどい……。
「食事はどうしていたんですか?」
「……お金は置いてあるんだ。食事代って。……騎士団の人に食堂や酒場に連れてってもらってた。……今考えると、父さんの部下の人より赤の騎士団の人ばっかりだったな……。きっと母さんはあの頃から赤の騎士団の団長と付き合ってたんだよ。……だから赤の騎士団の人があたしの面倒を見てたんだ」
「…………」
複雑ね。
……けど、部下に恋人の子どもを預けるなんて……ダメ、無理、生理的に。
マルコスさんの方が千倍マシ。
「つーか……さ」
「は、はい?」
「赤の騎士団の団長、結婚してんだよね。その頃」
「…………。そんなようなこと、言ってましたね」
「調べたら前団長の娘を貰って、赤の騎士団を継いだらしーんだよ」
「……え、そっ……え、じゃ、じゃあ……」
「そう、政略結婚ってやつ? でもさ、いくら別に好きでもない人と結婚したからって人の奥さんに手を出していい理由にはならなくない!?」
「は、はい! そう思います!」
「だよね! そう思うよね! ……母さんも口説かれてすぐその気になっちゃってさ! ならなんで父さんと結婚したんだよ! そりゃ、あたしだって全然帰ってこない父さんのことぶっちゃけ嫌いだったよ!? あたしらのことほっておいて戦争戦争って! そんなに戦争が好きなのかよって!」
「え、えーと」
せ、戦争が好きだったわけではないと思う。
…………戦争かぁ……その辺りは全然勉強してないからよく知らないのよね。
せいぜい『エデサ・クーラ』という人間至上主義国家が亜人大陸に侵攻しようとして、人間の国家である『ダ・マール』を中心とした連合国軍がそれを阻んだ。
『ダ・マール』はエルフ、ドワーフなどの亜人の大国と同盟を締結し、現在では交易拠点の一つとなっている……だったかしら。
ただ、亜人の中にも
まあ、そんなこんなで世界は一時混乱していたのだ。
『ダ・マール』はそんな中でも協和を掲げ、混乱を収めようとした。
……結構素敵な国だと思うし、そんな理想の為にマルコスさんは戦ったのだ。
とてもすごいことだと思う。
もちろん、ナコナさんがそのせいで悲しい思いをしてしまったのは可哀想だけど……。
「……でも、わたしナコナさんはまだ恵まれていると思います」
「は?」
「だって、お父さんもお母さんも、会おうと思えば会えるんですよ。……わたしは……」
わたしがこの世界で初めて目にした金の髪に、青い瞳、額には朱色の石が埋まった『お母さん』と茶色い髪と瞳、髭の『お父さん』。
涙ながらにわたしを撫でて、川に流した。
……わたしを、多分……なにかとても、のっぴきならない事情があったにしても……捨てた人たち。
生きているのだろうか。
それとも、死んでいるんだろうか……。
それすらも、わからない。
あの人たちは今どうしているのだろう。
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