六歳のわたし第7話



「…………という話をしていたんです」

「ティナ……お前、そんなことにまで気を回して……」

「天使だもんにょ」

「天使だな」

「天使」

「拝んどこう」

「や、やめてください」


 ギャガさん御一行のわたしへの対応がおかしい。


「…………そうか。で、マジで五万コルト稼いじまったのか……」

「熱石の料金は“支払済”ってことなんだもんな。任せるんだもん、ドワーフの国に行って必ず熱石を七個、確保してお届けするんだもんね!」

「おう! ティナリスちゃんの依頼だ、特に気合い入れて確保してやんよ!」

「あ、ありがとうございます!」


 頼もしい!

 熱石が手に入れば客室六部屋と我が家のお風呂……もうわざわざ薪をくべて沸かす必要がなくなる!


「で、この五万コルトの使い道はどうするんだ?」

「あの、街道からうちに入ってくるところに薬を売るスペースを設けたいんです。泊まりのお客さんはあまりおもてなししてあげられないですけど、そもそもここに宿屋があるって知らない旅人さんが多いと思うので……」

「うっ。た、確かに街道から少し離れてるからなぁ」


 看板もないので、回転率を上げられるなら設置してよりたくさんのお客さんを招き入れたいけれど……現状では人手も足りないし無理だわ。

 その代わり、わたしが作ったお薬を街道添いで売る。

 そう、わたしが看板娘になるのよ、文字通り!

 ……ただ、流れで「じゃあ泊まろうかな」ってなると上手くおもてなしはできないから不便をかけることを事前に説明しなければ。

 とか、とか……。


「だが一人で街道沿いに立つのは許さないぞ」

「まあそりゃそうなんだもん。売るものも売るものだし危な過ぎるもんよ」

「え、でも……」


 提案したのはギャガさんでは?


「だが、確かに街道沿いに薬屋があると旅人は助かるな……。どうせうちは泊まり客もそんなに来るわけじゃないから一日暇してるようなもんだし……」

「そうなのよねぇ、あと食糧? を売ってるお店があると助かるんだけど……」

「ああ、確かに。途中で食糧や調味料を切らすと品物に手ぇつけなきゃならなくなるからな〜……」

「さすがに香辛料の類は高いしな……」

「あとはお風呂よねぇ。国に行かないと入れないもの。だからこういう街道沿いの宿は本当に助かるのよ」

「……………………」


 ……ん。

 んん?

 あれ? なんだろう……。

 なんか……。


「そうだ! お父さん、わたし五万コルトの使い道を決めました! 温泉です!」

「は? なんだ、急に」

「温泉?」


 ほーら早速食いついた。

 彼女はギャガさん御一行の商人の一人、メリリアさん。

 そうだ、なんでもっと早く思いつかなかったの!


「はい! 裏山の道を中腹の温泉まで整備するんです! 今は獣道で、行くのも戻ってくるのも大変ですが温泉までの道のりを整備すればコテージの中のお風呂以外にも、温泉という目玉ができます! もちろん、温泉も男女別にリフォームしなければいけませんし脱衣所を作ったり……」

「……温泉が目玉になるのか?」

「なりますよ! 女子は特に!」

「そうよ!」


 と、同意してくれるメリリアさん。

 ですよね!

 それに、温泉を引ければ足湯や温泉卵にも使えるわ!

 ……でも引いた温泉の行き先ってどうなるんだろう?

 まあ、いいわ!

 まずは温泉までの道の整備!


「それに、調味料や香辛料なら錬金術で作れますよ!」

「! そ、そうだ! 錬金術なら素材さえあれば……」

「錬金術で作れるんだもんね!?」

「はい! ……お父さん、どうでしょうか! 街道沿いの売り場は諦めますけど……宿屋の近くなら……」

「宿の近く? 俺の目の届くところなら……まぁ…」

「わたし、料理も勉強します! もっと美味しく作れるようにします! 宿屋に泊まらなくても食事できるスペースを作ったらどうでしょうか! 宿の中の喫茶コーナーをもっと大きくしたような……そんな所を! それから温泉を堪能して、ご飯を食べながらこの景色を眺めるのは最高だと思うんです! それにその食事のできるスペースの横とかで調味料や香辛料、薬を販売する……どうでしょうか!?」

「……………………」

「…………」


 お父さんが腕を組んだまま色々考えている。

 わたしの計算だとこの五万コルトは道の整備代で消えるわ。

 ちょっと足りないくらいかも。

 なので、まず軽食できるスペースと薬屋さんを合体させたカフェを作る!

 そこでお金を稼いで、温泉までの道を整備するの。

 その間に恐らく熱石が届く!

 熱石が届けばとりあえずお風呂を炊く作業は減るので、今よりお客さんは泊まりやすくなる。


「考えは悪くないが、お前一人でその管理できるのか? 六歳のお前が」

「うっ!」


 忘れていたわけではないけれどー!


「今の状況でも手一杯なのに、管理する建物が増えるのは正直にきつい。それに、街道を通るのはなにも善良な旅人だけじゃない。高価な薬や香辛料を売るのなら、少なくとも用心棒になるような強い奴が一人いないと許可は出せないな」

「…………そ、そうですか……そうですね…」


 わたしが川で漂流していたのを最初に拾ったのは盗賊だった。

 あんな奴らがうろついているともなれば街道沿いは危険。

 宿に近いところでも、薬や香辛料は値の張る場合が多いから危険……。

 うむむ、防衛費も必要なのか。


「だが温泉の話はいいな。さすがに五万コルトであの獣道が整備しきれるかは分からないが……『ダ・マール』の知り合いに工事してくれる職人を探しておこう」

「ふぅーむ、工事系は範囲外だが、わっしゃもティナリスちゃんのために石材を安く仕入れられるかどうか石工職人に掛け合ってみるのだもんよ! これから『ダ・マール』に行くから、マルコスの伝手への交渉も任せるんだもんね」

「本当か? ならすぐに手紙を書こう。待っててくれ」


 うーん、予定と少し違うけど……温泉までの道の整備はどのみちやりたかったし、いいか!

 ホントは薬草園とかも作りたいんだけど、それはわたしの願望。

 ……ここにいられなくなったら“余計なもの”になってしまう。

 そんなもの残しておけないわよね……。


「ティナリスちゃん、でも、さっきの考えとてもいいと思うわ。あたしらの言ってたことを汲み取って考えてくれたんでしょう?」

「……で、でもお父さんの言うことはもっともで……」

「うん、でもそれなら別に新しい建物の中でなくてもできるんじゃないかしら?」

「え?」

「この宿、ちゃんと喫茶コーナーはあるしカウンターもある。街道に『薬や調味料、香辛料の販売もやってます』って看板立てて書いておけばいいのよ。宿があるって知らない人も、街道から多少距離はあるけど立ち寄るようにはなるはずだわ。そこで宿のことも宣伝すればいいの。どう?」

「…………そ、うか、まずはお客さんに来てもらうんですね」

「そう。商売の基本は需要と供給。その間を取り持つのが商人。ティナリスちゃんの薬は間違いなく“需要”よ! それを供給する為の手段が看板ってわけ。とりあえずやってごらんなさい。何事も始めるところからよ」

「は、はい!」


 そうか、そんなことでよかったんだ……。

 少し難しく考えすぎてたのかも。

 よし、簡単にできる看板から始めよう。

 あ、でも調味料や香辛料の材料は…………。




「……………………」



 なんてことに夢中になっていたから、誰もナコナさんがその場からいなくなるのに気がつかなかった。


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